間幕 生存者の忠告
『魔王様、兵士と思わしき者達が数人こちらに!』
時は遡り、グレイスがアダールの前に現れる少し前。魔界でもヒュベール国から脱走した三人の男を追いかけて来たヒュベール国の兵士が数名、レーデ・ベルテンに攻め込んできた。
「連絡ありがとう、モース。通す必要は無いわ、私がそっちに行くからそこで決着を付けてあげましょう?」
『はっ!』
「ガラハーン、バダン、ターナド……貴方達も来てちょうだい。安心して、あの兵士達に売ろうだなんてしないわ、彼らには見せしめしてあげるわ。貴方達は見ないと敵が討たれる瞬間を見逃すとだけ言っておくわ。そろそろグレイスがアダールのところに着くわ」
そう言うと一瞬のうちにアルシアは転移の門を開き、その中に入っていって姿を消す。当然、辿り着く先はレーデ・ベルテンの門外。後に続いて、ガラハーン達も転移の門を潜り門外へと出る。
そこには既にアルシアと兵士達が対峙していたがどちらも動く気配はなく、やっとで先手を打ったのは兵士達だった。実力では乏しいが数では圧倒してる兵士達が勇ましく声を上げ攻めくるが、魔王アルシアにはダメージにはならない。それ以前に彼らの攻撃がアルシアに触れる寸前で止まっていた。流石にこれには兵士達は驚き、距離を取る。
「貴方達の一歩も退かないその勇敢さに1つ良い事を教えてあげる。貴方達の前で私が――いえ、魔王がこうして立ってるのだけれど、私に限らず魔王全ては自分達の『騎士』を複数持っているわ。その中の一人――『本命』を殺さない限り、魔王には攻撃はおろか触れることすら出来ないの。そろそろね――……ほら、貴方達に与えられた命令が無効になる時が来るわよ」
兵士達の前に現れた突然現れた映像に驚くが、冷静を取り戻すのに一秒もかからなかった。しかし、その映像を見て、さらに驚いた。
「アダール王が……」
自分達の国王が対峙していた青年に尽く追い詰められ、終いには腕、脚、下半身、目、鼻、心臓、そして最後に耳を切り落とされた。
映像越しに伝わる青年の殺気にあたってしまい失神する兵士やアダールの血飛沫を見て吐き気を催した者、症状は様々だが、彼らは映像越しに映るその青年に畏怖することを覚えた。彼――グレイスの持つ剣技が兵士達の持つ剣技よりも遥か上、自分たちがそんなのを相手に太刀打ちができる訳でもないと分かった――いや、理解させられた兵士達のその一人は震えが止まらなくなり、その場から無我夢中で逃げ出した。そんな兵士を見送るとアルシアは踵を返す。
「本来なら私達の同胞に剣を向けようとするだけでも万死に値するところだけど、その様子じゃそれすらも無理そうだから大目に見てあげる……そうね、私達に敵意を見せない限りは――そう、私はね?」
敵に背を向け歩いているアルシアは振り向きざまに、言葉を紡ぐ。兵士達には忠告など生温いものではなく、一種の『契約』として告げられたようにも思えたのだ。
――私達『赤魔の民』に敵意を向けたその瞬間、命はないと思え
兵士達はその意図を汲み取ると同時に呼吸することさえ忘れたかのように動かなくなった。やがて、アルシアが門のうちへと消えるその瞬間まで彼らは身動きが取れず、解放された瞬間、蜘蛛の子を散らすように踵を返していった。しかし、逃げ出した矢先に不運にもアルシアの威圧外で待ち伏せていた魔物や魔獣の餌食となり、地上界に戻れたのは武器も何もかも投げ出して逃げた丸腰の兵士二人だけだった。
この事から彼らが書いた物にはこう書かれていた。
『武器を持つ者、魔王から逃れるも魔物に喰われ、息絶える』
後に異世界から召喚された勇者達はこれを一向に信じなかった。