はじめに
俺もそろそろ年老いて、自分の記憶も曖昧になってきた。昨日の飯がなんだったか、テレビで取材されてなんて答えたか。俺は自分のことも正直だんだんと曖昧になってきた。そろそろお迎えが近いんだろうと思う。
そのお迎えが来る前に、あの二人のことを書いておきたい。俺が愛し、恋をした兄弟の話だ。マガジン、新聞、ラジオ、テレビ。どんな媒体であっても聞かれる彼らのことだ。俺は何を聞かれても内緒にしていた。本当はちっとも内緒にせずに言ってもいい話なのだ。
だが、俺は言う気になれなかった。
墓場まで持って行く気は無かったのだが、もっと彼らがちゃんと伝説になってからにしようと思っていたのだ。だが、伝説になるにゃ、彼らが死んでからそんなに時間が経っていない。まだ50年かそこらだ。それでもまだなれない。
俺はもう76歳。日頃の放蕩で身体はボロボロだ。医者の友人に、そろそろ死ぬとはっきりと言われた。
だから、俺は彼らの事が嘘や虚構で埋め尽くされる前に、しっかりとした事実を、彼の手記をそのまま出そうと思ったのだ。本当の彼らの姿を知っているのは俺とその友人の医者だけだ。今のうちに、死ぬ前に俺の友人でもライバルでもない不思議な彼らの事を世間に認知してもらおうと思ったのだ。
ただ、話す前にこれだけは約束してほしい。
じじいのたわごとかもしれないが、彼らに憧れちゃいけない。なんの同情もしてはいけない。これは物語でもなんでもない。ただの手記だ。書いた彼は物語に仕立て上げたが、これはただの手記だ。資料だ。
恐慌年、1932年9月。二人のヴィランが死んだ。
エドワード・アレックス兄弟だ。彼らは凶悪でとんでもない奴らだった。面白いところもあった。だが、彼らは同情の余地なく悪だった。
彼らについて、写真と一緒にどれだけ美しかったかというのが書かれていると思うが、どれをとっても言い表わせてない。言葉じゃ言い尽くせないんじゃない。彼らの本当の雰囲気、オーラってのを知らないからそうなるんだ。
奴らは、最高だった。
若い俺は彼らが女だったらと思った事もあるし、そのままでもいいから連れ込んでみたいと思った事もある。
とても美しいのだ。冷徹な宝石なんてのじゃない。無機物的じゃない有機物的で、妙に生々しかった。血の滴り落ちるステーキみたいなもんだ。まあ、もっと色気があったが。
あれの顔の綺麗さってのは悪魔的だった。天使では決してない。背筋が凍るくらいに綺麗な野郎だった。目が離せなくなる。あれは悪魔だった。悪魔の美しさだった。とにかく、あいつらの綺麗さってのは、死だの悪魔だのなんだのの暗くて迫力のあるものだった。地獄の炎みたく過激で冷たかった。あれは会わなきゃわからん綺麗さだ。
そんな彼らと俺はヒーローとヴィランの関係だった。はっきりそうだ。俺がやっつけて、あいつらがやられる側。アニメやコミックスだとそうなるだろうが、残念ながら、奴らを本当にやっつけられた事なんてない。むしろ、弄ばれてた側だ。俺は若くて、健全だった。女よりもお綺麗な顔と体が目の前で微笑んでりゃ、やり込められるのも無理はない。
今はじいさんだから、少し難しいかもしれないが、彼らなら、じいさんであってもやりこめただろう。
世間じゃ、俺が彼らをやっつけたと思っている。だが、実際は違う。いや、きっかけは俺かもしれないが、俺はなにもしてないんだ。俺は本当は彼らが死ぬなんて事思ってなかった。
そこらへんにいるヒーローとヴィランみたいにずっと追いかけっこでもするんだと思っていた。そういう商売でもあったから、ヴィランも捕まるし、逃げ出す。そういう風にできてた。
だが、彼らは出てこなかった。自分たちで死んだのだ。生きる事に欲深かった彼らがだ。
この話はやめよう。暗くなる。
俺と彼らの話はもうよそう。俺がどんなに言葉を重ねたところで、事実は泡になるんだから。
彼の手記は一切手を加えていない。彼がどうしてこんな物語調にしたのか、俺にはわからない。だが、奴はそういう繊細さというか鬱っぽさがあった。だからだと思う。
そろそろ、病院で注射を受ける時間だ。
ヒーロー・アル
俺のヴィランのため、愛を込めて