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『死ヲ運ブ旋律』

絶賛ギルマス中の某ゲームからインスパイアを受けたりなんかした産物。

気が向いたら続きは……どうしようかな。

 これは遠い昔、どこかの世界の物語。

 終わりでもあり、そしてまた始まりでもある物語。


■■■■■


 あるところに詩人の女がいた。

 女の身なりは貧しく、蓄えた財も無い。優れた才も、取り立てた美しさもまた持ち合わせていなかったので、どこへ行っても注目を浴びる事は無かった。


 村や町を転々と渡り歩きながら、行く先々で竪琴を爪弾き、歌をうたう。

 足を運んだ先で覚えた詩をそらんじながら、僅かな路銀を稼ぐだけの毎日。


 頼るべき親族はもういない。流行病でみんな呆気無く死んでしまった。

 縋るべき家も既に壊れた。幼い頃に嵐が全てを飲み込んで去っていった。

 寄って立つ国も瓦解した。隣国の戦争が財政を直撃し、ある日を境に戦火へと飲み込まれて消えた。


 女には何も無い。持っているのは粗末な竪琴のみ。

 他の物を持とうとしても、両手から零れる砂の如く、持った傍から消えていった。

 だが、それでも女は満足だった。自由である事が嬉しかった。奪われてばかりの人生の中でも、うたっている時は全てを忘れられた。万人に受け入れられなくとも、それが堪らなく幸せだった。果報者であるとすら思えた。


 だから、女は今日も歌をうたう。

 西へ東へと渡り歩きながら、拙い歌を高らかに謳い続けるのだ。



■■■■■



 辿り着いたとある海沿いの町の、とある目抜き通り。

 遠くに波の音を聞きながら、女は持ち荷を広げた。

 腰を落ち着ける木箱。投げ銭を受ける空き缶。なるべく人の邪魔にならない――それでいてそれなりに目立つ場所を位置取り、それらをいそいそと並べていく。

 準備はものの数分で終わった。最後に女は背負っていた竪琴を構え木箱に座ると、今日の曲目を思案する。

 脳裏に浮かぶのは、これまでに憶えた曲の数々。

 それら全てが女の脳裏に、綺羅星の如く浮かんでは消えていく。


 悪政の限りを敷いた暴君が、最後には処刑される物語?

 うら若き乙女が騎士に一目惚れをして、最後には相思相愛になる物語?

 それとも、ある英雄の一大叙事詩をかいつまんだ、血沸き肉躍る物語?


 女はしばし逡巡するも、やがて最初に演じる曲目を決める。

 三つ目に浮かんだ英雄譚。海の近くのこの町なら元気な歌が良いだろう――女はそう考えたのだった。


 目を閉じて、歌詞を浮かべる。旋律を思い出す。竪琴を構える。息を吸って、吐く。

 それで今日の生業が始まる――はずだった。


「――女」


 呼びかけられた声にハッとして、女は今まさにうたい出そうとしていた口を閉ざす。

 そして、声がかけられた方へと反射的に振り返った。

 見上げる先には黒衣に身を包んだ男。……否、これは服ではなく甲冑か。

 黒塗りの鎧に身を包んだ男が、兜越しに女を見下ろしていた――


「女よ。曲を所望したいのだが」


 再び声をかけられた。普段ろくに人と話してこなかった女は驚きのあまりに上手く返答が出来ない。忙しなく視線を彷徨わせては、言葉にならない呻きを口から漏らす。

 そんな挙動不審な女の様子も気にすることなく、男は言葉を継いだ。


「――悲劇だ。悲劇を謳ってくれ。世界は悲哀を求めている」


 そう注文を出しながら男は何かを指で弾き、空き缶の中へと過たず投げ入れた。

 女が恐る恐る空き缶の中身を覗くと……そこにはピカピカに磨かれた金貨が一枚入っていた。これだけで一晩上等な宿を取ってもお釣りがくるような金額である。

 唖然とした女は再び男を見るが、そこには相変わらず黒い甲冑が直立していた。無言のまま微動だにせずこちらを見据える様は、まるで早くうたえと言わんばかりに威圧的だ。



 その威圧感に女はしばし気圧されて慄くも――やがて深く息を吸い、そして吐いた。覚悟を決める。

 女はこれまでに悲劇やその類をうたった事は無かった。今までの人生で一度も。

 だが、わざわざ曲目の注文をされたのだ。出来ませんと拒絶する事など出来る訳が無い。それに、女には演者としての矜持があった。それは他人からしてみればちっぽけなものかもしれないが、彼女にとっては何よりも大切なものだった。


 女は過去に各地聞いた悲劇の記憶、その断片、その旋律を必死に手繰る。

 そして竪琴をゆっくりと構え、大きく口を開く。……曲目は、たった今決まった。


「……これから謳うは、ある騎士の生涯」


「その恋。その喜び。そして、その悲恋の果ての断末魔」


 竪琴を爪弾き、悲哀の旋律を奏でる。

 今まで培った全霊の才と経験を注いで、

 己の想像し得る、あらん限りの悲しみを乗せて。


 女の唄声が、午睡に眠る目抜き通りへと響く――



■■■■■



 女の奏でる悲哀の調べが行き交う人々の耳を掴み、足を止めさせ、老若男女、あらゆる人々を惹きつける。

 素朴な語り口。何の変哲も無い音色。

 特筆すべき特徴は何一つ無い、平凡としか評価出来ないはずの旋律。

 それが不可思議な魅力を伴って、人々の心に染み入っていた。


 その紡がれる物語の一語一句を聞き漏らすまいと、聴衆は必死に耳を凝らす。

 女が弾き始めた最初の時こそ話し声や商人の呼びかけが聞こえたが、今はその音も既に絶えた。ただ女の歌声だけが、この場を染め上げている。


 ……女はうたいながら、この状況に驚いていた。

 いつもであれば足を止めてくれる客など、片手で数えても尚余るというのに。今日は両手、いやそれに両足を足しても足りないくらいだ。しかも、見る限り全員とても熱心に聞き入っている。

 女は記憶を手繰り、竪琴を鳴らし、必死に歌をうたう。これまでの人生で体験した事が無いくらい、ただ必死に。


 ある種の緊張感すら漂うこの空間で、悲恋の物語は朴訥と流れていく。


 そして――


「『――ああ、王よ。どうかお許しください。あの人がいないこの世界は、私には残酷すぎるのです……』それこそが彼の最期の言葉。最期に残した未練。そして、愛する者へと伝えられなかった、秘めた想い……」


「その全てを断ち切るように、心の臓へと己が愛剣を突き立てた――」


 悲恋の結末が紡がれ、結びの音節が奏でられた。

 物語が終わり、通りに静寂が降りてくる。


 ……


 …………


 ……しばし時が過ぎ、最初に聞こえてきたのは一つの足音。

 聴衆の一人は女の前に置かれた空き缶へと近付くと、銅貨を一枚放り投げた。


「……とても、良かった」


 その男は鼻をすすりながら一言そう言い残し、足早に去っていった。

 それを切欠に、他の聴衆も一人、また一人と空き缶へと近付き、思い思いの金額を投げ入れていく。


 それはまるで修験者へと施しを与える信仰者の列のようで、異様な光景だった。

 演奏し終えて疲労困憊の女には、そんな光景をただ眺める事しか出来ない。

 息も絶え絶えに、一人一人に曖昧に挨拶を返しながら、山のように積まれていく硬貨を呆然と見つめていた。


 そして全ての聴衆が去った後に残されたのは、女と竪琴と木箱と……いっぱいに硬貨が詰まった空き缶のみ。

 我に返った女は事の発端となった人物――黒塗りの鎧の男を探したが、既に影も形も無く消え去っていた。



■■■■■



 演奏を終えた次の日に、女はふらりと旅立った。

 硬貨の山は既に消えた。豪華なご飯、替えの衣類、保存の効く食料、そして上等な一夜の宿……女は思い付くままに贅沢をしてみたのだが、それでも尚余ってしまった。なので、残った金は教会へと寄付をした。あまり多くの金があっても、旅を続けるのには邪魔にしかならない――女は今までの経験からそう考えたのだった。


 手元に残っているのは、あの黒い男から貰った金貨一枚のみ、荷物の奥底に大切にしまってある。使う予定は特に無いが、成功した思い出の品として持ち歩くと決めた。それにまたあの黒い男と会った時、これがあれば話しかける切欠にもなるはず。今度見かけた際にはきちんと礼を伝えておきたい、そう思っての事だった。


 旅の途中、女は終始上機嫌だった。

 大金のおかげで美味しいご飯や新しい服が買えた事はもちろん嬉しい。

 だが、何よりも先日の演奏が、あの高揚が忘れられない。


 必死に歌をうたうのが楽しかった。

 熱心に演奏を聞かれて、幸せだった。

 悲恋に涙する聴衆の顔が忘れられない。最初に感想を言ってくれた男のあの神妙な顔といったら……自分にこんな才能があった事が信じられない。


 ……ああ、次の町でも悲劇がうたいたい。

 あの体験がもう一度したい。

 次の曲目は何にしよう。次の町に着くまでにまだ時間はあるのだから、今の内に考えておかないと――


 そうしてああでもないこうでもないと考えながら、女は道行く足を速めるのだった。

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