第18話 懐かしの積みゲーを久しぶりにやってみると、やりこみたくなるのは何でだろう
季節の移り変わりは美しいということが、最近わかった。
悠々と流れゆく時間の経過とともに、ゆったりとだが確実に変化していく景観や肺を満たす空気の匂いなどが違うことに、ひそかな楽しみを見出している。現代人は常に忙しく、目の前に積まれた様々な問題を解決することに全力を尽くすことで手いっぱいで、流々と変化する四季を感じ取らずにいる人のほうが多いのではないだろうか。
だけど、それは考えてみればそう不思議でもないことだ。近所のスーパーマーケットには季節感など無視した色々な食材が売られ、肌で感じとる空気は、暖房やエアコンなどといったハイテム機械で完全無視しているのだから……。そんな中、こうやって季節の移り変わりを五感で感じ取ることができていると、まるで四季と一緒に前へと歩めているような気がして、なんとも心地がいいものじゃないか。
つまり、僕がいったい何を言いたいのかと言うと…………。
僕のプレイヤーさん、どこいったんだああああぁぁぁぁ―――――!!
初めのうちは毎日のようにこのゲームにログインし、この僕の身体を自由に操り、様ざまな悪行をこなしまくっていたくせに、ここしばらく……いや、ここ二年間ほどばったり姿を見せようとしない!
いや。僕だって別にプレイヤーさんに操られて、傍若無人に振舞いたいというわけじゃないんだよ。できればもっと勇者らしく、正義感に満ちた所業の数々を成し遂げ、やがては「勇者の中の勇者」として、このゲームに君臨したいと思っているんだ。ただ……、ただだよ? こうやってかれこれ二年も放置されたら、さすがにそう思うのも無理はないってことだって察してくださいよ、皆さん。
それにしても……本当にどうしちゃったんだ、僕のプレイヤーさん。初めの三日くらいは現実世界でのイベント(主に勉学や仕事など)が忙しくなって、ログインできないのだろうなどと思って、僕としてもプレイヤーさんによって短期間でボロ雑巾のようにズタボロとなったMPを回復させれるぜ、ヒャッホウ! などと喜んでいたけれど……こうも音沙汰が全くなくなると、さすがに不安に駆られてしまう……。
まさか……まさかとは思うけど……浮気? 浮気なのか? こんな特攻野郎よろしくのパラメーターに設定したのはいいけれど、このまま普通に進めて行ったら間違いなく詰まってしまうと感じ取って、別のゲームを楽しんでいらっしゃるということなのか?
許さない。許さないぞ、プレイヤーさん! 僕が誰にも気づかれることなく、まるで自縛霊のごとく街中に突っ立ってもの淋しい気持ちでいるというのに、自分はのうのうとリアル友達と一緒に一狩り行ってるってわけなのか? 四人で円になって、PSPを捜査しているってことなのか? そうなのか?
畜生! 羨ましすぎるぞ、モ○ハ○の主人公! 僕のプレイヤーさんは、そんなにもそのゲームが好きなのか! 巨大で強力なモンスターと戦うと二、三発でガメ・オベラとなるゲームシステムは、特攻隊よろしくの僕のパラメーターと被ってるじゃないか! どこも変わってないじゃないか! 一緒じゃないか! 一緒なのに、そんなにもモンスターを虐殺するほうが好きなのか!
…………誰かな? 「モンスター虐殺してるのはお前だって同じだろ!」ってツッコミをしたのは?
たしかに、スライムをパンチ一発で爆殺させたりした前科を僕は持ってるけど、僕の場合は自分自身も同じような目に遭っているから結果としてはプラスマイナスゼロでチャラなんだよ。ゴブリンにホームランよろしく棍棒でぶっ飛ばされたりとかで……。
ああ……。この際誰でもいい。僕を操作してくださいよ。贅沢は言わないからさ……。
そういえば、コブタロウさんとかどこいったんだろう。初めの内はこの街――アルメダに留まっていたような気がしたけど、しばらく経ったら見かけなくなったなぁ……。別の街にでも繰り出したのかな? ……まあ、賢明な判断だと思うよ。悪魔のような所業を平然とやってのける僕のプレイヤーさんなんかを待つのは、はっきりいって人生の浪費にしかならないだろうし……。別の街に行けば、新たな出会いもあるだろうしね。
それにしても、こうしてただ突っ立っているだけというのは辛いものがある。まるで樹にでもなったみたいだ。さっき自縛霊なんて自分のことを比喩したけど、もうこれは比喩じゃないね。ほかの人たちからは僕の姿が見えていないんだから、まんま自縛霊だよ、これ。そのうち幽霊を倒せるカメラとか持っている人が、僕のことを退治しに来そうだ。お願いだからこないでよね。僕は見た目こそゲーム界のスーパーヒーローの姿だけど、実際は虚弱体質の無謀な洞窟探検者なんだから。
…………はぁ、暇だ。暇だよ。誰か面白い話題とか振ってよ。
今の僕の楽しみといえば、行きかう人の観察をするくらいだ。いい装備しているなとか、アイテム整理してるなとか、あの女性アバター、あともう少しでスカートの中見えそうだなとか……。
…………はっ。いや、違うんだ! 最後のは違う! 最後のはその……あれなんだ。人間には煩悩というものがあってだね、全部で百八個あるから除夜の鐘は百八回金を鳴らすんだよっていうことであってだね、それが原因で破廉恥な行為を行ってしまうということであってだね、つまり僕のこうした一連の行為は煩悩が原因であってだね、煩悩さえ消してしまえば僕はいたって清廉潔白な勇者というわけであってだね…………。
※ 日本語がおかしくてすいません。
…………ふぅ。いったい何を話してたんだろう、僕は。弁解というのは、必死になればなるほどおかしな方向に転がっていくんだということを、今回初めて知ることができたね。
……はぁ、虚しい。本当に僕はこのままだと、どうなってしまうんだろう。僕のプレイヤーさんにとって、このゲームは今、積みゲーと化しているんだろうなぁ。
積みゲーには大きく分けて二つの種類がある。
ひとつは、「買ったはいいけどやる時間がないから放っておいたら自然にそうなってた」というもの。
もうひとつは、「ゲームをやったはいいけど、現実世界でのとあるイベント(受験とか仕事が忙しくなったとか)が起きて、一時そのゲームから離れてしまい、気づけば忘れ去られていた」というもの。
今回の事例としては、後者に当てはまることになる。,
積みゲーにかせられた運命はただひとつ。所有者にも存在を完璧に忘れ去られ、やがて年末の大掃除のときとかに、中古ショップにドナドナされる。このアカシャ戦記はオンラインゲームだから、この場合のドナドナは、アカウントの消去。そうなれば最後、真の意味での「GAME OVER」が待っている。
……嫌だ。そんなのは。まともな勇者事業を成し遂げないまま、終わりを迎えるだなんて……。
今まで僕のやってきたことといえば、
1、モンスター虐殺
2、他人のアイテムをネコババ
3、それを売って資金集め
4、他人の獲物を横取り
ちくしょおおおおぉぉぉぉ――――――!! 死ぬに死なれない!
誰か、誰か頼む!
誰でもいい! 誰でもいいから……、
僕の救世主となってくれええええぇぇぇぇ――――――!!
……。
…………。
………………。
――と、そのときだった。
……おや!?
ゆうしゃの ようすが……!
そんなメッセージがウインドウに表示されてもおかしくないような変化が生じた。透明だった僕の肉体が、徐々にゲーム空間に浮きあがってきたのだ。幽霊が肉体をもつような感じといえば、わかってもらえるだろうか。どもかく、僕の身体にはそんな現象が起きている。
これは……。
これはもしかして……。
来たの?
来てくれたのか?
あの人が……。
やがて僕の身体は、完全にゲーム空間にログイン状態となった。
間違いない。僕は……戻ってこられたんだ。このゲームの世界に。今まで流れゆく時間とともに、流れゆく人生を送ってきていた僕が。
そして、よく戻ってきてくれたよ。僕のプレイヤーさん!
久しぶりの再会とゲーム空間に足を踏みしめた感動に、僕の心は高揚していた。
僕のプレイヤーさんはというと、アイテムウインドウを開いて、なにやらアイテムの確認と整理中。まあ、なんといっても二年の年月が経っているんだ。忘れていることも多いのだろう。
うんうん。僕は一向にかまわないよ。久しぶりのプレイなんだ。色々と準備をするのはいいことだし、とがめる気は毛頭ない。今の僕の心はアカシャ戦記の大地を踏みしめることができるという嬉しさで、スーパー○ンキー大冒険のフィールドよりも広い心になっているからね。そのくらいの時間の使い方くらいで怒ったりはしないさ。……あっ。でもなるべき早く終わらせてね。僕も早くこのゲームの世界を満喫したいからさ。
やがて、アイテム確認が終わった僕のプレイヤーさんは、アイテムウインドウを閉じる。そして僕を移動させる。
嗚呼……。この街路を踏みしめるこの感覚……。快感だね。今まで地に足がついていないような状態が続いていたから、こうして生身で歩けるというのはこう……なんというか開放感があるよ。
プレイヤーさんの操作でたどり着いた場所は、アルメダの広場だった。広場にはプレイヤーさんが行っている商人や、仲間との待ち合わせをしているアバターの姿でいっぱいだった。うん。二年前と変わらない光景が広がっているなぁ。
僕のプレイヤーさんは、広場の中央にある噴水の傍までやってくると、カメラのアングルをグリグリと動かし始めた。
……おや? なんだかすごく嫌な予感、デジャヴなんだけど……。
……いやいや。気のせいだよね。うんうん。そうだよそうだよ。久しぶりのログインなんだから、いきなり人目につくような暴挙に出るわけがないよね。……ね?
そのとき、今まで動かされていたカメラが、とある場所で停止された。
そこには、ひとりの商人の姿があった。これからアイテムを売りさばくつもりなのだろう。ござを敷いて、そこにアイテムを陳列している最中だった。その際、少し邪魔になるアイテムを、すぐ脇に置いて、そのアイテムだけが無防備状態となっている。当然のことながら、周りのアバター――引いては彼らを操っているプレイヤーさんは無関心。そりゃそうだ。人のものだとわかっているものを、まるで悪魔のように盗む取るわけがない。それがネットゲームのネチケットというものだ。
僕のプレイヤーさんはその商人をじっとカメラ内におさめていたが、やがてすううぅぅ……とすり足で、さりげなく近づいていく。すり足の時点でさりげなくなんかないわけだけど、細かいことはどうでもいい。とにかく僕は、商人に接近させられているわけだ。
そして、商人の脇を通り抜ける瞬間、目にもとまらぬ早業(アイテムウインドウ展開→ウインドウの中に落ちているアイテムをドラック&ドロップ→アイテムウインドウ消去。この一連の動作にかかった時間は、一秒もかかっていない)で、地面に落ちているアイテムをかすめ取った。
すごい……。すごすぎる……! 圧倒的な……スリテクニック! ……って、感心してる場合じゃないって!
ぎゃああああぁぁぁぁ――――――!! やっちゃったよ、この人! 二年ぶりのログイン早々やっちゃったよ!!
人のアイテムをスルというネチケット完全無視の暴挙を行ったにもかかわらず、僕のプレイヤーさんは、何事もなかったかのように商人の脇を通り過ぎ、そのまま商人の姿が見えなくなるところまで歩いていった。
そうだ。久しぶりにログインできた嬉しさで、すっかり忘れてしまっていた。
この人には、ネチケットなどという清い精神は持ち合わせていないということを。
近代稀にみる、勇者の仮面をかぶった魔王なんだということを。
季節は冬。暦も移り変わろうとしているときに、勇者と言う名の魔王が再度、この大地――アカシャ戦記を踏みしめた。




