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 カードに印がついていると、ポーカーマネージャーから報告が上がって来た。

 兄貴は笑みを浮かべて「古典的だな、随分と」と言い、ゲームマネージャーに全員に注意するようにとだけ伝えた。ポーカーの奴らには、こちらからさらに言うことにして帰らせた。

「久しぶりだな、イカサマなんて」と兄貴はにやにやしている。

「そうだな。また何ヶ月後かに来るかもな」

「いや、すぐ来るだろうさ。今日出て来た表を見てみな。一人がわんさかとってやがる。もちろん、普通にやって勝っている場合もあるだろうが、うちは損得はあまりないようにしているしな。気持ちよく勝たせて帰らせる。それだけでいい。途中の負けがチャラになる」

「で? どうするんだ」

「殺しゃしないさ。腕の一本折れば十分さ。ポーカーの奴ら呼べ。このカードを覚えさせろ。どうせ同じ印をつけるさ」

 俺は頷いて、彼らを呼び出した。皆、一様に緊張している顔をしていた。兄貴はニコニコと「カードに印がついていた」と言った。

 何人かが、それだけで青ざめた。

「お前らが悪いんじゃないぜ、やりやがった野郎が悪いんだ。このカードの印、覚えておけ。同じのが出て来たら、即、俺かアレックスに教えろ。出た時の合図はお前らで考えろ。以上だ」

 彼らはそそくさと部屋から出て行った。兄貴は、机に足を乗っけて「探偵の野郎のことも気になるし、イカサマ野郎も出て来た。ついてねえなあ」とタバコをくわえた。

「そういや兄貴、足音ってのはどうなったんだ?」

 兄貴はニヤリと笑って「さあ、近づいて来ている気はするけど、なにかはわからねえなあ」と言い、煙を吐き出した。煙はもやもやと昇っていき天井で霧散した。

「とにかく、家に帰ろう」

「そうだな。それがいいや」

 俺たちは全員をさっさと帰らせて、家に帰った。

 数日ぶりの家はやはり落ち着くものらしく、兄貴はソファーに身体を横たえてテレビをつけた。テレビに探偵の野郎が出ていた。テレビに出るほど偉くなれるとは驚いた。だが、やはり何処と無く垢抜けてない芋野郎だ。兄貴もそう思ったのか、ふっと口の片方をあげて「コーヒー」と言った。

 俺はコーヒーを淹れて兄貴に出してやった。

「おい、寝転んだまま飲むなよ」

「固いこと言うなよ。探偵の野郎、偉くなったもんだな」

「驚きだ」

「はは、まあな。でも、俺たちを追ってるやつなんだ。それくらいはなあ」

 俺は肩をすくめるだけにとどめた。

「俺はあの兄弟を捕まえてみせますよ。ヒーローですからね」とテレビの探偵が言った。やつの隣にいる美人アナウンサーは「まあ!」なんて言っている。なにが、まあ! なんだか。それから彼らは俺らが見ているかもしれないのに計画の一部を言った。

 俺たちは顔を見合わせた。それからニヤリと笑った。

 これはあの野郎からの挑戦状だ。

 兄貴はテレビに映るニヤついた探偵を見ながら「ベットしやがったぜ、あの野郎」と嬉しそうに言った。

 カジノの親分をしているからと言って、必ずしも賭け事のうまいプレイヤーであったり、大好きであったりとは限らないように、兄貴もそこまでやる人間じゃない。だが、運がいいのかプレイが上手いのか、兄貴はよく勝てる上手いプレイヤーだった。相手がどんな札を持っているか探って当ててみせるのもうまかったし、うまく動揺させるのだってそうだ。兄貴は賭け事に関しても、カジノの親分として申し分なかった。

 そんなカジノの親分に自分たち自身をチップとして賭け事をさせようとしているのだ。大胆不敵な野郎だ。あいつが失敗すれば、こちら側がなんの損害も出さずにあちらの足の一本はダメにされるし、こちらが負ければ檻の中にぶち込まれる。

 俺たちの住む街は犯罪者の住む街だ。そんなところにいれば、警察なんて警察じゃない。幅をきかせているのは悪い奴ら。ギャングに強盗団、狂った殺人者なんてもんだ。とくにギャングは強い権力をこの街では持っている。やつらが幅をきかせていることが抑止力になっている。その一旦を担っているのが兄貴と俺だ。俺はギャングじゃないが、八割はそうだと言える。

 近場にある似たようなカジノや競馬場でも兄貴の顔は効く。最初の方は顔と体格もあって、ベイブだの、坊ちゃんだの、お嬢ちゃんだのと舐められていた。だが、偵察にやってきた上にイカサマしたやつの吹っ飛ばした指を送ったりしているうちにそれはやんだ。それにうちの近くでヤクを売るやつも少なくなった。

 兄貴はヤクは確かに面白い代物だとは思っているけれど、そんなヤク中野郎がゴロゴロしてちゃ店の方の印象が激悪だってんで、見つけ次第、更生施設に打ち込んで行き、売っているやつには脅しをかけた。多分、警察よりもよっぽど抑えられてるんじゃないかってくらいだ。

 そんなギャングの兄貴をぶちこむってのは、少し街にとっては損害でもある。だが、探偵はそれがわかっている上でこっちに仕掛けてきている。

 兄貴はテレビをニヤニヤ見ながら「これのどこからどこまでが嘘で本当だろうな」と言った。俺は、さあ、と言った。

「俺たちは俺たちのできることをするだけだろ。俺は、兄貴にどこまでもついてくよ」

「はっ! そりゃ頼もしいもんだな。おい、手始めにあの野郎が来たら賭けボクシングでボコってやろう」

「最高だな」

「お前がやれよ?」

「当たり前だろ」

「なあ、アレックス」

「なんだい、兄貴」

「ワクワクするな」

「はは! 確かにワクワクするぜ」

「こんな刺激的な賭け事、乗らない手があるか?」

「そもそも、あっちがチップを出して引っ張り出してきた時点で乗る気は満々だったんだろ?」

 兄貴は目を細めて「カジノの親分に、賭け事で喧嘩を売ってるようなもんだ。俺たちの舞台に上がって来やがったのだって面白いのに、相手をしないなんて、もったいないだろ」と大笑いした。

 腹を抱えてゲラゲラ好きなだけ笑った後、兄貴はすっと悪魔みたいな背筋の凍る笑顔になって「生きるか死ぬかの大博打!」と叫び、俺の背中を叩いた。

 

 次の日、のこのこ探偵の野郎はやってきた。

 俺たちは奴に絡んだが、奴は特に顔を赤くすることはなかった。すでに賭け事は始まっているのだ。お互いポーカーフェイスを貫かないといけない。なんだか、やっと敵対しているって感じだ。あの野郎、ここまでくるのに色々計算してやがったのだろう。それとも、本当にただ単に馬鹿正直な変人なだけなのか。

 ま、どうでもいいわな。

「よう、探偵。俺たちを檻にぶちこむんだって? できるのか? ん?」と兄貴は顎を指で撫でた。探偵は余裕そうな顔で笑っている。

「できなかったら、てめえの足の一本ダメになるってわかってるのか?」と俺は奴の耳の裏をくすぐった。それでも奴は余裕そうにしている。

 探偵の野郎はポケットに手を突っ込んだまま「俺は有言実行の男だぜ、お兄さん方」と言った。兄貴はそれに「カジノの親分相手にでかい賭けにですぎたと思わないかい、坊や」と返した。探偵は兄貴をじっと見て「そうかな、俺はそう思わないね」と言った。俺は奴の足を踏んだ。

「てめえ、足踏むなよ!」

「おい、前にお前が今度来た時は相手してやるって言ったよな?」

「は? なんだってんだ」

「地下に賭けボクシングの場所がある。俺とやれ」

 そう言うと、奴は「え? まじで?」と素っ頓狂な声をあげた。そもそも、今まで顔面を殴って来なかっただけマシだと思えよ。兄貴が気に入ってなきゃ、すぐさま下水に流してやったのに。

 俺と兄貴は奴の肩をがっしり掴み、地下に連れて行った。時折、闘犬もやっている。闘犬はいい金稼ぎには最近ならないので店としてはやめちまったが、そういう類にゃ狂いがいるから、本当に時折こっそりとやっているのだ。

 俺たちが入っていくと、ギャラリーは叫んだ。ご婦人なんかは失神するのまでいる。俺と兄貴はにこやかに手をあげた。俺たちはここの客に心から愛されてる。葬式にはわんさか人がくるだろう。

「お前らの人気、凄まじいな」

 兄貴は目を会場に流しながら「見目のいい野郎が脱いで汗みどろになって拳叩き込みあってんだぜ?」とだけ言い、俺の上の服を脱がしにかかった。俺はされるがままになる。その方がギャラリーも興奮するし、金も飛ぶ。俺たちゃ、金の卵を産む働き者の鶏だ。

「お前は自分で脱げよ。てめえと絡んでも金にならねえ」と兄貴は言った。俺は奴に振り向いて「歯の一本は覚悟しとけよ」と言った。本気で折るつもりだった。

 奴はタンクトップ一枚、俺は上半身裸だ。探偵は俺を見て眉をあげた。

 俺は手を広げてみせ、ギャラリーに向かって両腕を上げ、雄叫びをあげてみせた。ギャラリーは興奮状態だった。まるでなにかの集団催眠にでもかかったみたいにハイだ。

「全員、誰に賭ける?」と聞くと俺の名前しか出て来なかった。

「おいおい、俺に全員賭けちまったら意味ないだろ! 誰か、こいつに賭けてやれよ! かわいそうだ」

 そういえば、ギャラリーは大笑いした。

「こいつに賭けてくれれば、俺と兄貴でほっぺたか手にキスするよ」

「じゃあ、あたし、その坊やにかけるわ!」とご婦人が言った。俺はウィンクして「あなたには足にだってキスしますよマダム」と言った。マダムは「まあ!」と頬を染めた。

 それから、兄貴が上がってきて「俺が審判だ」とニヤニヤと俺たちを見た。それから、俺に向かって「お前に賭けてんだから、勝てよ!」と叫んだ。

「俺が今まで負けたことがあったかよ!」

「ないな! はははははは! 探偵、まじで歯の一本か助骨は覚悟しときな」

 探偵は肩をすくめ「おーこわ」とだけ言った。

 ゴングが鳴ると、俺たちは向かい合った。簡単な話だった。驚くほど、探偵の奴は弱っちょろく、二、三度のパンチであっけなくぶっ倒れた。だが、無駄に粘り強く立ち上がってくるので、ギャラリーの熱はそこそこ保たれ、結局、奴は歯を一本なくして負けた。

 俺たちはリングに奴を放ったらかしにして、探偵にかけてくれたお客さんにキスして回った。結構な数だった。それをリングから眺めていた奴は「おモテになられていいですね!」と言った。

「お前の顔面、今ならみえる方かもな」

「うるせえ! 俺は頭脳派なんだよ! お前、ボクシングジムに通ってたとかそういうやつ?」

 俺も兄貴も大笑いした。そんなものに通わなくたってよかった。

「俺たちゃジムなんかで教えてもらってねえよ。こいつは学校のお遊びクラブ。俺はそこらへんで喧嘩して覚えた。そんなもんだろ? なあ」

「ああ。そんなんでも案外できるってことさ。お前も身体の一つや二つ鍛えとけよ、デブ」

「俺はデブじゃねえっての! 確かに、筋肉はねえけども!」

「それでよく国立警察なんかになれたな。まじでいつかデブるぞ、お前」

「うるせえ! 頭で勝負してんだよ、頭で!」

「ほぉう、頭でねえ。テレビであれこれするとか言ってたけど、あれってただの宣誓布告だよな? 世間様に嘘ついていいのか、ヒーローが」

「嘘じゃないかもよ? 言ったろ、俺は有言実行の男だって。どうせてめえらなんか叩けば埃以外にも出てくるんだ。だけど、今回はあのお嬢さんに関してだけだしな。やったかどうかは、俺が証明して事実をぶんどってみせる」

 兄貴は目を細めるだけだった。

「あのお嬢さんって、相当だったのか?」

 探偵は頭を掻いて「政治家のな。たまにテレビとか新聞とかに出てるぜ」と言った。

「お前らのとこに行ったのは、どうせ親父に対する反抗心とかまってほしさだろうな」

「はん、馬鹿らしい」と兄貴はタバコの火をつけ、俺と探偵に一本ずつくれた。

 俺もタバコを吸って「そんな馬鹿らしいことに利用されかけてたのかよ。断って正解以外のなにものでもないな」と煙を吐いた。兄貴も頷いて「うちはちゃんと仕事してんだ。お遊びじゃ困るぜ」と酒を煽り、リングから落ちて来ていた探偵の歯をやつの手のひらにおいた。

 折れた歯をまじまじと見つめながら「そういう時期だったんだろ。お前らにもあったろうが」と言った。俺たちは顔を見合わせ「そうなる前におっ死んだからな。反抗っていってもなあ……。かまってほしいっつったってなあ……」とつぶやき、探偵は「かわいそ」とだけ言って、ポケットに歯を入れた。

「そんじゃ、俺は帰るわ」

「ちょっと待ちなよ、探偵」と兄貴が言った。探偵は振り返って、不審そうな顔をして「殺そうって腹か?」と兄貴と俺を眺めている。兄貴は肩をすくめ「俺はイカサマはしないし、そんな面白くないことするかよ。流れに任せて、運を自分で掴んで……。ダメならそれまでってやつだろ」といいながら、探偵に近づいた。

 それから、やつにあの印のついたカードを見せた。

「俺じゃないぜ」と兄貴の目を見てやつは言った。

「知ってるとも。お前に依頼したいんだよ、探偵」

 やつは「悪いがヴィランに手を貸す気はないぜ」と断った。

 それに兄貴は嫌そうな顔をした。仕方がないのでヴィランと呼ばれてやっているだけで兄貴は人間だ。悪も善もない生きるのに必死なただの人間なのだ。だが、兄貴はなにも言わないで曖昧に口元に笑みを作っただけだった。

「これは、カジノのボスとして頼んでんだ」

「そんなら受ける。報酬は?」

 兄貴は俺に向かって目配せをした。地下にある俺たちの金庫から金を出して放り投げた。キャッチした兄貴に、探偵は口笛を吹いて「お見事な連携で」と言った。兄貴は「兄弟だからな」と言った。それから、札束を見せながら「これで足りるか? もっと出すか?」と言ったが、やつは断って「それで十分だ」とだけ言った。なので、俺は金庫にきっちりと鍵をかけた。これで増やせなんてなったら、俺はやつの足を蹴っ飛ばす。

「犯人探しでいいか?」

 兄貴はニヤニヤ頷いた。

「どれくらいの期間で探し出してほしい?」

「できるだけ早くだ。俺たちに挑戦してみたいバカは山ほどいるんでな」

「ふん、わかった」

 探偵はカードを見つめながら「で、なんで俺に頼むわけ? お前らで全部完結できるだろ」と聞いて来た。俺たちは探偵の両脇に立って、彼の肩に腕を乗っけて「実力ってのを探るだけだよ、ヒーロー」と言った。探偵は首を引っ込めることもせず「お前らマガジンとってるなら、俺の実力もわかってるだろ」とカードをポケットにしまった。

「実際に見ないとわからないもんだからな」

「そうそう、弱点探るにゃちょうどいいだろ」

「性格悪いな」

「そうか?」と兄貴は俺を見た。俺も兄貴を見て「悪くないよな?」と言った。俺たちはお互いに頷いた。

「ここらでいえば、良心的な方だぜ? 気分でなんかでやらないし、基準があるからそこさえ守ってりゃなんにも怖くねえし」

「それに、一応仕事の斡旋とかしてやってるし、ちゃんと最初に危ないぞって忠告してやってるしな」

「あー、そうかい! 悪かったな、性格悪いって言って。いいから肩から腕のけろよ」とやつは肩をぐるりと周り、俺たちは大笑いした。やつは唇を尖らせて、けっ! とだけ言った。

次回、探偵ガチがらみ

今までがっつり絡むことがなかったのは、お互いに敵対関係にあるからと警戒し合っていたからです。そうは見えなくともそうだった。兄貴は面白がってる方が大きかったけども。その分、弟が警戒してた感じ。あと、普通に兄貴が気に入ってる同い年ってのが気に入らないのもある。兄貴大好きだな、お前……。あ、ちゃんと兄弟愛です。無駄に重たいだけで。

探偵はまだまだ駆け出しで、本気で金がない。普通にお芋と卵と水と誰かからの奢りで生きてる。お金は調べ物とかに全部使っちゃうから、本当にないのだ。必要経費以上使うと下宿先の大家さんから追い出される。

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