03 冒険のはじまり
今までの感じたことのない新鮮な空気が鼻を通る。『おいしい空気』が全身に染み渡っていく。
『風の音が聞こえる…』
「ん?」
あんれぇ?転生と聞いたから、どこかの赤ちゃんからやり直すのかと思っていたのに、どうみても赤ちゃんじゃない!
寝ていたようなので、起き上がり自分の手と自分の足を見ながら
『転送か?』と思った。なぜならちょっとブカブカになったらスーツを着たままだったからだ。どうやら体がちょっと若返り背が縮んだようだ。
「!!!」
不意に、背後から強烈な視線を感じる。恐る恐る振り返る…
「…えっ?」
金色の目をした白い人がこちらを見ている…顔を戻し一度目を瞑り深呼吸してから再度振り返ってみる。
『…えぇぇ…まだ見つめられてるんですけど…』
俺は混乱しながら状況を理解しようと努めた。誰っすかあの子?しかもさっきより顔近いし…でも可愛いから許す!…っじゃなくて!
「あのぅ…どちら様ですか?俺なんかしちゃいました?」
もうお手上げだったので、こちらを見つめる美少女に向けて質問をしてみた。
「何もしてない…やっと起きた…わたし…ミリー。」
ミリーと名乗る美少女は、一言でいうと『白!』肩の辺りまで伸びる髪の毛、透き通るような肌、ワンピースのような服全てが白一色。白の中に一際目立つ金色の目と小振りな赤い唇があり、顔は人形のように整っており、可愛さと美しさが共存していた。
「あっどうも初めまして、俺はエニシ、宜しく!」
俺は自己紹介をし、握手をしようと手を差し出した。
少女は手を出してくれなかった。『何すればいいの』って感じで見つめてくるだけ。
俺は『この世界は握手とかしないのかな?』と勝手に納得し、差し出していた手を引っ込めた。
とりあえず、自分はこの世界に来て間もないし、異世界の文化を何も知らない。目の前の人間から色々と情報を引き出そうと思い、ミリーと話始める。
「ここはなんと言う国ですか?」
「…」
「…えっと…近くに町はありますか?」
「…」
…うん。…えっと…何を聞いても、これまた『何を言ってるんだ』と言う顔をするだけで話が進まない。そして確信をつく質問を投下する。
「あのー、この世界の人ですよね?」
「ん〰ん、ネコ。」
ミリーから衝撃の返答が返ってきた。
「えっ?どゆこと?」
話を聞いてみると、俺と同じ経緯で異世界に転生してしまった猫のようだ。ってかなんで人間に?記憶は猫?なんだかいろいろめちゃくちゃろうよ神様ぁ…
そんな話をしていると、空から白い羽がヒラヒラと降ってきた。
地面に触れた瞬間、白い魔方陣が広がり光り出す。魔方陣の中に3D映像の様に、見るからに女神って感じの羽の生えた女性が浮かび上がる。
「…ヤッホー!エニシ君ミリーちゃん!異世界転生おめでとー!私は時空の神をやっているクラリエルでーす!ヨロシクねー!」
「色々疑問があると思うし、ちょっと説明するね!」
…うん。出てきた時の雰囲気と口調出なんとなく分かっていたけどね…一方的に自己紹介をしてクラリエル様は話始めた。
クラリエル様曰く、まず二人?…正確には一人と一匹が一緒に転生してきた理由は、魂が絡み合った状態で時空の狭間に行ってしまった事が原因らしい。
ミリーは俺に抱き抱えられた瞬間に、窮地を助けられたと思い込み、俺に信頼の念を抱いたようだ。俺はミリーを『助けたい』と想いながら抱き締めていた。
互いが互いを想い合っている状態で、同じ場所、同じ時間に死亡した。そんな偶然が重なり、魂が絡み合い、通常より大きく、綺麗な輝きを持つ一つの魂として認識され時空の狭間に行く事になったようだ。ここから複雑は事情が絡んでくる。
1つ目は、それが1つの魂ではなく、2つの魂が絡み合っていたことだった。無理矢理に剥がすと、それこそ片方の魂は壊れてしまい、輪廻転生の流れにも戻れず、転生出来ないまま何もない時空をさまよい続ける事となる。
どうしようか迷っていたところ、魂が自然に解れて、俺が時空の狭間で目覚めた時には分離し2つの魂として安定されていた。
2つ目は、本来、2つの魂が同時に時空の狭間に来ることはない。ましてや猫が来ることなんて今まで無かった。
しかし、魂の導き手である神鳥様は1度時空の狭間に送られて来た魂を、独断で地球の世界に戻すことはしない。何故なら神鳥様の役目は選択をさせることだから。更に言うと、クラリエル様の命令は絶対なので、どんな問題が起きようと役目は変わらないのである。
ミリーは言葉が喋れないので、心を読んだらしい。『あの人といたい』と思っていたそうなので、選択は『異世界』となった。
この辺りで、クラリエル様は異変に気付いたそうだ。
しかし、自分が送った2つの魂が『異世界行き』を決断したタイミングで『間違いでしたー!』とは流石に言えるはずもなく隠れて様子を見ていたそうだ。
そして最後、2つの魂を同じ世界に同時に送ったことが無いと言うこと。出来ないことはないと思いうが、不安はある。『転生』は親を選んだり、記憶を刷り込んだりと、いろいろと環境を整えるのが大変らしい。
そこで閃いたのが『異世界転送』魂を転送し体をくっ付ける程度なので時間も面倒もあまりなく、比較的安全に送ることができるそうだ。
転送の際、せめてもと、ミリーには人間の姿を、俺には若く健康な体をと神力を使って下さったそうだ。
次に注意点、この世界で死亡するとこの世界の輪廻転生の流れに加わるらしい。また運よく時空の狭間に行くことが出来れば不可能ではないが、理論上、地球のある世界の流れに戻ることはできなくなるようだ。クラリエル様の知る限り、同じ魂が再度時空の狭間にたどり着いた事は1度も無いらしい。
俺は構わないと思っていた。最早地球に未練など無かった。
異世界の候補はいくつか有ったようだが、この世界にも魔法やスキルなどが存在し、適正が有れば使えるらしい。
全員が使えるなんて、そんなに甘くないみたいだ。スキルに関しては経験を積めばやってやれないことは無いらしいので、まぁ頑張れって言われた。
この世界の情勢等を聞いたが、あまり良く分からないようだ。というより、どの世界にも深く関わらないようにしているそうだ。この世界の事はこの世界の住人の方が詳しいので、自分で調べるようにと言われた。
クラリエル様は最後に、困っていることはないかと言ってきた。
転送されたばかりなので、『困っていることが分からない』俺はそんな心境だった。そんな時少し前のミリーとのやりとりを思い出す。
「…あのぉクラリエル様…ミリーの事なんですが、中身は猫の記憶のままなんですか?姿は人間のなのですが、人間の常識や、言葉があまり理解出来ないようなので、人間生活が難しい様に思いますよ…」
「オッケー!ちょと待ってね!」
『…ポワァァァ…』
クラリエル様はミリーの頭に手をかざす。ミリーが淡い光に包まれる。見た目は何も変わらない。
「補助意識を与えたから、これで問題無いと思うよ!」
「あ、ありがとうございます。」
ミリーは先程より遥かに流暢な言葉で、クラリエル様にお礼の言葉と共にお辞儀をする。
「よかったねー!」
クラリエル様はミリーに向けて、満面の笑みで返す。
『神力すげぇー!』と俺は心の中で思った。
「それでわぁ、異世界生活楽しんでねー!バイバーイ!」
クラリエル様はそう言うと、その姿が薄くなっていった。
「「ありがとうございました。さようなら。」」
俺とミリーは声を揃えて、薄くなったクラリエル様に向けてお礼をした。
「あっ!この羽あげるから『使って』ねー!」
クラリエル様は、魔方陣の中央に落ちている羽を指差して、にっこり微笑見ながら言っていた。魔方陣から光が失われると、魔方陣とクラリエル様の姿が無くなり。そこには一枚の羽が落ちているだけになった。
俺は残された羽を手に取り、無くさないようにポケットにしまった。
「改めて宜しくミリー!」
「宜しくお願いしますエニシさん!」
「…うっ…敬語はやめよう。それに俺の事はエニシでいいからっ!」
「…わ、わかったわ、改めて宜しくねエニシ!」
改めて、流暢に話ができるようになったミリーと自己紹介を最初からやり直し、今回はしっかりと握手まで行えた。
「とりあえず、町を探そうか!」
「そうね、行きましょう!」
俺とミリーには草原を歩き始めた。
―さぁ冒険のはじまりだ―