合掌
「孫おおおおおおおおお」
「のわぁっ!! ……え?」
なにもない暗闇の場所に二つの椅子。
俺とじじいはそこに向かい合って座っていた。
「孫おおおおおおおお死んでしまうなんてえええええええええええ」
じじいは泣いていた。
「な! え? あ……」
そうだ……俺はわけのわからない黒のローブの奴に足を……。
「じじい……ごめん……俺死んじまったみたいだ」
そうか……死んだらこうなるのか……。
でもまさか死んで一番に会うのがじじいなんて……。
正直複雑な気持ちを抱いた。
「うん、まだ死んでないんだけどね?笑」
「……は?」
「孫が死ぬわけないジャーン?笑 すくなくともわしがそんなことさせるわけないじゃーん?笑」
「……は?」
「いやーしかし、なかなかピンチなことなってんね? あいつ、源治っていうの? いやぁー、ワシがいたら二秒で消し炭だね!笑」
「……は?」
「んであいつ! かわいぁぃぃまごの足を吹っ飛ばしたあいつ! まっっじでゆるさない! ……うん、本当に許さない」
「……へ?」
「ワシはな、言ってしまえば引退? したんじゃ……影ながら孫を見守る……あ、まじじゃよ?まじ! ……でも今回のは我慢ならんかった」
スッゴい早口で喋り続けるじじい。身ぶり手振りがうるさい……。
「じゃからこんかいだけ! 今回だけ! ね! お願い!!」
誰に何を願ってんだ。
「と、いうわけで孫よ……やっちゃえ!」
くそ下手ウインクをしながら親指をたてた。
「……は? やるってどうやって——」
段々意識が遠くなっていく。
「お、おいじじい…何をどーやったら——」
そして完全に意識がなくなった。
「——渉、まかせたぞ」
「あっちゃー死んじゃった?」
「渉くんじゃなかったんですかね?」
黒のローブの二人は何やら話している。
目が覚めると、先程の足が破裂した場所。
血は飛び散っているが足は元通りになっていた。
「や、やや、ややや!」
「うお! 生き返った! すげー!」
二人は俺に気づいたようだ。
「足ももどってるじゃん! やっぱりこいつ渉くんだよ!」
「は、はえ~驚きました! たしかに完全に渉くんで間違い無さそうですね」
二人が何かしゃべっている。
不思議だ。
こんなにも落ち着いている自分がいる。
二人を目の前にして、みているはずなのにみてはいない。
目に見えているものがすべてじゃない。
目に見えていないものも見えている。
空、地面、やつらの後ろ姿も見える。
二人の話し声だけじゃない。
雪が一つ一つ、落ちる音が聞こえる。
心臓の音が聞こえる。
血が流れる音が聞こえる。
筋肉がきしむ音が聞こえる。
地面を踏みしめる音が聞こえる。
俺は……いったいどうしちまったんだ?
「な、なんだか様子が変ですよ?」
「うおーい、どーしたんだー?」
「そ、そろそろかえりますか……」
「んあーそーだなーやることやったし、渉くんってわかったしな!」
帰る……?
「まあ、まてよ」
俺は二人に声をかけた。
「「ッ?!」」
「な、おまえ?! なにをした?!」
「え?え?え? うごけません!!」
どうやら二人は動けないらしい。
そんなことはどうでもよかった。
「源治……っていうの? あいつ……いまどこにいるの?」
源治……奴の名前は源治っていうんだよな。
「し、しらねぇーよ」
「わ、わかりません」
「——そうか」
「お、おーいそろそろこれ、といてくれよー」
「そ、そうですよね、これじゃかえれませんもんね?」
不思議だ……。
さっきまであんなにいろんな感情があったのに……。
焦り、怒り、痛み、悲しみ……。
今はそれが……ない……。
何も……感じない……。
二人をみる。
俺にはひどく小さく見えた。
すごく、すごく小さい。
とても、ちっぽけだ……。
俺は無意識に、両の手のひらを合わせる。
その隙間に二人を見据えて。
「——阿権は我にあり、阿毘羅吽欠、作礼而去」
ゆっくりと、合掌する。
掌が合わさり隙間はなくなる。
目の前にいた二人は肉の塊になっていた。