第五話 ゲーム開始
「本当に……。よろしいのですか?」
「ええ」
聡は今バイクのヘルメットのような、バーチャルダイビングマシーンを被って横になっていた。特オールをプレイする準備は完全に整っている。
「右横にあるスイッチを押せばゲームが開始されます」
アニマに言われるとヘルメットの側面を手でまさぐり、スイッチらしきものを見つけた。
「これですね。もう押しちゃって大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど」
アニマが心配を帯びた声で答える。彼女的には自分のミスを俺に帳消しさせてるみたいで気が引けるのかもしれない。しかし、もう決めたことだ。聡は迷うことなくスイッチを入れた。
途端に意識が遠のいていく感覚に襲われた。聡はそれにあらがうことなくゆっくりとまぶたを閉じていった……。
「ここがゲームの世界……?」
目覚めた聡は開口一番そうひとりごちた。アニマが作り出した異次元フィールドみたいに変わった空間だった。ただ異次元フィールドと違い闇に覆われておらず、赤や青といったカラフルな色合いで空間を作りあげていた。園児が気ままにクレヨンで背景を塗ったような感じだ。
「そうです、正確に申しあげるならここはメニューフィールドと言われる場所です」
なんの前触れもなく、声とともにアニマが聡の真横に出現した。
「え、なんでアニマさんがここに?」
「私はアンドロイドですので、バーチャルダイビングマシンに接続すればゲームの世界に入れるのです。もっとも入れるだけでプレイすることは出来ないのですが」
「ははぁ、でもなんでゲームの世界に」
「こういったゲームをプレイされるのは初めてでしょうし、不肖私アニマが、サポート係を務めさせていただこうと思いまして。ちなみにゲームのキャラたちからは私の姿は認識されないようになっております」
アニマが胸を手に当てながら言った。その言葉に聡の口元は思わず緩んだ。やはり彼女はそれなりの責任を感じていたようだった。だからこそ、俺の助けになればとこうやってゲーム世界にまで入ってきたのだろう。
「ありがとうございます。それじゃあ早速ですけど……。これからどうすれば……」
突然聡の眼前にノーマル、ハードと表示された映像が空中に現れた。
「ん、これって?」
「難易度設定です。先刻申し上げました通り、主人はハードモードのクリアが叶わず田村大輔さんにゲームをクリアしてもらおうとしていました」
「ということは当然選ぶのはハードってことですよね……。あの、具体的にどういった点がハードになるのでしょうか」
「いえ実は地球人に限ってはプレイする上でハード、ノーマルに違いは生まれないのです」
「? それは一体どういうことですか。地球人に限ってはって」
「先ほどは特撮の知識がある人物のほうが有利と申しましたが、ハードモードに関しては別なのです。というのもハードはプレイヤーの特撮の敵キャラに関する知識を、消滅させてしまうものなのです」
「え……」
あっけらかんと告げた事柄に聡は少しばかりの恐怖を覚えた。
「安心して下さい。消えるのはプレイしている間だけですから。それにそのシステムの仕組みは、サツクト星人“のみ”の脳の海馬をいじるものなのです。他の星の方たちがプレイすることを想定した作りになっていないので」
「ははぁ。だから地球人である大輔にやらせようとしたんですね」
納得がいったところで聡はハードモードを選択した。その後もアニマの操作説明を受けながらゲームの設定を決めていく。本当は説明書みたいなものがあってそれに沿って進めていくのが普通らしいのだが、いちいち目を通すのも面倒だから困ったらアニマさんに説明書を読んでもらい、助言してもらう形を取ることになった。
「では最初はいくつかあるモードの一つミッションをプレイしてもらいます」
「ミッションというと?」
「自分が変身するヒーローと対戦相手が毎回ランダムに選出され、戦っていくモードです。そして八回続けて勝てばクリアとなります」
「は、八回もですか。それも続けてということは……」
「はい。一度でもゲームオーバーになればまた一からやり直しというわけです」
話だけ聞くとかなりキツイ内容に思える。いや実際にキツイのかもしれないが。
「ええと毎回ってことは、一回対戦を終えるとまた別のヒーローになって対戦相手もこれまた変わるってわけですか?」
「おおむねそういう認識で問題ありません。さあ最初のミッション内容が提示されます」
宙に『作品 《ウィークマン》 ヒーロ名 《ウェンズブルー》』と書かれたシンプルな一文が現れた。
「これはつまり……」
「ええ。ウィークマンという作品に登場するヒーロー、ウェンズブルーになって戦うミッションをプレイしてもらうことになります」
「まったく知らないやつだな……」
大輔の話題にもまったく出てなかった作品……だと思う。イマイチ自信はないが。
「変身方法や武器の使い方はゲーム世界に入った瞬間に、頭の中にインプットさせるようですから未知の作品でも問題なく戦えるはずです」
「お、それは助かりますね。なんの予備知識もない状態じゃ、敵が出ても右往左往するだけですし」
「では参りましょう。そちらのスタートと書かれた映像に触れて下さい」
指示された通り指で優しくタッチした。すると視界が急にまばゆい光に覆われた。両目を閉じ、その場を動かずじっとしていた。いよいよゲームが始まろうとしている。どうなるかと聡は少し期待に胸を膨らませていた。