第10話 いざ、新天地へ!
あれから僕は、『ビギナー・ヴィレッジ』から飛び出し、フィールドを旅していた。
多分、もう戻らないであろう。その証拠にプレイヤーさんは、次なる町を目指そうと獣道を突き進んでいる。
僕は確信している。このプレイヤーさんは逃げるつもりなのだと。武器をかっさらったために。
……っていうか、逃げるのなら初めからそんなことしないでよ! プレイヤーさん! 今からでもまだ間に合うよ! 早くのび太郎さんのところへ引き返して、武器を差し出して、そして言うんだ。ごめんなさい、と。
悪事を働いて、頭を素直に下げることができる人間になりなさいって、親から学ばなかったのかい? ほら。思い出すんだ! ボール遊びをしていて、そのボールが近所の窓ガラスに直撃して割れて、親が自分の代わりに謝っていたときの記憶を。あれは悪いことをしたら謝らなければいけないということを、親が身体を張って行動で示し、教えてくれているんだよ!
さあ! 今こそ、その教えを実行に移す時だ! なに、恥ずかしがることなんてなにひとつない! 本当に恥ずかしいのは、悪事を働いても頭を下げず、のうのうとして、あまつさえそれを自慢話にして笑っていることなんだから。
しかし、なんということだ! プレイヤーさんは僕のそんな声が届いていないらしく、次なる新天地に向かってレッツゴーとばかりに、僕を全速前進させている。
貴様、それでも人間か! 人として生まれたからには道理をわきまえるのが筋というものだろうに! お前がやっていることは人間の中でも最底辺の愚者たる行いだぞ!
畜生! キャラまで変わっちまってるじゃねーか! どうしてくれるんだ! これで二度目だぞ!
ハッ……! いかんいかん。ここは一度落ち着かねばなるまいて。
スーハー、スーハー(深呼吸)
……よし。だいぶ落ち着いてきた。
動悸息切れなし。呼吸も安定しているし、血圧も正常血だ。……測ってないから知らないけど。
だがいずれにせよ、プレイヤーさんの非道な行いに、僕の心は荒涼とし、ガラスのハートはズタボロだ。
それと、このプレイヤーさんに付き合ってみておおよそ察してきたのだけど、どうもプレイヤーさんの数多の暴挙は、わざとやっているというより自然体でやっているような気がしてならない。行動前後に一切の躊躇がないのがその理由だ。爆弾の使い方をしらない子供に爆弾をもたせて、それで遊んでいるような……そんな表現がプレイヤーさんの行動にしっくり来る。はっきりいって、危険なことこの上ない。
誰か周囲の人間が指摘してあげればプレイヤーさんも自分を見つめ直して、行いを改善するかもしれないけど、如何せん、これまでの暴挙のせいで完全に避けられている……というか、恐れられている感がある。
誰とて、触ると爆発します、とレッテルが貼られているボムを触れることはしないだろう。そんなことをするのは、よっぽどの愚か者か、チャレンジャーか、自殺志願者くらいだ。
そしてそんな胆の据わったプレイヤーが、初心者たちが主に集っている『ビギナー・ヴィレッジ』にいるかと問えば、それは皆無に等しく、多くの人が遠巻きに、まるで腫れ物を見るかのようにするだけだ。プレイヤーさんは知らないかもしれないけど、正直、アバターである僕にはたまらなくそれが辛い。それが英雄を崇め奉る殉教者のごときものだったらまだ優越に浸れているかもしれないけど、残念ながら僕に集められるのは非難ごうごうの、敵を見るかのような視線だ。
あっはっはー。…………嬉しくない。
まあ、そんなこともあったから、あの『ビギナー・ヴィレッジ』からトンズラしたのは僕のメンタルにとってはいいことなのかもしれない。これから行くであろう新たな街には、僕のことを知っている人なんていないだろうし。
……だからと言って、プレイヤーさんの悪行が許されるわけじゃないけど。
そもそも、だ。プレイヤーさんが奇想天外な悪行を積み重ねなければ、逃げる必要なんてなかったし、僕だって変な負い目を感じる必要はなかったわけだ。まったく、無用な気苦労をかけさせないでよ、本当に。
もうやめて! プレイヤーさん! アバターのライフはもうゼロよ! って感じだね。
そんでもってプレイヤーさんは、「HA☆NA☆SE!」とかいうんだろうな、きっと。いやこの場合、「U☆RU☆SA☆I!」が正しいかもしれないな。とっちにしても聞く耳をもたないのは同じだけど。
……はあ、やめよう。考えれば考えるほど虚しくなるな。
何気なく辺りを見渡す。
どこまでも続きそうな芝生が、時折風に吹かれ身を揺らせ、獣道の両脇に等間隔で植えられている木々の梢が心地よい音を奏でる。
……ああ。これだけでも僕の心が洗われるような気がするよ。それだけ荒んでいたってことなのかな。……いや、深くは考えないでおこう。
道から逸れたところでは、モンスターがうろうろと徘徊しており、それらを討つことでレベル上げをしているプレイヤーが点々と見られた。僕もレベル上げをしないといけないんだろうけど、生憎と今、ガメ・オベラになるわけにはいかない。
なぜなら今、ゲームオーバーになってしまうと、一番最後に立ち寄った町(村)に強制ワープさせられるからだ。
そうなると、僕が戻されるところは言うまでもなく『ビギナー・ヴィレッジ』であり、再びあの数多の辛辣な視線を浴び、何とも居づらい空気を存分に堪能しなければならなくなる。
そんなのは嫌だ。
御断りだ。
僕はもう、普通のアバターとして暮らしたいんだ!
ぶっちゃけた話、トラウマになりつつあるんだ!
幸いにも、プレイヤーさんは道から外れた場所に跋扈しているモンスターには目もくれず、黙々と僕を次なる町へと歩ませている。
すれ違う人はいない。それも当然だと思う。初心者たちが集っているだけあって『ビギナー・ヴィレッジ』は、物珍しいアイテムや強力な武器や防具が道具屋に売っておらず、すべてビギナー用の極々初歩的な物品しかないのだ。
村の周りにいる魔物からも、特別珍しい道具がドロップされることもないため、レベルやゲーム操作がある程度上達したら、さっさと新天地を目指す方が、効率がいいのだ。
それに、『ビギナー・ヴィレッジ』周辺の魔物が落とすアイテムはすべて、後の街の道具屋で普通に売られており、それゆえに上級プレイヤーはわざわざ立ち寄る真似はしない。
なにより、『ビギナー・ヴィレッジ』には、自分が一度行った各地の街や村を自由に行き来できる『転送ゲート』がないのだ。これは初心者に上級プレイヤーがちょっかいをかけないようにという、運営側の配慮なわけだけど、残念ながらその目論見はものの見事に失敗してしまっていると言わざるを得ない。
深夜の『ビギナー・ヴィレッジ』は、魔王勢の上級プレイヤーの溜まり場と化しており、勇者勢の初心者プレイヤーを片っ端から狩っている。それも、僕が目の当たりにしたところによると、あの状況はだいぶ前からのものに違いない。そうじゃないと、あそこまで不文律になっているわけがない。
それもこれも、全部あのハデスとかいうプレイヤーのせいだろう。彼が中心となって、初心者いびりを行っているのだ。自分より明らかに弱い立場の人間とわかっている相手を痛めつけるなんて……あのアバターを扱っているプレイヤーは性根が腐っているとしか言いようがない。
強者というものは、弱きを助け、強きを挫く心構えをもっているべきだと思う。……って、それを魔王勢の人たちに唱えたところでどうしようもないことなのかもしれないけど、それでも、マナーを守るのは至極当然のことなんじゃないか? 勇者勢であろうと、魔王勢であろうと。
ゲームは、ルールを守った範囲で楽しむ。それが当たり前と考えている僕は変なのか?
…………まあ、ルールを思いっきりぶち破って、悪徳暴挙の限りを無邪気に行っているプレイヤーに操作されている僕が言うのも変な話なんだけどね……。
畜生! 誰か! 僕に説得力というものをもたせてくれ!
……っていうか、悪行三昧は僕が悪いんじゃなくてプレイヤーさんが悪いことなんだからね! そこのところ、間違えないでよ!
ちょっと! そこでどうして疑心暗鬼に目を細めるの? たしかに自暴自棄になって無茶苦茶やろうとしていた時期もあったけど、すべて裏目に出て、最終的に僕が手痛い目に遭っていたじゃないか!
え? それは結果論だって?
……いや、まあそうかもしれないけどさ……。
…………。
…………。
でもそんなの関係ねぇ! そんなの関係ねぇ!
…………。
…………。
…………はい、すみません。ふざけた上に話を逸らそうとしました。ついでに言うと古すぎるよね。どうぞさっきのことは、皆さまの記憶から削除してください。
そういえば、忘れたい記憶ほど脳裏にこびりついているよね。
……っと、ここで、僕の視線の先にぼんやりと何かが見えてきた。
遠くからは霞んでよくわからなかったが、近づいていくと、だんだんとその全貌が明らかになってきた。
どうやら、次の街のようだ。
 




