第一話 特撮の面白いところ
「特撮ってなにが面白いの?」
朝比奈聡は極々素朴な疑問を、友人の田村大輔にぶつけた。
「ま、またずいぶんとシンプルな質問をしてきたな……」
大輔は困惑顔で腕を組んだ。どうにも返答に窮している様子だった。そんなに難しい問いかけをしたつもりはないんだけどな。冷房が効いている放課後の教室。自分の席に座っている聡は不思議に思いながら、向かいに立っている特撮好きの大輔に告げた。
「答えにくい?」
「いや、急に言われるとなぁ。ヒーローものの特撮に限って言えば、園児並みの返答になるけど戦闘シーンや、市民のために奮闘する姿が格好良いとか、魅力的なキャラが多いとか色々あるけど……」
「ふーん……」
「……興味なさそうだな」
大輔は少し冷めたような眼差しでこちらを見てきた。
「そんなことはないよ」
友人関係には多種多様、色々なものがある。二人ともが言いたいことを言い合う間柄だったり、逆にどちらもそれほど会話をしないが、なぜか仲が良いという奇妙な間柄というパターンもあるだろう。大輔は話し手で聡は聞き手。二人の場合はそういう間柄だった。
大輔の話は面白いものが多いので、聞いているだけでも楽しくなる。しかし特撮に関してだけは別だった。
自身の趣味として時々彼は特撮の話題をしてくるのだが、正直なところまったく興味が持てなかったので、聡はほぼすべての内容を右から左に聞き流していた。関心のない話に耳を傾けるというのは結構辛いものがあるからだ。
特撮にも色々種類があるようで、その中でも彼が好きなのは今話していたヒーローもの、いわゆる正義の味方が悪を倒す勧善懲悪の作品がお気に入りのようだ。
「一回朝比奈も見てみれば良いのになぁ。初心者にもオススメ出来る作品いくつか貸してやろうか?」
「何度も言ってるでしょ。うちは父親があれなんだよ」
聡の父、朝比奈真司はだいぶ古い考えの持ち主でTV番組は八割型、低俗で下らないものと見なしている。一家の絶対権限を持っている彼がそんな思想を持っているので、聡の家ではニュース以外の番組は見ない、正確に言えば見せてもらえないのだ。もしもバラエティやドラマなどの作品を視聴しようとすれば、父親の機嫌がすこぶる悪くなる。オマケに朝比奈家にはTVはダイニングに一台しかない。
なので聡の中でのTVは娯楽の対象などではなく、単なる世の中の情報お伝え機械と化していた。ゆえに聡は特撮の『と』の字も知らない人間だ。
「親父さんがいないときにこっそり見れば良いんじゃないのか?」
「それもダメ。専業主婦で大体家にいる、母親に視聴しているところを見られたら父親にチクられて俺が怒られる」
時々、母は父に息子である聡の動向を報告したりしている。つまり母親に目撃される=父親に目撃されるということだ。正直この母親の行動に関しては鬱陶しいことこの上なく感じている。が、逆らうと父親に説教を食らうハメになるので心の中で母親を罵倒していた。
「うーん、そうだよなぁ、残念だよなぁ」
大輔はそう言ったが聡はそれほど残念には思っていなかった。今の御時世、TVがなくとも、ネットからで色々な番組が見れる。現にちょっと前に大輔がケータイから特撮を視聴していた。なんでも制作会社が有名動画サイトに過去の特撮番組を配信しているらしく、聡も見ようと思えば自分の部屋にこもり、こっそりいくつかの作品を視聴出来る環境下にはあるのだ。
それなのに聡は配信されている番組を、ただの一度も見たことがなかった。理由は至極単純。
「興味がないから……」
「え?」
「いやなんでもない。なんでもない……」
聡は慌てて目を逸らした。気付くともう教室内は大輔と聡の二人だけになっていた。
「ふーん、まあいいや。それじゃあ俺、部活行ってくるわ」
そう言うと大輔は聡の前を去り廊下に移動した。彼は柔道部に属している。一年のときからかなりの強さを誇っており、二年になった今では次期部長候補筆頭と言われている。聡の知る中では間違いなく最強の中学生である。ついでに言っておくと聡は天文部に入っている。
「ああ、俺もそろそろ部に顔を出そうかな」
立ち上がり、大輔同様廊下に出ると突然、眼前が光に包まれた。非常にまばゆく発光している。まるで閃光弾でも投げこまれたかのような眩しさに、聡は目を開けられてられなくなり、自然の内にまぶたを閉じてた。
視界が暗闇になり聡は熟考した。なんだ、なにが起きた。考えに考えたが、その内思考が定まらなくなり聡はやがて意識を失った。