第16話 天災なのか幸運なのかよくわからないときってあるよね
初めてのダンジョン攻略達成からかれこれ一週間が経過した。それは同時に、プレイヤーさんは『アルメダ』の街の滞在期間となる。
プレイヤーさんは楽ができてかつ高利益を上げることができる依頼がないか、ログインするたびにギルドに立ち寄り、なかったら憂さ晴らしをするかのごとく、HPバーがギリギリ残って放置されている瀕死状態のモンスターを見つけてはやっつけることで経験値を稼いでいた。
もはや武士道やら騎士道なんてものがこのプレイヤーさんにはないことは百も承知なわけだけど、それでも、退治されていくモンスターたちに同情の念を抱かざるを得ない。
さらに、他プレイヤーが放置したのであろう、道端に落ちているアイテムを拾ってはそれを自分のアイテム枠に収納したりと、やることが勇者からとてつもなく離れてしまっている。
……い、いかん! いつもいつもこんな展開ばっかりだから僕の中に許容しそうな心が出来上がりつつあったけど、これはどうにか打開策を見つけなくてはいけない!
このままじゃ、勇者というよりただの賊だ。それもかなりひもじいレベルの。
たしかに、地道かつ卑劣で卑怯で愚の骨頂という言葉すらもかわいく思えてしまうほどに愚昧な手段でレベル上げをしたこともあって、レベル2から現在レベル7まで上がっているわけだけど、いつまでもこんなことが通用するとは到底思えない。
先のダンジョンの最奥にいたボスモンスターにも、ほとんどまぐれ勝ちしたようなものだし、そろそろ実力というものを身につけるべきじゃないのか? いや、絶対につけるべきだ!
むやみやたらに逃走の腕と姑息な知恵だけを上げるんじゃなくて、もっとこう……敵から真正面から挑めるような力を手に入れないと。それがなかったから、以前決闘を挑まれたときにあっさり負けてしまったんだよ。
どうにかプレイヤーさんに腕を磨いてもらう良い手はないものか。
…………。
…………。
…………ピコーン。
そうだ! ライバルがいればいいんじゃないか! もしくは共に戦ってくれる味方が!
主人公が強くなるための秘訣は、競い合う相手がいること。互いにしのぎを削って競争して、そうしてお互いの実力の底上げをしていくのが、もっともセオリーな方法のはず。
プレイヤーさん! なにさっきからアイテム整理している他プレイヤーのアバターを視界内に収めているの? まさかまた道具をネコババするつもりじゃないだろうね?
やめてよ。頼むから絶対にやめてよね? ね?
……あっ。アイテム整理してるアバターがアイテムドロップして、そのまま道具屋に入っていってしまった。
それを確認するや否や、こそこそと落ちているアイテムまで忍びより、足の側面を使ってずるずるとその場から離れようとする。まるで、十円見つけたから踏んづけて人目のつかないところまでもっていこうとしているかのようだ。
しかし、そんな妙な行動は当然ながら人目につくもので、往来するアバター――厳密には操作しているプレイヤー――が、僕を一瞥して行く。嗚呼……、穴があったら入りたい。
やがて、人気がさほどない裏道のようなところまでやってくると、ネコババしたアイテムをアイテムボックスの中へと収納した。
手に入れたアイテムはポーション三つ。序盤で手に入れられる回復アイテム故に、回復量はさほど多くはないけど、もともとHPが障子並の僕には十分すぎる代物だった。
……ただ問題は、手に入れたアイテムが他人から横取りしたも同然であり、そのことに罪悪感が心に重くのしかかっていることと、そもそも敵の攻撃に一発耐えられるのかすら怪しい僕が、回復アイテムなんぞ持っていて意味があるのだろうかという疑問が残るけど。
それと、プレイヤーさんがアイテム欄を表示している間、欄の隅っこに、ダンジョンで発見された未確認生物がスッポリと収まっていて、自分を使ってほしそうにじ〜っとこちらを見つめていたけど、全力で無視した。
残念だ。そもそもオンラインゲームにガイド役の妖精をつけたのが間違いなんだ。ガイド役なんかつけたら、MMO特有の自由度の高さや、広大なフィールドを探索して誰にも気づかれていないであろう新境地を見つける楽しさがなくなってしまうじゃないか!
……あれ? ところで、僕は今何か忘れているような気がしてならないんだけど、錯覚かな? なんか、プレイヤーさんが他プレイヤーのアイテムを横取りしたせいで、横道に逸れているような……。
…………ああ! そうだ! ライバルだ! プレイヤーさんにライバルがいたらいいのになぁって話だった!
とはいえ、問題はプレイヤーさんに助力してくれるような人がいるものだろうか……。
如何せん、プレイヤーさんのありとあらゆる奇行は、とにかく目立つのである。力にまったくの加減がないため、モンスターを無残にオーバーキルさせたり、街路に等間隔に植えられている木をゆすってドロップされる木の実を取ろうと幹を殴り付けた結果、ポッキンと真っ二つに街路樹をへし折って騒ぎを起こすしで、そのせいで『アルメダ』にいるプレイヤーの間で完全に知られ渡ってしまっている。
……もしかしたら、僕の名前が『ああああ』だということも原因のひとつかもしれない。さらにいえば、僕の外見が某配管工に似ていることも……。
その後、僕はプレイヤーさんに操作されてフィールドへと飛び出した。どうやら、また例の姑息な手段を使って経験値稼ぎを行おうという魂胆らしい。
なんだろう……。もう怒る気力さえ湧いてこないけど、これは諦めから来ているものなんだろうか。それとも、僕がプレイヤーさんに徐々に感化されていっているからなのだろうか。どちらに転んでも嫌だけど、あえて僕は前者であってほしい。身体はどんなに薄汚れようとも、心はいつまでも清廉潔白な勇者でありたいのさ。
辺りに何もない、見渡しの良い広大な場所に立つと、僕の視点――正しくはプレイヤーさんのカメラ移動――はぐるぐると、自分を軸に360度旋回する。体力が減って弱っているモンスターがいないか、確認しているのだろう。
僕以外にも、ほかのアバターがモンスターと戦闘している姿が見て取れているのだけど、他プレイヤーは、モンスターの体力バーが三分の一くらいになると必殺技コマンドを実行させて一気に倒していた。そのためプレイヤーさんは、とても入り込める余地はないと思っているらしく、そういった人たちは標的から外していた。
プレイヤーさんが探し求めているのは、このゲームをやり始めてまだ幾ばくも経っていない低レベル初心者プレイヤーだ。そういった人たちはまだゲームに慣れていないこともあり、獲物を横取りすることが可能だと、プレイヤーさんは考えているのだろう。
さすが僕のプレイヤーさん。やることがPK染みていて僕の心が穢れていくよ。
僕はプレイヤーさんの操作に忠実に従いながら、プレイヤーさんはカメラを動かして、かっこうの獲物がいないか虎視耽々と探している。この労力、もっと他のところで使えば……。
と、そのとき、ふとプレイヤーさんがカメラワークを動かすのをやめた。よって僕の視線もそちらへと注がれることになる。
僕が向いた先にいるのは、モンスターと他プレイヤーのアバターだ。
モンスターはずんぐり体形で、全身が赤茶色の毛で覆われている。さらに腕は丸太ほどに太く、その手には鋭利なナイフのような爪が太陽(もちろん擬似的な)に照らされて光を放っていた。
全体的にがっしりとしたクマ型のそれは『ベア』という、この辺り一帯では間違いなく最強のモンスターだ。そのこともあり、出現頻度も根気よくフィールドを探索しないと表れないうえに、倒した時の経験値も多い。低レベルプレイヤーなら『ベア』一体倒しただけでレベルが1、ないしは2上がるくらいだ。MMOは、レベルが上がりにくい仕様となっているため(特にレベルが20くらいになってから急激に次のレベルに上がるまでの経験値が飛躍的に上がるため、年にレベルが1〜3上がればいいくらいになる)これは非常にいい経験値稼ぎとなる。
だけど、それだけの高経験値をもっていることもあってか、『ベア』は場違いに思えるくらいに強い。それこそ、前回僕が攻略したダンジョンのボスモンスターよりも強いはずだ。
対峙しているアバターのレベルは15。装備もちゃんと揃えられており、武器であるロングソードで応戦している。
そのかいもあって、『ベア』の体力は風前の灯ほどに削られていて、あと数発攻撃を当てれば倒せてしまえそうだ。
だけど、アバターの体力のほうはそれ以上にひどい状態になっていて、見る限り、彼(アバターは男性)のHPバーはもはやピスピス状態。あと一撃でも受けてしまえば、ゲームオーバーとなること間違いなしだ。
そのこともあってか、彼は戦い方が逃げ腰気味になっている。『ベア』が一歩近づくごとに距離を保とうと一歩引き、モンスターの攻撃を避けることに意識が回っているようだ。
そんな彼らに、じりじりと僕を接近させるプレイヤーさん。しかも姑息にも、二人の死角となるような角度で攻め入こうとしている。
プレイヤーさん。まさかここまで必死になって追い詰めた他人の獲物を…………取る気なんでしょうね、この人は。彼のレベルを見る限り、初心者プレイヤーじゃないように思えるけど、今のプレイヤーさんはおそらく、目先の『ベア』しか見えていないんだろうなぁ……。
プライド? そんなもの、プレイヤーさんの前にはコイ○ングも同然です。いともたやすく粉砕されてしまいます。なぜ敬語になってしまっているのかは、僕にもわからない。
そのとき、『ベア』の片手が大きく振り上げられた。対峙している彼にとどめをさすべくの一撃が来ることは確実だ。攻撃が大ぶりなため、冷静にいれば見切ってから即座に反撃もできるはずなのだろうが、生憎なことに、彼はゲームオーバーになりたくないようで、保身に必死でそのことに気づいていない。
だけど、その保身すら怪しく、彼はぎこちなく身体をよじらせるように動いているだけだった。あれじゃ、いい的だ。
そこに、僕が突撃する。
こうすると、まるでピンチの人を助けようとしている勇敢な少年のように思えるかもしれないけど、僕のプレイヤーさんは危機に陥っているアバターなど眼中に映っていない。ただ一点、瀕死状態のモンスターのみに注がれている。
他プレイヤーのアバターに気を取られている『ベア』を、僕はプレイヤーさんの指示通りに背後から剣で斬りつけた。
『ベア』の背に斬りつけると同時、バシュッと派手な白い閃光が散り、グオオオォォォ、とモンスターが断末魔を上げながら光の粒子となって消滅した。
……やってしまった。
他のプレイヤーの獲物を横取りし(いつものことだけど)放心状態と化す僕。そんな僕を呆然と眺める、HPピスピスのアバター。
嗚呼! お願い! そんなに見ないで! すべてはプレイヤーさんの出来心なんです! 僕が悪いんじゃなくて、プレイヤーさんが悪いんです!
……と、弁解をしたかったけど、残念なことにしゃべれない。
二人の間で何とも言い難い沈黙が訪れる。
……っていうか、プレイヤーさんもやったならやったで早いところ退散しなさいよ! 気まずいでしょうが! 僕が!
アバターがじっとこちらに視線を向けて、ただひたすらに黙っている。この沈黙はきっと、怒りたいことが山ほどあって、まずどれから言おうか迷っている静寂なのだろう。……いや、きっとそうに違いない!
現実ならきっと冷や汗を全身にびっしょりと、まるで滝にうたれたかのようになっているはずの僕は、あまりの気まずさにできるだけ合わせたくない目をアバターに向けている。……あっ、今気づいたけど、名前はコブタロウっていうんだ。
コブタロウさんは、じっとこちらを凝視していたが、やがてその姿がすっとかき消えた。
な……! まさか、強襲するつもりじゃ! ……いや、普通のやり方じゃ襲うことができないから死角から『決闘手袋』を投げて戦うつもりじゃ……。
…………って、あれ?
僕はするすると下を見ると、そこに先ほど僕の視界からかき消えたコブタロウさんがいた。
――土下座姿で。
……え? どういうこと?
展開に追いつかない思考に、さらにとどめをかけるかのごとく、メッセージウインドウが開いた。
コブタロウ>ぼくを仲間にしてください!
…………え?
あれ? おかしいな。僕は幻覚でも見てしまっているんだろうか? いやだなぁ。いくらプレイヤーさんの横暴から逃れたいという願望が強いからって、幻覚を見るほどまでの末期症状にはなっていないはずだぞ、僕は。
そうだ! これはきっとバグだ! そうに違いない!
メッセージウインドウがバグってしまっていて、本当は「なにさらしとるんじゃ、ボゲェ!」って表示されているはずだ!
あるいはきっと…………そうか! 文字化けだ! うん、そうに違いない!
だからきっとしばらくしたら解消されて、コブタロウさんの本当のメッセージを知ることが出来るはずだ!
…………。
…………。
…………あれ? おかしい、文字がいっこうに変化しようとしない。
ということは、これは決してバグでもなければ文字化けしているわけでもないのか?
…………。
…………。
………………な?
……なっ?
なんだとおおぉぉぉぉぉぉ――――――!?




