第二話 金髪碧眼アンドロイド
「いい加減……。起き……。ください……」
どこからか声が聞こえる。抑揚のない淡々とした口調、若い女性のようだった。
「起きて……さい」
なんだ、誰が俺の起床を促しているんだ。というか、なんで俺は眠っているのだ。聡は覚醒しつつある意識の中、自問自答をしていた。
「ええ加減起きろや!」
急にこれまでと違う感情むき出しの大ボリュームの声を出され、聡は半ば強制的に起き上がらされた。
「な、なんじゃ!?」
「ようやく目覚めましたか。こんにちは、朝比奈聡さん」
眼前にいた人物は白のレディースブラウスの上に紺のスーツを身にまとっている若い女性だった。金髪セミロング、両目が碧眼の外人のような容姿で思わず見とれてしまうほどの美人であった。しかし、なぜだろうか。聡はあまり魅力を感じなかった。
「私の名前はアニマと言います。以後お見知りおきを」
アニマと名乗る美女は顔の表情筋を一切変えることはなかった。おそらく魅力を感じないのはこの無表情が原因であろう。良く言えばクール、悪く言えば無愛想とも捉えかねない挨拶の仕方だった。
「どうしましたか?」
なにも喋らないのを不思議に思ったのかアニマが小首を傾げながら尋ねてきた。彼女から発せられる声音は先ほど聡を起こしたとき同様、音声ガイダンスのような生気の宿っていないものだった。
「いや、その……。あなたは一体?」
初対面の人にあなた呼びは失礼だったと、聡は言ってから後悔したがアニマは気にした様子もなく淡々と告げた。
「簡潔に申しますと私はアンドロイドです」
「……。まずい、なんかやばい人だった……」
「訝しんでいますか?」
アニマはうそではないと主張するように真剣な眼差しを向けていた。が、当然聡は信じてはいなかった。というよりもそんな発言を真に受ける方がどうかしている。今更小学生ですらそんな作り話を鵜呑みにしないだろう。
「困りましたね。どうすれば信用してもらえるのでしょうか」
困ったとつぶやいているもののまったく困惑顔を浮かべてはいなかった。
「良い案を思いつきました」
アニマはそう言うとなぜか聡の腕をつかみ、そしてあろうことか、自分の胸を聡の手に当ててきた。
「!?」
あまりの出来事に心臓の鼓動が早鐘を打ち始め、頭の中が真っ白になった。なにか言おうとしたが、上手く言葉を紡げないでいた。
「どうです?」
どうですと聞かれても聡はまともに返答出来ない心理状態であった。女性の胸を触ったことなど今まで一度もない。指先の感覚を確かめてみる。
「……固い?」
思わずついて出た言葉はそれだった。明らかに人の肌の質感ではない。金属の様な硬質な胸であった。
「ええ。いわゆる人間の女性の胸とはかけ離れた触感であることは理解できますよね?」
「……。もしかしてなにか入れてます?」
「いえ。私の身体は全身機械なのでこういった堅牢なものとなっているのです。私がアンドロイドということを信じていただけましたか?」
「いや……」
自然の内に否定するとアニマはおもむろにスーツを脱ぎ、そしてブラウスのボタンも外し始めた。
「な、なにやってるんですか?」
目を逸らしながら震える声で尋ねる。
「まだ私の言葉を信用していないようですので、直接私の乳房を触ってもらおうかと」
冗談にしてもほどがある。この人は痴女かなにかか。聡は慌てて彼女の行動をやめさせようとした。
「わかった、わかりました!信じます。あなたはアンドロイドですね」
「……。急に真逆のことを言い出したのに多少の疑問を覚えますが、まあ良いです。ではこれでようやく話を本題に進められます」
ボタンを留め直しながらアニマはホッとしたような様子を見せた。うう……。まだ話は続くのか。聡はウンザリした気持ちでアニマに聞いた。
「本題って?」
「あなたが今なぜこのような場所にいるのか、その理由です」
言われて聡は周囲を見渡した。現在自分が立っている場はなんとも異様な空間だった。どこを見ても黒、黒、黒。周りすべてが黒に覆われている。街灯のない夜中以上の真っ暗闇。そんな闇の中で聡はひとりごちた。
「なんじゃここ……」
「簡単に説明いたしますと私が作り出した異次元フィールド……。みたいなものです」
「……。うわぁ、また痛い発言を……」
「ふぅ、信用してませんか。しかも今『また』とおっしゃりましたね?ということは私がアンドロイドという発言もまだ信じてらっしゃらないということですよね?」
アニマはまるで取り調べの刑事みたいに問いただしてきた。彼女の目が鋭く光ったように見え妙な威圧感があった。
「ええと……」
返答に窮しているとアニマは先ほど着直したスーツをまた脱ぎ始めた。
「やはり、直接触れていただけなければ信じてもらえませんか」
「待って、待って! 信じる信じる! あなたの言うことはもうなにも疑わないから!」
思わずタメ口で制止した聡は大きなため息をついた。この人羞恥心というものがないのだろうか。そういう点では確かにアンドロイドっぽいかもしれない。
「……。本当に?」
訝しげに尋ねてくる自称アンドロイドに何度もうなずき肯定の意思を示した。アニマは一応納得した様子で告げた。
「では、説明を続けます」
こうして彼女は話を再開した。