それは日常
「……ん……ここは……?」
……学校……?
月明かりが辺りを照らし、そこは学校の教室だとわかった。しかし、何もなかった。机も、椅子も。
……夜……?
たしか、会社から帰る途中だったわよね……電車にのって……それから……。
「ッ! 手が……」
縛られてる?!足も……。
「気づいたか……」
「ッ?!」
静かな、太い声が響く。隣に男がいた。スーツを着ており、私と一緒で縛られている。
「ックソ……どういう状況なんだよ……誘拐か? にしては記憶がねぇ……回りのやつらもおきねえし、あんた……何かしらねえか?」
動揺が見てとれる。当たり前か。こんな状況、冷静でいられるわけがない。
私も……怖い……。
よく見ると私たちの他にも何人かいる……子供……母親……?それから——
「ッおい……きいてんのか?」
「え……あぁ……何も知らないわ……会社帰りで……電車に乗って……そこからの記憶が……」
私はできるだけ小さな声で話した。
「あぁくそっ一緒だ……何も覚えてねえ……だが、口が塞がれていないのはついてる……ほら、こっちに手…むけろ……」
そういって彼は私の縛られてる縄を口でほどく。
「あ……ありがとう……」
「早くこっちもほどいてくれ」
「えぇ」
……?!なにこれ……簡単にほどけるじゃない……。
「気付いたか?結びが緩い……こんなの、ほどけと言っているようなもんだ……いったい何考えてやがる……」
手足が自由になった彼は立ち上がり、腕を組んで何か考えているようだ。縛られている時は気付かなかったけど、かなり大きな体躯をしている。
「他のヒトも…………ッ?!」
かけより、そして気づいた。
「……おい……どうした?」
「あ……あ……」
皆、両腕がない。
辺りは真っ赤で血が飛び散っており、皆死んでいた。今まで気づかなかったが、生臭い。
「うっ……」
「あぁくそ……なまぐせえとは思ったが……とにかく、今は逃げるぞ」
窓はあかなかった。こんなところ、早く出たい……。
「だ、大丈夫なの……?」
「どうせここにいたって、命の保証はねえだろ……」
「違うわ……あんなのを見ても大丈夫なのって意味よ……」
私はかなり動揺しており、自然と早口で話した。動悸、そして込み上げてくる吐き気を必死におさえる。
「ハッ……本当はわめき叫び散らしてえけど……とにかく今は逃げてえ……この場にいたくねえんだよ……」
「……そうね……」
「あ、あの!」
「「?!」」
それは教室の隅から聞こえた。
「僕もたすけてください!」
そこには縛られている少年がいた。高校生? 制服をきているが全身が真っ赤だ。どうやら血しぶきを全身に浴びたらしい。かけている眼鏡のレンズがひどく汚れているのがわかった。
「お前、大丈夫か?この状況……何か知ってるか?」
縄をほどきながら訪ねる。
「あぁ……最悪ですよ……あなたたちは意識がなかったようですけど、目の前で人が死んだんです。腕をもがれて……」
腕をもがれてって……そんなことって……。
少年はひどく怯えている様子だ。
「信じないかもしれないですけど……あれはヒトの仕業じゃない……黒い……塊——」
「人の仕業じゃないだと?! じゃあなんだってんだ!!」
男は息を荒げ、少年につかみかかった。
「ちょ、ちょっと!落ち着いて……」
「ッ?! わ、わりぃ……」
私はスーツの男をなだめる。
「ま、まあしかたないですよ……。僕も、自分で何をいっているか、よくわからない……」
少年は目を伏せ俯いた。よほどショックだったのだろう。体が震えている。
「あぁくそっ……とにかく……こんなとこ早く出るぞ」
男は恐怖と混乱からか、少し苛立っているようだ。
反対に、少年は憔悴しきっていた。
できるだけ、音を出さずに進む。
静かだ……。
生臭さは教室を出ても続いた。
廊下の窓から月明かりが弱々しく道を照らす。通りすぎる教室はいくつかあったが、様子を伺う余裕も度胸もなかった。とにかく早くこの場を離れたかった。
「なぁ、おまえら……奇跡的に携帯持ってたりしないのか……」
「ないわ」
「僕も……ありません」
「だよな……」
沈黙が流れる。
その沈黙は大きな炸裂音でかきけされた。
「っ?! ちょ、ちょっと……なにあれ?!」
音に驚き振り向くと、私たちが通ってきた道、その奥に廊下を埋め尽くすほどの大きな黒いもやがあった。中心に赤い目のような点が2つ光っている。
じっとりと嫌な汗が全身を流れる。
「あ、あれです!僕が見たのは!」
少年は指差し、声をあらげる。
「あぁくそったれ……走るぞ!!」
私たち三人は走った。脇目もふらず、階段を下り、玄関へ。非常口のマークが、その道を印す。
「頼むからあいてくれ!」
玄関は、あっけなく開いた。そのまま走り外へでた。
「はぁ……はぁ……おい、皆大丈夫か……?」
校門まで走った私たちは立ち止まり、学校の様子を伺う。
「え……えぇ……なんとか……ね……」
私は正直困惑していた。まさかここまでスムーズに外に出られるとは……。たしかに途中で黒いもやには出くわしたけど……。
「あー、とりあえず警察だな俺は警察に行く。お前らは、どうする」
学校の方を警戒しながら私たちに訪ねた。あの生臭さも、冷たい夜風に流され、しなくなっていた。
正直……怖い……一人になりたくない……。
「私も……一緒に行くわ……」
「そうか……わかった。坊主……おまえは?」
大きく深呼吸している少年は学校の方を向きながらいった。
「ふぅ……。でも、まずは外に出れて……よかった……ですよね?」
私たちに向けて微笑む。
「えぇ……そうね……」
私はホッとし、緊張が解けたのか、少年に微笑み返した。
「……安堵……」
「……え?」
少年が指をならした。
……………?!?!?
そこは先程の教室。私はまた、縛られていた。
「ッ?! おい!なんだこれは!?」
スーツの?!彼も?!どういうこと?!?
「お、おい! 夢にしちゃ悪ふざけが過ぎるぞ!」
……子供……母親……ダメ……さっきと同じ……。
「あぁくそっ訳わかんねえ! 坊主! いるか?」
そう言えば……少年が……いない?!
「ふーんふんふーん♪」
廊下から聞こえる。
「ふんふんふふーん♪」
近づいてくる。
「ふんーふんふんー♪」
響く鼻唄。
「ふふふふーんふん♪」
響く足音。
「ん~♪」
それは教室に入ってきた。
……少年!?
少年は私の前に立ち止まり、話した。
「ふふふ、ねえ?いま、どんな気持ち?」
それは私に顔を近づけ、話した。
「なんで……どうして?!」
「うーん、その表情はー……困惑? 恐怖?」
「坊主!てめぇ……何をしやがっ——」
「バンッ♪」
隣の彼の頭がふっとんだ。血が飛び散る。生臭い臭いが広がり、私は赤に染まる。
「ヒッ——」
「それは恐怖だね?うーん、恐怖かー……それはもういいかな~」
このヒト?! 何をいってるの?!
「とりあえず……次かな……あ!でも、最後のホッとした顔? 結構よかったよ? うん」
「た、助けて……」
助けて……
「あーそれはー……懇願……結構見たけど、やっぱわっかんないなー笑 今日はこんなもんかなー……っとそろそろ朝だな」
もうこちらに興味がなくなったのか、独り言を続けていた。
「な、なんでもするから……お願い……します」
「んぁ? 本当?! なんでも!? ほほーん……いいね! わかった! 殺すのやめる!」
え? ほ、ほんと……? 助かっ——
「……バンッ♪」
「ふぁ~あ、これはまた、授業中に寝ちゃうかも……」