第14話 初めてのダンジョン 二層目〜これは勇者ですか? いいえ、妖精です〜
かつてないほどの激戦の土地となった場所がある。
四方八方に飛び散る、何の動物かわからない肉片、爪、臓腑……。
地面は暗くてもわかるくらいに鮮明な赤で染められており、それが低地に向かって川のようになっていた。
その低地の先には宝箱があり、人々はこの凄惨な光景を生み出した元凶であるこの宝箱のことを、決して開けてはならない災厄の箱――「パンドラの箱」と呼び、決して触れぬように、人々の中で語り継がれることになった。
……っと、こんな感じでよろしいですかね? 前回のあらすじは。なお一部、事実とは異なっているところがありますが、ご了承ください。
え? 間違いだらけだって? 幻覚を見ているのですよ。
僕は今、ダンジョンの一層を攻略し、二層目を探索していた。
画面越しのプレイヤーさんにはわからないだろうけど、湿気が一層むんむんと増し、できることなら上半身裸で探索したい気分になっていた。
……いや、しませんけどね。勇者的に……そしてアバター的になにか大切なものが奪われるような気がしますから。
こらそこ! 「もうそんなこと気にしても無意味だろうが」って思ったでしょ!
僕は決して屈しないとも! プレイヤーさんの数々の謀略に、身体はいくら乗っ取られようとも心までは絶対に! がんばれ僕! 希望はそこにあるものさ! 「そこってどこなのさ」ってツッコミは決して受理しない方向で行くので、ご了承願いたい。
薄暗い上にでこぼこで足元が不安定な道を、僕は足に必要以上に力を入れて踏ん張りながら黙々と前に進む。
モンスターは今のところ出てくる気配はなかった。……まあ、こんな狭い通路で出てきてもらった日にはガメ・オベラものだが。
ふと目測二十メートルくらいのところに、少し側面がふっくらと広がった場所がみつかった。今まで変わり映えしない風景が続いていたため、余計に目についた。
さらにプレイヤーさんの操作でそこに接近してみると、なにかがいることが確認できた。
他プレイヤーではないことは確かだ。なにせダンジョンに複数人入るためにはパーティを組まなければならず、プレイヤーさんは誰ともそれを行っていないからだ。
……ということは、考えられるのはひとつ。
すなわち、モンスター。
僕は身を引き締め、じっと眼前にいるものを見据える。
薄暗くてよく見えなかったそれは、僕が前へ前へと進むと徐々にその姿を現し始めた。
それは、壺だった。
僕の胸部ほどまで高さがある少々古ぼけた緑色の壺。入口部分にはコルクのようなものがつっこまれており、いかにも「中に何か入っていますよ」的な雰囲気を醸し出していた。
プレイヤーさんは案の定、その壺をポインターでクリックして調べる。
???>助けてください。私はモンスターに閉じ込められた可哀想な妖精です。
調べて出てきたのはメッセージウインドウだった。壺の中からそんなくぐもりながらも可愛らしい声が聞こえてくる。
妖精だって? 妖精っていえば緑衣に身を纏って手の甲にデルタの文様が刻まれた主人公が瀕死状態になったときハートを十ほど復活させて助けてくれるあれか?
???>お願いです。助けてください。助けてくださればお礼をさせていただきます。
……いや、待てよ。もしかしたらこれは罠かもしれない。
だって第一層の宝箱の件もあるし、どうにも変に勘ぐってしまう。もしこの壺を破壊したがために魔術師が現れて、呪いでカエルに変えられたりしたらどうしよう。勇者の面目丸つぶれだよ。
プレイヤーさんは迷っているのか、僕と壺を対面させてじっと硬直させたままだ。やっぱりプレイヤーさんも僕と同じ考えにいきついてしまっているのだろうか……。それとも単に、会話イベントに突入したから休憩のチャンスだと思って、スナック菓子でもポリポリ貪っているのだろうか。
ちなみに、スナック菓子を食べた手でゲームのコントローラーを触ると、友達とかに嫌な顔をされることうけあいなので、必ずその際は手をふきましょう。「ベタベタの手でコントローラー触んなや!」みたいな。By課長。
ウインドウには「助けますか? はい/いいえ」と選択肢が表示されており、プレイヤーさんの操るカーソルは「はい」のところでクリックされた。
その実効コマンドによって、僕は妖精が閉じ込められている壺を、手に持っていたロングソードで両断する。
中にいる妖精、大丈夫だろうか? ……っていうか、別に割らなくともコルク栓を抜くだけでよかったんじゃ……。モンスター相手に存分に力を振るえないからここぞとばかりに行使しているのだろうか。
すると唐突に、割れた壺が激しい閃光を放った。
薄暗かった洞窟を一瞬で明るくさせたかと思うと、それも数秒。すぐに光は小さくなり、やがてそれは羽根が生えた小さな人の形をかたどり始める。
これはもしかして……妖精か?
やがて光が止み、その中から何かが姿を現した。
頭には侘しく一本だけ頭髪がアホ毛のように波立っており、立派な白の口髭をたくわえ、上半身裸、下半身は海パン一丁のみという、世にも奇妙な妖精だった。妖精だからってこれは「妖しい」ってレベルを超えているぞ!
これは……ただの妖精のコスプレをした変態おやじだ!
???>いや〜、助かったぞよ。さすが勇者殿ぞよ。余の困り果てていたところによくぞ来て封印を解いて下さった。
……なんだろう。僕は今、とんでもないものを封印から解き放ってしまったのかもしれない。
できることなら壺を復元して目の前の妖精もどきを再度封印してやりたい。
???>おおっ! そういえば余の名前をまだ名乗っていなかったぞよ。余はツン・パーシ。ありとあらゆるRPGで数々の主人公を助けている由緒正しき妖精のひとりぞよ。
妖、精だと……? モンスターの間違いじゃないのか?
それとツン・パーシって逆から読むと………………いや、もう何も言うまい。
海パン一丁の妖精――ツン・パーシは、「ファッファッファ……」とエク○デスに謝れと言いたくなるような高笑いをした後、
ツン・パーシ>では、約束通りお礼をさせていただくぞよ。ずばり、余を助けた報酬は……。
ここで、「ダラダラダラダラ〜〜〜〜〜♪」と無駄な音楽がどこからともなく流れてくる。
そして、「ジャーン!」と曲が鳴り終わったと同時に、ツン・パーシのメッセージがウインドウに表示される。
ツン・パーシ>わ・た・し(はぁと)
……い、いかん! アバターだというのに無性に吐き気を催してきた!
っていうか、ウインクとおかま声をやめてくれ! ……いやそれより、ゲーム開発者はなにを考えているんだ! もっと可愛い妖精を用意しててよ!
これはもしかしてあれか? 今まで、僕が(正確にはプレイヤーさんが)ものすごい横行を繰り返してきたから、こんな妖怪が登場してきてしまったのか? 今までの罰のしわ寄せがここに収束しているのか? そうなのか!?
僕は落胆したかった。きっと僕が自由に行動できる立場だったら、今頃肩が身体から外れて地面にボトリと落ちてしまっていることだろう。
ツン・パーシ>これからは、余が勇者殿の行動を誠心誠意サポートさせていただくから、勇者殿は安心して冒険してくだされでぞよ。
えええええぇぇぇぇぇ――――!! 「報酬はわ・た・し(はぁと)」って冗談じゃなかったの!? 本気だったのか!
勘弁してくれたまえ! ガイド役なんてものオンラインゲームに不必要だよ! プレイヤーひとりひとりのペースで適当にプレイするのがMMOなんだから、ガイド役なんてものがいたら面白さが半減しちゃうじゃないか!
しかし、僕個人がそんな慟哭をしようとも、ゲームシステムには逆らえない。「ツン・パーシが仲間になった!」とファンファーレとともにメッセージウインドウが表示され、アイテムの貴重欄のところにスッポリと入ってしまった。
……っていうか、アイテム扱いなんだ。
もしかして、プレイヤーさん以外のプレイヤーの人も、妖精なるものを持っているのだろうか? 今まで見かけたことがないけど、もしかして使う必要がないからずっと道具の中にしまいこんでいるのだろうか。
……まあ、このゲームはオンラインだし、いちいちガイドに行動を指示されちゃかなわないか。自由がメリットのひとつであるわけだからな、MMOは。
多分、プレイヤーさんも使わないだろう。この人はやりたい放題、気の赴くままにプレイしているし、今までの行いからおおよそそのように推測できる。
おそらく、あの妖精は道具袋の片隅に追いやられ、「どれ、ちょっと荷物整理でもしようかね」というときになって、冷蔵庫の奥に詰め込まれていた食材の如き哀れな姿となって発見される運命になるのだろう。そう考えると、同情の念も多少なりとも感じざるをえない。
だけど……許してくれ。僕は、プレイヤーさんの数々の横暴で心身ともにグロッキーとなっているから、自分を支えるだけで精一杯なんだ。とても他人を支える余裕がない。こんな狭量な心である僕を許してくれ。
僕の心の叫びは、誰一人ともすれ違わない薄暗い洞窟に木霊することなく、胸中のみで響くのだった。
プレイヤーさんは、何事もなかったかのように、ダンジョンを奥へと奥へと進み行く……。
どうも、二週間ぶりの更新となります、なかたくです。
夏休みですね。皆さんは、夏休みの宿題をもう終わらせたのでしょうか?
僕は大学生のため宿題こそないのですが、後期の授業に置いてけぼりを喰らわないように、今から勉強しているところです。
大学って、もっとフリーダムなところってイメージがあったのに……おかしい。理学系だからか?
閑話休題。
ここで少しお知らせがあります。
この「ああああ」の第一話の後書きに書いているのですが、これが連載される前に、「魔術師」という小説が連載されていて、現在は消しています。
理由はまあ個人的なもので、言ってしまうと書き直し作業をしていたわけです。
ですが、その作業も終了しましたので、長らく休載していた「魔術師」を、8月17日、月曜日、午後8時より連載再開したいと思っています。
だいたい1か月ほどで終わるだろうとたかをくくっていたら、気づけば夏になってしまっていました。
書き直しをしたことによって、一部のキャラやその性格、また設定などが変更または削除されていて、実際「魔術師」というよりは別作品状態になりました。(実際、タイトルも変更する予定です)
また、この「ああああ」の処遇に関してなのですが……。
もともと、この小説は「魔術師」が休載している間の繋ぎとして連載させたもので、連載再開の準備が整い次第、消すつもりだったのですが……連載をこのまま続けたいと思います。
実際、僕としてもずっと「魔術師」一本で書き続けるのはだれてしまうし、その逆もしかりです。
ですので、更新ペースが若干落ちますが、これからも宜しくお願いします。
また、よろしければ、8月17日より連載する生まれ変わった「魔術師」も読んでください。そのときは作者、感激してキ○キ○踊りを乱舞していることでしょう。そのときは近所に腰蓑をつけた変態が出没するかもしれませんが、生暖かい目で見守ってやってください。(笑)
……いえ、しませんよ? 一応、念のために断っておきますが。……な、なんですか!? その目は! そんな眼差しを送られても僕は腰蓑を装着してピ〜ヒャラしませんからね!
……と、馬鹿な話はこの辺で。
長々と後書きに付き合ってくださって、ありがとうございました。
では。




