第17話 仲間(らしきもの)ができたのは良いのやら悪いのやら……
……どうやら、たいへんなことになってしまったようだ。
どのようにたいへんなのかって? 決まっているじゃないか。起きるはずもない出来事が起きてしまったからだよ。
背後から絶えず気配を感じる。そこには、ここ数日、延々と僕につきまとっている物好きことコブタロウさんがいた。
コブタロウさんは、長い黒髪を後ろでひとつに纏め、柔和な人当たりが良さそうな好青年を思わせる風貌のアバターを使っていた。身体は序盤で手に入る無難な皮の鎧を装備しており、腰にはひと振りのロングソードが鞘に収めて、さげられていた。レベルも15と、このゲームをやり始めてそれなりの時間が経っていることがわかる。
そんな彼は、いったい何を思ったのか、僕の仲間になりたいのだという。
ありえない。好感度を上げるようなイベントはこれといってなかったはずだ。……いやむしろ、他者の好感度を垂直に右肩下がりさせるような暴挙は数多にし続けていたけど。(耳にタコかもしれないけど、僕の意思とは無関係に行われている行為だということをわかっていてもらいたい)
僕はどうにかして彼の説得をしてみたいと思った。
しかし、残念なことに僕は所詮、一アバター故にプレイヤーさんの行動に抗うことができない身。泣く泣く彼のアバターにアイコンタクトでコブタロウさんに考えを改めるように説得してくれとメッセージを送るが、彼の瞳にはもうすでに諦めの境地に至った色に染まっていた。
おそらく、プレイヤーとは長い付き合いだから、自分を操っている人がいったいどんな人なのかわかっているのだろう。
これはきっと…………そうか! 新手のスタンド攻撃か!
……いや、冗談です。ちょっと言ってみたかっただけです。――って、言っている場合じゃないけど。
まあきっと、一時の気の迷いのはずだ。
プレイヤーさんの暴挙を目の当たりにすることでコブタロウさんは目を覚まし、若かりし日の到りを存分に後悔して、電柱に頭を何度も何度もたたきつけることになることだろう。コブタロウさんのプレイヤーには悪いけど、これも更生するための術と思っていてほしい。
とかなんとか僕が思考をフルで回転させているうちに、プレイヤーさんは『アルメダ』の広場までやってきた。
ちなみに、後ろから常時トコトコとカルガモの子供みたいについてくるコブタロウさんを、プレイヤーさんは完全に無視している。なにせ、話しかけられてもうんともすんとも言わず、黙々と己が為すべき行動をし続けているのだから。
しかし、コブタロウさんはそんなプレイヤーさんにまったく不快に思っていないらしく、それを表に出そうとも時々発信するメッセージにも滲ませるようなことはなかった。根がいい人っぽいだけに、実におしい。このプレイヤーさんなんかに構わずに、もっと他の人と組んだほうがずっと面白いはずだろうに……。今なら、道を踏み外した子供を嘆く母親の気持ちがなんとなくわかるような気がする。
プレイヤーさんは先ほどからじっと、アイテム整理をしている他プレイヤーのアバターをカメラワーク内に収めていた。
そのカメラの範囲に収められたアバターは、ただただ呆然と魂が抜け落ちたように突っ立っているように傍目からは見えるが…………あれは立ち止まってアイテム欄の整理をしているプレイヤーに多く見られるものだ。アバターを操作しながらボックスの整頓をするプレイヤーも、中にはいるんだろうけど、大抵の人はそんな食パンを齧りながら学校へ登校するかのごとく一度に二つの行動をしたりせず、辺りにモンスターがいない、安全な街中でボックス内の整理を行う。
……だけど残念だ。この街中にもモンスターはいるんだ。
アイテム整理の際に捨てられる、あるいは一時的に道端に放置する道具を虎視耽々と狙おうとしている輩が。
それが僕……正しくは僕のプレイヤーさんだということは、あえて明言しなくてもわかるだろう。明言してしまったけど、細かいツッコミはなしの方向でよろしくお願いつかまつる。……って、なんか口調も変になったけど、気にしないように。気にしないようにと言ってしまっている時点でどことなく気にしてしまっているような気がするけど、それこそ気のせいだよ。……って、これ以上続けるとエンドレスになりそうだからここで閑話休題してもいいかな? かなかな?
閑話休題。
え〜っと……。何の話だったっけ? ……そうそう。プレイヤーさんが他人のアイテムをネコババしようとしてるんだった。
いい加減誰か、このプレイヤーさんに天罰を下してくれないものかな。でも哀しいことに周囲のプレイヤーは各々のプレイに忙しいようで、これから行われるであろうプレイヤーさんの横暴を止めようとする者はいない。
ただ唯一、こちらに常時視線を寄せている人がひとりばかりいるけど……それは咎めるというより「これからきっとナイスなことをするに違いない」という好気のものだった。
あああぁぁぁぁぁぁ…………。お願いだ。そんな眼差しで僕を見ないでくれ。
僕には君の期待しているような行いを到底できそうにない。
そんな衆人環視――とはいってもひとりだけだけど――が見ている中で、プレイヤーさんはやりやがった。アイテム整理をしていた人がその場を離れ、姿が見えなくなったのを確認すると、地面に散らばっていた道具をすべて自分のアイテムボックスの中に収納したのだ。
アイテムをひとつひとつ、ボックス内に入れるごとに、僕の中の勇者度数がメリメリと直下するかの勢いでダウンしていく。
勇者? なにそれ? おいしいの? そんな言葉がプレイヤーさんの口から聞こえてきそうだ。だけどこれで、コブタロウさんは僕に憧れをもつのを止めてくれるかもしれない。
そうですよ。貴方が憧憬の的として見ていた人は、こんなにも卑劣で汚い真似をする悪党だったんですよ。勇者とは程遠い、勇者の皮を被っているだけの魔王様ですよ〜。
やがて、アイテムをすべて拾い終えるプレイヤーさん。なんとなく、画面越しからプレイヤーさんの満ち足りた表情が想起される。
そのとき、先ほどまで遠目で見ていたコブタロウさんが、スタスタとこちらに向かって歩いてきた。どことなくその顔は、なにか物言いたそうなものだ。(単に僕が色眼鏡で見てしまっているだけだが)
これはもしかしてあれか。「貴女がそんな人だとは思いませんでした! もう絶交です!」と言ってコブタロウさんが別れるフラグか?
おお、やっとわかってもらえたんだね。そうなんだよ。君のこれからも続くであろうMMO人生を、こんなろくでなしのために時間を費やす必要はないんだ。
さあ! 特と僕を罵ってくれ! そして別れようじゃないか!
…………ああ、ちょっとそこの君。そうそう、その画面越しにいる君だよ。
今さっき、「このドMが」とか思ったんじゃないの?
言っておくけど違うからね。他人の光ある未来を蔑ろにさせないために、心を鬼とさせてあえてやっているだけだからね。
僕の前に立ちはだかり、停止するコブタロウさん。プレイヤーさんはそんな彼を、まるで立ち木を避けるようにそばを通り過ぎようと僕を動かすが、コブタロウさんがそれを許さない。通せんぼする。
じっとこちらをまっすぐに見つめてくる瞳に、僕はできれば首を逸らしたかったが、そうするわけにもいかない。……というかできない。
僕の胃がキュッと締め付けられ(アバターだけど)、一刻も早くこの場から離れたいという切なる願いをくすぶらせていると、
コブタロウ>素晴らしいです!
…………はい?
気のせいかな? 今さっき、プレイヤーさんの行動を称賛する声が聞こえてきたような気がしたけど……。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、開かれたメッセージウインドウに、さらに言葉が綴られる。
コブタロウ>落ちているゴミを自発的に回収することで、街を常に綺麗にしようと思ってしたんですよね! 最近の人たちのゴミのポイ捨てを許さないその心意気…………。お見事です!
いや、違うよ。君が思っている以上にこのプレイヤーさんは綺麗じゃないよ。
いったい何をどうしたらそんな発想が出てくるか僕にはわからないけど、はっきり言える。――君のその考えは誤解だと。
本当はこのプレイヤーさんは自分のことしか頭に入っていなくて、他人の迷惑なんてどこ吹く風の人情の欠片もない方ですよ。
だけど、プレイヤーさんはそんなコブタロウさんの純に満ちたメッセージを無視し、返事をすることなく彼の傍らを通り過ぎて先へと行った。
コブタロウ>なるほど。できる男は多くを語らずに行動で示すものなんですね。勉強になります。
いやいや。少なくとも僕のプレイヤーさんを真似しちゃ駄目だ。マナー違反やりまくりで、ろくな人間じゃなくなってしまうよ。君はせめて僕のような魔王道に走らないでくれ。
その後もプレイヤーさんの横行は続く。
アイテム拾いから始まり、他者の獲物を横取りしたり、木の実を取ろうとして木を揺すろうとすれば、力の加減を間違えてなぎ倒したり……。一番最後のは百歩……いや一万歩譲って大目に見るとしても、前者二つはいい加減やめてください、と言いたかった。
気分の沈んでいく僕とは反比例して経験値はグングンと上がり、レベルが現在10となっているわけだけど、嬉しくないのは言うまでもない。
おまけにレベルUP時に行えるパラメータの値の振り分けが相も変わらず攻撃力ばかり上げるものだから、障子のごとく薄い防御力は今も変わっていない。さすがにスライムの攻撃くらいは一発だけしのげるくらいにはなったが、それまでだ。二発目は防げないし、スライム以上のランクのモンスターには一撃を受けただけでもゲームオーバーとなる。要するに、役に立たない防御力というわけだ。
数々の暴挙を成すことでレベルを上げているプレイヤーさん。どう考えても褒められたものじゃないのは誰が見ても百も承知のはずなのだが、ただひとり……コブタロウさんだけはどういうわけかプレイヤーさんの行動をすべて友好的にとらえていた。
根が善良ってレベルじゃねーぞ! どうしてこんないい人が僕を慕うんだ!? この子は道を間違えたとしか思えない。
ちなみに言わせてもらうと、コブタロウさんが操っているアバターは常時、僕を非難するような眼差しで見つめていたので、余計にやるせない気分になるというものだった。
どうやらアバターのほうは常識人のようだ。それだけに辛い。口では好意的なことを言われても、表情がまるっきり非難と軽蔑の混じったものなんだから、嫌味としか思えない。
……まさか、これからもずっとこれが続くのだろうか。
そう思うと、僕はこの先の未来に暗澹としかものを感じずにはいられなかった。




