表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

16

 俺たちはすでにボスが手を打っていたからか、裁判にはかけられることなく、檻の中に入れられた。ただし、判決はすでに決まっていて、二十五年の禁固とされている。実際、禁固よりも懲役の方がしっくりきそうな気がするのだが、外に出すと、なにをしでかすかわからないということで禁固の方にされたらしい。兄貴は働かずに飯が出るなんて最高だな、と笑っていた。

 探偵は嬉しそうに檻の中にいる俺たちを見て「俺の勝ちだな」と言った。兄貴は笑って「そうだな。俺の負けだ」と言った。

「務所に入った後は知らんが、でて来たら、また追いかけっこだな。お前らがなんかしでかして、俺に依頼がくれば」

「そうだな」

「それじゃあ、いつまでいるのか知らないが、またな」

「ああ、さいなら」

 俺と兄貴は隣同士に入れられている。壁にもたれかかって、のんびりあれこれとおしゃべりをした。他にも檻の中にいる連中はいるが、俺たちは喋る気はなかった。卑しい笑みを浮かべて俺たちをジロジロみていた。兄貴は笑って「かわいそうに。旨い飯が目の前に転がってるのに触ることもできないなんてな」と言った。俺も同意した。


 数日経つと、俺たちはまた別のところに送られた。なんでも俺たちがいると、獄中にいる連中がうるさいのだそうだ。それで、俺たちだけ別の個室じみたところに送られるそうだ。

 だが、俺の方はすでに金が支払われていて仮釈放になっていた。

 殺人をしていないだけで随分と軽いもんだ。

 兄貴は俺に向かって「手紙出すよ」とだけ言って、監獄の中に入って行った。務所からでると、レイモンドが待っていた。彼は「やっぱりエドワードの方は拒否されたか」と言った。

「お前が払ったのか?」

「ああ、お前らの金でな」

「そうか、どうも。ボスは?」

 彼は肩をすくめ「沈みそうな船なんかに興味ないね」と言った。それで大体わかった。

 俺は車に乗り込んだ。レイモンドの車は少し小さめで古いものだった。

「俺たちが逮捕されて、どうなってる?」

「数日でもうダメになってたな。分けたんじゃないのか?」

「分けてたさ。なにがダメになってたんだよ」

「従業員」

 俺は深くため息をついた。それから、なるほどね、とだけ言って目を瞑った。一番恐ろしい兄貴が逮捕されて、獄中にいて、俺もそうだった。だけど、でて来た俺は殺しなんかしないし、兄貴のような拷問じみたことだってしない。そりゃ、いままで締めまくってた分、緩んじまったのだろう。

 あの中には兄貴の椅子を狙ってる連中もいた。泥沼かもしれない。

 レイモンドは座席の後ろを示して「お前らの持ち物は全部回収しておいた。明日返す。金も金庫ごともってきたから安心しろ。カジノに行く必要はない」と言った。

 後部座席には俺たちの服が山盛り積んであった。

「わざわざありがとう。悪いな、ここまでしてもらって」

「いいや、お前らには世話になったからな。でた後はどうするんだ?」

 俺は窓の外を眺めながら「田舎にでも行くんじゃないか?」とだけ言った。レイモンドは、そうか、と言い、音楽をかけた。

 古いジャズだ。

 レイモンドはこちらを見て「死んだ彼女のさ」とだけ言った。俺は、そうか、とだけ言った。彼はぼそぼそと静かに歌った。俺はそれを聴きながらぼんやりと窓の外の流れる景色を見ていた。

「映画があったろ。この曲の」

「ああ」

「見たのか、彼女と」

「ああ」

「映画みたいに死んだのか」

「いいや、ただの病気さ」

「そうか」

「でも、この曲を聴くと、いつも思うんだ。ちゃんと全部伝えときゃよかったって」

「そうか」

「お前だけだって言うだけだった。簡単な話さ。言葉を口から出せばいい。それだけだ」

 その後は、もう俺たちは本当に黙り込んで、家までの道を行った。

 家にはマガジンや新聞がたんまりと溜まっていて、まず、片付けるのが大変だった。二人して片付け終わると、俺たちは街に繰り出して飯を食った。久方ぶりの本当の飯だった。レイモンドは俺に向かって「俺はこの街から出て別のところに行く」と言った。

「別の?」

「隣町だ」

「そうか」

「だけど、エドワードが出てくるまではここにいるよ」

 俺はまじまじとレイモンドを見て「なんで?」と言った。やつは「ギャングは怖いし、お前らの近くにいる方が安全だ。そうじゃないか? 俺は別にそういった奴ら相手の商売をしたいわけじゃないし、人体に対する興味はあるけど、お前らのおかげである程度は疑問も解決できたしな」と言った。

 そういえば、レイモンドもなんだかんだで組織の連中と顔見知りだった。なにかを握っていると思われると面倒だろうし、そう思われる可能性も高い。俺はしばらくの間、レイモンドを家に泊めることにした。

 レイモンドに家にしばらくいろといえば、ゆっくり頷いてから「女は呼ぶなよ」とだけ言った。俺は兄貴とは違うから、そんなことはしない。


 家に帰ると、レイモンドは「いまなら、お前の彼女と息子たちに会いに行けるんじゃないか?」と言った。俺は冷蔵庫のビールを煽り、レイモンドに渡した。彼もぐいっと煽った。

「行かない」

「いった方がいいと思うけど」

「どっちだ? 行く? それとも言う?」

「どっちもだ。彼女と本当に会えなくなって後悔するのはお前だ。行けよ」

 俺は首を振った。

 確かに後悔するだろう。だが、もう諦めたのだ。どっちにしろ、俺が彼女に会いにいったところで不安にさせるだけだ。俺たちに何が起こるのか、そういうのを察そうとして、不安になるに違いない。レイモンドは俺をじっと見た後、ため息をついた。

「とにかく、今はダメだ。もし会うなら、もう少し先だ。来年のクリスマスかもな」

「そうだといいな」

「ああ」

 レイモンドはソファーにねころがって「医者が言うから聞きなさい。お前はベッドだ」と言った。

「もう寝なきゃダメかい、先生」

「ああ、案外ストレスってのは溜まってるもんだからな。俺もお前の組織の一員じゃない。だからこそ自由には動ける。その分、危ないだろう。そういざという時にお前が頼れないと俺が死ぬ」

 俺は適当に頷いて、ベッドルームに入っていった。久しぶりのベッドは出ていった時のままで、思わず吹き出してしまった。少し整えてベッドに入る。

「こんなでかいの買うんじゃなかった」

 兄貴がいないとベッドが広すぎる。

 俺は窓から見える月を見ながら、兄貴がちゃんと眠れているか心配した。一人じゃ寝られない兄貴は、今、ひとりぼっちだ。獄中では、隣の部屋に俺がいるからとなんとなくうっすら眠れてはいたらしい。壁際にベッドを持って来て、壁越しにくっついて寝ていたのだ。

 務所から出て行く時に見た兄貴の顔はちっとも変わりなく嫌味なくらい綺麗だった。なんの不安もなさそうで、むしろ穏やかにさえ見えた。ある意味、獄中が危険とは遠いところにあるからだろう。

 俺は目を閉じた。

 本当に案外疲れていたらしく、すぐに寝入ってしまった。

 翌日の朝、レイモンドから手紙を渡された。兄貴からだった。

「本当に仲がいいな」とだけ言って、彼は部屋の中で紅茶を淹れ始めた。俺はすぐに手紙の封を切り、中を出した。兄貴らしい適当に乱雑な文字がつながっている。

『俺のかわいい弟へ

 やめ時ってのはいつでもあるもんだ。そうだろう? お前、俺を愛してんなら、俺の言いたいこともわかってくれるよな?

 もう博打はやめ時だ。田舎よりもいいところに行こう。お前、一緒に行ってくれるよな? 一緒に来なくてもいいけど、俺を一生忘れないってなら、それでもいいさ。なあ、アレックス。幸せってのは、人それぞれ違うもんだ。俺は後悔しちゃいないぜ。

 探偵やレイモンドにボスに三人組、それからあそこの社長と従業員に……、とにかくいろんなやつによろしく言っておいてくれ。それと、この裏に書いてある住所を写しといてくれ。俺の娘と息子のとこのだ。金が行く手はずになっているが、そうなってなかったら、住所の上にある保険屋を殴りに行ってくれ。ガキに苦労かけさせたくない。お前も一応は父親だからわかるだろう? とにかく、頼むぜ、俺の坊や。早く来てくれよ。お前が恋しくて仕方がないんだ。頼むぜ兄弟。

 お前の兄貴より、愛を込めて』

 俺は手紙の裏を見た。住所が書いてある。先にそれを書き留めた。それから、レイモンドに手紙を見せて「安楽死の薬があるって言ってたよな?」と聞いた。レイモンドは俺を見上げて「心中する気か」と言った。俺は頷いた。

「そういうことになるかな」

「俺に渡せって?」

「ああ」

「医者なのに?」

「そうだ」

「嫌だって言ったら?」

「殴ってでも貰うだけだ。悪いが、兄貴が持ってこいって言ってるんだ。俺は持って行くし、兄貴が……、兄貴が一緒にこいって言うなら俺はついて行く」

 レイモンドは眉間にシワを作った。

「どうしてそこまでする必要があるんだ。兄弟なんてな、血の繋がりがあるだけで他人だぞ? 兄弟は他人の始まりってまで言うんだぞ? なんでそこまでするんだ」

 彼は冷静にそう言っていた。まるでカウンセリングの先生のように冷静だった。俺は彼から差し出されたコーヒーに口をつけた。

 どうしてここまでするのか、俺だってわからない。本当なら、ここで兄貴を裏切ってジェニファーの元に行ったっていいはずだ。だが、俺はそうできない。今までの刷り込みなのか、それとも兄弟間の間にあるなにかか、わからないが、俺は兄貴を裏切れないし見捨てられないのだ。きっと、今まで言っていた通り、兄貴を愛してるからそうなってしまったのだ。

 俺はコーヒーにミルクを入れながら「しょうがないんだ。俺は、兄貴のことを本当に愛してんだから」とだけ言った。レイモンドは、そうかい、とだけ言った。

「仲の良さは羨ましいくらいだがな。どうして死ぬ必要があるんだ? その必要はないだろうに。金を積めば、あんなところさっさと出て行けるし、そうできるだけの金はあるんだ。なんでそうする必要があるっていうんだ」

「さあ。俺には兄貴の考えなんてわかんないよ。ただ、兄貴は寂しがりの甘えただからな。かまってほしいだけかも」

 彼はクロワッサンを乱暴に口に入れた。

「昔の話さ。兄貴は最初から悪だった。いつも笑顔で自由だった。俺は逆に最初から中途半端で不自由だった。両親が兄貴をすでに半分見捨てて、俺の教育に全てをかけてた。俺は、兄貴が羨ましかったよ。好きに家から出て行けるんだ。俺はずっと机に向かわされてた。友達だっていなかったくらいだ。そんな時に、兄貴だけが俺の友達で、俺の自由な鳥だった。同じベッドでいろんなことを話してくれるんだ。俺はそれが大好きだった。俺はね、ガキの頃から兄貴だけだったんだ。兄貴だけが、俺の全てだった。自由も愛も生きがいも夢も、全部、兄貴だ。なあ、それで、俺は兄貴以外のために生きるとなると、それは俺じゃないかもしれない。ただ、ジェニファーに関してなら、俺は俺として生きられると思う。だけど、諦めちまったし……。とにかく、兄貴次第さ、俺は。たまには少し呪うけどな」

 クロワッサンを咀嚼し終わったレイモンドは、俺に向かって指を銃のように突き出して「わかった」と重たく言った。

「お前の兄貴に対する情はよくわかった。いいだろう、渡してやる」

 俺は彼に礼を言おうとしたが「ただし!」と言われて、口をつぐんだ。

「即効性じゃない。遅効性のものだ。四時間だ。四時間、死ぬまでの間に考えられる時間をやる。やめられるように、四時間後もすぐに死なないようにもする。一時間以内に俺が解毒剤をお前らの体内に入れれば、すぐに息を吹き替えせられるようにな。いいか、四時間だ。考え直す時間をやる。だから、できる限り死のうとするな。いいな?」

「わ、わかった……」

 レイモンドは立ち上がると「俺は薬を作る。お前、俺の家に送ってくれ。作り終わったら連絡する二週間くらいを考えておいてくれ」と言い、荷物をまとめ始めた。俺は慌てて、着替えて、車のキーをとった。彼はむすっと玄関先で待っていた。

 俺が車のドアを開けると「最悪だ!」とカバンを乱暴に放り込み、また「最悪すぎる!」と怒鳴った。

「なあ、大丈夫か?」

「大丈夫なわけあるか!」と彼は振り返った。それから助手席に乗り込むと、俺に向かって「俺はな、医者なんだぞ? なんで健康優良児の自殺の手伝いをしなくちゃいけないんだ!」とドアを閉めた。もっともなことだ。だけど、兄貴の文章を読む限り、そういうことだ。兄貴は検閲されるだろうから、無駄に長々と書いていたが、それがなければ、自分のガキの住所のくだり以外は全て削除されて「持ってこい」の一言だけだったらろう。

 車を走らせている間、レイモンドはずっとぶつくさ、最低だ、最悪だ、クソ、と言い続けていた。彼の家の前に車を停め、カバンを部屋まで運んでやった。彼はドアの前でもう一度「作ってやるが、死ぬ気で使うなよ。やっぱり生きようって思うために、作ってやるんだからな。そのための遅効性のだからな。わかってるよな!」と言った。俺は頷き「ありがとう、レイモンド」とだけ言った。彼は俺の頭を叩き、部屋に入って行った。

 それから、俺はいろんなところに行って、兄貴によろしく言われた通り、会いに行っておしゃべりをした。あそこの社長と従業員には泣いて謝られたが、気にするなと言って、なだめた。少し大変だったが、心が暖かくなった。元警察の爺さんは、俺に向かって礼金を出せと言ってきた。出してやると、特製サンドとコーヒーをくれた。きっと、この爺さんの口添えもあって、さっさと出られたのだろう。

 ボスに会いに行くと、彼はすっかり痩せていて、確かに沈没寸前の船の船長みたいだった。ボスは俺のシャツを掴んで「あいつはすぐに出てくれるよな?」と言った。俺は肩をすくめた。

「ボス、俺がどうこう言えないが、もう椅子を譲ってやるか、分裂させるかしたらどうです? このままじゃ確実共倒れだぜ?」と言えば、ボスは「ダメだ!」と叫んだ。俺はこりゃダメだな、と適当に背中をさすってやり、兄貴がボス用に作っていた分厚い資料を渡した。

「兄貴があんたのために作ってたものです。きっと、これがあればすぐに元に戻るだろうって言ってましたよ」

 ボスは資料を俺から受け取ると、静かな面持ちで読んだ。少しの間、ボスの部屋でコーヒーを飲んだ。

 彼は俺が出て行く間近には、すでに平常の俺のよく知るボスに戻っていた。

「どうにかなりそうだ。エドワードにあったら、礼を言っておいてくれ。悪かったな、守り抜けなくて」

「いえ、そういう運命だったんでしょうよ。気にしないでください」

「アレックス」

「はい?」

「遠くの、北のほうに別荘があってな。もしも、うちを抜けるっていうなら、そこをお前にやる。だから、戻ってこいよ」

 俺は笑って、頷いた。

 戻れたら、真っ先にボスに会いに行こう。それから、ジェニファーたちを迎えに行って、家族で暮らすんだ。いつまでも、のんびりと平和に。兄貴の言う通り、孤児院でもやってやろう。兄貴はしっかり悪だけど、それでも兄貴は兄貴で人間だ。ただの人なんだ。それで、俺は兄貴の弟だ。

 馬鹿らしい。兄貴を説得できる気はしない。

 後悔はある。だけど、俺にとって、兄貴は本当に全てだった。兄貴が家族だった。そうじゃないかもしれないが、それでも、俺にとってはそうだった。兄で母で父だった。俺の学校の金を作り出し、俺をずっと庇護下において、それでもある意味平等に認めていてくれていた。

 俺は兄貴がいない世界を想像できない。きっと、それはある意味死んでいる世界だ。ジェニファーと息子たちがいたって、兄貴がいなくなった喪失は消えないだろうし、ますますひどくなるだろう。

 兄貴が必死に生きようとする姿が好きだった。だから、俺は兄貴と共に生きる。


 最後に探偵にあった。

 探偵はにんまり笑って手を上げて「おかえり!」と言った。俺たちはバーに向かった。出所祝いに奢ってくれるらしい。

 俺もあいつもカクテルを頼んだ。俺たちは乾杯せずに酒を飲んだ。

「なあ、探偵」

「ん? 兄貴がいなくて寂しいってか?」

「まあな。それよりも、まあ、お前に渡しとこうと思うものがあって」

 探偵の野郎は怪訝そうな顔をした。そりゃそうだ。

「でも、今じゃないくて、また今度だ」

「なんだよそりゃ。とりあえず、もういっぱい飲めよ」

「ああ」

 探偵はあまり酒に強くないらしく、黙々とついてきたビスケットをかじっている。

「なあ、兄貴の方は元気か?」

「元気だろうさ。手紙が来たよ」

「なんて?」

「組織から出るって話」

「そりゃあ、驚きだ。本気で? カジノももうなし?」

 俺は頷いた。

 探偵の野郎は、はー……、とだけ返事なのか感嘆なのか、わからない声を出した。

「なんで? お前らあそこ好きだろ?」

「まあな。でも、組織の方の底が見えちまったし、カジノの従業員はもうダメになっちまったみたいだしな。今更あそこに行ったところで、俺たちのカジノじゃない。俺たちのじゃないなら、もうどうだっていいね」

「冷たい奴。そんで抜けたらどうすんだよ」

「ボスの別荘に行って、孤児院でもやろうかって」

 探偵は「はあ?! 血迷ったか!」と俺が兄貴に言ったようなことを言った。俺は笑って「違う、違う。兄貴曰く、孤児を集めて、命一杯愛してやって、そんで特殊部隊みたいな訓練するんだとよ」と言った。探偵は「うわ、クズい」と言って、酒を飲み干し、水を頼んだ。

「チーム戦になるのかなあ。なんとかリーグとかチームとか発足しなきゃじゃねえか。めんどくせー」

「さあなあ、そうはならないだろ。どうせ兄貴のことだから、派手にはぶちかまさないさ。案外地味にやっていくと思うぜ。傭兵集団みたいにして金儲けするだろうさ。兄貴は金と女が好きだからなあ」

「はははは! ならいいんだ」

「いいのかよ」

「いいんだよ」

 探偵はグラスを眺めながら「いいんだよ。俺がお前らの敵対者なんだから……」と微笑んだ。俺は「気色悪いな」と素直に言った。奴はテーブルの下で俺の足を蹴った。俺も奴の足を蹴り、お互い歯を見せ笑いあった。

 俺たちはその後、ベロベロに酔っ払い、路上でぐうすか寝た。朝になって、俺たちはお互いを指差し大笑いして、それぞれの家に帰った。この程度のお別れで充分だ。

 家に帰ると兄貴の手紙が来ていた。

『やあ、俺の弟よ

 暇で仕方がないぜ。俺しかいないもんだから、看守の目がちょっと面倒な感じがするぜ。ところで、今、作ってもらってるのか、そうじゃないのかは知らないが、まずいのは嫌だな。甘いものがいい。甘いのが食べたいんだよ。どうせならな。

 そうそう、ジェニファーたちには会ったか? 会ってないなら手紙の一つでも書いとけよ。前に書いてたらしいがね。最後なら最後らしくきちんとな。自然消滅ってのは虚しいもんだぜ?

 そんじゃ、とりあえず、暇な時に適当に手紙でもしたためとくよ。あと、本をありがとな。おかげで暇も解消されたよ。

 そんじゃあ、お兄様より愛を込めて』

 俺は頭を掻いた。本なんて渡した覚えはない。俺は探偵に電話をかけた。奴はすぐに出た。

「お前、兄貴に本を送った? 手紙で本の礼が来てたんだが」

 探偵は「ああ、それ俺だよ。どうせ、暇だろうとおもってな」と言った。

「あ、そう。どうも。兄貴に変わっての礼だ」

「また飲むか?」

「お前がそうしたいなら別にいいけど」

「じゃ、夜に」

「ああ、夜に」

 俺は電話を切ると、レイモンドのところに足を運んだ。レイモンドは部屋から出て来て、ムッとした顔をして「やっぱなしとかいう話ならありがたいんだが」と言った。俺は首を振り「残念ながら」と言った。あからさまにレイモンドはしかめっ面を作った。

「兄貴が甘いのがいいんだと」

「あぁあっ!」とレイモンドはイラついた声で呻き、頭をかき回し「くそが!」と言った。

「わかった、甘くしてやるよ! クリームみたいなな!」

「どうも」

「クソ! 最悪な気分だよ、おかげさまでな! あばよ!」

 レイモンドは勢いよくドアを閉めた。俺はなにもすることがないので、どうせだからと女を呼んでみたが、とりあえずという感じで楽しくなかったので、すぐに返した。夜になるまで、俺はノートに向かって、今までのことを書き出すことにした。暇で仕方がなかったのだ。

 夜になって、俺は探偵の野郎とまた飲んだり食べたりした。だが、俺たちはそれが終わるとさっさと解散した。これくらいの仲がちょうどいいのだろう。

 次の日はボスのところに行った。ボスはもうしっかりしていた。俺に向かって「カジノはもういい。多分、仕舞うことになるだろう。後の組織のことは気にするな。とは、言っても、お前は組織の人間じゃないけどな」と笑った。俺もボスに向かって微笑んだ。

「あなたは本当にいい人だよ」

「ギャングにいいも悪いもあるかい。さ、坊やはさっさとここから出て行くこった」

「なにかあるんで?」

「なにもないよ。なにもないから、出て行って、遊んでこいってことさ」

「まるでお父さんみたいだ」

 ボスは笑って「そうだったかもな。さあ、さっさと外で遊んでこい。親父は親父、息子は息子。そうだろう? お互い、別の人間だ」と言って、俺の腰を叩いた。俺はボスに頭を下げて、外に出た。空は高く、青かった。

 俺はコートの襟をかきよせて、人混みに紛れ込んで歩いた。

 薬が出来上がったのは、この日から三週間後だった。

 俺の家にやってきたレイモンドは真っ白いカプセルを見せて「歯の裏にひっつけて置けるようにした。中々溶け出さないようなコーティングをしてるから、実質四時間半は考える時間がある。お前らが甘くしろって言わなきゃ、こんな長くかからなかった」と言った。

「いいか、アレックス。よく聞けよ」

「ああ、うん」

 レイモンドは俺をソファーに座らせ、自分も隣に腰をおろした。それから、俺の顔を見つめて、数回ため息を吐いた。

「お前はお前であいつはあいつなんだ。お前らがどれだけ仲が良かろうとな、一人一人なんだ。いいか、アレックス。生きたいと思ったら、兄貴を蹴飛ばしてでも生きろよ。なあ、頼むぜ。お前がきっと最後の砦なんだよ」

 俺は彼から目をそらした。

「違うよ、そんなもんじゃない」

「俺から、お前らを奪わないでくれよ。俺は泣くぜ?」

「そりゃ、ちょっと見てみたいな」

 レイモンドは俺の頭を叩いて「バカいうな」とだけ言った。それから、俺をソファーから起こして、車に乗っけた。彼はすぐさま音楽をかけた。一言も話したくなさそうに前だけみていた。俺は帰ってきた時のように窓の外をみていた。

「なあ、レイモンド」

「なんだよ」

「家に、手紙があるんだ。ジェニファー宛の最後の。それを、ボスに届けて欲しい。俺が死んだら、届けてもらうように頼んでるんだ」

「自分で言えよ」

「しょうがないだろ! 俺はヴィランにされてるんだぞ?!」

 レイモンドは黙り込んだ。俺は、悪い、とつぶやいた。

「なあ、死んだらさ、探偵を家に入れてやってくれ。勝手に推理して、俺たちのやって欲しかったようなことを全部やってくれるさ。それから、この手帳を渡してやって欲しいんだ」

「なんだよ、それ」

「ただの手記さ。今までのことを適当に書いたさ」

「獄中まで持って行くのか?」

「ああ、うん」

「酔狂な奴だな」

「今まで兄貴に付き合ってきた時点でたかが知れてらぁ。とにかく、頼んだぜ」

 彼は少し黙り込んで唸ったのち、頷いた。俺はほっとして、黙り込んだ。レイモンドもなにも話さずに車を走らせた。獄中に見舞いに来て、中に入るための金はすでに用意してあるし、買収済みでもある。あとは、獄中に入って兄貴と話すだけだ。

 俺とレイモンドは務所の前で握手して別れた。その時に薬を渡され、俺は髪を整える振りをして、歯の裏にカプセルを仕込んだ。レイモンドはその間、ずっとしかめっ面をしていた。俺は逆に笑顔で彼に手を振った。

 彼は車に乗り込んだ後、俺に向かって「馬鹿野郎!」と叫んだ。

 それから、彼は笑って「戻って来たら、二、三発殴らせろよ」と言った。俺は手を上げて答えた。頬に二、三発くらい軽いと思った。

 俺は彼に背を向けて、務所に入って行った。

どうせタイトルでネタバレしてるし……。

兄貴の「俺の負けだ」は探偵に対するものではないので、ある意味、探偵の一方通行です。出てくるだろってのはただの事実と、彼の願望です。基本的には一般人には手を出さないので、出たところでしでかす要因がなきゃ人畜無害なタイプの兄弟なので、探偵もあまり困らない。

弟が殺しをしていないのは兄貴の指示。弟にさせたくないって言うのと、普通に先に出させて、色々用意させるためってのがある。基本兄貴は自分のことを考えた上で他人のことを考えるやつ。

今回は兄貴がいない場合、弟はこんな感じだっただろうなっていう部分も入ってます。特に探偵との関係はきっとこうなってたし、普通に友人になってたと思う。喧嘩をめちゃくちゃするけどってつく友人。

兄貴がいない方が兄貴のこと考えてるので、こいつは本当に兄貴だいすきなブラコンやろうだなって思います。でも、ジェニファーのこともよく考えているので、ジェニファーに関しては、異性として一番だいすきなんだと思う。もちろん息子たちもだいすきである。彼がただのアレックスなら確実にいい家庭のパパだったと思うし、学生時代のモテっぷりはそこを予感させるところもあったからだと思う。

レイモンドは今までやべえ医者的なところしか書いてなかったけど、実際は人をちゃんと生かすのが目的のお医者さん。人体の興味はあるけど、どの程度まで生かせるかというよりもどの程度まで負傷してもきちんと治して生かせることができるかって考えてる。だから、お薬作るの本気で苦痛だったし、一週間の遅れは味をつけたからじゃなくて、彼の葛藤。アレックスは無気力感が溢れてたと思うし、とにかく、兄貴に合わせないと始まらないって思ったので渋々渡してる。ジェニファーたちを出したのも、彼の無気力感がなくなるんじゃないかと思ったから。でも、兄貴に諦めろっていわれて、しっかりと色々諦めたアレックスは動かないんだな……。レイモンド、お前はよくやったよ。


次回の話は、お? ん? なんかちょっと違和感……ってなるかもしれませんが、それで良いのです。わざと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ