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 ヴィランがいればヒーローがいるのが世の常だ。

 とんでもないスーパーパワーなんて持っているヒーローじゃなくて、ただの正義感の強い念写と頭の良さだけが取り柄の探偵の青年だった。俺と同い年だ。

 彼はヒーローマガジンに載っていて、確か紹介文はこうだった。

「IQ300のスーパーボーイ! なんでも解決する頭脳派ヒーロー! お困りの際は我がヒーローマガジン社にお電話ください!」

 兄貴はそれを見て「これをヒーローにするなんざ、この会社もたかが知れてるな」とコーヒーを飲んだ。

 俺はこのマガジンを好きで取っていて、兄貴も面白がって読んでいた。兄貴はヒーローもヴィランも興味がなかった。ただ、自分の欲望と人生だけに興味があった。

 俺たちは莫大な金で買った豪邸ではなく、狭いがセキュリティだけは万全な家に住んでいた。昔住んでいた家よりも都会的でしゃれていた。兄貴は金で豪遊するのが好きだったが、家だけは質素だった。質素と言っても、貧乏的なものではない。

 兄貴は家で仕事の話をするのを嫌がった。金と女の話はするし、組織の話もしたが、仕事の話だけはしなかった。俺が話を持ち出すと、決まって別の話題にしろと脅した。

 仕事が嫌いなわけではなかったのだろうが、それでも家ではしなかった。理由はわからない。

「お前のマガジンきてるぞ。なんだよ、今度はヴィランマガジンまで」

「それ、兄貴が載ってるから取ったんだよ」

「俺が?」

「うん。俺も一緒に載ってるけどさ」

「ふうん」と言って、兄貴はページをめくった。

 ヴィランマガジンは、世界中のヴィランについて紹介したり、どんなことをしてるか、部下になるには、なんてことが書いてある反社会的なマガジンだ。ここに載れば、ヴィランでは一流と言われている。たいがいのヴィランはここに載るのを目指してる。兄貴みたいに、そんなのに興味のないやつも、もちろんいる。

 兄貴の紹介文はこうだった。

「妖艶美、カジノの皇太子」

 俺の紹介文は「カジノの皇太子の美しき弟君」だった。

 兄貴も俺も鼻で笑った。ダサくて仕方がない。

 紹介文の下の記事には、俺たちの見てくれの話が半分とどれだけの危険人物で、組織のどこにいて、どんな役割を担っているのか、ということが書かれていた。

 兄貴はこれをじっくり読んで「俺は悪者じゃないぜ」と言った。

「そうかい?」

「俺はただ一生懸命生きてる人間だ。悪も善もくそもないぜ」

「そうだな」

「だろう? 馬鹿馬鹿しい記事だな。でも、これでお客がたくさんくりゃ、いいんだがな」

「兄貴、そんなことよりこっち見てみなよ。対抗馬だってよ」

「へえ、対抗馬ね。俺はやっつけられる側かい」

「ヒーローとヴィランってなるならね」

「俺はヴィランじゃないから違うな。誰だって?」

「頭脳派ばっかりだぜ。一押しは探偵のアルだってさ」

「探偵ね。しけたもんだな。そんな貧乏人、なんだってんだ。それよりも、アレックス」

「なんだい」

「ストリップ見に行かないか」

 俺は顔をしかめた。

「そこで乱暴してやろうってんじゃないぜ。ただ見に行くだけだよ」

「兄貴、ストリップに行って女を連れ込んだじゃないか」

「面白かったろう?」

「冗談じゃない!」と俺は怒鳴って、自分の部屋に入った。自分の部屋と言っても、ベッドはなくて机と本棚と暖炉だけがある。それじゃあどこで寝てるのかというと、兄貴の言うこと聞いて、兄貴のベッドで一緒に寝ている。兄弟で冗談じゃねえや! と反抗したのだが「一緒に寝てたからあの時助かったんだぜ」と言われて、なんにも反抗できなくて結局一緒に寝ているのだ。

 おかげで兄貴が女を連れ込んだ時は硬い床で寝る羽目になる。兄貴は気にせずに「お前も一緒にしろよ」なんて言うが、ごめんこうむる。俺は兄貴と一緒にそこまでしたくない。

 まあ、初めての時はご相伴にあずかったが、いいもんじゃなかった。

「アレックス! ストリップに行こうってば!」

「なんでそんなに行きたいんだよ!」

「お前、もしかして趣向が変わったのか? 男の方も紹介してやろうか」

「余計なお世話!」

 兄貴は部屋に入ってきて俺の腕を掴み「いいから、行くぞ」と引っ張った。俺は大人しく従う他なかった。

 俺たちの住んでいる街は犯罪者達が住みつくような治安の悪い街だ。そのかわり寛容で派手で面白い街だ。そこらでパーティーが開かれ、花火が上がるような機嫌の良い街だった。だが、治安はすこぶる悪い。警察なんて使えない連中で、毎日肩身狭く生きている。

 スリも殺しも窃盗も強姦も、全部金と権力でもみ消される。犯罪の街なのだ、ここは。

 俺たちが生まれたのは、この街の隣だ。悪ガキはいたが、この街の悪ガキからすればかわいいものだった。だが、兄貴は悪ガキなんてものじゃなかったので、かわいくなんてなかった。

 悪魔みたいに綺麗な顔で人を騙して、金をスリ、物を盗み、女の子を泣かしていた。俺の両親は、弟の俺にはそうなって欲しくなかったからか、兄貴よりも厳しく俺を育てた。兄貴はそれを見てかわいそうに思っていたのか、それとも最初からこき使う気だったのか、優しくしてくれていた。

 あの頃からの刷り込みだろう。俺は兄貴さえいれば、生きていけると思っていたのだ。

 ストリップの店に着くと、兄貴は金を払って一番いい席に陣取った。

 お綺麗な顔が入ってきたものだから周りの男供はざわついた。

 席に座り、兄貴は俺の肩を引き寄せて「後ろのジジイから金をたんまり貰わないか?」と囁いてきた。俺はもちろんいやだと断った。兄貴は大笑いして「なにも喜ばしてやれってんじゃねえんだ。ただ、微笑んで囁くだけだよ」と言った。俺はむっつり黙り込んだ。どうせ、断ってもやらされるのだ。黙り込むのが、せめてもの抵抗だった。

 兄貴は俺を連れて、じいさんの隣に座って笑いかけた。俺はムッツリ黙り込んだ。

 じいさんはどぎまぎとしながら「なんでしょう」と聞いた。

「色気がねえなあ」と兄貴は言った。

「じいさん。俺達は男娼じゃないんだがな、ちょいと賭け事が好きでさ」

 兄貴はじいさんのジャケットの肩を掴んだ。

「賭けをしないか? あんたが勝てば金でも、他のでもやる。どうする?」

 兄貴は俺を引っ張って、笑いかけてきた。俺も乗ることにした。

「じいさん。ただの兄貴の趣味なんだ。ちょいと付き合ってやってくれないか? 大丈夫、勝ったら、本当に金でも他のでもやるからさ」

 じいさんは頬をツヤツヤ赤くさせ「じゃあ、しようかな」とニヤニヤした。

「ここにカードがある」と兄貴はポケットからケースを出した。

「簡単な話だ。1〜5までのカードの数を予想するだけ。もちろん、シャッフルするぜ。これじゃ公平じゃないもんな」

 じいさんにカードを渡し、兄貴は笑って「シャッフルしな」と言った。じいさんは素人らしい捌き方でシャッフルをした。それを兄貴は俺に渡して、酒の置いてある席を見て、目でそこに5枚置くように指図した。

 俺は大人しく上から5枚テーブルに置いた。

「さあ、じいさん。スーツは…記号は関係ない。数字を当てればいいだけだ」

 俺はじいさんと兄貴に紙とペンを渡した。二人とも書き込んで俺に渡した。

「お二人、何を賭ける」と俺は聞いた。

 じいさんは金を賭けた。兄貴は好きにしてくれと言っただけだ。

 俺はカードを1枚めくった。じいさんも兄貴も予想が当たっていた。

 2枚目も3枚目も4枚目もだ。

 じいさんは興奮でほっぺたどころか耳の先までつやつやと赤くさせていた。

 兄貴はただ笑っていた。

 5枚目をめくった。

 じいさんは目を見開いて驚いていた。兄貴はニヤニヤ笑っていた。兄貴が勝ったのだ。

「どうやら、俺の勝ちらしい」

 兄貴のニヤついた面をじいさんは殴った。兄貴は笑っていた。

「お前、俺のカジノでイカサマしてただろう。知ってるんだぜ、お前がなんかの能力持ってるのはよ。あれだろう、透視だろう? いい趣味してるじゃねえか。なあ」

「兄貴、知っててきたのか?」

「いいや、本当にストリップの女を捕まえるだけのつもりだった。そしたら、たまたまこいつがいたからよ。ついてねえの」

 俺たちにはさまれたじいさんは「俺はイカサマなんて! そんな能力なんて持ってない! 証明してみせろよ、なあ!」と叫んだ。

 兄貴は「なんで証明する必要がある?」と聞いた。

 じいさんは顔を真っ赤にして色々と罵り叫んだ。兄貴は笑って聞いていた。俺は兄貴に「ベッド、もう一個買おうよ」と言った。兄貴は「キングだぜ? なんの不満もないだろう」と言った。

「もう一個あれば、兄貴が女を連れてきても安眠できるんだよ」

「広いし邪魔にはならんだろ」

「横でやられちゃたまんないよ」

「だからお前も仲間に入れって言ってるじゃないか」

「冗談じゃねえや!」

 と、俺たちがあれこれ言い合っていると、じいさんがナイフを取り出して、俺を押さえつけて兄貴に向かって「何をごちゃごちゃ言ってやがんだ! 殺すぞ!」と唾を飛ばして怒鳴った。

「殺してみろよ。どっちにしろ、お前が死ぬのは変わらんさ」と兄貴は言った。

「お前の弟だろう!」

「それとこれになんの関係があるんだ」

 兄貴はポッケから銃を取り出した。じいさんは慌てて俺にナイフを突き立てようと腕を振り上げたが、どう考えても、振り下ろす速さと弾丸の速さは比較にならないほど違う。要は、じいさんが振り下ろす前に弾丸がじいさんの胸を貫くということだ。

 俺は顔面に生暖かく鉄っぽいものを受けながら、振り下ろしてくるじいさんの身体を蹴り上げて、なんとか難を逃れた。兄貴は俺に黒いハンカチを渡してきて「別のストリップに行こう」と言った。俺はじいさんを見た。兄貴はハンカチをきっちりポケットにしまっていた。

「そいつの目を見てごらん」

 俺は彼の目を覗き込んだ。鏡のような銀色だった。

「鏡みたいになってるだろう?」

「これがどうしたんだ?」

「透視するやつの目は死んだら鏡みたいになるんだ」

「死ななきゃわからないのか? もし違ったらどうする気だったんだ」

「もし違ったら? どっちにしろ、負けたやつだ。財布から金もらってこうぜ。死人が持ってても意味はないだろう?」

 兄貴は服から財布を抜き取って「ちょっとしかない」とぼやいた。こうやって、兄貴はずっと生活してきたんだろうな、と俺は思った。

 俺と兄貴は兄弟だけど、両親のおかげでほとんど一緒に過ごすことはなかった。寝る時だけ一緒だったのは、家の狭さのためだったのと兄貴が嘆願したからだった。それがなきゃ俺は死んでいた。

「兄貴、このままにしとくのか?」

「ここは俺の店じゃない。ほら、いいから行こうぜ」

「うん」

 店を出れば、従業員や店の人間に客が揃ってこっちを見ていた。兄貴は笑って「文句あるなら、俺のカジノに来いよ」と言って、さっさと人垣を抜けた。俺も続いた。店の偉そうな人にだけ「騒ぎ起こしてすみません」と謝って、賄賂を渡した。そいつはにっこり笑って「またどうぞ」と言った。

 俺たちは今度こそストリップの店に入り、兄貴は綺麗な子を引っ掛けて、連れ帰り、俺はまた硬い床で寝る羽目になった。

これが二人がヴィランとして認識されていくきっかけになるわけですわな。

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