第九話 一か八かの大勝負
「うわわわわ!?」
「おらどうした、どうした!」
スーノが両手の手甲鉤で何度も攻撃をしかけてきた。聡はそれを死にものぐるいでかわしていた。幸い相手のモーションは大きいため、目を凝らしていけば、なんとか回避出来る攻めではあるのだ。
とはいえ、このままではラチがあかない。どうにかして反撃の一手をしかけなければ……。
「ああもう、うっとうしい!」
しびれを切らしたように声を荒げるスーノ。
「てめえ、いい加減にしろよ。いつまでもひょいひょい、ひょいひょいと。曲芸師にでもなったつもりか」
「そんなつもりはないんだけど……」
つぶやきながら必死でスーノの手甲鉤をよける聡。この手甲鉤は昨日、聡が生身の状態で食らったものである。ゆえに必然的にこの攻撃に対して、必要以上に怯えてしまい、どうしても回避一辺倒になってしまうのだ。
そういうわけでスーノとウェンズブルーの戦いは、しばらく膠着状態の様相を呈していた。そして戦闘の場が昨日と同じく、いつのまにか採石場に移り変わっていた。ということはまた爆破が起きる可能性があるってことだ。そう思うと今以上に不安を覚えてしまう。
「ぜい!」
「うお!?」
そんなことを考えてると、上から振りおろされた手甲鉤がウェンズブルーの肩をかすめた。危なかった。もう少し反応が遅れていたらクリーンヒットしているところだった。
「ふん。お前、今ビビってるだろ」
「!」
図星を突かれて聡はぎょっとしてしまった。そんなに今の俺は恐れ慄いているように見えるのだろうか。
そんな聡の心を読んだかのようにスーノが高らかに言った。
「わかるに決まってんだろ。昨日のお前の情けない姿を思い出せばな。それに加え、今少し動きが鈍くなりやがった。戦いに集中出来てねえ証拠だよ」
「…………」
聡はなにも言えなかった。否定しても、うそだと簡単に見抜かれそうだし 、だからといって「はい怖がってます」なんて肯定するのもなんか悔しい。ゆえに聡はどういった返しをすれば良いのかまるで思い付かなかった。
「だんまりか。まあ良い。昨日はお情けで見逃してやったが、二日続けて俺の邪魔をされるとなっちゃあ……。ぶっ殺すしかねえ」
スーノの表情が険しいものとなった。やばい……。こいつ本気だ。そう感じ取った瞬間、スーノはさっき以上に激しく、荒らしく手甲鉤を振り回してきた。
「くぅぅ!」
聡も先刻よりも必死になりスーノの猛攻撃をさけ続けた。だが聡は今図星を突かれたことにより動揺してしまい、先ほどよりもスーノの動きを見切りきれないでいた。そのためウェンズブルーの身体に、手甲鉤がかすり始める回数が漸増していった。
「うう……。ま、まずいな」
このままでは昨日の二の舞だ。いや、スーノは今度は殺すと言ってきてる。つまり昨日と違って、今回負ければ本当にゲームオーバーになるというわけだ。
スーノから距離を取り、ふと自身の腕を見た。やはりと言うべきか、昨日と同じくわなわなと震えてしまっている。
「クソ」
たまらずその情けない腕を手で抑えた。それでも変わらず小刻みに揺れてしまっている。
「朝比奈聡さん……」
突如現れたアニマが力なげに名前を呼びながら、ウェンズブルーのもとに駆け寄った。
「アニマさん」
聡も名前を呼び返し彼女の姿をじっと見つめた。そしてそのとき、先刻の浦川の言葉を思い出した。じゃあさ。その人のことを想いながら戦えば良いんじゃないかな。
「…………。アニマさん、一つお願いしたいことがあるんですが」
「なんでしょう」
不思議そうに首を傾けるアニマに聡は一言、発した。
「俺が戦ってる間、ずっと隣に居てほしいんです」
「?それは構いませんがそれに一体どういった意味が……」
「お前さー!なにブツブツつぶやいてんだ!」
業を煮やした様子のスーノが叫び、こちらを睨め付けてきた。
「そういや昨日もなんか一人で色々言ってたな」
スーノはアゴに手をやりながら考える仕草をしている。アニマの姿を視認出来ない向こうからしてみたら、急にひとりごとを言い出してるようにしか見えないのだろう。
聡は腰のホルダーに入っている、ウィークガンソードを取り出した。そしてグリップの底面にあるボタンを押した。「ソードモード!」とガンソードが発声し、銃口から両刃が出現した。
「ん?ひとりごとタイムはもう終わりか」
意識をこちらに戻したスーノが構えを直し、再び戦闘態勢に入った。
「ああ。もう一人でごちゃごちゃ喋ったりしないよ」
聡もガンソードをしっかりと構え、スーノの方に向き直した。
「お?ちょっとはやる気を取り戻したか。ふん……。そうこなくちゃあな!」
少し嬉しそうな笑みを浮かべたかと思うと、スーノは猛然とこちらに駆け走ってきた。聡はアニマに、ウェンズブルーの仮面越しに視線を送った。アニマは小さくうなずき、先ほどの頼みを受け入れる意思を示してきた。
それを確認出来た聡は、スーノに向かって一心不乱に走り出した。アニマも同じ速度で、ウェンズブルーの真横で駆け出している。
「おりゃああ!」
今まで出したことのないような掛け声をあげながら、スーノに対して上から斬りかかった。が、その攻撃は軽々と片手で受け止められてしまった。
「く……」
「剣の振り方がまるで素人だぜ。本当にあのウィークマンの一人かよ」
ウェンズブルーの顔を見ながらあざ笑うスーノ。安い挑発だ。聡はその言葉を無視し、ガンソードを両手持ちし、柄に力を込めた。プルプルと震えながらも刃は前に進み、スーノの腕が下がっていっている。
「チッ……。なめるなよ!」
舌打ちをしたかと思うとスーノは足をあげ、ウェンズブルーの腹部に重く鋭い蹴りを与えてきた。
「うう!」
低いうめき声を出し、聡は思わず崩れ落ちそうになった。しかしなんとか足を踏ん張り、そのままの体勢を維持した。
「へ、やるじゃねえか。だったら連発で食らってみるか」
ニヤリと笑ったスーノは宣言通り、素早いキックを連続で繰り出してきた。
「ぐううう!?」
聡の身体に激痛が走る。だが、ここで引くわけにはいかない。聡は自身の隣に居るアニマを見た。表情にそれほどの変化は見受けられないが、心配そうにしているのは雰囲気でわかった。
聡はそのままアニマを凝視し続けた。彼女の姿を見ていると、自分がなんにために戦ってるのか再認識出来る。どれだけ傷付けられようとも、俺はこの人のために逃げるわけにはいかないんだ。そしてそのことを実感出来たとき、聡の中の恐怖が徐々に薄れていった。よしいける。心の中でそうつぶやき、聡はアニマに言った。
「大丈夫ですよ。俺はもう恐れたりしません」
その発言にアニマは少し意外そうに首を傾げている。彼女がなにか言おうと口を開いた瞬間、眼前のスーノがイラついた様子で告げてきた。
「おいおい、舌の根も乾かぬ内にひとりごと言ってんじゃねえか」
「ああ、ごめん、ごめん。つい、ね」
スーノに目を戻し、全身の痛みをやせ我慢して軽い口調で答えた。スーノはさらにイラついたように、今度はガンソードを抑えてない、もう片方の手で手甲鉤を振りおろしてきた。
「く!」
攻撃をモロに受けてしまった。ウェンズブルーに変身している状態なので昨日ほどの激痛は起こらないが、それでもさっきのキック並みの威力を誇っている。そしてなにより、どうしてもこの手甲鉤がトラウマになってしまっているので、聡にとっては精神的にもかなりくる攻撃であったのだ。今さっきアニマに恐れたりしないと言ったが、実はそれは聡のただの虚勢でしかなかったのである。
そしてそのトラウマ攻撃を、スーノはキック同様何度も繰り出してきた。痛い。怖い。心臓が締め付けられそうなくらい辛い。だが、聡はやはりアニマの姿を一目見るとその攻撃を完全に無視し、さっき以上に目一杯、ガンソードの柄に力を込めた。
「!てめえ……」
スーノが慌て気味に攻撃を止め、両方の手でガンソードをつかんできた。刃は微動だにせず、完全に硬直してしまっている。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。聡はこれまでにないぐらいの気合を全身に込めた。
「うおおおおおお!」
雄叫びをあげ、ガンソードでダメージを与えることだけに全力を注いだ。そしてその努力はついに報われた。刀身は一気に真下まで振り落とされ、スーノの身体に大きな火花が散ったのだ。
「な、なんだと……!」
困惑した顔を浮かべるスーノ。こいつのこんな表情を見るのは初めてだ。
「てめえ、さっきまで昨日みたいにびびってたはずなのに……」
それなりの傷を負ったのかひざまずき、胸元を抑えながらスーノはつぶやいている。聡もスーノの攻撃を何度も食らって、かなりのダメージを受けていたため、同じように膝から崩れ落ちた。
「ああ、そうだね……。でも……」
聡はまた一瞬、アニマの方に顔をやった。そしてスーノに対してゆっくりと告げた。
「自分が誰かのために戦ってるってことがわかったから……。だから脅えながらでも前に進むしかないって思ったんだ」
「…………」
黙ったままのアニマの表情に聡は驚きを覚えた。少しばかりだが微笑みを浮かべているのだ。その顔に聡は思わずドキッとしてしまった。今自分が大ケガをしているのも忘れるぐらい、彼女の笑みが魅力的に映って見えたのだ。
自分が今ウェンズブルーの状態で良かったと心から聡は思った。そうでなかったら、赤面しているのがモロにばれてるところだったからだ。
「フ、フフフ……」
眼前のスーノもまた笑っていた。といってもアニマの微笑と違い、非常に不気味な笑い方だが。
「なにがおかしい?」
「いや、すまねえ。面白くて笑ってるんじゃねえ。お前が少し成長したように見えてな。それがちょっと嬉しく思えたんだよ」
「え?」
聡はスーノの心情がまるで理解出来なかった。どうして敵である俺が成長すると喜ぶんだ。お前は俺の父親かと突っ込んでやりたい気分だった。
「俺さ。相手が強ければ強いほど燃えるタイプなんだよ。だからお前が一皮むけて、存分に力を発揮してくれそうだからテンションあがってるんだよ」
「……。ドM?」
聡の問いにスーノは肩をガクッと落とした。
「なんでそういう発想になるんだよ。まあ良いよ。わかってもらわなくてもさ!」
言いながら手甲鉤で、ウェンズブルーに突きの攻撃を仕掛けてきた。聡は反射的にガンソードでなんとかそれを防いだ。そしてその攻撃をきっかけに二人の会話は終了し、戦闘が再開された。
さっきのスーノの言葉を借りるなら一皮むけたおかげか、だいぶ互角に戦えるようにはなってきた。しかし時間の経過とともにウェンズブルーの方が劣勢に追い込まれていった。その理由は……。
「はぁはぁ……」
「どうした?もう息があがってるぞ」
そう体力の差だ。聡は普段から運動などはしていない。ゆえにそれほどタフではないため、すぐにバテてしまうのだ。
「ここは、はやいこと勝負を決めるしかない……か?」
自身の考えをつぶやき、聡はガンソードをガンモードにし、レバーを三回引いた。一気にけりを付けるため、必殺技である水流超弾をスーノ目掛けて発射した。
「おっと!」
スーノはそれに素早く反応し、昨日と同じメラメラの半円形のバリアーを張った。前回と同様の構図の出来あがりだった。そしてその結末もやはり同じものに終わった。水流超弾はバリアーに当たった瞬間、煙をあげながら消滅していってしまったのだ。
「また蒸発しちまったなぁ」
得意げな口調で告げてくるスーノ。聡は地団駄を踏みたい気持ちだった。
「もう、ずるいなそのバリアー!」
聡は半ばヤケクソ気味にもう一発水流超弾を放った。しかし結果は変わらず、バリアーは一切破れる気配がなかった。
「くそ……。どうすれば良い……」
聡は思考を巡らせた。どうにかして、あのバリアーを破壊しなければ勝機はない。このまま長期戦になれば、体力の残っていない聡の敗北は火を見るより明らかだからだ。
「ふん。やはりお前にはこのソルバリアーは破れないようだな」
「ソルバリアー……」
聡はその単語に引っ掛かりを覚えた。ソル。意味は太陽。そういえば昨日スーノはこんなことを言っていた。『俺のソルバリアーは太陽そのもの。バリアーの温度は太陽の中心部分と同等の千五百万度もあるのだ』と。
そのセリフを思い出したとき、聡の中に一筋の光明がさしてきた。なんとかなるかもしれない。聡は左腰に携えている、アクアフォンを手に取った。
多分現実世界でやっても上手くはいかないだろう。しかしここは変身やら怪人やらなんでもありのゲームの世界だ。試してみる価値はある。息も絶え絶えの中、聡は一か八かの大勝負を仕掛けようとしていた……。