諦めの悪い男
「ついたけど……俺完全に部外者だよな……」
俺はみなれない校門の前で少し冷静になった。
ついでに乱れた息を整える。
なんだかよくわからないまま、勢いで妹の学校に来てしまったが、いざ学校を目の前にすると怖じ気づいてしまった。妹が巻き込まれている可能性はあるのか?あったとして、でも俺は妹のこと覚えてるし……。
どうしようかまごついていると、敷地内にいた少し猫背なおじさんがこちらに気付き、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「君、ここで何しているのかな。うちの制服ではないようだが……」
値踏みされるように全身を観察される。当たり前か。他校の生徒がいきなり現れたんだからな。
俺は落ち着いて、冷静な態度をとる。
「妹に合わせてください!!」
落ち着いて冷静に全力で、頭を下げた。
「はい?」
明らかに動揺してるな。チャンス。
「実は妹がお弁当を忘れたみたいで……」
ボッチスキル『表面上の苦笑い』を発動させる。苦しいが、なんとかなれ……。
「は、はぁ……。君の妹さんがね……。ええっと……名前は何て言うんだい?」
勝った!
「えっと、千本木夏樹です。一年です。」
「そうか、私も全校生徒を把握している訳じゃなくてね……。少し確認して、呼んであげるよ」
そういってゆっくりと校舎にむかっていった。
「あぁ、そうだ。君の名前は?」
「千本木渉です」
了解、といって姿を消した。
話のわかるおじさんで良かった……校長かな?
気が緩んだせいか、汗が引いたせいか、急に寒さが身に染みる。息は白く、俺はその場で体を動かし寒さを紛らわす。一体、俺の学校で何が起こっているんだ……。
ほどなくして、先程のおじさんが帰ってきた。表情は曇っており、様子がおかしい。
「やあどうも。千本木夏樹ちゃん、確認してもらったよ、いまちょうど授業がおわったところだね」
あぁ! よかった!
俺はほっとし、全身のちからが抜けた。
「——ただ少し気になることがあってね……彼女……君のことをしらないと言っているんだ」
——は?
「兄はいるけど、渉という名前ではない……と言っているんだけど、君は……一体彼女とどういう関係なのかな?」
おじさんの目が鋭くなる。不審なものを見る目だ。
「いやいやいや、待ってください! 俺は千本木渉! 先程も言いましたが、ちゃんと血の繋がった兄ですよ!」
俺は声をあらげる。
「いやしかしね、本人がしらないってんだから——」
「何かの間違いだ! 妹にあわせてくれ!」
おじさんの首に掴みかかった。
「き、きみ! 警察を呼ぶよ!?」
妹が俺をしらない? そんなわけあるか!!
やり場のない感情を必死に押さえつける。
「お願いです! 妹にあわせて——ッ夏樹?!」
後ろの校舎から女子生徒がこちらへやってくる。見間違える筈がない、夏樹だ。
「き、きみ! 危険だ! こっちへ来てはいけない!」
おじさんが俺を押さえつけながら言う。
くそッ意地でも近づけさせないつもりか!
俺はおじさんを振りほどき、夏樹のもとへ走った。
後ろでおじさんが警備員を呼ぶ声が聞こえるが、構うものか。
「夏樹!」
「——僕の妹に近づかないで貰えませんか?」
「ッ?!」
俺と夏樹の間に、男が割って入った。眼鏡をかけており、白髪だ。
「ほら、夏樹、だから危ないといったろ?」
「う……うん」
……何だと……?!
知らない男が夏樹に馴れ馴れしく心配の言葉をかける。
夏樹が少し寂しそうな顔をしたのを、俺は見逃さなかった。
「おまえ……なにを言っているんだ?」
俺は、あくまで、冷静に訪ねる。
「君かい? わざわざ兄と嘘をついてまで僕の妹に会いに来たというのは。やれやれ……夏樹、君は可愛いんだから、変な男と関わっちゃいけないといつもいっているだろう?」
その男は馴れ馴れしく夏樹の顔を触る。
夏樹はうつむいたままだ。
こらえていたが、頭の血管がぶちギレた。
「てめえ……ぶっころしてやる……」
そいつに殴りかかろうとしたとき、怯える夏樹の顔が目に入る。
「お兄ちゃん……怖い……」
そういって、夏樹は知らない男の後ろに隠れる。
「——ッ?!」
俺は、戦意を喪失した。
「あぁ、大丈夫だよ。お兄ちゃんがついてるからね。夏樹は、先に戻ってな」
そういって、そいつは夏樹を戻らせた。
「き、きみ! 大丈夫なのかい? 今、警備員をよんだから!」
さきほどのおじさんが走ってくる。
「ええ、大丈夫です! 僕の知り合いなので、あとは任せてください!」
そういって、やつはおじさんを笑顔でなだめ、手をふり、やんわりと追い払った。
窓から見ていたやじたちも、つまらなさそうに身を引くのを感じる。
「さて……と、やっと二人になれましたね」
そういって、ニッコリと笑う。
先程とはうってかわり、親しみやすい印象になる。
なんだこいつ……雰囲気がかわった?
「何がなんだかわからない……と思いますが、僕は君を見るのは初めてじゃないんです。正確には……君たちを……かな?」
眼鏡のレンズを拭きながら、話を続ける。
「この前、買い物? をしてたでしょ? 妹と二人で。それをね? 見ちゃってさ……ははは? 君の妹、かわいいよねぇ? ……ほしくなっちゃってさ? あはは! これってなにかな? 恋かな? あはは」
言葉づかいが変わり、明らかな興奮と気持ち悪い笑顔をみせる。今にも大笑いしたいが我慢しているかのような笑いと共に。
「あはは……ふぅ……失礼。それでね、君、ちょっと邪魔でさ……いろいろあって、いま、消えてる筈だったんだけど……うーん。おかしいね!」
だめだ、こいつ、まじで頭おかしいんじゃないか……。どうしようもなくヤバイやつってのがひしひしとわかる。
「でもね! でもね! きみの! その! 僕が! 君の妹の顔に触った瞬間! その時の顔! ぁぁあぁぁあ! いいね! すごいよかった!!」
そいつは俺に顔を近づけ、興奮しながら捲し立てる。
俺はあっけにとられ、身動きがとれなかった。
「ぁぁぁぁぁぁあ! あの顔! もう一回見たい! どうしようか? きみの! 妹! 本当は大事にしようと思ってたんだけど……しかたないよね!」
なにかひらめいた様子を大袈裟に身振りであらわす。
「……まずは、あー爪? はがそうか? それから指! 切り落とそうか? ふふ? 足? ひきちぎる? あ! そうだ! 君にちぎった足片方分けてあげる笑」
くふふふふと子供のように笑う。
————俺は初めて本物の殺意を抱いた。
「おまえ……それ以上いってみろ……」
握りしめた手から血が滲み出す。
「あ! そうだ!! その前に!!」
恍惚の笑みを浮かべて、こちらの顔をみる。
「……君の目の前で犯してあげるよ……」
——ころす。
再び殴りかかろうとしたとき、うしろから何者かに羽交い締めにされた。
「君! 落ち着きなさい! そこの君は大丈夫かい?」
おじさんが呼んだ警備員か?! くそ、こんなタイミングで……。
「は、はい……話をしていたら、突然殴りかかってきまして……」
こ、こいつ! また雰囲気がかわった! くそッ
「は、はなせ! 俺はそいつを殴らないといけないんだ!!」
必至に振り払おうとするが、おじさんとは比べ物にならないちからで押さえつけられ、そのまま門外へ連れ出されそうになる。
「ふふふ。君、おもしろいから、僕から魔法をプレゼントしてあげます。」
パチンと、おもむろに手を挙げ指をならす。
「君には僕の魔法がかからないみたいだからさ、君の回りにかけておいたよ? ふふふ、君がどんな表情をするのか……たのしみだなぁ……おっととと、では、さようなら」
やつは手を振りながら踵をかえした。
あぁ、くそっ!
警備員に捕まり門外へ摘まみ出されそうになるが、必死にこらえる。
「お前! 覚えとけよ! 後でぜってえぶっ飛ばしてやるからな!」
後ろに引きずられながら、やつの背中に叫びを吐きつけ、遮二無二、拘束から逃れようとする。
やつの顔は見えないが、後ろ姿から笑っている様が容易に想像でき、尚更殺意がわく。
「君! これ以上暴れるなら本当に警察を呼ぶよ!」
俺を羽交い締めしている警備員が言う。
くそッ! くそッ! くそッ!
どうしようもなく怒りがこみ上げる。
そうこうしている間に校門の外に放り出された。
俺は情けなく尻餅をつく。
警備員が目を光らせており、この場にとどまることはできそうにない……が……。
俺はその場を動けないでいた。
……どうする?
何が起きている?
あいつは何だ?
妹の安全は?
一気に頭のなかで考えが爆発する。
とにかくわからないことが多すぎる。
たしかに学校に迷惑がかかるかもしれない。
たしかに親に迷惑がかかるかもしれない。
このままだと警察につき出されるかもな。
苦渋の決断で俺は立ち上がり、学校に背を向け、歩き出す。
手から滲み出した血がおち、地面に溶ける。
——でも、
どうしたって
なにがおきてたって
あいつがなんだって
誰に迷惑かかったって
俺は踏み出した足を止める。
妹がやばいんなら——
思い出される笑顔。
『困ったらなんでも私に言ってね!!』
黙って——
「黙って帰れるわけねぇだろがぁぁぁあぁあ」
そして俺は警備員を突飛ばし奴のいる校舎に走った。
冷たい空気が肺を通じ喉が焼けるように熱かった。