1話 討つべき敵は 上編
レーデ・ベルテン領に位置するディザレス城、王室にて三人の男が提示したのは自国の国王を打倒することだった。
「私、ガラハーンをはじめとする私達三人はヒュベール国にこの春に入国して日の浅く、それ故に国王のあの様な行為がとても許せないのです!権威に怯え、何も出来ない周囲の人達のようには成りたくない!」
「けど、オレ達も結局は同じだった。死を宣告されては武器を握ったこともないオレ達は太刀打ちも出来なかった!」
怒りに身を任せ、細身の男ガラハーンは普段の落ち着きのある彼らしさはもうどこにもなく感情のままに声を大いに荒げ咽ぶ。後に続いて、悔しさからか声を震わせながら大柄の男――バダンも言葉を紡ぐ。
「だから、僕達はこうして――」
「もう話さなくていいわ」
まだ成人と言うには幼い青年ターナドが言葉を出しかけたところでアルシアは言葉を出すのを禁じた。
「確かに、話を聞いてる私も憤りを隠せなかったわ。貴方達は所詮、一般人で相手は王様。それを良いことに権力を振りかざしてやりたい放題暴れているなんて愚王そのもの。人間にも青の魔王みたいな奴がいるのね」
青の魔王――『奪』を示す青の魔眼を持ち、アルシアの父親にして先代魔王クドラウを討った魔王。彼はクドラウを討って三日後、クドラウが討たれる前から『本命』ではなくとも既に魔王の騎士として活躍していたグレイス――たった一人の手で青の領地と共に最期を迎えた。
「それで貴方達は私に何を差し出すのかしら?」
アルシアは確かに話の途中途中で涙さえ浮かべており、怒りさえ覚えるほどの身勝手さには殺意が湧いた。しかし、限りなく人間に近い感受性を持っているアルシアとて魔族。ましてや、魔王である。早々手伝うはずがない。
「願いを叶いましたら私達の魂を差し出しましょう。元よりその覚悟でここに――」
「いらないわよ、貴方達の魂なんて。今から連れて帰る家族や愛する人のために取っておきなさい」
来ました、というセリフは実に魔族らしからぬそのセリフで打ち消された。
「で、では……私達は何を差し出せば」
当然、彼らは困惑する。無理もない。人間が住まう地上界では古くから魔族は全員魂を差し出せば願いを叶えてくれると言われているのだ。それが通用しない今、彼らが用意して来たものは何も無かったのだから。
「そうね、バダンって言ったかしら?貴方、農業しているって言ってたわね。ここは魔族用の野菜しか育ててないの、だから人間用の野菜をここで育てなさい」
「えっ?」
「返事は?」
「はっ、はい!」
「次はガラハーンね、貴方は学者だって言ってたわね。古代言語は読めるかしら?読めるなら関わってほしい仕事があるわ。読めなくても……そうね、地上界の事をこの領地の子供達に教えてくれるかしら?」
「すみません、私は古代言語の方は――ですが、そういうことでしたらこの身を尽くしましょう」
「それとターナドだったかしら、あなたにはグレイスの下で動いてもらおうかしら。適当ってわけじゃないわよ?まず私やグレイスよりも若いのが理由ね。その分、伸びしろがあるわ。武器も握ったこともないらしいから、まずは剣の稽古でも付けてもらうといいわ」
「はい!」
三人とも命を差し出さずに済んだことを素直に喜んだ。
「あの、一つ尋ねてもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
しかし、ガラハーン達は不思議でたまらないのだ。なぜ、魂を……いや、命を差し出したのを拒否したのか。なにか美味い餌に釣られて食いついてしまったという自責もあるが、裏に理由があるはずだと疑った。
だからこそ、彼らの予想はいとも容易く裏切られた。
「何故って……簡単よ、私が唯一愛してる男で私の騎士で夫のグレイスが魔族ではなく人間だからよ。それにレーデ・ベルテン領にいる魔族が人間から魂を取らないのは私の父、先代魔王クドラウからの決まりなの。その決まりが出来たのもグレイスが地上界に迷い込んだ私を助けてくれたって理由だけで成り立ったものなの」
返ってきた答えは『自分の愛する人が人間』だからという単純な答えのあまり質問したガラハーンは素頓狂な顔を浮かべる。
「は、はぁ……そういう事でしたか、先代魔王様もなんというか寛大な方だったのですね」
「ただの親バカよ……そろそろ地上界では夜ね。貴方達の部屋は扉も向こうで待機しているリィーザに案内してもらってちょうだい。明日の朝には事が片付いてるでしょうから安心して休んでていいわ。それじゃあ……グレイス、あとは頼むわね」
「あぁ」
グレイスは短く返事をすると王室から姿を消した。