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第七話 リタイアする?

「じゃあ川に落ちたおかげで助かったって言うんですか」


「そうです。説明書によれば特撮においては、川や海と言った水辺のところに落ちて気を失っても高確率で助かる、さらに敵が追撃してくることもあまりないと書いてありました」


「普通、死んじゃうと思うんだけどな……」


 聡は今病院の個室のベッドに入っていた。病衣を着ていて、身体中のあちこちに包帯を巻いているのでいかにも入院患者といった状態だった。目を覚ましたときにはすでにここまで運ばれていて、川で流されているのを通りすがりの男の人が救助してくれたことを医師が説明してくれた。


「それでどうします」


 そして現在、寝てる間ずっと隣で目覚めるのを待っていたというアニマと話をしている状況だ。


「と言うと?」


「敗北したとはいえあなたはまだゲームオーバーにはなっていません。ですので再戦することも可能です」


「そういえばゲームオーバーになっちゃう条件って、なんなんですか?」


「死ぬことです」


「は?」


「 正確に申しますと死に至るほどの攻撃を受ければ、その地点でゲームが終了して先ほどのメニューフィールドに戻される仕組みになっています」


「それって……。死ぬか怪人倒すしかしないとゲームをやめられないってことですか?」


「いえ、大声で『参りました』と叫べばリタイアと見なされゲームオーバーと同じ扱いになります」


「はぁ。参りましたって……」


 無意識につぶやいてからしまったと思い、反射的に口を手で塞いだ。


「今申しあげた通り大きな声で『参りました』と宣言することでゲームが終了しますので、普通の声量程度ではリタイアは致しません」


 ほっと胸をなでおろした聡をよそにアニマは続けて頭を下げてきた。


「ごめんなさい先に話しておくべきでした」


「いや、俺が説明書読まなかったのが悪かったんですし」


「そうおっしゃって頂けるとありがたいです。それでその……。これからどういたします?」


「え?」


「先刻申しあげた通り再びあのスーノと戦うことも可能ですが、ここでやめるというのも手です」


「いや、そんな……」


 そんなことは絶対にしない。そう即答するつもりだったが、途中で声が詰まってしまった。スーノとの戦い、いやあれはもう途中から戦いなどではなく、一方的な蹂躙でしかなかった。そしてそんな体験を聡は一度もしたことがなかった。これまでケンカとは無縁の生活だったし、イジメを受けていたこともない。なので今まで人を殴ったことも殴られたこともなかった。


 そういった人生を歩んできた聡にとって先ほどの経験は恐怖以外の何物でもなかった。ゆえにリターンマッチという選択は相当の勇気を必要とするものだった。


 どうすれば良いのか逡巡していると、病室のドアが開き女性看護師が入ってきた。


「聡くん。ちょっと紹介したい人がいるの」


 紹介したい人?一体誰だろうか。アニマもまるで見当がつかない様子で眉をひそめている。看護師は「どうぞ」と部屋の外に向かって言うと若い男女の二人組が入ってきた。


「こんにちは、良かった。思ったより元気そうで」


 男の方が開口一番にまるで友人かのような口ぶりで声をかけてきた。


「ってまずは自己紹介からでしょう。この子キョトンとしてるじゃない」


「っとそうだったね」


 女性はまるで息子に注意する母親のようにツッコミを入れると、男性は柔和な笑みを浮かべながら名乗った。


「僕は浦川太陽、こっちはえっと……。一応恋人の西野咲夜。実は川で流れていたきみを助けたのは僕なんだ」


 言われてよくよく彼を見てみると、ずいぶんとたくましい体軀をしており腕も鍛えているのかだいぶ太かった。この人なら溺れている聡を救出することも可能だろう。


「そうでしたか。えっとなんて言っていいか……。ありがとうございます」


 とりあえず感謝の言葉を述べた。ゲーム世界ゆえ実際に死亡することはないとはいえ救ってくれたことに違いはない。それに彼がいなければ今ごろ聡は、ゲームオーバーになっていたであろう。


「いやいや実を言うとね。感謝しなきゃいけないのはこっちの方なんだ」


 浦川が咲夜に目をやり不思議なことを言った。よく見ると彼女の方には見覚えがあった。確か……。


「さっきはありがとうね。あのままだと私あの怪物になにされることだったか……」


 その発言で記憶が呼び起こされた。そうだ彼女は先ほどスーノに襲われかけていた人だ。まさか、こんな形で会うことになるとは。


「実は彼とデートする予定だったんだけど、待ち合わせに行く途中であの怪物に出くわしちゃったのよ」


「で俺は同じ待ち合わせに向かう道中、流されてるきみに出くわしちゃったんだよ」


 浦川は腰に手をやって説明を続けた。


「でも本当心配だったよ。何とか陸に上げた後に声をかけてみてもまったく返事がなくて、しかも全身キズだらけの状態だったからさ」


 そこまで言っておもむろに浦川は看護師に目をやった。


「えっとすみません。ちょっとここからは三人だけで話したいことがあるんですけど……」


 藪から棒の頼みごとに、看護師は少し困惑したような様子を見せたが「では外で待機しておりますので終わったら声をかけてください」と返答し廊下へと出て行った。


「話は咲夜から聞いてるよ。まさかきみみたいな子がウェンズブルーだったなんてね」


「え……」


 いきなりなぜか自分の正体を言い当てられギョッとしてしまったが、すぐにそれは隣にいる人物が教えたからだと悟った。


「えっと秘密にしてたのならごめんね。大丈夫。彼にしか言ってないから」


「俺も誰にも漏らしてないから安心してくれ」


 咲夜は両手を合わせて謝り、浦川は拳を胸にやっている。


「どうやらウェンズブルーも怪人も世間に知れ渡っているみたいですね」


 アゴに手をやっているアニマの推察に聡は同意見だった。


「有名人ってわけか……」


「きみが救急車で運ばれてすぐ、取りあえず咲夜に事情を説明して少し遅れるって連絡を入れようとしたんだ。結構ギリギリの時間で外に出たからね」


「それでえっとなんだっけ。そのときに太陽が『すごいボロボロで背中なんか大きな爪で刻まれたような跡が出来てた』って言ったんだよ。で、あの怪人ってなんか爪の武器みたいなのつけてたじゃない?それでもしかして……って思って太陽と一緒に病院に来たってわけ」


 一通りの説明を終えると浦川は明るい声で言った。


「でも若いのにあんな怪物相手にしてるなんて、立派で勇気のある子だね」


 その賛辞の言葉を聡は素直に受けられなかった。ウェンズブルーが怪人と戦っているのは飽くまで作品の中であって朝比奈聡ではない。つまり聡が褒められているというわけではないからだ。


「立派じゃないですよ……」


「え?」


「勇気もないです。今だってあの怪人にやられてしまって……」


「浦川さんの方がすごいですよ。溺れてる人を助ける勇気があるんですし」


 急に話題を振られ困惑した様子を見せた浦川はすぐに照れ笑いを浮かべた。


「いや、まあ実は俺レスキュー隊員なんだよ」


「レスキュー……隊員?」


「そう。それも水難救助隊の人なんだよ」


 どうりでその筋骨隆々な身体をしているわけだ。


「もう就いてから三年ぐらいになるかな。でもプライベートのときに人を救助したのはこれが初めてだったよ」


「ま、まあ早々溺れてる人なんて見かけないでしょうしね」


「はは確かに」


 にこやかに笑う咲夜を尻目に聡は浦川のことが気になり始めた。レスキュー隊員なんて仕事おそらく常に危険と隣り合わせな職業ではなかろうか。下手をすれば自分の命だって失いかねないのでは……。そう考えると彼の勇敢さはかなりのものではなかろうか。


「あの……」


 声をかけたその瞬間、バイブ音が室内に響き渡った。浦川がポケットに手を突っ込みスマホを取り出した。


「ちょっとここ病院だよ?大丈夫なの」


「ん、いや平気平気。前にこの病院きたことあるんだけど、そのときに診察室や検査室とか以外だったら電話してもOKって言われたから」


 咲夜の心配を取り除いた浦川は、スマホのディスプレイに指をタッチし耳元に当てた。


「はい……。ええ……。今すぐ?わかりました。即刻向かいます」


 電話を切った浦川はこれまでのにこやかな表情とは打って変わって、真剣な面持ちになっていた。


「仕事?」


「うん、なんか一人体調不良で早退したみたいで変わりにこられないかって」


「今日久々の休みなのに」


 咲夜が不満げにつぶやいた。彼女にとっては、せっかくの彼氏と一緒に居られる時間が奪われた形になるので無理もない。


「そんなわけだからごめん。俺ちょっと行ってくるよ」


「それじゃあ病院の外まで私も一緒に行くわ」


 咲夜の申し出に浦川は黙ってうなずき聡の方に顔を向けた。


「じゃあ俺たちこれでお暇するね」


「あ、あの!」


 聡はほぼ反射的に声をかけた。


「ん?なにかな」


「えっと……。よかったら連絡先教えてもらえませんか?」


 聡の頼みに浦川と咲夜は少しポカーンとした表情をしていたがすぐに持っていたスマホを操作しだした。慌てて聡もベッドサイドテーブルに置いてあるアクアフォンを手にとった。実はアクアフォンは変身に使うだけでなく、外見通りスマホとしても使用することが出来る。


「はいアドレス送ったよ。それじゃあ今度こそさよならだね」


 そう言ってこの場を去っていった浦川と咲夜が入れ替わる形で、外で待機していた看護師が入ってきた。


「話終わったみたいね」


「はい……。すみません少し一人にしてもらえませんか」


 看護師は若干不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに顔をたてに振り廊下へと出ていった。


「先ほどの朝比奈聡さん、恥ずかしながら好きな男性の連絡先を聞く女子のようでしたよ」


 二人きりになった途端、間髪入れずにアニマがとんでもないことを言い出した。


「いやいや一応俺、恋愛対象は女性だけですから……」


「冗談です。スーノに敗れて気落ちしているように見受けられたので、少しでも気が紛れればと思いまして」


「はぁ……」


 さっきと同じく彼女の冗談は冗談に聞こえない。多分エイプリルフールに嘘をついても疑う人はほとんど居ないであろう。


「それよりアニマさん。一ついいですか」


「なんでしょうか」


「仮に今リタイアしたとしたら、またこのスーノを倒すミッションを受けることは出来るんですか?」


「……。残念だからそれは難しいです。最初に申しあげたと思いますが、このミッションモードの内容はランダムに選ばれるものになっています。それもそのパターンはかなり多岐に渡ります。 ゆえに狙って同じミッションをプレイするのはほぼ不可能に近いかと」


「そうですか、それなら……。リタイアするかどうかは、もう少し後になってから決めようと思います」


「それは……。あの男性になにか聞き出したいことがあるからですか?」


「まあそんなところです……。とりあえず今日はもう寝ます。おやすみなさい」


 聡はそう言うと横になった。アニマは小声で「おやすみなさい」と答え、しばらくすると彼女の気配が消えた。 


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