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 今日もカジノは大盛り上がりだった。

 フロアには陽気なエレクトロスウィングが流れ、トランペットと電子機器達が奏者の手できっちり制御されていた。時折、フロアを歩き回るバーレスクダンサー達はお決まりの笑顔を振りまき、赤い唇をお客に押し付けていた。

 勝ったり負けたり、泣いたり笑ったり怒ったりしているお客たちは叫び、カジノに金が落ちていく。ディーラーはあまり客たちを勝たせないように、かと言って負けすぎないように気を配っていた。フロア・パーソンやピック・ボスが時々出てきては歩き回り、俺に向かってにっこり会釈する。

 別に俺が特別偉いのではなく、後ろの兄貴が偉いから皆会釈するのだ。

 一人の客が換金場所がわからないというので、教えてやった。一応、うちは品のいい所だ。たとえ、ギャングがやっているところでも。だから、客がくる。

 兄貴はほとんど表に出てこないが、たまに出てくる。カジノが始まって、最初の方はちょくちょく顔を出していたのだが、今は部屋に籠ってあれこれしている方が多い。あれこれというのは、VIPの対応や運営の管理だのなんだので、大抵は組織の上と電話したりしている。

 俺は兄貴に付き従っているだけで、組織の人間じゃないのでそこらへんはノータッチだ。

 内線がかかってきた。出ると兄貴だった。

「どうした?」

「ちょっと表に出る。お前が換金場所に連れてった客どこだ」

「兄貴が表に出る必要はない。まだ、換金場所にいるぜ。変装だろ、あれ」

「ああ」

「悪さはまだしてないぜ。まあ、あれこれ聞きまわってるらしいが」

「早いうちに潰せ」

「もうちょっと金を落としてもらってからでもいいんじゃないか? 勝ち方は賢いが」

「だからさ。そいつの面剥ぎ取って、目に向かって晒せ。面みてなんでもなかったら、脅して帰らせろ」

「わかった」

「お前、俺を表に出させるの嫌いだよな」

「兄貴がいたんじゃ仕事にならないからね、皆」

「アッハハハハハ! まあな。じゃあ」

 内線を切って、さっきの客のところに行き、肩を掴んだ。

 客は驚いてこっちを振り向いた。普通だったら変装だってわからないだろう。

 俺は客の耳元に顔を近づけた。ウッド系の香水の匂いがする。

「あんた、誰だい?」

 客は俺の身体を突き飛ばした。

 俺の方が背も高いし、筋力だってある。客を羽交い締めにして、カメラに向かって面を剥ぎ取った。中から出てきたのは、マガジンに載っていた探偵だった。

「誰に何を頼まれた」

「勝ってくれって頼まれただけだよ」

「そうかい」

 俺は彼の腕を捻じ上げて、兄貴に内線をかけた。兄貴は出てこない。要するに表に出てきたらしい。俺はため息を吐いた。探偵は俺に向かって「皇太子のお出ましかい?」と言った。俺はさらに彼の腕を捻じ上げてやった。

 兄貴は黒テンのコートを着てまっすぐむかってきた。探偵は呑気にヒュウッと口笛を吹いて「確かに妖艶美」と言った。俺はやつの腕から手を離して、鳩尾に膝を入れた。彼はうずくまってジタバタした。

「なにそんなにカッカッしてんだよ」

「なんでもない」

「ふうん。おい、面あげさせろ」

 うずくまっている探偵の顎を持って、俺は乱暴に面を上げた。兄貴はジロジロ見て「カジノは面白かったか、探偵」と笑った。

「ずいぶん楽しませてもらったよ。それに稼げた」

「そうか、そりゃよかった」

「兄貴」

「そう睨むなって」

 兄貴は座り込んで探偵の髪をひっつかみ、ジロジロ顔を見回した。

「写真よりいい男だ」

「そらどうも。あんたも写真よりも随分色男だ」

「当たり前だろ。でも、あんた、俺と弟よりも醜男だし、スタイルは悪い上、身長も低い。それに貧乏臭くて垢抜けてない」

「それを今言う〜? すごく傷つく〜」

 と、ヘラヘラ笑う探偵の髪を乱暴にぐいっと兄貴が引っ張り上げ、俺は逆にやつの背中を踏んでやった。探偵は、引き裂かれる! と目尻に涙を溜めた。

 兄貴は探偵に顔を近づけて「何の用だ」と言った。

「ただの客だよ」

「聞き込みをしてたらしいが、俺の」

「地獄耳かよ。なんかの能力持ち?」

「俺はなんにも持ってない。ただ勘がいいだけの人間だよ。俺の何を聞いていた。それともうちの組織か? でも、組織じゃないだろう。何を聞いていた」

「答えによっちゃ、俺は殺されるのかな」

「ああ、国葬してもらえよ、ヒーロー」と俺はやつの背中をさらに踏みつけた。

「アレックス、何をそんなイライラしてんだよ。ん?」

「イライラしてないってば」

「兄貴が他の野郎を構うからって、拗ねてるのか。可愛い奴め」と兄貴はやつの頭を踏んづけて立ち上がり、俺の頭を撫でておでこにキスをし、もう一回、探偵の頭を強く踏んづけて髪を引っ張って面を上げさせた。探偵は鼻血を出して「鼻が折れるかと思ったぜ」と言った。

「それでだ。答えによっちゃ殺すが、何を聞いてたんだ?」

 探偵は口のはしを上げ「なあに、対抗馬として出されたからには相手のことを知るべきだろ。相手になるヒーローとしてさ」と言った。

「俺はヴィランじゃない」

「でもヴィランマガジンに載ってたぜ」

「俺はただの欲深い人間だ。善でも悪でもない。だから、てめえらヒーローの商業的な枠組みに、俺を入れるな」

「だが、一推しの対抗馬として出されちまったからには、俺はお前と右腕の弟を倒さなきゃいけないし、知らなきゃいけない。俺だって仕事なんだよ」

 兄貴は探偵の髪から手を離し「外に放り出せ」と言って、帰って行った。

 俺は彼を立たせて、店の外に出した。探偵は俺に向かって「ブラコン野郎」と言った。IQの高さのわりにバカみたいなことを言う。

「この後、兄貴に慰めてもらうのか?」

「そうかもな」

「なあ、やつは完璧にヴィランだぜ」

 俺は探偵に笑いかけた。それから殴って「次来たら、俺が相手してやる」と言って、カジノに戻った。

 戻れば、ゲームマネージャーやフロア・パーソンがやってきて、探偵が何者か聞いてきた。俺は「探偵ヒーローさんさ。ヒーローマガジンとヴィランマガジン買えばわかる」とだけ言って、兄貴のところに行った。

 兄貴は相変わらず机に足を乗っけていた。

「探偵は帰ったか?」

「多分ね」

「殴ったろ」

「うん」

「ハハハハハ! こっち来いよ」

 俺は兄貴のそばに行った。兄貴が座れというので床に座った。ほっぺたをつかまれて上を向かされた。

「兄貴、俺はガキじゃないぜ」

「わかってるさ、それくらい。俺はな、自分のものはちゃんと愛でて、管理して、面倒見る男なんだ」

「俺は物じゃない」

「知ってるとも。お前は俺の弟だよ」

「でも、兄貴の一部で兄貴のために働くアリなんだろ?」

「ご名答!」と兄貴は大笑いして、俺の髪の毛をかき混ぜた。

「だから、やめろよ」

「ははははは!」と笑ったかと思うと兄貴は声を低くして「ところでよお」と俺の耳元に顔を近づけた。目線がばっちりあっている状態で兄貴は「あの探偵をなんで始末しなかった?」と言った。

 俺は目線を外さずに「奴が大失敗するところを見たいからさ。金を全部すったところで、絶望するようなさあ」と言った。

 兄貴は俺のほっぺたに自分のほっぺたをくっつけ「それを見たら始末しろよ? ヒーロー商売に入れられちゃあ、俺の品位ってもんがなくなるだろ? なあ」と低い声を出した。俺は頷いた。

「なあ、兄貴」

「んー?」

「ドアの向こうにソフトカウントマネージャーが来てるぜ」

 兄貴は俺を立たせて「入れよ!」とドアに向かって叫んだ。ドアからソフトカウントマネージャーが来て「少し早いですが、今週の集計です」と渡して来た。

「集計した時に不思議なことがあって」と彼が恐る恐る言う。

「不思議なことって?」

「ええ、機械の方は、それなりに勝ち負けを操作して平等程度にしてるんですが、この日のこの1時間だけ勝ちがいつもより続いてるんですよ」

「へえ」

「なにかの能力で操作されている可能性があるかもと、念のため」

「ふうん、ご苦労。その日の1時間。席に座ってた奴を割り出しとけ」

 彼はブンブン頭を振って頷き、さっさと部屋を出て行った。

 兄貴はそれを見て「この部屋に入る奴は全員緊張してるな」と言った。

「そりゃ、ここで下手打った奴に地獄を見せてるんだから、当たり前だろ」

「そうか。俺はちょっと寝るぜ」

「ああ」

「お前も来いよ!」と兄貴は枕に顔を埋めながら怒鳴った。

「あの騒ぎの後に、眠るなんて」

「いいから、いいから。抱き枕になれよ!」

「やだよ」

「俺は眠いんだ、早くしろ」

 俺は渋々ベッドに入り込み、兄貴に抱えられながら3時間くらいじっとしていた。その間、兄貴は本当にぐうすか寝ていた、時々入ってくる部下たちには手で合図を送り、なんとかかんとか兄貴の安眠を守った。

 カジノが終わって家に帰れば、兄貴はすぐに出かけてきて、俺好みの女を連れてきた。

 俺はベッドで何もしないでちゃんと寝たいことを主張し、兄貴は今日一日俺の機嫌をなだめる気でいたらしく、女に金を握らせて帰らせた。

 ベッドの中で兄貴は探偵の話もせずに、わざわざ俺好みを連れて来たのにだのなんだのと文句を言った。悪かったと思ったので、兄貴のほっぺたにキスをしてやった。兄貴はゲラゲラ笑い、俺を抱え込んで眠った。少し、俺は昔を思い出した。

 兄貴はなぜか昔から誰かと一緒じゃないと眠れない人間だった。俺はそんなことないのだが、兄貴に合わせて一緒にねているのだ。本人は違うと言っているが、そうなのである。

 無意識らしいが、一人だと自分の身を完全に守りきれないと思っているからだと俺は考えている。

 確かに、兄貴は寝る時はしっかり眠る。何をされても大概起きないだろうという自信がある。

 初めて女を教えてもらった時もそうだ。俺はちっともねれないのに、兄貴はぐうすか寝ていた。苛立って起こしてやろうと思って女をどかせて兄貴の隣に行ってみたが、ちっとも動かない。用心なんててんでしないらしい。なんだか馬鹿らしくなって俺も寝た。

 俺は兄貴の逆ですぐ起きてしまう方だ。

 なにか物音がした。

 起きてみると、女がいない。ちょっと探してみると、奴は家の棚から包丁をとっていた。こんな真夜中に料理じゃなかろうと思い、服を着ながら様子を見た。

 部屋に戻って、入り口で待ち構えてやった。女は下着姿で寝室にやってきた。兄貴はぐうすか寝ていて、女の目は怪しく光り、包丁はよく研がれていた。俺が研いでいたのだ、当たり前だ。

 ベッドからあと一歩のところで俺は電気をつけて、女を羽交い締めにした。包丁を投げつけられたが、脇腹に当たっただけに終わった。女は俺に向かって「ただの冗談よ」と笑ってみせた。俺は彼女を縛り付けた。それから、カジノに向かった。女は何をするのかと聞いてきたので、二人で楽しもうと思ってと言った。

 てんで嘘だった。

 俺は兄貴の部屋を通過して、下水の流れる場所に入り、扉を開けた。

 女は喚いて、殺さないでほしいと言った。

 俺は優しく「俺は殺さないよ」と言ってキスしてやった。女は、じゃあこの扉を閉めろと言う。それはできない。彼女はここで遠くに行ってもらうのだ。俺は彼女を縛ったまま落ちる手前まで押し込んだ。彼女は涙目で俺を見た。

「殺しゃしないよ。ただここに落ちて、君は遠くに行くだけ。生きていても、俺たち兄弟に近づかないでくれ。今度は兄貴が本当に君を殺すぞ」

 俺は彼女の胸を押して、下水に落とした。悲鳴が響いて、罵りの言葉が聞こえた。俺は扉を閉めて、家に帰って、風呂に入って眠った。

 兄貴は女がいないので、怪しんだ。俺はすっかり説明してやった。兄貴は大笑いしてこの話を聞いて「ドジ踏んだ。今日はちゃんとそんなことしない女を買おう」と言った。俺は辞退した。兄貴はもっと大笑いした。

 なんとなく、落としたはずの下水の臭いがした。

やっとヒーローがちゃんと出て来ましたが、彼は主人公じゃないのである。

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