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 あの裏切り者がどうなったかは、俺は知らない。兄貴はどうでも良さそうにしていて、内部での抗争が始まりそうな気配がしていた。ボスの方はそれを収めた方がいいと思っていて、どうにかこうにか圧力をかけたり、泣き落としをしてみたりしている。

 兄貴は組織の崩壊についてはどうでも良さそうにしている。組織がなくなったらの話はすでにし終わっていた。なくなれば、カジノからもいなくなって、別の場所で生きるだけだ。もちろん、ヴィランマガジンでもいい。とにかく、死ぬまでは生き続ける。そうだろうと思う。

 時折、ボスから電話がかかってくる。兄貴はそれに対して、全部なんとか答えている。答えているが、その分ストレスもあるらしく、笑顔にもほころびが出始めている。兄貴はそこらで女を買わずに適当におしゃべりをするだけで終わらせている。俺が連れてきても、とりあえずやっておしまいである。

 兄貴はいつ出て行くべきか考えている。

「兄貴」

「ん?」と兄貴は新聞から顔を上げた。

「俺はいつまでも兄貴の弟だからな」

 兄貴はにっこりと笑って、俺の肩を叩き「知ってる。お前は俺のだ。そうだろう?」と言った。

「ああ、そうとも。俺は兄貴のだよ。ところで、足音ってのはこれだったのか?」

「さあ、どうだろうな。最後までわからないさ」

 兄貴はまた新聞に目をやった。俺はコーヒーのおかわりを淹れた。兄貴の分も入れておいた。

 コーヒーを口に含むと、兄貴は俺を見て「どこまでもついてくるか?」と聞いた。俺は頷いた。

「地獄だろうがなんだろうが。どうせ、俺は兄貴に逆らえないし。弟だし。それになにより、俺は兄貴を愛してんだから」

 兄貴は笑って頷くだけだった。


 カジノは、そんな組織内のことなんか関係なく、狂乱の限りであった。

 俺たちはいつも通りに仕事を始めた。もうカードに印がつくことはなく、通常通りの仕事になった。あの三人組は組織の方に専念するから、と言い、落ち着くまでは必要外では来ないということになった。兄貴は少しだけため息をついて「もちろん、あっちがどうにかならなきゃこっちもアレだからな」とだけ言った。

 客の前に立たずに、兄貴は部屋の中で仕事を続けている。オンラインカジノは兄貴が面白がって、本当に始められていて、開発部と何回も会議をしている。

 本格的に面白く、稼げるように。俺たちが出て来なくても一定の収入を得られるようにとやっている。ダメだったら、ダメで仕方がない。失敗したところで、それはそれで、それだけなのだ。

 会議が終わった兄貴は椅子にどっかりと座り、ふうっと深く息をつく。俺は兄貴のためにお菓子や飲み物、音楽も用意してやる。

「ボロが出そうだ」と兄貴は言った。

「ボロってなんのだよ」

「いろいろ」

 兄貴は皮肉げに笑った後「抜けたら、田舎に行こうぜ」と言った。まるで平和を望んでいるみたいだった。いや、兄貴はある意味、平和を望んではいる。だが、それは少し無駄な話だ。兄貴はどうしようもなく悪で、もう取り返しがつかないほどの恨みを買っている。きっと、平和には程遠い。それに、兄貴もそれをわかっている。

 わかっているが、疲れていて、そんなことを戯れに言っているだけだ。本当は田舎になんか行かないだろう。

 俺は「田舎に?」と兄貴にのってやった。

「しばらくのんびり暮らすんだ。金はあるし」と兄貴はありきたりな答えを言った。

「あの家は?」

「お前の女と息子たちにやる」

「どうも」

 兄貴はタバコに火をつけた。深く吸い込み、煙を吐き出す。口を開けて、ふわふわモヤモヤとする煙を見つめながら「孤児院でもやるか」と言った。

「血迷ったか、兄貴」

「はは! 違う、違う。ガキを集めるだろ? そしたら、そいつらを命一杯可愛がりながら、特殊部隊に負けないようなのに育てあげるんだ。年寄りになった俺たちを守ってくれるようなな」

「そりゃあ、いいな」

「だろう?」

 タバコを灰皿に押し付けると、兄貴は立ち上がった。それから、ドアを見つめた。

「夢の続きはまた今度だ、アレックス」

 そう俺に微笑みかけると、ドアが開き、探偵が立っていた。彼はニヤリと笑うこともなく、真面目くさった顔をして「逮捕しにきた」とだけ言った。兄貴はふっと笑った。

「ちゃんと証拠はあるのかい? 探偵」

 探偵の野郎は黒いビニール袋から俺の捨てたジャケットとパンツを取り出した。

「下水付近を調べて出てきた。血があのお嬢さんのだ。これをきてたやつが犯人なのは明確だろう」

「そうだな」と兄貴は頷いた。

「それで、誰がきてたんだ?」

「お前じゃない。アレックスの方だ」

「ほう」と兄貴は俺を一瞬ちらりと見てから言った。俺は机の下の緊急脱出用のふたを足で開け、ポケットの銃のセーフティを外した。逃げる準備はバッチリだ。

「この服にはタグがない。わざわざつけられていないのか、それとも誰か個人に作ってもらったものかだ。だけど、それにしちゃ、縫製もよければ、形もスッキリして洗練されている。そんで、俺は調べ出してみたわけよ。至るところの工場、古美術商、骨董屋、もちろん洋服屋もな。そこでな、一件、見つけたんだよ。この縫製の癖と同じものがあるところをな。誰も言わなかったさ、お前らが顧客とも、作ったとも。証拠さえもなかったし、むしろ丸め込もうとさえもされた。だけどな」と一旦、探偵は口を閉じた。それから、布を一枚ポッケから出して「同じ布があった。こいつは古い工場の一社からしか納品されないもんだ。そんでもって、その工場が流しているのは少しの会社だけだ。やっているのは爺さんとその息子の二人だけ。あっちまで脅しとくべきだったな」と言った。

 兄貴はすっとぼけて「脅すだって? そもそも、お前さん、俺かあいつがきていたっていう証明ができるもん、持ってんのか?」と言った。探偵はにっこりと笑った。

「持ってる」

 兄貴は黙って口元にだけ笑みを浮かべている。

 俺は兄貴の隣に立った。兄貴は俺を見ることなく、探偵を見つめている。

 探偵は大事そうに携帯を取り出した。やつは画面をこちらに向けた。

「レストランの食事で着てたろ?」

 兄貴は画面から目を離し、探偵を見て「たしかに俺たちだが、その服が俺たち以外も着ているって可能性はないのか?」と言った。探偵は首を振った。「ないね。お前らの身体にきっちり合わせてある。スリーサイズとかまでマガジンで晒したのが悪かったな」とサイズの載ったマガジンを床に放った。マガジンの方で頼まれて、兄貴が面白がって受けたのだ。思った以上に細部までめちゃくちゃはかられて、コスチュームでも作られるのかと思ったくらいだ。

「それに、工場の方で言ってたぜ。一人のために取り寄せた。誰だか知らないし、名前も教えられないが、とにかく綺麗な男だってさ。あそこの社長はいい人だな。イラスト付きであんたのことを教えてくれてたらしいぜ? おかげで写真見せたら、絶対にこいつだって言った」

「爺さんなんだろ? 記憶がおかしいかもよ」

「息子の方さ。息子がゲイらしくてな。あんたらのイラスト見て、想像で恋までしかけたそうだ。あんたらがテレビに出て、絶対にこいつだって確信したらしくて、ここまで足を運んだことがあるそうだぜ?」

 兄貴は口のはしを上げて「俺の弟はそっちからもよくモテる。俺もだけどな」とだけ言った。

「なんで、イラストじゃわからないって聞かないんだい、エドワード」

「なんでだろうな、探偵」

「そろそろ俺の名前を呼んでみなよ」

「呼んでほしいかい、坊や」

「呼んでほしいね、お兄ちゃん」

 兄貴は俺を見た。俺も兄貴を見た。兄貴はふっと笑った。それから「俺の負けだ」と肩をすくめた。

「兄貴!」

 兄貴は口元に人差し指を当てた。

「答え合わせをしようぜ、探偵。言ってみろよ、この場で誰があのお嬢さんを殺したか。着てたやつなんだろう? ん?」

「着てたやつもだが、殺したのはお前だよ」

「俺かい?」

「ああ」

「それを着てたのは、俺じゃないのに? お前、着てたやつが犯人って言ってたろう?」

 探偵は警察たちを腕で押しとどめて「見てた方もってことさ」と言った。

 兄貴は肩をすくめた。

「血の飛び方から、押さえつけてた方だってのはよくわかる。それに、この間の抗争で、お前は殺すけど、アレックスの方は絶対に殺さない位置を撃っていた。どうだい、正解かな、お兄ちゃん」

「上出来だ」

「嬉しいよ」

 兄貴は俺に目配せをした。俺は銃をぶっ放した。威嚇射撃だとわかっていたらしいやつらは少しの動揺しか見せなかった。俺たちはすぐに机の下に向かった。まず、俺が入り、兄貴が入る。人、一人ずつしか通れない道だ。最後はカジノの外ではなく、下水につながっている。

「くせえ」と兄貴が顔をしかめる。

「我慢しろよ」

「病気になったら、最悪だな」

「そうだな。覚悟しておこうぜ」

 俺たちはお互いに縄を身体にくくりつけ、下水の上に設置しておいた浮き輪を掴んだ。

「愛してるぜ、兄弟」

「俺もだ、兄貴」

 お互いの頬にキスを送り合い、俺たちは下水に飛び込んだ。最悪な匂いがする。だが、気が狂いそうにはならない。正常な気分だ。流れのきつい下水道を通り、俺たちは違いに浮き輪にしがみつき、目も口も閉じて流れに身を任せた。

 最初の流れは急だが、だんだんと緩やかになっていく。

 下水処理施設のでかいパイプ付近じゃ、もう立ち上がれる。縄を切り、浮き輪を捨て、服も脱ぎ捨てて銃も使えないから捨てた。俺たちはマンホールの方に向かった。

「最悪な気分だぜ」と兄貴。

「俺もだ」

「このまま地上に出て、走って逃げよう。組織の中には入れない。適当にそこらのやつからぶんどるぞ」

「ああ」

「どうせ、あの探偵の野郎はすぐに追いついてくる。戸籍も捨てて、適当に生き延びるぞ!」

「はっ! ついに戸籍もか!」

「自由に生きようぜ」

 俺たちが並んでマンホールを開け、地上に出て、しばらく走ると、後ろからすでにパトカーが向かってきていた。探偵の野郎がしっかりと乗ってやがった。周りの人たちから悲鳴があがる。臭い匂いをプンプンさせてパンイチで男二人組が走ってるんだから当たり前だ。

 俺と兄貴はそれぞれ、自転車を奪い取って、ガシャガシャ走り出した。後ろの警察供が発砲し出した。狭い路地に入り込み、俺と兄貴は止めてあった車の窓を壊して乗り込んだ。シートはすぐに汚くなった。

 アクセルを勢いよく踏んで発信する。ゴミ箱が飛んで、生ゴミが車のフロントについた。

 路地をぐんぐん進み、いちゃつくカップルを追い抜き、路地をでて、街の終わりの橋まで走る。後ろからはパトカーが追いかけてくる。

「逃げ切れるか?」

「さあな!」

「あーあ、こりゃ、この街に戻れないぞ」

「本当に、田舎にでもいくか」

「ガス欠しねえだろうな、この車」

「さあな。いくかい、兄貴」

「ああ、行こうぜ、アレックス」

「もちろんだ!」

 俺はアクセルをさらに踏んだ。車やバイクにぶつかりそうでも赤信号も無視して渡る。パトカーを振り切りながら走らせる。横で兄貴は面白そうに叫んでいる。

「見えたぞ!」

 でかい橋が見える。あそこを越えれば、やつは追ってこないだろう。国境がすぐそこにあるからこそ、この街は犯罪者のいる街になったのだ。逃げ出せる場所が真横のすぐだ。ぐんぐんと俺たちは橋に近く。

 しかし、兄貴が止まれ! と叫び、ギアを変えバックを始めた。だが、後ろにもパトカーがいる。

「どうしたんだよ!」

「前にもいるんだよ!」

 俺たちは車の中になにかないか探し始めた。銃が一つあればいい。

 探している間にパトカーから降りた探偵がこっちにくる。

 なにもない。俺たちは車から降りた。橋から川までは数十メートルある。飛び込んで無事にすむとは思えない。探偵は俺たちの前まで来た。

「シャワー浴びたいだろ?」

「そうだな」

「悪いな。お前らならさっさと国境側に行くと思ってな」

「はっ! 反対側に行きゃよかった」

「そっちも申し訳ないが、封鎖してる。この街から上空か土の中からかしか、お前らは逃げられなかったってことだ。観念しな。どうせ、入れられるのはここの獄中だ。金を払われて、どうせすぐ出れる」

 兄貴は口を歪めて唸り声をあげた。

 俺たちはお縄にかかった。

 最低な気分だった。こいつ一人なら絶対に出し抜けただろうし、追いかけっこを続けられただろう。

 パトカーには俺たちしか乗っていなかった。

 探偵の野郎が運転しながら「まさかお前らが下水から逃げるとは思わなかった」と言った。

 兄貴はなにかを観念したのかいつも通り笑って「泥臭い生き方が好きなんだ」と答えた。

「タバコ吸うかい?」

「ああ」

 兄貴と俺はタバコを受け取った。

「安いタバコだな。まずい」

「文句言うなよ。やってるだけ優しいだろうがよ」

「そうかい、そりゃあどうも」

 俺たちは煙を吸って、吐いて、吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせた。安いタバコはやはりそれなりの味しかしない。

「カジノの方に行くか?」

 兄貴は首を振った。

「まっすぐお前の入れたい場所に行けよ」

 探偵は「はいよ」とだけ言って、カジノを通り抜けた。俺たちはちらりと見るだけだった。

探偵、お前やっとかの巻でした。探偵はこれでめっちゃ満足してる。

兄貴が田舎に行こうっていうのは現実からの逃避でもあるけど、実際はそういうことも心の奥底では望んでる。普通に平和にいきたいし、ボスからの相談受けるのもしんどくなってきた感じ。

実は、もしも、兄貴が万全の状態なら、確実に逃げ切れてたパターンのやつ。カジノには飛行機も詰んであるので、レイモンドに頼むっていう方法とか、途中で誰かから殴ってでも電話を奪ってれば、空から逃げれた。探偵は本当に運が良かった。弟はそんなこと考えつかなかったのかって言うと、考えつかなかったし、普通に逃げ切れる気でいた。兄貴は怖がりなので、逃げるために万全の状態をその場でどうにか整えてみせるし、わざと監視カメラに映るようにしたりとかもした。

兄貴は本気で疲れ果ててたし、弟もなんだかんだで兄貴の疲れた余波を感じて、気疲れしていたし、兄貴まわれない分のカジノのフォローは全部やってたので、結局、二人はめちゃくちゃ疲れてた。

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