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第六話 朝比奈聡の初戦

 光が弱まってきたのを目で感じ、ゆっくりとまぶたを開けると、そこはどこかの住宅街のような場所になっていた。周りには誰もおらずシーンという音が聞こえてきそうなほど静かだった。本当にゲームの中の世界なんだろうか。そう疑ってしまうほど現実と遜色ない光景だった。


 ふと違和感を覚え自身の格好を見てみた。いつのまにか学校の制服から長袖Tシャツに黒のジャケット、下はガーゴパンツを身につけていた。多分これはウェンズブルーの私服の一つなんだろう。そう推測した聡はこっちに向かって歩いてきている一人の若い女性に声をかけた。


「あの……」


「はい?」


 女性は足を止めこちらの方向に首を曲げた。普通の人となんら変わりない顔立ちをしている。どう考えても生身の人間にしか見えない。聡は適当に尋ねた。


「ええと、あの好きな色ってなんですか?」


 我ながらなんというアホな問いをしているのだろうかと、自分の頭をぶん殴りたくなった。もう少しまともな質問は思い付かなかったのか。案の定女性は不審者を見るような眼差しを向けている。


「あの、ナンパなら間に合っていますんで」


 そう言うと女性は不機嫌そうに足早にその場を去っていった。「完全に怒らせてしまったな……」聡はそうつぶやくと同時に、さっきの女性がとてもゲームの中のキャラだとは思えないほどリアルに出来ていたことに軽い感銘を受けた。


「すごいな……。本当にゲームの中かよ……」


「地球人から見たらかなりの高技術で作られたゲームですからそう思うのも当然です」


 後方からの声に振り返るとアニマが凛然と立っていた。


「あ、どうもさっき振りです。えーと手始めにまずはなにをすれば良いんでしょうか?」


「そうですね。その内なにかしらのイベントが発生すると思われますので、自由に行動してもらって構わないです」


「と、言われましても……」


「さっきの女性の胸を触っても良いですしその場で全裸になって頂いても構わないです」


「しませんよ!人を変態みたいに言わないで下さい」


「冗談です。少しあなたの気をほぐそうかと思いまして」


「別に緊張とかはしてないですから大丈夫ですよ……」


 アニマなりの気遣いのつもりだったらしいが、一定のトーンで話す彼女の口調はジョークにとても聞こえないものだったので何だかドッと疲れてしまった。ゲームとはいえこれから敵と戦うことになるというのになんとも先が思いやられ……。


「きゃああああああ!?」


 突如尋常ではない声量の叫び声が、閑静な住宅街に響き渡った。反射的に声のする方に顔を向けてみるとさきほどとは別の女性が腰をついて恐れ慄いた表情を浮かべている。その前には後姿でも明らかに異物の存在だとわかるやつが仁王立ちしていた。


「あれが……怪人?」


「そうです。さあ、早速変身して戦いましょう。アイテムはジャケットの腰ポケットに入っているはずです」


「ずいぶんとスピーディな展開だな……」


 つぶやきながら着た記憶のないジャケットのポケットに手を突っ込み、一枚のカードと一見すると普通のスマホのようなデバイス--アクアフォンを取り出す。


 変身の仕方や武器の使用方法はアニマの言われた通り、いつのまにか聡の頭の中に刷り込まれていた。なんだか脳を改竄(かいざん)されたみたいで正直少し気色が悪かった。


「よし、じゃあやりますよ」


 アクアフォンの底部にある挿入口にカードを入れた。そして液晶画面に変身しますか?との一文が出現し、その下にYESとNOが表示されている。聡は迷わずYESの方に指をやった。これで変身のプロセスは完了。聡の身体が異形のものと変化していく……。はずだった。


「あの失礼ですがなにをなさっているのですか?」


 アニマが冷ややかな口調で尋ねてくる。


「えーとなにを……って」


「変身するときは一定のポーズと掛け声を上げるはずなんですが。その辺りのところもちゃんとインプットされてますよね?」


「あ、いやその」


 されているかどうかと言われれば答えはYESなのであるが、聡はどうしてもその手順を行いたくなかった。なので省いて変身しようと思ったのだが……。


「一応伝えておきますが、ポーズと掛け声がないと基本的に変身出来ない仕様になっていますので」


 その情報は聡にとって悲報でしかなかった。なぜならそのポーズと掛け声は聡の中でかなり恥ずかしいものだったからだ。正直、人前でやるのには少しためらわれる行為だった。まあアニマはアンドロイドなのだが。


「やるしかないってわけか」


 カードを取り出し、変身のやり直しを決意した。右手に持ってるアクアフォンを前に構え、その状態のままカードをさっきのように挿入する。そしてアクアフォンを左耳の辺りまで引いた。


「ウィークチェンジ!」


 叫びながらそのアクアフォンを頭上高く掲げ、さっき同様YESをタッチした。するとたちまちに聡の全身はウィークマンの一人、ウェンズブルーに変貌していった。


「変身……。出来たのか?」


 自身の身体をまじまじと見た聡はその姿に驚愕した。首から下は青を基調としたメタリックなものとなっていた。右腰にはホルスターが付いており、そこにはウィークガンソードというらしい(頭の中にインプットされていた)銃剣が入っていた。


 そして左腰にアクアフォンをしまうためのホルダーがあったので、取りあえず手に持ってる携帯をそこにセットしておいた。


 ふと顔はどうなっているのかとちょうど近くにあったカーブミラーを見上げてみる。やはり青が基調となっており目の辺りに細長い赤いラインが引かれている。


「さあ戦ってみてください」


 アニマが怪人に指差しながら戦闘を促す。


「ん? ちっ、ウェンズブルーかよ」


 怪人がこちらを向き、うざったそうにつぶやいた。そのフォルムは剣山をいくつも身につけているかのごとく全体的にトゲトゲとしており、身体の配色は目が焼けそうなぐらいに赤々としていた。両手には長く鋭い手甲鉤が装備されていた。


「あ、名前はもう知ってる設定なんだ」


「あん?なんのこと言ってるんだ?まあいい。俺の名はスーノ。太陽を司る怪人だ。まず貴様から片付けてやるぜ!」


 意気揚々と声を荒げ怪人はこっちに向かって走ってきた。


「うわ!?」


 勢いそのままに繰り出してきた体当たりをモロに食らってしまい、声を上げると同時にグルグルと後ろに転がってしまった。


「く……。いきなり攻撃しかけてくるのかよ」


 ボヤきながら立ちあがるとすぐさま周囲の違和感に気付いた。さっきまでいた住宅街からどこぞの採石場のような場所に移動していた。


「え?え?ここどこよ」


 当惑を覚えながら周りをキョロキョロしていると、さっきの怪人が頭を下げた状態でまたしてもこちらに突っ込んできた。恐らく頭突きをかましてくるつもりだ。


「くぉ、危な!」


 今度はダメージを負わないよう、なんとか両手で怪人の頭を押さえ込んだ。が、スーノは力を落とすことをまったくせず、こちらを押し倒すかのような様相だった。その姿はまるで闘牛のように見えた。


「ぐ……。クソ……」


「大丈夫ですか」


 知らない内にアニマが隣に立っていた。両手の力を抜くことなく尋ねる。


「どうして急にこんなところにきてしまったんでしょうか」


 アニマはなにも言わず右腕を軽く振った。するといつの間にか彼女は分厚い本を手に持っていた。おそらくこれも手品とかの類いではないのだろう。


「えっとですね……。説明書にはこう記されてます。怪人との戦闘が開始すると今いる場所からまったく別の場所に移動することが多々あります」


「ええ……なんでそんな意味不明な設定が?」


 アニマは再び説明書を黙読し始めた。が……。


「このゲームでは特撮において度々発生する出来事を忠実に再現していると書いてありますね」


「え、なに!特撮だとこんなワープ染みたことが頻繁に発生するの!?」


「なにごちゃちゃひとりごと言ってんだ! おら!」


 スーノが裂帛(れっぱく)の声とともに、ウェンズブルーの腹部に強力な蹴りを入れてきた。その一撃はあまりにも重く強いものであり、たまらず地面に崩れ落ちた。


「がぁ……」


「なんだ、一発でグロッキーか? オラどんどんいくぜ!」


 スーノが意気揚々に追撃を加えようと足をあげ踏みつけようとしてきた。


「クソ!」


 力を振り絞り横転し怪人の踏みつけ攻撃をよけた。


 そのまますぐさま立ち上がり、反撃の一手として飛び蹴りを相手のボディにクリーンヒットさせた。


「ぐぉ!?」


 低いうめき声をあげながら、スーノがはるか遠くに飛んでいく。


「おお……」


 その光景に思わず感嘆の声が漏れた。ゲームの中だけとはいえ、自分がこんな超人的なパワーを手に入れていることに少し興奮している。


「かなりやべえ力だな」


「驚かれましたか?」


 横にいたアニマが小首をかしげている。


「ええまあ。それより距離が離れている今がチャンスですからチャチャとやっちゃいますね」


 ウィークガンソードを取り出し必殺技の水流超弾(すいりゅうちょうだん)を放とうと思った。立ちあがりよろめいている怪人に銃口を向け、本来なら撃鉄? の部分に充たる場所にレバーが付いているのでそこを三回ほど引っ張った。ジャガガガガーン!と喧騒な音が鳴り響き、銃口に青いエネルギー弾が生成されていく。


「この野郎ぉぉぉぉぉぉ!」


 スーノがこの世のものとは思えない叫び声をあげた。激昂しているのは火を見るよりも明らかだった。ウィークガンソードから『マックスチャージ!』とチャージ完了を知らせる音声が流れた。


「えい!」


 引き金を引くと銃口からエネルギー弾が離れ一直線に怪人のもとに向かっていった。


「あ……」


 説明書に目を通しているアニマが、なにかに気付いたようにつぶやいた。直感的に嫌な予感を感じ何事かと尋ねようとした。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 だがそのときスーノが荒々しい声とともに長方形型のバリアーみたいなものを出現させた。そのバリアーはスーノの背丈ほどの大きさで全体的にメラメラとしており、なんだか見てるだけで暑くなりそうだった。


 しかし水流超弾はウェンズブルーの必殺技。おそらくあのバリアーをぶち破ってくれるはず。そう予想した。だが……。


「ハハハ、呆気なく消えちまったな」


 スーノの言う通りエネルギー弾はバリアーに接触するとすぐさま煙を発生させて消滅した。どうやら蒸発してしまったようだ。


「おいおい、マジっすか……」


「俺のこのソルバリアーは太陽そのもの。バリアーの温度は太陽の中心部分と同等の千五百万度もあるのだ。どんな技であろうとあっという間にお陀仏よ」


「ああ、太陽の怪人だからちゃんとそれに準じた技だったのね」


 素直に感心しているとアニマが説明書を見つめながらひとりごちた。


「やっぱり……」


 なんのことかわからずでいるとアニマが察したのか説明をしてくれた。


「こちらの説明書に書いてあります。必殺技を早い段階で放つと高確率で防がれてしまうと」


「どういうことです?」


「どうもある程度戦闘を行ってからではないと、どのような技を使おうと倒せないようです。しかもそれも特撮においてよく起きる出来事みたいです」


「わからねえ……。特撮っていうものがさっぱりわからねえ……」


「あと採石場で戦闘を行うと高確率で爆破が起きるそうです」


「爆破?それってどういう……」


「今度はこっちから行くぜ」


 反射的にスーノに目を戻すと彼は両手を上にかざしていた。なにをする気だと自然の内に緊張が走る。すぐさま怪人の頭上に巨大な火球が出現した。


「食らいやがれ」


 怪人が手を振りかざすと火球がウェンズブルーの方向へと向かってきた。バリアーを張ろうとしたが火球の速度はかなりはやく、そんな時間的余裕はなかった。


「かわすしかないか!」


 そう判断すると身体を投げ出すように右方向に飛んだ。気分はまるでドッジボールの球を回避するときの様。なんとか当たるスレスレで火球をよけることが出来、ほっと胸をなで下ろした。あんなの食らったらひとたまりもないだろう。


 火球はそのまま直進していった。その行く末を見ていると……。


「うぉぉぉ!」


 聡は眼前の光景とつんざく轟音に目を見張った。まるでそこに爆弾が仕込んであったかのように、火球が地面に衝突した場所から凄まじい爆炎が発生した。台風並みの爆風も発生し、身体ごと吹っ飛ばされそうになる。


「こ、怖……」


 聡は痙攣を起こしているかのように震えている自分の腕を見た。手を抑えてみたが一向におさまる気配はなかった。


「やはり爆破が起こりましたね」


 戦慄を覚えている聡をよそに、アニマは超然とした面持ちで声をかけてくる。


「あ、あの今のちょっと洒落にならない気がするんですけど」


「問題ありません。仮に当たってもゲーム内ですから死亡することはありません」


「そういうこと言ってるんじゃないんだけどな……」


「よく回避出来たな。だったらこの数を避けきれるか」


 スーノの周囲に複数の火球が同時に現れた。先刻よりは小さいが数が多い分、さけるのは難しくなっているかもしれない。


「今度こそバリアーを」


 両手を前に出し念を込めた。ウェンズブルーの背丈ほどの涙滴形のバリアーが眼前に展開した。


「そら」


 スーノの合図で火球が一斉にこちらに飛来してきた。バリアーを張ったまま待機していると火球はバリアーを避けるかのように弧を描き容赦なく聡の身体にダメージを負わせた。


「ぐあああ!」


 熱い。想定していたものをはるかに凌駕するほどの激痛だった。たまらずその場で倒れ込むと、バリアーは消滅してしまった。常時両手を前方にかざしておかなければバリアーは維持出来ないのだ。


 正面を向くとスーノが猛スピードでこっちに駆けてくるのが見えた。が、聡は今の攻撃の痛みで身動きが取れなかった。


 間近にまできたスーノは先ほどよりも威圧的に映って見えた。追撃がくる。そう直感した直後、スーノはウェンズブルーの首を片手でつかみ軽々と持ち上げた。息継ぎが出来ないほどの握力で首を絞めてくる。まるで万力に挟まれ圧迫されてるかのようだった。


「が……か……」


 声にならない声しか出せず、聡はさっき以上の恐怖を感じていた。呼吸もままならない状況の中、苦しみが聡を蝕んでいった。これは……。マズイ。


「あ……」


「このままてめえの首をひねり潰してやろうか」


 チンピラのような口振りで恐ろしいことを告げてくるスーノに聡は身の毛がよだつ思いだった。


「や、やめ……」


「…………」


 スーノはなにも言わず、両手の力を緩めた。彼の怪力から解放されたウェンズブルーは地面に崩れ落ちた。気が付くといつのまにか変身が解けて生身の状態になっていた。


「はぁはぁ……」


 ようやくまともに酸素が吸えた聡は九死に一生を得た気分だった。助かった……。そう思ったのもつかの間、スーノは聡の背を鉤爪で斬りつけてきた。聡の身体に筆舌に尽くしがたい激痛が走った。


「がぁぁぁぁ!」


 服が破け背中がむき出しの状態になった。大量の血があふれ出ているのを聡は肌で感じた。聡はもう泣きたい気分だった。いくらゲームで実際に死ぬことはないとはいえ、これ以上の痛みは味わいたくない。


「朝比奈聡さん」


「う……」


 アニマが名前を呼んでいるが、聡はまともに声すら出せない状況だった。


「ぐうう!」


「なんとかそこから脱出して態勢を立て直して下さい」


 アニマが助言してくるが、そんなこと出来ればとっくにやっている。こっちはもう抵抗する体力すら残っていないんだぞ。聡は心の中でそう突っ込みを入れた。


「……はぁ」


 ため息をついたスーノは、ふいに聡を上空に蹴り上げた。そしてそのまま天高く跳躍し、空中にいる聡の背に肘打ちをかましてきた。


 その肘打ちの強さも凄まじく、聡は撃ち抜かれた鳥のように地上に急落下した。息も絶え絶えの中、辺りを見てみるとさっきまでいた採石場はどこへやら、またしても場所が変わっており今度は河川敷の平地に移動していた。


「ここは……。助かるチャンスかもしれません」


 説明書に目を通していたアニマはなぜか川に視線を移した。まさかあそこに飛び込めというのだろうか。冗談じゃない。聡はかなづちというわけではないが、今の身体ではまともに泳ぎなんて出来やしない。しかも見た限り結構深そうな川だし溺れるのは必至だ。それだったら走って逃走した方がまだマシというものだろう。


 そうだ、逃げるんだ。これ以上攻撃され続けられたら、本当にもう精神的に参ってしまいそうだ。聡は気力を振りしぼり、地面に手を付き立ちあがろうと思った。しかし……。


「ぐ……クソ」


 自身の足を見て聡は憐憫(れんびん)な思いになった。両足ともさっきの腕のように、ガクガクと震えていてまるで生まれたての子鹿のように、立つこともままならないでいた。そしてようやく理解した。自分の精神はすでに参ってしまっているということに。


「つまんねえな。なんかすっかり戦意喪失しちまったみたいだし」


 心底ウンザリした様子で愚痴をこぼしたスーノに、聡はまるでサッカーボールのように思いっきり遠くへ蹴飛ばされた。


 またも宙に浮かされた聡は思考が働かない状態のまま、派手な音を立てながら川に落ちてしまった。苦しい、息が出来ない。思わず水中で泣いてしまいそうになったが、涙が出る前に聡はそのまま気を失ってしまった。

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[気になる点] 久々の更新お疲れ様です 失礼なことを言いますと特撮いじりに愛を感じられませんでした 作者の特撮愛がないとこういう作品の魅力が一つ消えてしまいます
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