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1話 討つべき敵は 下編

 グレイスがヒュベール国に着いて間もなくのことだった。


「アイツだ、アイツを殺せ!!」


 ある住民がグレイスを襲ってきた。どうやら、グレイスがここに来るのを分かっていたかのような騒動がここで起きたのだ。


(スパイがいたか?いや、違う。あの三人の一人が盗聴石を知らない間に仕組まれたか……今更、彼らを責めても仕方ないか)


「頼む……妻のために死んでくれ!」


「……悪い、それは出来ない」


 グレイスに刃物を持ち、襲いかかる男が一人。その住民は慣れてない武器を持ち、妻を救うために人を殺すも人を殺さないために妻を見捨てるも彼らにとっては深い悲しみを背負うことになってしまう。

 それでも彼らは愛する人のために殺人者になることを選んだ。が、彼らが今相手しているのは赤の先代魔王が健在だった頃、最強と呼ばれた青の魔王とその領地を全て葬った男だ。そう易々と死んでくれる相手ではなかったのだ。

 現に襲いかかってきた男は返り討ちにされ、剣で心臓を刺され、息が途絶えたのだ。それを見ていた者は逃げるものは逃げ、負けじと挑んでくるものは死を辿るばかりで時間にして二分で住民の戦意は喪失していた。

 グレイスが城に辿り着くとこれはまたと感心するほど用意周到に集まった兵士達と対峙するが――


「ひぃ!逃げろ!」


 一人の兵士が悲鳴を上げ、逃げようとする。他の兵士は逃げ出そうとしている兵士から理由を聞いた。

 前王様の命で青の魔王を討伐が出た時にそれをたった一人で倒した本人だ、と彼は自分の目でその瞬間を見ていたのだ。それを知った兵士達は蜘蛛の子を散らすようにみんな四方八方に逃げていった。

 城では一切戦うことなく、国王アダールの元に辿り着く。


「鼻が曲がるってほどじゃないが……死臭が酷いな、ここ」


 そこには至る所、裸体の女性の亡骸があった。腕や脚が切り落とされたり、腹が捌かれていたり、ものによって様々だがいくら魔王共々領地ごと壊滅させる化物だとは言え、人間の身であるグレイスにはとても見ていられるものではない。


「アダールはもう人間として見ない方が良さそうだな」


 そして、寝室へと入っていったアダールを見つけ、グレイスは襲撃に入る。

 アダールの下卑た言葉には王という品格さえない。自問自答のような問いには本来応える必要も無いがあえてグレイスは応えた。


「お前から殺ってやる」


「い、いつの間に!!」


 アダールは声がした方向である後ろを振り向く。間合いは僅か二メートルあるかないかの距離でグレイスが佇む。

 焦るアダールは慌てた様子でハッタリをかけた。


「ふ、ふん!ここまで上手く辿り着けたようだが、まだ兵士達はここに……」


「それは……俺の後ろで萎縮している者共の事か?それともお前が得意とする『蘇生儀』で使う死体達の事か?」


「なっ……!?」


 アダールは驚いた。初対面の相手に自分の得意魔法が見破られたのだ。かと言ってグレイスの方は事前に調べたわけでもない。

 そう、今。たった今、アダールのステータスを覗いたのだ。ステータスは基本、人間族や亜人族ならばギルドという集会場で発行されるカードに記されており、それを見るしか確認することは出来ない。しかし、グレイスの場合は違う。

 彼の場合、ステータスはもちろん、取得技や取得技能……その他にも三秒先の先読みなどの最上位観察技能『慧眼』の持ち主。大抵の人間はここまでの領域に達する事はほとんどない。

 そんな相手を前にアダールは少し後ずさりしながらも死者を甦らせる。ただ、甦らせると言っても完全にという訳では無い。さしづめ、生きた死体だ。完全に甦らせるならば、それこそ魔王並の魔力がなければ人一人すら満足に甦らせることは無理だ。


「死してなお、ワシを守るとは流石ワシが抱いた――」


焼かれ消えろ(フィーゼ・ツァトル)


 その短い言葉で死者に火がついたと思えば、一瞬にして跡形もなく燃え尽きた。それも一体や二体という規模ではない。城全体に置かれている死体が全て消えたのだ。


「な、何をした、貴様ァ!?」


「邪魔者を排除しただけだ、文句でもあるか?」


 アダールはそこから何度かハッタリや味方の兵士を犠牲しながらも生き延びようとするが、このやりとりの間にガラハーンの妻娘、バダンの恋人、ターナドの恋人その他の女性達は逃げ出し、はやくもグレイスからの攻撃を防ぐ手立ては何一つなかった。


「まずは腕だ」


 グレイスはアダールに剣を向け、次の瞬間アダールの両腕をなんの躊躇もなく切断した。アダールの助けの懇願も入らないまま、次に足を切断し、目を切った。


「鼻に胴」


 流れる様に鼻、胴、心臓と切り落としていく。それでもアダールは生きている。それだけしぶとい生命力でもあるのだろうか……いや、違った。彼は生かされている。事もあろうか、グレイスによってだ。


焼けろ(フィーゼ)


 アダールから流れ出る血は火傷によって強制的に塞き止められ、顔は爛れ、口と耳以外は溶けて見えないような状態。それでさえ即死しているというのになぜ生きているのか。その答えはグレイスの右眼にあった。

 彼の右眼に淡い青の炎が宿っていた。これは『奪』を示す青の魔眼。かつてグレイスが自らの手で倒した青の魔王が持っていた魔眼の色。

 普通ならば人族とは違う魔力回路を持つ魔族にしか宿らないが、人生の半分を魔界で過ごしているグレイスの体内に生成されている魔力回路は人間の魔力回路を殆ど捨てて、ほぼ魔族の魔力回路と同じ構造になってしまってる為、魔眼が宿ったのだ。

 しかし、完全に魔族ではないが故に使える状況と使える能力は制限されている。このあらゆるモノを奪う魔眼でグレイスが唯一使える能力は『生死』を奪う事。

 怒りに満ちた彼の魔眼によってアダールの肉盾になった兵士達は『生』を奪われ、アダールは兵士達の『生』を与えられ、『死』を奪われた。


「お前が領民に与えた苦痛はこんなもので終わるものじゃない。その醜い姿でさっきお前が肉盾にした兵士達の命の分、少なくとも七十五年は生きてもらうぞ、愚王アダール」


 グレイスはその言葉を人間の形を失ったアダールに告げると彼の耳を削いだ。

 今のアダールでも悲鳴を上げることは簡単。だが、ここで悲鳴を上げたところでどうなるだろうか?何もされないのならいいが、目の前にいる敵はそれを許さないだろう。


「そこに隠れてる兵士、従うならこの愚王のようにはしない。アダールを城内にある牢屋に閉じ込めろ」


「はっ、はい!!」


 兵士は急いでアダールを――仮にも自国の国王だと言うのにぞんざいに扱い、地下の牢屋に放り投げて、グレイスの元へ戻る。


「この国の住民全員に伝えろ。この国の王は死んだ、とな」


「では、次の王は誰が……」


 兵士は狼狽え、まるで統治する者が消えてしまっては困る、と言いた気な表情を見せる。

 グレイスも流石にそこまでは考えてなかったため、考え込む。途端、グレイスが首にかけているペンダントが喋り出す。


(そう言えば、このペンダントで連絡のやりとり出来るんだったな)


『グレイスがやったらどう?私が統治しても良いのだけど、私には私の玉座があるから開けておくわけにはいかないの。その点、グレイスなら私と違って人間だし、今のままでも充分、王として振る舞う事は可能だと思うわよ。それに事実上、私の領土に出来る好機だもの。私達『赤魔の領地』の理想には外せないから逃すなんて真似は出来ないわ』


「……アルがそこまで言うならもうやってるも同然だな」


 呆れたような、それでいてどこか面白可笑しく笑うグレイス。


「会話は全て聞こえていただろ?」


 問いかけられた兵士は黙って首を縦に振る。


「次代の王は俺がやろう」


 兵士は怯えたような表情はいつしか明るい表情に変わっていた。

 翌日、生き残った住民はアダールからの解放と妻娘、恋人が戻ってきた事に歓喜の声を上げ、グレイスが王になる事を拒む者は誰一人もいなかった。彼との戦闘を避けた住民や兵士からは『悪王を討った英雄』と人知れず謳われていた。

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