雪はまだ降らない
…………寒っ!
俺は部屋の寒さによって、目覚まし時計より先に目が覚めた。
そろそろ雪が降ってもおかしくない時期、室温は容赦なく下がる。
できるだけ外気に触れないよう、枕元の時計にてを伸ばす。
6時か……。
起きるには少し早く、しかし二度寝を決めるのには時間がない、そんな中途半端な時間に目が覚めてしまった俺は布団を深くかけ直し、ボーッとする。
ベッドの外の寒さと中の暖かさの温度差がここちよい。
そういえば、じーさんとおかしなやり取りをしたのも、この時期だったな。……ちから……お守り……。
自然に落ちてくる瞼に、なすすべもなくそのまま目を閉じる。
そして、当たり前のように、二度寝をした。
…………ッ?!
再び目を覚ましたおれは部屋の窓から暖かい光が差し込み、時間が経っていることを察する。
動悸、焦り、流れる嫌な汗。
……やばい?! 寝過ごした?! 今何時だ?!
慌てて枕元の時計を確認する。
……まだ間に合う!!
ベッドから跳ね起き、頭のなかで最低限支度しなければならないことを雑に思い挙げながら、部屋のなかを走り回る。
「あぁ! くそッ」
母さんも起こしてくれればいいのに!
完全に自分が悪いのに人のせいにする。悪い癖だ。
などと考えながら乱暴に着替えを済ます。駄目だ、このまま朝飯は抜きだ。
そのまま制服に着替えた俺は鞄を持ち、急いで階段をかけ下りる。
そこには誰もいなかった。
がらんとした居間に朝日が入り込む。
あー母さん今日仕事か。
両親は共働きだ。家に誰もいないことは珍しくない。
くそッ、朝飯抜いたら午前中は頭働かないけど、仕方ない!!
食卓に用意されていた朝食は妹の分も並んだままだった。
珍しい、あいつが朝飯を食べないなんていままでなかったと思うが……。
少しだけ不思議に思いながら、二人分の朝食を冷蔵庫にぎゅっとおしこむ。申し訳ない気持ちが胸に抱かれる。
頭はボサボサ、制服はだらしないそのなりで、急いで靴を履き、嫌に静かな家をあとにした。
「……ふぅ……ん?」
なんとか間に合った俺は自分の教室のドアを開け、違和感を覚える。
空席が多い。
所々、話をしている生徒もいるが空いた机が目立つ。
明らかに人が少ない……電車でも止まったかな?
俺はいつもの窓側の席につき、身なりを整える。窓側、寒いんだよな……。ボサボサの髪を無造作に手で押さえつけていると、先生が教室に入ってくる。
「うぃーす、じゃぁはじめんぞー」
けだるそうな先生は、こちらを見ずにそのまま授業に入る。
そして、いつも通りの授業が始まり、何事もなく一限目は終わった。
……変だな。結局、半分くらい来てないぞ?
授業中に遅れて教室に入ってくるやつはいなかった。
俺はこっそり、スマホで電車の遅延状況を確認する。
……特に目立った遅延はない……。
うーん……なんか……気になるな……。
周りのやつらはとくに違和感を覚える訳でもなく、騒がしくしゃべっている。
友達のいない俺は、窓の外を見るふりをしながら、全神経を耳に集中させる。
「ぎゃはは!」
「そうそう、でさー!」
「はぁー?まじでー!?」
ほほう……あのギャル集団か……。
「いやだからさ……いってやったわけよ!」
「はぁー? やるじゃん!」
「ちょ、やりすぎー笑」
ん……?
あのぴょぴょぴょぴょガングロ卵ちゃん、いないのか……?
俺はボッチスキルをフル活用させ、トイレにいく程で、さりげなく教室の様子を見る技を使った。
……いない。
ひと目みればわかるあの丸々とした真っ黒卵ちゃん、いないな……。くそッ、気になる……。何とかして訪ねる方法はないか……?
普通に聞けばいいじゃんという突っ込みは華麗にスルーし、俺はトイレでしたくもない用をたす。
あのギャルに話しかけるには、外的コミュニケーション経験値が足りない。
心なしか、廊下ですれ違う生徒も少なく感じる。
普段より静かな雰囲気が、少しだけ不気味だった。
教室に戻るタイミングで、二限目の先生を廊下でみかけた。俺はかけより、訪ねる。
「先生、今日、なんか人、少なくないですか?」
「? そうかな? そんなに休みの生徒はいなかったとおもったけど?」
……え?
そのまま一緒に教室に入り、二限目が始まった。
おかしい……休みの生徒はいない……?
黒板にチョークで文字を書く音が響く。
休みじゃないなら……なんだ?
いつもの半分しか、生徒はいないぞ?
部活関係? イベント? 駄目だ、気になる……。
俺は全く授業に集中できなかった。
そして二限目も普通に終わった。
どうしようもなく気になった俺はボッチスキル最終奥義『さりげなく後ろのやつに話しかける』を使う覚悟を決めた。しかしこの技は一度使えば向こう一週間は使えなくなる諸刃の剣、ここで簡単に使って——
「おい、消しゴム、落ちてるぞ」
後ろのやつが、俺の肩をたたく。
——?! 好機!
「お、おう、サンキュー……ところで、今日なんで半分くらい人いないの?」
「ん? 半分? 何いってんだ。これで全員だろ?」
もしかしてやばいやつ?という表情がみてとれる。
「……は?」
俺は口をポカンと開けていることに気付き、慌てて閉じる。
「全員? いやいやいや、机、余ってるじゃん」
「ははは、もしかして、千本木って面白いやつ? 机なんて最初から余ってたじゃん」
そいつは俺の肩をバンバン叩いた。
全員? これで? 机があまってた?
俺は夢をみてるのか? 白昼夢?
後ろの席のやつが他のやつと話し始め、俺は一人残される。
俺はいてもたってもいられず、先生に確認をとることに決めた。
なんだかよくわからないことが起きているという現状を打破したい気持ちが、自然と向かう足取りを早くさせる。
「何ぃ? クラスの生徒数ぅ? おかしなことをきくなぁ。全員で20人だろぉ……」
だるそうに書類を整理している担任はこちらを見向きもせず、さも当たり前のように言う。
「えっと……なんですって?」
耳を疑った。
「だからぁ20人です」
こちらを向く。訝しげな顔だ。
そんな……ばかな……それは俺の知ってる人数の半分だぞ……。
「そ、そんな……ぴょぴょぴょぴょガングロ卵ちゃんはどこにいったんです!?」
「いや、誰だよ……」
怪訝そうな顔でこちらを見た。
あぁくそッ! あいつの名前わかんねえ!
ここでふとあることに気づいた。
やけに静かな廊下……すれ違う生徒の数……。
「えっと……うちの全校生徒って何人ですっけ」
「んぁー? あーたしか……480人だな」
それを聞いて俺は愕然とした。
半分だ。
俺の知っている全校生徒数の半分……。
半分の生徒が……消えた?
いや、元々いないことになってる……?
だから誰も騒がない……?
俺が一人先生の前でぶつぶつと呟きだしたのをみてか知らずか、一枚の紙を机の引き出しからとりだし、差し出した。
「ほら、これ、名簿みたいなもん。うちの教室の分だ。確認したら返せよ」
俺はそれを奪い取り、確認する。嫌な汗が流れ落ちる。本当に半分の生徒しかいない。
……うちの学校だけか?
最悪な展開を想像してしまう。
「すいません! 具合悪いので早退します!」
担任の返事を待たず、職員室を出た。
「ういー……いやちょっとまて、それ具合悪いやつの態度じゃねえだろ——ってもういねぇし……」
心臓が高鳴り、鼓動が早くなる。
体は熱くなり、寒空関係なく汗がながれる。
教室から鞄を回収した俺は妹の学校へ走っていた。
携帯で電話をかける。
繋がらない。
電源切ってやがる。まじめかっ!
杞憂であれ杞憂であれ杞憂であれ。
それは祈りなのか、ひたすら心のなかで唱えながら走る。
幸い、妹の通う学校は遠くない。