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第19話 初めてのイベント 前夜祭(夜じゃないけど……)

 とある冬の季節に、勇者という名の魔王が、およそ二年の封印が解けてこの地――アカシャ戦記に降り立った。

 ログインして数分で、これほど疲れるような出来事が起きるとは、さすがの僕も想定がいだったよ。

 僕のプレイヤーさんは、このゲームに降り立った矢先に早速盗賊まがいのことをしでかしてくれた。商人からアイテムを強奪するという暴挙を――。

 ちなみに商人からかすめとったアイテムは、ポーションだった。



 ポーション

 説明 傷を癒す効果のある青色の液体が、フラスコの中に入っている。

 特徴 HPを15%回復させる。



 ちなみにお値段は100メタ。序盤でも比較的手に入りやすいアイテムで、金銭的にも苦にならない値段となっている。普通の生活を送っていたら、当たり前のように買えるアイテムだ。

 それを……それを僕のプレイヤーさんは、僕の純情をけがし、ネチケットなんぞゴミ箱にしてました的な態度で、商人からかすめとったのだ。これは勇者として、見過ごすわけにはいかない。ここは一発ギャフンと言ってやらねば、この人は更生しないだろう。

 ……と、僕の気慨が出てきたところで、僕のプレイヤーさんは再びカメラを動かして視点移動。どうやら次なるターゲットを探している模様。

 ふふふ、なるほど。反省の色はなしと見たよ。知らないよ。僕はもう知らないよ。僕の中の堪忍袋の緒がブツリと切れたら、そりゃもうたいへんなんだから。コイ○ングがギャラ○スになるくらいの変化が起こるんだから。最弱から一気に最強クラスの仲間入りを果たしちゃうんだから。だから……だから……。



 頼むから僕の勇者魂を穢さないでくれええええぇぇぇぇ――――!!



 ……って、言ってる矢先から動き始めたよ、この人。ターゲットはアバターの頭上に表示されているレベルを見る限り、間違いなくこのゲームを始めたばかりの初心者。なんだか掲示板に書かれている情報を閲覧している様子で、微動だにしない。僕のプレイヤーさんにしてみれば、格好のカモだった。

 逃げて! 逃げてそこのアバターさん! 逃げないと魔王もびっくりの悪行(それもセコさ100%)をなす勇者が襲ってくるよ! 嗚呼……。自分で言ってて傷つく言葉だ。自分で自分のことを貶すって、こんなにも心に傷がつくものなんだね。トラウマだよ! トラウマになっちゃうよ!

 こうしている間にも、僕のプレイヤーさんは僕を操って、初心者プレイヤーサさんのアバターに接近していく。その足取りは軽く、そして流れるようだった。そんな軽やかに悪行をこなす僕のプレイヤーさん。その思考回路。間違いない。その考え……! 人格が悪魔に支配されている!

 ああああぁぁぁぁ~~~~……。もう駄目だああああぁぁぁぁ――――!!

 目をつぶりたい! この非情な現実から目をそむけたい!

 そんな衝動に駆られていると、ふと僕のプレイヤーさんは、掲示板へと僕の視点を移動させる。そして掲示板の前に立つと、ウインドウ上にメッセージが表示された。



 全員参加イベント 

 『自分以外はすべて敵!? 新春! バトルロワイアル雪合戦のご案内』



 このゲームではお正月やお盆といった時期に時折、イベントというものが行われる。参加は基本的に参加したい人だけなんだけど、今回のは全員参加――つまり、参加したくない人も強制参加されるイベントのようだ。

 そこには、次のようなことが書かれていた。



『今年もそろそろ終わりを告げようとしている今日この頃、皆さんはいかがお過ごしですか? 弊社では今回、一大イベントとして年初めの一月一日から三日まで、『新春! バトルロワイアル雪合戦』を開催したいと思っています。

 ルールは簡単! 雪玉をつくって相手にぶつけるだけというシンプルなゲームで、初心者から上級者まで楽しめる仕様となっております。

 これを機に、互いのプレイヤーの親交がより深まるようになれば幸いです』



 なお、細かいルールも別ウインドウで表示されていた。



『ルール

1、このイベントが行われている間は、勇者側と魔王側の区別がなくなります。

2、イベントが行われている間はフィールド上にモンスターは出現せず、また攻撃方法は雪玉を投げるのみとなります。また、ほかのシステムも今イベント用に変化があります。

3、イベント中は画面左上にHPバーが表示され、雪玉をあてられるごとにバーが減少し、三回当てられるとゲームオーバー扱いとなります。ゲームオーバーになると、最後に通った町や村に強制ワープさせられます。また、相手のHPをゼロにすると、一ポイントもらうことができます。イベント終了時に、溜まったポイントに見合ったアイテム類を手に入れることができます。』



 ……等々のことが書かれていた。ほかにもいろいろ書いてあったけど、おおまかな内容は前述したとおりだ。

 全員参加の雪合戦ゲームか……。それも賞品ありの。ルールを見る限り、どうやら今まで積んできたステータスとかはまったく関係がないみたいだから、僕のような無茶苦茶なパラメーター振りをされているアバターも、ちゃんとした普通のゲームが楽しめそうだ。

 僕のプレイヤーさんはメッセージウインドウを眺めているらしい。普段のプレイヤーさんなら表示されているメッセージなんぞろくに読まないだろうに……。おそらく、出場するつもりでいるのだろう。まあ、出場って言っても、全員強制参加のイベントなんだけど……。

 いずれにせよ、楽しみだ。いつもDEAD OR ALIVE的な戦闘を繰り広げていた僕にとって、こんなみんなが同じ土俵に立って戦うというようなイベントは、なんというか……心が落ち着く。だって、今までは卑怯な手ばかり使っていたんだもん。それに比例するように僕の心は荒みに荒み、心の芯がベッキベキに折れていたんだから。



キリント>貴方も出場するつもりですか?



 ふと、チャットウインドウが開き、そのようなメッセージが表示された。どうやら隣で僕と同じように掲示板を見ていた彼からのメッセージのようだ。

 言葉をかけられたら返事をするというのが、現実世界でもオンラインゲームでも礼儀というもの……なんだけど、例のごとく僕のプレイヤーさんは、一向に言葉を返そうとしない。このオンラインゲームをスタートさせてからというもの、僕のプレイヤーさんは一度もメッセージを相手に送ったことがない。ワザとなのか、それとも単にチャットのことを知らないのか。僕の予想としては、おそらく前者だ。

 ……え? 自分のプレイヤーさんなのに、ずいぶんと信用してないんだなって? そりゃそうだよ。今まで僕のプレイヤーさんが僕やほかのプレイヤーさんにしてきた数々の暴挙、それを見たり経験したりしていたら、誰だってこう言う結論に達するよ。

 と、そのとき。僕のプレイヤーさんはキリントさんに僕を振り向かせた。そして、アクションコマンドを実行。するとピョンピョンと、僕は二回その場でジャンプした。それを見たキリントさんは、



キリント>やっぱりそうですよね。こんなイベント、楽しみにしないわけがありませんよね。



 どうやら意思疎通がはかれたみたいだった。

 いやいや! なんでその場でジャンプをしただけで、会話が成立するのさ!

 そんな僕の疑問など当然のごとくスルーされる。ああっ! 誰か! 僕のこの気持ちを共有しようよ!



ツン・パーシ>おおっ! 勇者殿! このイベントに参加するおつもりかぞよ?



 そんなとき、アイテムウインドウが強制的に開かれ、そこからアイテム欄の一番端っこに置かれていた妖精が、いきなり出てきた。

 うおっ!? ツン・パーシさん! そういえばこんなのがいたな! たしかこのゲームのガイドを務めるサポート妖精だったっけ? なんで出てきたんだ? ひょっとして、新イベントの告知を見たから、そのサポートをするつもりなのか?

 ……はっ! キリントさんが硬直してこちらを見ている。心なしかその眼差しから察するに、引いているように思えた。そりゃそうだ。いきなりオッサン顔で上半身裸、下半身は海パン一丁のハネを生やした妖精が現れたのだから。

 キリントさんはしばらくこちらに、痛い視線を向けていたが、やがてそそくさと僕の視界の外へと退場していった。ああ……。せっかく話しかけてきてくれていたのに……。

 畜生! なんなんだこの妖精! サポートするとか言っているけど、貴方のせいで近づいてきてくれた人たちが遠ざかっていってるじゃないか! 全然サポートじゃないよ! むしろ妨害してるよ! 『くろいてっきゅう』とか『かえんだま』みたいなバッドアイテムだよ! ……いや、その二つは相手になすりつけるとかして使い勝手があるけど、このおっさん妖精は相手になすりつけられない上に貴重品扱いだからアイテムショップに売ることもできないし、極めつけに勝手に出てくるしで、もう無茶苦茶だろ!



ツン・パーシ>勇者殿。このイベントはこのゲームの中でも――――



 ツン・パーシがなにか話そうとしていたが、メッセージが表示されている途中で次々と流されていく。どうやら僕のプレイヤーさんが決定ボタンを連打しているらしい。そして、一通りのメッセージを出し終え、その場で浮遊しているツン・パーシをクリック&ドラッグ。そのままアイテム欄の隅へと追いやり、アイテムウインドウを消した。なるほど。僕のプレイヤーさんにとっても、あの妖精は目障りな存在らしい。なんだか初めてプレイヤーさんと気持ちを共有できた気分だ。



 イベント開催まで、あと一週間。

 来たる雪合戦イベントに備え、僕のプレイヤーさんは僕を操り、二年間のブランクを取り戻そうとするのだった。

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