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 兄貴はいつも笑っていた。

 ニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべて、黒いタバコをふかし、金欲と肉欲に溺れて、そこで自由自在にすいすい泳いでいた。

 生まれた時から兄貴はそんな調子だった。両親祖父母の金品を盗んで、換金して博打を打って、女を買っていた。いつ頃からやり始めたのか知らないが、なんの憚りもなくそういったことをやり始めたのは、15の時だった。

 夜に兄貴に起こされて、ベッドの横にあった隠し扉に押し込まれ、二人してぎゅうぎゅうになってそこで夜を明かした。下ではなにかが壊される音がして、両親の部屋からは叫び声と銃声が鳴り響き、男たちの怒鳴り声が聞こえた。兄貴は俺が泣きそうになると、ナイフを取り出して「泣いてみろ。外におっぽり出して、殺してやる」と脅した。俺は必死に泣くのを我慢した。

 ヘロヘロに疲れて、朝になって隠し扉から出てくると、何があったのかすぐにわかった。物は壊され、壁にべっとり血がついていた。そいつはテラテラとも光らず乾ききっていた。

「兄貴」

 俺は兄貴を見た。兄貴は笑っていた。それがこの惨事に対するものじゃないのがわかった。

「なんで笑ってるんだよ」

 兄貴は俺を見て「楽しい未来が待ってるからさ。俺は自由だ」と大笑いした。

 その後、警察に連絡した兄貴は、警察にあれこれと説明して犯人達は3ヶ月で捕まり、牢屋にぶち込まれた。兄貴はそれを見てやはり笑って「安心して死んでくれ。俺はお前達がいないあの街の経済を回してやるさ」と言った。この時、兄貴は15だった。俺は13だった。

 俺たちは別の街の親戚のところに行ったが、兄貴は一日だけ大人しくして、すぐに出て行った。俺は兄貴を追いかけた。親戚の家の女の子はブサイクだったし、変に色目を使ってきて気色悪かったからだ。それに俺は兄貴と離れ離れになる気はなかった。

 兄貴は俺を学校に行かせながら金を稼いだ。どこかのギャングに入ったのは知っていた。どんな組織かはわからないが、学校に行かせてもらっている身分であれこれ言えないので黙っていた。

 悪さをする度に兄貴は金持ちになった。俺も相対的に金持ちになった。ブランド物のジャケットを着て、ピカピカ光るスポーツカーを乗り回した。ありがたいことに、俺も兄貴も顔がよかった。どんな女でも騙せたし、抱くことができた。

 俺が学校を卒業して18になった頃、兄貴は20だった。美しく邪悪な青年に育っていた。

 兄貴は俺の誕生日に鍵をくれた。

「なんの鍵?」

「自由の国への鍵さ」と兄貴は笑っておでこにキスをした。

 兄貴の機嫌がすこぶるいいことを俺は悟った。

「自由の国ってなんだよ」

「今度、カジノのボスになるんだ。お前、俺の右腕になんな」

「カジノ? 俺、賭け事なんかしたことないよ」

「アッハハハハ! お前、自分がなんで学校なんかに行かせてもらってたと思う? なあ、大学飛び級した賢いお前はわかるだろう?」

 兄貴は俺のタイを細っこくて白い指で引っ張った。目ン玉がくっつくかと思うほど近かった。

「俺は、兄貴の成功への柱の一部ってこと?」

「成功? そんなものはどうでもいい。ただ、俺は金が欲しいし、やりたいことをやって生きたいだけだ。だから、お前はな、成功への架け橋とかじゃない。俺の一部として俺のために働くアリだ」

「俺、弟だぜ」

「そうだな」

「俺には俺の人生が……!」

「ないんだよ、坊や。お前は俺のものなんだよ。俺のために存在してるんだよ。だから、あの時助けてやったんだ。そうじゃなきゃ、今頃お前も天国さ」

 兄貴は俺の背中を冷たい手ですうっと触って「お前、俺のこと好きだろう?」と笑った。口が赤くて悪魔みたいだと思った。兄貴は生まれた時から悪だった。きっかけもなにもない。兄貴はクズだ。

 断れば、俺は殺されるだろう。今まで掛けてきた金と労力の分、ゆっくりと確実に優しく。

 俺は降参した。

 死ぬのはごめんだった。俺は一応兄貴の弟だし、悪さには慣れていた。兄貴ほどではないけれど。

 兄貴は笑って俺の喉に噛み付いて「愛してるぜ、兄弟」と囁いた。「俺もだよ、兄貴」と俺も囁き返した。歯が喉から離れていった。

 そうして、俺は街で一番でかいカジノの親分の右腕となった。

 俺たちは街でも評判の兄弟になった。綺麗だ、扇情的だとお盛んなオヤジ共や女共がやってきては金を落とした。兄貴はそれを笑って見ていた。金を落とす財布としか思っていなかったのだ。

 50はいる部下たちは兄貴を怖がっていた。容赦なく鞭をくれてやり、家族に手を出すからだ。ある部下は妹を犯されて、兄貴を殺そうとして逆に地獄に旅立った。下手を打てば、すぐに兄貴は処分した。まるで服を取り替えるように、部下を地獄に送るのだ。

 だが、兄貴は俺にだけは甘かった。それが意図的で自分のためだけだというのを俺は知っていたが、甘受していた。他のやつに悪いなと思いながら、兄貴に腹を見せて尻尾を振り続けた。俺は従順な振りをしてたんじゃない。真実、俺は本当に兄貴に従順な犬だったのだ。今でもそうだと言っていい。

「なあ、アレックス」とゲームマネージャーが俺の肩に手を置いた。

「なんだい」

「あのよ、ここだけの話なんだが、ボスとお前がやってるって本当か?」

「なにを?」と俺はわかりきっていたが聞いた。

「乳繰り合ってるのかって」

「してて欲しいのかい?」と兄貴よりも優しく俺は微笑んだ。彼は下心溢れる目で「いや、そんなわけじゃないんだが」と言った。

「なあ、兄弟でそんなことすると思うか?」

「悪かった。なんでもない。忘れてくれ、頼むよ」

「いいとも。だけど、兄弟。俺たちの上にはいつでも目があるのを忘れるなよ」

 ゲームマネージャーは監視カメラを見た。

「なあ、ボスはこれ見てるのか?」

「見てないよ。だから、俺がこうやって回ってるんじゃないか。俺は殺しはしないけど、兄貴には報告するぜ」

「俺のことも?」と彼は顔を白くさせた。

「いいや。さっきみたいなことなんてお客からも散々聞かれる質問だから」と言ってやれば、彼は詰まっていた息を吐いて「仕事してくるよ」と笑った。

 兄貴の部屋に行けば、血みどろの裸の女がベッドに横たわっていた。兄貴も同じく血みどろで真っ裸だった。兄弟じゃなければ、興奮する場面だろう。

「よう」と兄貴は笑った。

「死んでも、ある程度までなら丁度いい処理機械になるぞ。お前もどう?」

「死体愛好家じゃないから」

「まだ締まってるぞ!」

「やらないよ!」

 兄貴は大笑いして、黒いガウンを羽織った。いつも鉄臭いガウンだ。

「捨てとけ。その女、俺のことを殺す気だったんだ」

「そう」

「ここの従業員だったやつの女だってよ。確か……」

「バーテンの角刈りのかい?」

「そうそう。あれはマズイ男だったな。角刈りって時点でいけないが、やつは警察なんかに電話しようとしやがった」

「そうだったな」

「風呂を沸かしてくれよ」

「うん」

「一緒に入るか?」

「仕事があるから」

「そうか」

 兄貴は俺にガウンを渡して「そろそろ洗濯してくれ。赤い水ができるぜ」と笑った。俺も笑って「そりゃあ、染物ができそうだ」と答えた。

 血みどろの女をガウンに包んだ。目が真っ赤で鬼みたいだった。元は綺麗な女だったんだろう。どうやって兄貴に近づいたかは知らないが、彼女もバカなことをしたものだ。身体中に縛られた跡がある。綺麗な指が全部吹っ飛ばされて、口に詰め物までされていた。兄貴はくそったれだ。血は凍っていて、真っ黒に違いない。

 彼女をゴミ袋に詰めて、隣の部屋に向かった。

 隣には、下水が流れている。床の扉を開ければ、糞だの尿だののひどい臭いがムワッと身体を直撃する。最低な臭いだが、俺はこれに感謝している。これのおかげで俺は正気でいられる。

 ゴミ袋を下水に落とせば、すぐに向うに流れていく。下水先には、浮浪者がいる。彼らが女からあれこれ剥ぎ取って、勝手に処理してくれるだろう。わざわざ山に捨てに行って燃やすよりも随分と楽チンだ。俺は扉を閉めて、兄貴の部屋に戻った。

 烏の行水で、兄貴はさっさと上がってきたらしい。

「爪の間も洗った?」

「ハハハハハ! 捨てたか?」

「もちろん」

「ご苦労さん。酒でも飲むか?」

「仕事が終わったら」

「なあ、女のカバンからマニキュアを取ってきたんだ」

「危ない真似を!」

「だから、さっきお前と話してたゲームマネージャーを呼んできな」

「なんで?」

「弟の心配してんだろ」

「は?」

「あれ、お前を狙ってんじゃないのか?」

「違うよ。彼はどっちかというと兄貴と俺のセットが気に入りらしいから」

 兄貴は赤い唇とにいっと引き伸ばして「いいから、呼べよ」と命令した。俺はゲームマネージャーを有無も言わせず連れてきた。

 かわいそうに、彼は兄貴を前にしてビクビクオドオドしていた。

 兄貴は彼に優しく語りかけた「お前にはよく頑張ってもらってるからさ」と椅子に座らせるように俺に指示した。俺は静かに彼を椅子に座らせて、兄貴が踏ん反り返っている机の前まで椅子ごと移動させた。彼は涙目で俺を見た。

「手を出せ」

 彼は恐る恐る手を出した。

 兄貴はその手を取って「マニキュア塗ってやるよ。真っ赤でイカすだろ?」と笑った。彼は「そうですね、全くもって綺麗な赤で」と言った。

 それから、ベッドの上で鈍く重く光っている黒くなってきている血を見て、頬を引きつらせ、脂汗をかき始めた。兄貴はそれを気にせず、彼の爪に赤いマニュキアを塗っていく。

「なあ、ボビー」

「へい?!」

「金はきっちり取れてるか?」

「ええ、もちろん。毎週4日、ディーラー達に練習させていますし、お客も上玉ばかりで」

「うちの品は落ちてないよな?」

「そういうやつは落としてますし、クビにしてますから」

「今日よ、カメラをたまたま見てりゃ、お前、弟を狙ってるみたいじゃないか」

 彼はこっちを勢いよく振り返った。俺は知らんぷりしてやった。

「狙ってるだけなら、なんにも言わないが」と兄貴は言って、一旦口を閉じた。

 彼はその間に「いや、そういうのじゃなくて! 決して狙ってなんかないですよ。彼と俺は仲間ですし、それくらい男同士じゃ当たり前じゃないですか、ねえ。それに、俺は彼女がいますし、一途な方ですし、そんなんじゃないですよ」と必死に言った。

 兄貴は彼の目を見て、にっこり笑い「それならいいんだ。弟は、俺のだからな」と言い放った。彼は固まって、耳を赤くさせていた。気色悪いと思ったが、兄貴の色気にやられたことにしておこうと思う。

「それとなあ、お前さん、横領してるだろ」

「は?」

「俺にバレずにできると思ったか? 別にいいんだぜ、一回目はな。ただよ、あれは俺のなんだ。返してくれるよな?」

 彼は今度は顔を真っ青にさせて、ブルブル震えながら「彼女が病気でどうしても必要だったんです! すみません、ボス! 絶対に返します! 返しますから!」と叫んだ。兄貴は笑って聞いていた。

「そら、塗り終わった」と兄貴は満足そうに微笑み、俺を手招きした。

 俺を隣に立たせると、彼の手をみせて「綺麗にぬれたろ」と自慢した。俺は「そうだね、綺麗だ」と言った。

「手を抑えろ」と兄貴は命令した。俺は彼の手を抑えた。

 彼は発狂寸前のように泣き叫び、暴れた。座っていた椅子は倒れ、叫びながら何事かを言っていた。兄貴は「死なないから安心しな」と彼の頭を撫でた。彼は目を見開いて今度は静かに泣いた。だが、すぐに痛みで叫んだ。

「なあ、俺って天才じゃないか?」と兄貴は俺の耳元で言った。

「天才って?」

「赤いマニュキア塗ってりゃ、爪が内出血になってもわからないだろ? なあ、針ないか」

「右の引き出しの3段目」

「あんがとよ」と兄貴は引き出しを開けて、綺麗に揃っている銀色の針を抜き取った。ゲームマネージャーの彼は俺に「頼む! 頼む! 絶対に二度とあんな真似しないから、ボスにやめてくれるよう言ってくれ! 頼むよ! なんでもするから、頼む!」と叫んだ。俺は頭を振って「諦めてくれ。あとでちゃんと治療してやるから」と言った。

 金を横領してそれだけで済んでるのだから、むしろ喜んでほしいところだ。

 部屋には彼の叫び声が終始上がり、彼の爪からは血が細く流れていた。マニキュアと同じ色だった。

 俺は、目が腫れ上がり、力の抜けきった彼を医務室に連れて行き「次は殺されるぞ」と言った。彼はなんにも言わずに俺を虚ろな目で見つめた。

 医務室の医者のレイモンドは呆れた顔を俺に向けて「これじゃ、予算がすぐになくなって、備品が買えなくなる」と言った。

「周りが下手な真似をしなきゃ、そんなことにはならないさ。すまない、頼んだ」

「いいよ、俺は医者だから」と彼の指の治療を始めた。

「マニキュアで怪我の具合がわからない」

「天才だろって兄貴が」

「医者からは愚行だって言っておけ」

「そのマニキュア、毒性とかあるかい」

「調べて見ない限りなんとも言えないが、彼の状態からしてそんなことないとおもうぜ」

「そう。じゃあ、俺はもう行くよ」

「おう」

 俺は医務室から兄貴の部屋に向かった。兄貴は机に足を放り投げてマニキュアを自分で塗っていた。

「自分のをやるのと他人のをやるのじゃ、全然違うな。うまくいかん」

「はあ……、貸して。俺がやるよ」

「悪いな」

「毒性はないわけ?」

「女で試した」

「そう」

「あとで足も頼む」

「足は自分でやってよ」

「面倒だ。医者はなんて言ってた」

「愚行だって」

「アハハハハハ! じゃあ、天才だってことだな」と兄貴は機嫌よく鼻歌を歌い始めた。


 兄貴は紛れもなく最悪の人物だった。

 それを俺はよく知っている。弟だから。

 これから話す物語にはロマンスなんてのはない。恋愛なんて甘いものはない。ただの兄貴の欲だけだ。俺は兄貴を完璧な悪者にしたいんだ。カリスマなんてのじゃない。完全悪にしたいんだ。最低な弟に思えるかもしれないが、俺は兄貴を愛してるんだ。だから、兄貴を完全悪にしたいんだ。

こんな兄弟普通はいないけど、小説とかフィクションとか、正直ファンタジーだし……。

ちなみにこの兄弟どもの顔面のイメージはお耽美そうな海外俳優さん。美少年が劣化もせずに立派に育ったって感じ。あと、あのライエンデッカーに出てくる人たちのイメージです。BGMはキャブキャロウェイとかエレクトロスウィングやビッグバンドあたりです。

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