第八話 恐怖の乗り越え方
浦川太陽と西野咲夜が病室に訪れた次の日、聡のケガは全快していた。普通の人間なら治るのに一ヶ月はかかるらしいのだが、完治したのには当然理由がある。
変身アイテムであるアクアフォンには変身する以外にも様々な機能が搭載されており、その中の一つに、物体や人の時間の進み方を加速させる光線を発射出来るというものがある。
その光線を聡は昨夜自分に当て、一ヶ月ほど自身の身体を進ませたのだ。ちなみにすぐさまこの行動を起こさなかったのは、このアイデアを思い付いたのは夜中うとうととしているときだったからである。
そして今朝、医者が心底不思議がりながら「こんなことは……」とブツブツつぶやいていたが、一応身体の検査をして異常は見当たらなかったので、特になにを言われるでもなく退院することが出来た。
服に関しては昨日スーノにジャケットとTシャツを破れられてしまったので、幸いそれなりに入っている財布を所持していたので、病院の売店で売っていた服を購入し着ている。
「まずはどうするのでしょう」
病院を出て、いの一番に尋ねてきたアニマに聡は目を向けた。
「昨日言った通り浦川さんに聞きたいことがあるのでまずは連絡を。出来れば直接顔合わせて話したいんですけど、時間が空いてるかどうか……」
悩んでいてもしょうがないと思い、とりあえずメールで話したいことがあるから今から会えないか尋ねてみた。思いのほか返信は早く、しかも本来は今朝から仕事のはずだったらしいのだが昨日の急出勤の埋め合わせとして、午前中は休みになっているとのことだった。
「つまり今なら彼に会えるというわけですか」
「ええ。でもどこで待ち合わせるべきか……」
考えあぐねていると浦川からの追記メールが届いた。内容とは言うとなんと親切なことにこの病院まできてくれるとのことだった。とりあえず入り口付近で待っていますと返信ししばらくの間その場で待機していた。
「彼に尋ねたいことを聞いた後どうなさるおつもりですか?」
待っている間ずっと黙っていたアニマが唐突に口を開いた。
「どうなさるとは?」
「リタイアなさるか否かということです」
「……。それは浦川さんが俺の問いになんて返答するかによりますかね」
アニマが不可思議そうに目を細めた。
「それはどういう……」
「あ、いたいた」
前方からラフな格好をした浦川が手を振りながら走り寄ってきた。
「ん?なんか誰かと話してたっぽく見えたんだけど……」
「あ、いや……。ひとりごとですよ、ひとりごと。こう考えを口に出してしまう癖があるんです」
冷や汗を垂らしながら、すぐさま思いついたうそでごまかした。チラリとアニマの方に視線をやると、私のことは気になさらずとばかりに顔を背けていた。
「それよりわざわざきていただいてありがとうございます」
「いやなーに、咲夜を救ってくれたヒーローのお呼びとあればいつでも馳せ参じる所存だよ」
昨日と変わらず眩しいぐらいににこやかに笑う浦川。そんな彼を見ていると自然とこちらの口元も緩んでしまいそうだった。
「ここではなんだし近くの喫茶にでもいこうか。ちょっと早いけど昼食おごってあげるよ」
浦川の提案に甘えることにし歩いて数分のところにある、小洒落た店構えの喫茶店でお茶をすることになった。窓際のテーブル席についてタマゴサンドを頼む浦川を真似、聡も同じものを注文した。アニマは椅子に座ることなく聡の隣で突っ立っていた。
「それでいきなり本題に入っちゃうけど話ってなにかな」
「えっと……。レスキュー隊員の仕事怖くないんですか?」
問われた浦川は少し虚を衝かれたような顔をしたがすぐに真顔に戻り「うーん、どうしてそんなこと聞くのかな?」と問い返してきた。
質問で返されるとは予想していなかった聡は当惑を覚え、どう回答すればいいのか窮してしまった。
「答えにくい?」
浦川がまるで小さい子に接する親のような優しい声色で尋ねてくる。
「いえ、単に気になったからってだけです」
「ふーん」
感情のこもっていない相づちを返し聡の顔を一心に見つめていた。その目はまるで信じていない様子だった。わざわざ直接会ってまで聞きたい話の動機がそんな単純なわけがない。そう言いたげだった。
「まあいいや」
だが意外にも浦川はそれ以上言及してこず、聡の問いかけに答えてくれた。
「怖いか怖くないかで言えば怖い、かな」
浦川の返答は聡の想定していたのと真逆のものだった。
「そう……なんですか?」
「そりゃそうだよ。結構デンジャーな仕事だし。最悪お陀仏って可能性もゼロじゃない」
「じゃあなんでそんな職業に……」
聡は疑問をぶつけると浦川は少し恥ずかしそうに言った。
「実は僕幼少期のときかなり身体が弱くってね」
「そうなんですか?」
意外な告白に聡は少し身を乗り出していた。
「うん。よく風邪をひいてたしお腹も下してたっけな。だから小さいときは周りの人に助けられながら生きてきたんだ。子供心にそれが申しわけなく感じてた。だから逆に大人になったら人を助ける仕事に就きたいと強く思ってたんだ」
注文したサンドイッチセット二つが運ばれてきた。想像以上に量が多く皿一杯にサンドイッチが盛られていた。「食べなよ」と浦川に促されたのでタマゴサンドを食しながら彼の説明の続きを聞いた。
「そんなときだった。僕が水難救助隊のドキュメンタリー番組を見たのは」
ドキュメンタリーということは、つまり実際の水難救助隊の仕事を映した番組ってことか。TVをあまり見たことがない聡には、ドキュメンタリーという単語に馴染みがなかった。
「その内容がえらく鮮明に頭に焼きついてしまってね。川や湖での水害や水難事故現場で活動する様がすごくかっこよく映って見えたんだ」
浦川は懐かしそうな目をしながら述懐している。
「そのとき僕の将来の夢がきまったんだ。それからはまあ頑張って身体鍛えて虚弱体質を克服したり色々苦労したけどね」
「……」
「なにか言いたそうだね」
浦川が心を読んだかのような問いを投げかけてくる。思いのほか彼は人の心理を読むのに長けているようだった。
「実は俺昨日の怪人との戦闘を怖いと思ってしまったんです」
「……。ああ、なるほどね。それで危険な仕事してる僕にそんな質問してきたんだ」
「ええ。浦川さんなら恐怖心をなくす方法を知ってるんじゃないかって思ったんですけど……」
「さっきも言ったけど、僕はずっと怖いと思いながら仕事をしているよ」
「そんな状態でよく仕事続けられますね」
言ってすぐさま失礼な発言をしてしまったと後悔したが、浦川は特に気にした様子もなかった。
「うーん、そうだな……。恐怖心よりも、誰かを救いたいって気持ちの方が強いから続けられてるんだと思う」
「救いたい気持ち……」
「そう。僕はきみがどういう経緯でウェンズブルーになったのかは知らない。でもああいうヒーローになったってことはきみも人のためになりたいって気持ちがあるんじゃないかな?」
浦川はそう言ったが、そもそも実際のところ聡はヒーローでもなんでもなく、このゲームの世界でウェンズブルーを演じているに過ぎない。だから別に……。
「そういう気持ちは……。ないんですよ」
「……。本当に?」
浦川が訝しむような眼差しを向けてきた。が、聡は気にすることなく大きくうなずいた。
「ええ。正直これっぽっちも……」
「そんなはずありません!」
唐突にアニマが声を張り上げてきた。あまりにも大声だったので、聡は面食らってしまった。当然のことながらその声は周りの人間には聞こえていないので浦川を始め、お客や店員も平然としている。
「どうかした?」
浦川が不審がって聡の顔を覗き込んできた。慌てて「なんでもありません」と答え、続けてお手洗いにいってくることを早口で告げ、席を立った。
後方から付いてくるアニマを尻目に聡はトイレに直行した。アニマと二人で話をするために選んだ場所だったのだが、到着すると同時に一つ重要なことを見落としていたことに聡は気づいた。
「ああ……。男子トイレ」
そう。聡が女子トイレに入るわけにはいかないので、必然的に姿が見えていないアニマを男子トイレに入れないといけないことになる。しかしゲームの世界とはいえ、女性を男子トイレに連れ込むというのはどうにも気が引ける。
「先に入りますね」
立ち止まっている聡を追い抜かし、アニマは躊躇なく男子トイレの中に入っていった。おいおいと思いながらも後を追うように聡も男子トイレに足を踏み入れた。
幸いなことにトイレ内には誰もおらず、狙い通りアニマと二人だけになることが出来た。
「まずは失礼致しました。いきなり声を荒げてしまいまして」
後ろを向いたままアニマは謝罪してきた。
「しかしどうしても叫ばずにはいられなかったのです。なぜあなたは浦川太陽氏の問いに対してあのような返答を」
「……。事実を述べただけですよ」
聡のつぶやきにアニマはこちらを振り返り、激しくかぶりを振った。
「あなたは自分を過小評価し過ぎています」
その言葉に聡は少しムッとした。ついさっき会ったばかりの彼女に、なぜそのようなことを言われなければならないのだろうか。
「過小評価って……。失礼な物言いになりますけど、あなた俺のなにを知ってるって言うんですか。俺には人を救いたいなんて気持ち……」
「いいえ。少なくとも一体のアンドロイドを救いたいと思って下さいました」
「!それは……」
言われて聡はハッとなった。確かに俺はミスを犯した彼女のことをなんとかしてやりたいと思った。
「あなたは自分では気付いていないだけで、すでにあの浦川さんと同じ、誰かを救いたいという気持ちを持っておられるのです」
「……。でも俺は」
「うぃー!」
突如、一人の男性が声をあげながらトイレに入ってきた。顔は赤くなっており、千鳥足でこちらに向かってきている。完全に酔っ払いだなと聡は思った。
「一旦席に帰りましょうか」
アニマに小声で告げると聡は早足でトイレを出て、浦川の元にまで戻った。
「やあ、おかえり」
「どうも……」
着席すると後ろから歩いてきていたアニマが、先ほどと同じ位置で足を止めた。相変わらず座るつもりはないようだ。
「それでええと、どこまで話してたっけ。ああそうそう。人を救いたい気持ちはないって……」
「いえ、その……。前言を撤回します。一応そういう気持ちは持っています。というより俺は、ある一人の女性のために戦ってると言いますか」
説明をしていると、浦川はなぜか少しにやついた笑みを浮かべてながら告げた。
「ん?なに。それってもしかして好きな子だったりするわけ?」
「え」
聡は自分でもビックリするぐらい、素っ頓狂な声を出していた。
「ち、違いますよ」
どぎまぎしながらアニマの方に顔を向ける。彼女の方は特にこれといった反応を示さないで小首を傾げていた。
「フフ、ごめんごめん。ちょっと変な茶々入れちゃったね」
浦川は口元を緩めたかと思うと、すぐさま神妙な面持ちになり告げた。
「じゃあさ。その人のことを想いながら戦えば良いんじゃないかな」
「その人のことを?」
「うん。俺はいつも現場では常に人を救いたいという気持ちを、胸に刻んで救出活動を行ってるんだ。それも決して中途半端なものなんかじゃなく、強く、強くね」
浦川が拳を胸に当てながら諭すような口調で言う。聡は頭の中で今の浦川の言葉を反芻していた。人を救いたいという気持ちを胸に……。人を救いたいという気持ちを胸に……。
「俺に……。それが出来るでしょうか」
「……。正直絶対出来るなんて安易には言えない。でも……」
「でも?」
「これだけは断言出来る。もしその気持ちを強く持ち続けていられれば、恐怖に負けることは決してない」
浦川がこれまでにないほど真剣な目をしている。ゆえに今の発言には相応の説得力が感じられた。
「…………」
「まあかっこよく言ってるけど、最初の内は僕も恐怖でまともに動けず、周りに迷惑を掛けたこともあったんだけどね」
打って変わって浦川は手を頭の後ろにやり、昨日から何度も見た優しい笑みを浮かべていた。
「……。浦川さん、ありがとうございました。やっぱりあなたの話を聞けて良かった」
聡は感謝の意を述べた。正直なところ今の浦川が告げたことを実行出来るかどうか自信がない。でも取りあえず当初の目的通り、今自分が抱えている恐怖心をどうにかする手立てを知れただけでも御の字だ。
「いやぁ、そんな大したこと言ったつもりは……」
「お……おいあいつって……」
少し救われた気持ちになった途端、店内に居た一人の客が、顔を青ざめさせながら窓に指をさしていた。
「……。朝比奈聡さん」
アニマが注意を促すように聡の名前を告げた。
「ええ……わかってます」
聡は思わず唾を飲み込んでいた。店外には一人、いや人ではない異様な存在がそこに居た。
「さーて、今日はどこで暴れるかなぁーっと」
スーノがこの上なく軽い口調で声をあげている。聡は反射的に外に飛び出していた。
「ん、なんだ昨日ボロ負けしたウェンズブルーじゃねえか」
こちらに気づいたスーノがあおるような言葉をかける。聡はそれを無視し、眼前に立っているスーノの姿を見た。昨日同様、全身がトゲだらけのハリネズミのような身体をしていた。
「しかし二日続けて出くわすなんてすごい偶然だな」
「それに関しては外に出歩けば、大体怪人と会うようになっていると」
同じく外に出ていたアニマが聡の側まで歩きながら言った。
「それも説明書に?」
「ええ。昨晩朝比奈聡さんが寝てらっしゃる内に、説明書に書かれていることをすべてインプットしました」
「ハハ……。さすがアンドロイド……」
聡は感心しつつ、ポケットからアクアフォンを取り出した。
「じゃあリターンマッチといきますか」
聡はアニマに余裕な振る舞いをしてみせてるが、内心スーノに対して今にも震えあがってしまいそうなぐらいの、恐れを抱いていた。こんな心理状態でこいつとまともに戦えるのだろうか。
「ウィークチェンジ!」
脳内がごちゃごちゃになっている中、聡は昨日と同じポーズを取り、ウェンズブルーに変身した。
「へ。今度こそぶっ殺してやるぜ。ウェンズブルーさんよぉ!」
スーノがこちらに走ってくる。こいつとの第二ラウンドがこんなに早いものになるなんて。聡は当惑を覚えながらスーノとの戦闘を開始した。