001: 第一異世界人
あまりにも誤字脱字が酷かったので修正しました。
「おい、にいちゃん! こんな所で寝てっと風邪引くぞ!」
ふと、そんな男の声で目が覚めた。渋い声だ。
ゆっくりと重い瞼を持ち上げると、そこには男の顔があった。真っ暗でよく見えないが、先程の声の主だろう。
状況を鑑みるにどうやら、俺は泣き疲れて、いつの間にか眠ったしまったらしい。魔物が闊歩するこの平原のど真ん中で寝落ちするとは、今更ながらに背筋が凍っていくのを感じる。
それに、一回寝ても現実が変わらないということは、本当に夢の世界ではないらしい。
まあ、何はともあれ先ずは起こしてくれた礼をしなければ。
「すみません。起こして頂きありがとうこざ……ブェックショイ! 寒ッ!? 暗!?」
気付けば、すっかり日は落ち、辺り一面が闇に染まっていた。
寝ている間に、夜になったらしい。
まずい、悪寒が止まらない。
それもその筈で、今の俺は薄手の半袖半ズボンしか身に纏ってない。寒い訳だ。
「あー、ほら言わんこっちゃない。おら、此方に来い! 暖を取ってやる」
先程、起こしてくれた男の声だ。言われるままに男についてい。
それにしても、日本語通じるんだな。まあ、この手の異世界物じゃお約束かもしれないが。
火打石と金属がぶつかり合う軽快な擦過の音が鳴り響き、その数十秒後には暖かくて目映い光が闇夜を照らしていた。
炎だ。
俺は男の善意に甘えて、炎に身を寄せ、寒さによって縮こまった身体をゆっくりと溶かしていった。
「落ち着いたか?」
男が俺に声を掛けてくる。
ぶっきらぼうではあるが、不思議とユーモアがあり、落ち着く声音だ。
「すみません。助かりました……」
「いいって、『クルフェンの助け船』。困った時はお互い様だ」
『旅は道連れ世は情け』的な諺だろうか。
そんな言い回しを聞くだけで、ここが異世界なのだと突き付けられているような錯覚に陥る。
「俺はギアラってもんだ。よろしくな」
そう言って、ギアラは右手を差し出してきた。流れに任せ、俺も蒼い紋様が刻まれている右手で固い握手交わす。
聞けば、俺を助けてくれた男、名をギアラ・コックスキーというらしい。職業は旅商人で、隣街まで商品を輸送しているところ、俺を見つけて、すわ何事かと助けてくれたらしい。
背は高く、がたいもいい。しかし、この魔物が平然と存在する世界だ。当然、戦闘も避けられない訳なので、このくらいの身体が無ければ、やっていけないのだろう。
それに、顔も良い。
彫りの深い引き締まった顔に右頬に刻まれた刀傷。赤みの混じった茶髪はきっちりと後ろで止められていた。
これが、異世界クオリティというものか。
身体と言えば、右腕に刻まれた蒼い紋様についても教えて貰った。
これは『紋章』と呼ばれている総ての魔物、人間に等しく与えられる種族、及び個人固有の異能力を発動する為の紋様らしい。
『紋章』というだけあって、基本シギルは遺伝するらしい。
故に、産まれた時から、自らに与えられた紋章の使い方や能力は把握できるそうだ。
因みにギアラのシギルは【疲労軽減】らしい。能力としては中の下レベルなのだが、身体が資本の商人にはこの上なく相性がいい。
このエニグマを駆使して、不眠不休で走り続け商談に間に合わせることもあったという。
俺は異世界人だか、右手に紋様が刻まれている以上、何かしらのシギルを使えるのだろうか。
「僕のシギル、一体なんなんでしょうかね?」
「普通、親のシギルを見て育つから、把握できてるもんなんだがなぁ。……ああ、俗説だと前腕の血液を止めるような感じで、肘を思いっきり握ると頭に浮かんでくるらしいな」
「成る程、やってみます」
まずは自分の手札を知らなくては戦えもしない。勿論、率先して戦いに出るほど飢えてもいないし、危険は冒したくない主義だ。それでも、自分の命くらいは、自分で護るのが筋ってものだ。
早速、肘を握りこんでみる。ささやかな鈍い傷みと、引き換えに確かに脳内に浮かび上がって来る単語がある。脊柱を舐め回されるような、ぞわぞわとした凄い気味が悪い感覚だ。
何々。【劣―――】……。
「……なぁ、にいちゃん。さっきから話してて気になったんだか、お前さん、もしかして『悪魔の落とし子』か?」
と、ギアラから話し掛けられたので一端中断。
うん、【劣―――】って後に続く言葉が思い付かないが、不穏な感じしかしない。別にチートを求めている訳でも無いが、やはり自衛出来るくらいの能力は欲しいところだ。
しかし、また新しい単語が出てきたな。『悪魔の落とし子』、また字面だけ見ると物騒な肩書きが出てきた物だ。
「善、でいいですよ。……『悪魔の落とし子』? それって一体?」
ギアラは苦笑した。
「やっぱりか。善は奇抜な衣装着てたからな。すぐ分かった」
奇抜な衣装、この現代服の事だろうか。この服はAma●onで買った服だ。いくらなんでも悪魔との関係は無いように思う。
「服がどうかしましたか?」
「ん?ああ、悪い悪い。『悪魔の落とし子』ってのはな、記憶を無くしてどこか別の場所に飛ばされた人間の事を言うんだ。その、奇抜な衣装もそうだし、この平原は比較的安全な部類ではあるが、武器一つ持たずに来るには危なすぎる。じゃあ何故かって考えたとき、何処か別の安全な所から飛ばされたって考えるのが妥当だしな」
凄まじい推理力と洞察力だ。これが異世界の商人というものか。しかし、どうしてこの現代服を見ただけで『悪魔の落とし子』だと思えたのだろうか。それに、奇抜な衣装と言っているが、この現代服に見覚えがあるようだ。
「ギアラさんは、この服を着た人に会ったことがあるんですか?」
「ああ、何年か前に一度な。善と同じように、この世の常識ってもんがすっぽり抜けちまってる癖に妙に礼儀正しい奴だったよ。その癖俺の知らないような事ばっか知ってるし、不思議な奴だった」
まだ、確証は無いが、きっとその人も異世界転移させられたのではないか。その人の行方が分かれば、元の世界に帰る為の手掛かりも掴めるかも知れない。
「それで、その人は今どうしてるですか?」
「…………彼女は、もう死んだ」
たった一言。だが、その一言はとてつもない意味を示していた。一瞬で頭が冷えていった。
そうか、元の世界に戻れるか云々の前に、この世界で死ぬ可能性もあるのだ。
それに、彼女という代名詞を使ったということは、ギアラさんの知り合いの人は女性だった、ということだろう。そして、ギアラさんにとってとても大切な人だったということは、表情を見ていればすぐに分かる。
馬鹿な事を聞いたな。
「それは、……悪いことを聞きました……」
「んにゃ、こんな世の中だ。人が死ぬのは日常茶飯事だし、もう昔の事だ。あんまり気にしちゃいないさ」
そういって、ギアラは寂しそうに笑った。
その後、さっきまで寝ていたせいで全く寝つけなかった俺は、見張り役を志願した。敵襲があった時、ギアラさんを起こして逃げる仕事だ。普通、商人は一人や二人護衛を雇うものらしいが、今回はかなり急ぎの案件だった為、一人で来たらしい。
今回寝床に選んだのは周囲より幾らか小高い丘の上だ。見晴らしも悪くない。
そこから盗賊や魔物の類いを発見するだけなら俺にだって出来る筈だ。それに、罪悪感もあったしな。
ギアラは最初は遠慮していたが、礼をさせてくれと言った途端に折れた。商人だからか貸し借りには厳しい性分なのだろう。
ギアラは、護衛用にと短剣と水袋を渡してくれた。
初めて持つ包丁以外の刃物である鋼製の短剣は、底冷えする程に重かった。
使い込まれた品の様で、柄革が擦りきれ、手には馴染むが少し細い。
こんな世界の野党とかが現れた時には応戦できもしないだろうが、これで逃げる為の時間稼ぎくらいは出来るだろう。
ギアラがテントの中に入って行き、明かりが消えた。
辺りを見回す。
静かな夜だった。
肘を思いっきり握りこむ。中断していたシギル確認の続きだ。
【劣化――】…………。
【劣化模―】……。
【劣化模倣】。
どうやら、俺に与えられたシギルは【劣化模倣】というものらしい。
字面だけで、粗方分かるような感じだか、発動条件などは明記されてない。きっちりと実験を繰り返し詰めていくほか無い。
「生き残れるのか、この世界で……」
何度めかも分からない呟きは夜風に拐われ、闇に溶けていった。
次回にはヒロインが登場する予定です。