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第15話 初めてのダンジョン 三層目〜汚いな。さすが勇者汚い〜

 第二層でおそらく一生役に立たないであろう仲間を手に入れた僕とプレイヤーさんは、現在第三層目に突入していた。

 今までのマップは、自分の言ったことのないところは黒く塗りつぶされていてわからなかったのだけど、三層目はすでにマッピングが完了した状態だった。

 それに目を通すと、大きなフロアがひとつあるだけで、そこまでの道筋は一直線だ。そのため、道に迷うことなくプレイヤーさんは黙々と僕をそこまで直進させる。

 モンスターの類はいない。ちなみに第二層では、運命の仲間との出会いの後、ちょくちょく出てきていたのだが、プレイヤーさんが逃げの一手でまったく戦わず、見せ場がゼロだったためカットさせてもらった。なに、ちょっとした編集ですよ。少しでも僕を格好良く見せるためのね。

 しばらくすると、マップに表示されていた広間だろうと思われる部屋まで辿り着いた。

 中は暗く、一寸先は闇状態だ。

 その中に、不気味に光る紅い光芒がふたつ、爛々と僕を見下ろしていた。

 ……ちょっと。明らかに何かいるんですけど!

 思った直後、広間にゆっくりと白光が照らされ始めた。

 それに伴い、二つの紅い光の正体が、はっきりとその姿を現した。

 それは、巨大なカマキリのモンスター。鋭利な切れ味を持ったカマが鈍色に光り、カマキリの目は紅く煌々と僕を見下ろしている。

 ふっくらとした腹部は脈打つように動き、口をカサカサと開閉している。

 昆虫好きなら歓喜の声を上げ、昆虫嫌いならトラウマになりかねない風貌をしたカマキリモンスターの名は、シザーマンティス。

 モンスターの頭上に緑色のHPバーが表示されており、その上にモンスターの名前が書かれていた。

 モンスターの姿が鮮明になると同時、フロアの入口は堅く閉ざされ、逃げ口なるものは一切存在しなくなってしまった。敵はシザーマンティス一体だけなので、完全なタイマン勝負なのだが……。

 シザーマンティスの複眼が僕をじっと見降ろし、ギラギラと凶悪な光を帯びている。それだけで僕は思わず背筋に毛虫が這ったような悪寒を感じてしまった。

 イカンイカン! 僕は仮にも勇者なんだぞ! 他プレイヤーの獲物を横取りしたり、アイテムを強奪したりしていても、一応勇者なんだ!

 こんなところで委縮してしまっていては駄目だ! 後に待っているであろう敵との決戦のとき、前線で活躍できないじゃないか!



 キシャアアァァァァ――――――――――!!



 ひいいぃぃぃぃぃぃ!!

 真っ赤に染まった口腔が僕に迫ってきた!

 ああ! いかん! 気の早い僕の脳味噌が危険を察知して僕に走馬灯を見せようとしている! 次から次へと流れてくるこれまでの人生が、浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返し、「さあ、後は逝くだけだ。遠慮なく御逝き」と頭の芯が指示を出している。

嫌だ! 負け犬思考の自分の意志に従いたくない! 従いたくないけどこのままじゃ腰ぬけ腑抜けの敗北思考の前に跪くことになってしまう!

 迫り来る巨大カマキリの口が、天国への入口ないしは地獄への入口に見えかけたとき、プレイヤーさんの操作によって後方に下がった。

 シザーマンティスは勢いづいていたこともあり、そのまま床に激突し、地面を揺るがした。そのせいか、モンスターの体力バーが微々たるものだが減少した。

 この隙に攻撃を――とプレイヤーさんは思ったのだろう。ロングソードを僕に構えさせ、真っ直ぐにシザーマンティス目掛けて剣を振るわせた。

 しかし、すばやく巨大カマキリは体勢を立て直したため、僕の剣の一撃は虚空を斬った。

 あ……まずい……。

 ボスの鎌が大きく振り上げられた。ギラリと鈍色に光る刃に、技硬直で動けない僕の姿を映していた。

 振り上げられた鎌が振り下ろされ、僕の体力がゼロに――――

 なろうとしたとき、プレイヤーさんは技硬直が解けた直後に僕を右へと移動させることによって、紙一重で回避した。

 ふぅ……。危ない危ない。なんというかプレイヤーさん、なんだかんだでいい動きをしているんじゃないか? 専らそれが逃げ専門というのが勇者然としていないけどこの際どうでもいい。命あっての物種だ。

 再度攻撃を外した巨大カマキリは、忌々しげに僕を睨みつける。もし知恵というものをボスが持っていたら「おのれ……黒い紳士みたくちょこまかと動きやがって……」とでも言われていることだろう。

 勇者とGを一緒にするな! と文句のひとつでも言ってやりたかったが、生憎とそれは否定できそうになかった。

 なにせ、それからの戦闘はというと、僕はボスの部屋をただひたすらに逃げ回り、ボスの攻撃を回避し続けるというものだったからだ。その様はまさに、台所でカサコソと逃げ回る黒光りするGのごとし。互いのサイズからしても、どちらが昆虫かわかったもんじゃない。

 とはいえ、そんな僕にもいくらか強みはある。

 それは言わずもがな……と言いたいところだけど言ったほうが何かと親切なので言うと、序盤のアバターとは到底思えないほどの屈強の攻撃力だ。

 いくらボスキャラといえど序盤のボスなので、僕の剣の一撃が決まれば、一気にHPバーを半分……いや、もしかしたら一気にゼロにすることだって可能かもしれない。

 だけど、そのためには相手の懐に飛び込んでいかないと駄目なわけで、そんなことを何の考えもなしに行った日には、ゲームオーバーとなってダンジョン外へと強制送還される憂き目を見ることになる。プレイヤーさんもそんなことになるのは面倒臭いと感じているから、こうして逃げ回って寿命を少しでも伸ばそうとしているのだろう。

 しかし、このままだといつまで経っても勝負がつかないのも確かだ。まるでポ○モンの通信対戦で互いの攻撃技のPPを使いはたして、残る技はPPが全快状態で残っている「なきごえ」ないしはそれに類似する補助効果技だけだから、それをゼロにして「わるあがき」を使おうとするまでの道のりのごとく、今の状況はグダグダだ。

 まずい! このままでは視聴者が離れてチャンネルをかえてしまうじゃないか! なんとかしなければ……。

 と、そのとき、プレイヤーさんが僕を逃げ回らせながら、アイテムウインドウを表示させた。このゲームはオンラインゲームのため、ウインドウを表示している間にも敵キャラクターは容赦無い攻撃を繰り出してきているわけだが、それを巧みに回避している。

 こんなときにいったい何をしているんだ? プレイヤーさんは。僕が髪の毛の差のところで振り下ろされる鎌に内心肝を冷やしているというのに、呑気にアイテムの整理でもしているのか?

 アイテム欄の一番端っこにあるアイテムを選択し、フィールドに出現させた。

 現れたのは、第二層で手に入れた妖精だ。相変わらずの二十四時間海パン一丁の変態妖精が、僕の眼前でふわふわと浮遊し、じっとこちらに視線を合わせてくる。本来なら、この状態で妖精に話しかけると何らかのガイド機能を果たしてくれるのだろうけど、あろうことかプレイヤーさんは僕に、その妖精を掴ませた。オヤジ顔のそれは、僕の顔をじっと見て黙している。……気が散るからやめてほしい。

 そして、ボスが再び僕に接近してきて、鋭い鎌を振り上げたとき、ボスの顔目掛けてそれを投げつけた。

 一直線の軌道を描き、オヤジ妖怪はボスの顔にピタリとひっつくと、ボスがわたわたとあわてて、鎌を無差別にブンブンと振り回し始めた。視界が遮られたせいだろう。あるいは……突然の見知らぬおっさんのドアップに混乱しているのかもしれない。

 不規則に振り回される鎌が大変危険なのだが、それは前方だけで、後方は完全に無防備状態だった。

 プレイヤーさんは目隠しになって混乱しているシザーマンティスの背後に、鎌の攻撃範囲内に入らないように大回りして回り込み、無防備になったボスの背後に、プレイヤーさんは僕を操作して剣を突き刺した。

 グイッとボスのHPバーが激減し、あっという間にゼロになる。序盤のボス故に体力がそれほど多く設定されていないのだろう。加えて、僕の破格の攻撃力もあって、一撃必殺を決めることができた。

 ボスキャラクターの耳を塞ぎたくなるような断末魔がフロア内に響き渡ると同時、シザーマンティスの身体が光の粒子となって天へと昇って行く。

 やがて、光の粒子が完全に広間内からなくなると、ファンファーレとともに入ってきたのとは逆の位置にある石の扉が重い音を立てながら開いた。

 …………どうやら、ボスに勝てたようだが……なんだろうか、この釈然としない気持ちは。なんかこう……「勝った」という気分にまったくなれないんだけど。

 っていうかプレイヤーさん! ボス戦のときまであんな姑息な手を使って! せめて大事な局面のときくらいは正々堂々と戦おうよ!

 しかし、そんな僕の言葉は完璧に無視し(そもそもプレイヤーさんへ僕の声はまったく届かないわけだけど)、プレイヤーさんはフロアの中央に人形のごとく落ちている妖精を拾って、再びアイテムボックスの中に収納した。

 どうやら味を占めてしまったらしい。いつか絶対、今回のような戦法を使うぞ。なまじそこら辺りにいるモンスターは単純なAIで動いていて学習能力がほとんどないから何度でも今回のような戦略が通じるからね。

 妖精を回収すると、プレイヤーさんは僕を奥の部屋へと進ませた。

 そこは正方形の小さな部屋で、中央に宝箱がポツンと置いてあるだけのところだった。これが、このダンジョンを攻略した報酬なのだろう。

プレイヤーさんは何の迷いもないといった感じで僕を宝箱まで接近させると、それを開けさせた。

 すると、ちょっとした効果音とともに、



アイテム 地の結晶

効果   大地のマナが結晶化したもの。単体では何の効果もないが……。



 そんなメッセージがウインドウに表示され、手に入れたアイテムが自動でアイテムボックスの中に入った。

 『地の結晶』は、売値は序盤ではけっこうなものになるのだが、武器や防具と『合成』したほうが何かと利便性がいいので、普通は売らない代物だ。

 だけど、『合成』の意味をこのプレイヤーさんは理解していない可能性が高いので、即行で売り飛ばしことだろうね……。プレイヤーさんの目には、この『地の結晶』がゴミアイテムとしか認識されていないことだろう。終番に差し掛かってもなお、ボールポケットの中にあるモン○ターボールや、きずぐすりより役に立たない……とプレイヤーさんは思っているはずだ。

 宝箱の中身を回収すると突如、僕の足元に幾何学模様の描かれた魔法陣が出現し、白光に光り出した。これは転送系の魔法で、ダンジョンの奥地まで行き、アイテムを取ると自動で発動し、外まで運び出してくれるものだ。

 薄暗いダンジョンの光景が徐々に霞み始め、やがて僕の視界が白一色に染まった。

 やれやれ……。やっとダンジョンから脱出できるよ……。

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