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記者の女の追悼文がヒーローマガジンに寄せられた。
兄貴と俺はマガジンで扱き下ろされ、最低最悪のヴィランと称された。兄貴はそれを読んで、不満顔で「俺はいつから悪役になったんだ」と言った。それに「彼女の家族に脅しをかけなかったんだぜ?」とも言った。
確かにいつもなら、家族にも手を出すところだ。
でも、手を出さなかったところ、さすがに一般人には同情したのだろう。それに、正義漢を気取った連中がやってくることを望んでいたからだろう。仲間を殺されて黙っているようなのは、記者じゃない。彼らは必死こいて俺たちの弱みを暴こうとするだろうし、秘密を握ろうとするだろう。
俺たちがゆっくりマガジンを読んでいると、けたたましく電話が鳴った。兄貴が出て「これは、これは、ボスじゃないですか」と驚いた様子で言った。俺は兄貴の隣に立って、受話器に耳を押し当てた。
「なんてことをしやがったんだ!」
「ああ、記者の女の事ですか」
「ああじゃない! うちの組織に国立の警察が来たらどうするんだ!」
兄貴は受話器を置いて、スピーカーにした。
ボスは延々と怒鳴り散らしていた。まあ、ヒーローマガジンじゃなきゃ、こうはならなかっただろう。このマガジンの凄さがよくわかる。
俺たちは、ボスが怒鳴り散らしている間、マガジンを舐めるように読んだ。
記者達は本気で俺たちを潰す気でいるし、牢屋に送る気でいるらしい。探偵は寄稿していなかった。代わりに他のヒーロー供が寄稿していた。彼女がどんな子で、どれだけ未来があり、将来に希望のある若者だったかを書いている。だが、どれにも、少しだけマガジンにおべっかを使うような部分があった。俺たちはそれが目につくと、鼻で笑うしかなかった。
逆にヴィランマガジンでは俺たちのことを、素晴らしい最高だと褒め称えていた。少し商業的に褒め称えているようだったが、ライバルマガジンの記者がいなくなって嬉しがっていることは見て取れた。彼女にどれだけ追い回されたかをどこぞのヴィランが寄稿していた。彼だか彼女だかは、追い回される心配がなくなって嬉しがっているらしい。どこぞの悪の結社が、これでヴィランの威厳が取り戻された、これこそ俺たちの本当の姿だ、とコメントしている。
兄貴と俺は鼻で笑った後、俺たち兄弟は何も彼らに声明を出さないでおこうと決めた。
俺たちがゆっくりマガジンを読み、やっとボスの怒りが収まったところで、兄貴は立ち上がって受話器を取り「まあまあ、ボス」と言った。
ボスは当たり前にも「なにが、まあまあだ!」と怒鳴った。音が割れているあたり、怒りの度数が高いことがわかる。
「ヴィランマガジンの方を見ましたか?」
「あの三流の? ヒーローマガジンに対抗している気で、全然できてない? 俺たちの組織はな、三流じゃなくて、一流だぞ」
「ボス、昔から言うじゃないですか、目には目を、歯に歯をって。あれは、復讐はいけないって話らしいですがね、記者には記者。マガジン社にはマガジン社。あそこが三流なのは俺も知ってますがね、うちで買収して一流にしてやればいい。組織の人間を記者の中に入れれば、そこら中から情報が入りますぜ」
「だが、国立の警察がくりゃ、一発で終わりには違いあるまい」
「アッハハハハハ! ペンは剣より強しですぜ。でかいマガジン社はそれなりの権力を持っている。ヴィランマガジンはヴィランの情報を持っている。そうでしょう? 俺たちはヴィランじゃないんだ。ただのギャングの組織ですよ。だから、仲間を売るわけじゃない」
「取り込んで損はないと思うがね。もしも、俺たちがその商売をするとするだろう。そしたら、商売相手を売ることになるじゃないか。仕事は信用だぜ。俺がまずお前に教えたことだ」
「ええ、そうですよ。俺はちゃんと覚えてますよ。だから、カジノがちゃあんと儲かってるんじゃないですか。知ってますか? ヴィランにはヒーローよりも強い能力のやつばかりだって」
「知ってるとも。俺をバカにしてるのか? なあ、エドワード?」
「バカになんかしてませんよ。俺は礼儀正しい男ですから。とにかく、そいつらは強いが頭がちと足りない。正直すぎるんですよ。そっちも俺たちが教えてやればいい。あいつらは、ヒーローみたいな論理感はありませんからね。それはそれ、これはこれでいけますよ」
「しかしなあ」とボスが渋る。
「ボス、一応言っておけば、あの記者供は自分たちで捕まえようと思っていますから、まだ警察の方は出てこない。だから、ボス、念のために買収して損はないですよ。あのマガジン社は経営難で喘いでる。ヒーローがばかすかやっつけるもんですからカリスマ的な目玉がいない。いけると思いませんか?」
「確かに買収はできるだろうよ。損もなかろうよ。だが、商売相手の情報を売ることで自分だけ助かろうってのは、どうかって思うんだがね」
「売ってもあいつらが自分の身は自分で守れるようになってれば問題ないでしょう」
「そりゃそうだが、国立の警察をなめちゃいかん」
「舐めちゃいませんよ。彼らの優秀さは、使った俺がよく知ってる。前の幹部供を捕まえて、あなたをボスに仕立て上げたのは俺ですよ。彼らヴィランに申し訳ないってならこうしましょう。俺たち兄弟を目玉商品にするんです」
「目玉商品にしてどうするってんだ?」
「今、俺たちはヴィランの間で大人気らしいですからね。こうすりゃいいんです。ヴィランまで使う本物のヴィランだって」
「お前、商品にされるのも、ヴィランにされるのも嫌じゃなかったか?」
「ええ、嫌ですよ。当たり前じゃないですか。ただ、ボスがそこまで不安なら使ってもいいって言ってんですよ。そうすりゃ、丸く収まるし、組織はでかくなる」
「とにかく、お前の言いたいことはよくわかった。考えとく」
そうボスは言って、電話を切った。
兄貴は俺に「俺は善悪のないただの混沌とした人間だ」と言った。俺は頷いた。
「だが、こうなったら、生きるために完全悪になってもいい」
兄貴は笑っていた。
俺は兄貴を抱きしめて「俺が兄貴を完全悪にしてやるよ。それで、俺が兄貴は本当にただの人間だって証明してやる」と言った。兄貴は抱きしめ返して「そんじゃあ、俺はお前を生かしてやるよ」と言った。最高の言葉を兄貴は俺に贈った。兄貴が俺の生をしっかりと保証すると言ったのだ。
だが、この保証は兄貴が脅威を感じなくなれば終わる保証だ。
俺たちは兄弟で、対等だった。本当に。真実だ。
追悼文が出されたが、俺たちはしっかりカジノにいた。カジノには記者達が集まっていた。女を使って中に送り込んできた記者もいたが、全部相手にしなかった。店の連中も、俺たち兄弟のことを喋れば消されることがわかっていたので、一言も漏らさなかった。その日、兄貴は部下達に金を一人一人に渡しながら「今後供頑張ってくれ」と笑った。背筋が凍るほど綺麗な笑みだった。
家に帰る道すがら、記者達が俺たちを追いかけて来ることがわかっていたので、兄貴は部下達をいつも乗る車に乗せ、その日はカジノに泊まった。
兄貴はカジノのカメラの映像を見ながら、記者の顔を一つ一つ切り取って、壁に貼り付けていった。俺も手伝った。
「全部やるには時間がかかるぜ。これ以上増えるんだしさ」
「ああ、わかってる。だから、一ヶ月は様子を見ようぜ。外に出なくたって、生活できるしさ」
「それもそうか。でも、兄貴、女には用心しろよ」
「秘密の匂いはすぐにわかる。容赦はしないさ。だが、このベッドのマットレス。そろそろ替えないとな」
「前から替えろって言ってただろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。こんなに真っ黒になってさ」
「本当は真っ赤なはずだけどな」
「まあね。とりあえず、誰かに買いに行かせよう」
「そうだな」
「ここから最後に残ったやつをやるのか?」
「多分な」
「覚えとく」
「悪いな」
「いいんだよ。俺は兄貴の右腕なんだろ?」
「ああ、お前以外に俺の右腕は務まらねえよ。それより、もう寝ようぜ。最後にこのマットレスの感触と匂いを覚えておこうじゃないか」
「そうだな」
俺と兄貴はベッドに潜り込んだ。家のベッドと違って、妙に硬くて鉄臭かった。当たり前だ。このマットレスにコーティングされてるのは、甘いお菓子なんかじゃない。兄貴はマットレスの匂いを嗅いで「腐ってる」と言った。家のベッドよりも狭いので、俺は兄貴に抱えられながら寝るはめになった。
朝方、とは言っても12時ごろだが、やってきた部下達が起き抜けの俺たちを見て、見てはいけないものを見てしまったような顔をしながら、マガジンと新しいマットレスを置いてくれた。
彼らは古い真っ黒で妙に硬いマットレスを少し青い顔で見た。兄貴はもちろんそれを捨ててくるように言った。彼らは青い顔でそれを持ち上げて、店の裏の焼却炉に投げ入れ処理をした。
兄貴は彼らにこれから一ヶ月毎朝くるように言いつけて帰した。それからもちろん、俺たちの様子がどうたったかということを言わないようにきつめに脅した。
彼らは一ヶ月の命だろう。そして、その家族もそうだろう。兄貴は、真面目に毎日働いていようが、どんなに口が硬く誠実な人間だろうと、仕事以外のプライベートに近いところにやってきた部下は全員始末している。
とは言っても、そういう人間はここにいないし、兄貴が選んだ人選は、横領していたり、わざと機械をいじって仲間が勝てるようにさせたり、野心が変に強くて椅子から引きずり落とすことを考えてるやつばかりだ。いなくなっても損より得の方が強い。
兄貴は俺に向かって「絨毯も変えたいな」と笑った。俺もそうだな、と笑った。
「赤にしようか」
「暗い赤がいいよ、落ち着いてて」
「そうだな」
「明日持って来てもらおうか」
「ああ。今のうちに買い換えたいものを買って来させるか」
「それがいいよ」
俺たちはカジノが始まるまで部屋の模様替えの話をした。
ヒーロー、一旦ログアウトの巻