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前編




「よろしいのですか?」


「放っておきなさい。新しいおもちゃを見つけたのでしょう」


眼下に広がる光景に表情を変えることなく冷たく良い放つと周りの令嬢たちが目を見合わせて静かに頭を下げた。

中庭のベンチで語らう二人の男女に小さくため息をひとつつく。

あの人はなにを考えているのかしら。

どんなことにせよ。


(面倒事には違いないわね……)


巻き込まれるであろう未来に私は再度、ため息をくつのだった。








「どうしてそんなことが出来るんですか!」


いや、それはこっちの台詞。

食堂で喚く少女に冷静に心の中でツッコんだ。

しかし、声にだしていないので目の前の少女は尚も話続けている。


「私はなにも悪いことはしていません!ただその魔物の子どもが可哀想だから殺さないでって言ってるだけです!」


「それは許されないと法律で決められていると言っているでしょう。あなたはいったい何を学んでいたのかしら?」


部屋のなかに充満する甘ったるい香水の匂いにハンカチで鼻と口を押さえて眉をひそめて距離を取った。

競り上がるように胃がムカムカとして気分が悪い。

少女の上げるちょっと甲高い声が凄く耳障りなものに聞こえて凄くイライラする。


(嫌だわ、ここ数日こんなことばっかり……気持ちが不安定なのかしら、ちょっとしたことで目くじら立てて、昨日なんか急に涙が出てくるし)


重苦しいため息が口から吐き出され、今すぐにでも何かをぶん投げてしまいたくなる衝動に耐えた。

周りに立つ友人たちは私の様子など気づかずに少女を責め立てている。

どうしてこんなことになっているのか、それは少女の腕の中にいる魔物の子どもが原因だった。


「魔物はいずれ大きくなって私たちを襲うのよ!そこに理性などないわ!」


「陛下の定めた法を犯すと言うの!」


「あなたはそれで良いかもしれないけど私たちを巻き込まないで!私たちまで共犯になるじゃない!」


「どんなに愛らしい姿でも恐ろしい生き物なのよ!先月だって人が、騎士が何人亡くなったか……」


「この子がしたわけではないわ!子どもなのよ!殺すなんて人としてどうかしているのよ貴方たち!」


この世界において決して相容れぬ存在である魔物、彼らは体内に抱えきれない魔力に理性を食われ人を襲う恐ろしい生き物たちだ。

子どもの時は魔力量も少なく害はないが突然膨大に膨れ上がる魔力によって凶悪なものへと変貌する。


「マリアさん、私たちは非道な行いだとわかっていても守るべきものの為、時に感情を圧し殺さなくてはいけないのよ。その魔物の子どもはいつか人を殺すわ。その相手は貴族だけじゃない、この国の国民全員を危険に曝すことになるの」


気持ち悪いのをなんとか耐え隠しハッキリ告げると少女、マリアさんは私を睨み付けてきた。

その視線はまるで醜悪な何かを見たみたいに私に向けられる。


「どうしてそんなことを言うの!あなたはただ魔物が嫌いなだけで殺すのね、慈悲の心もない悪魔だわ!」


……この子は私に喧嘩を売ってるのかしら?

いまの私は些細なことでも気持ちが押さえられなくなるのに。

思わず暴力的な気持ちが勝りそうになり、グッと堪える。


「男爵家に貰われただけの平民の癖にテレジアーナ様を侮辱する気!」


「貴族なんて名ばかりの小娘が!」


マリアさんの暴言に友人たちの方が目くじらを立てて背後に般若を従えた。

人がせっかく我慢したというのになんだか我慢し損だわ。

けれど男爵家の娘がこれだけ大きな顔をして侯爵の娘である私に噛みつくのはあの人の所為ね。

赤髪の気分屋を思い浮かべ舌打ちしたくなる。


気まぐれに情を与えるからこうなるのよ。


マリアさんが一歩前に出た時、空気が揺れ匂いが舞い立ち吐き気を覚えた。

ふらり、足が絡み倒れそうになるのを誰かに支えられる。


「ライオネル!」


マリアさんが嬉しそうに名前を呼ぶ相手に私はつい、突発的に肘鉄をお見舞いしていた。


「ぐ、素晴らしい肘鉄だねテレジアーナ」


「私に触らないでくれるかしら?とっても気持ち悪いの」


冷たい目で振り返ると金の瞳が私を見下ろしていた。

赤髪の気分屋、気まぐれ屋、金の瞳を光らせて人の間を縫い歩く。

嫌みで作った歌が頭に流れ同時に生まれた赤猫がにぁんと鳴く。


「ライオネル!貴方からも言ってやってよ!この子を殺そうとしているの!」


「……マリア、その魔物はどこから連れて来たの?王都には強力な結界が張られてるしこの学園だってそうだ。魔物が入って来れる穴でもあったのかな?」


「この子は王都の外れで見つけたのよ!親もいなくて可哀想だったから……」


「引き入れたのか……」


ぼそっと小声で呟いた言葉の声の温度に背中がヒヤッとした。

人の良い笑みを浮かべる彼の瞳は冷たく、金の瞳が鋭く研ぎ澄まされていく。

肩を抱かれている格好だが今すぐここから逃げたしたい。

身じろぎ抜け出そうと試みるも肩を掴む手に力が入っだだけだった。


(最悪だわ、最悪よ。気持ち悪いし吐きそうだしこの状況が鬱陶しいし!)


足を踏めば痛みで力が抜けてにげだせないかしら。

本気でそんなこと考えているとマリアさんが動いた。


「ねぇ、ライオネル。どうしてテレジアーナ様なんか抱き寄せてるの?私の側に来てよ!」


一向に動きを見せないライオネルに痺れを切らしたマリアさんが吠えた。

その声が本当に五月蝿くて五月蝿くて、私の機嫌を更に落としていく。

それもこれも全てこの男の所為だわ!

機嫌が悪くなる私を引き寄せライオネルは爽やかな笑みを浮かべた。


「マリア、君はなにを勘違いしてるのかな?」


「え?」


世間話するみたいに軽やかな口調で喋るライオネルは理解できていないマリアさんに丁寧に教えてあげる。


「君は、俺がテレジアーナを差し置いてマリア、君を助けると味方すると思ってる?」


「だって、貴方言ったわ。私の方が可愛いって……私の方が楽しいって」


「うん。確かに言ったよ?だって、テレジアーナは滅多に俺にデレてくれないし甘えてくれないし、ずっと嫌われないか嫌がられないか気になって全然楽しくないよ」


「な、にそれ?」


「でもね、テレジアーナは俺の妻になる人で俺の最愛な人なんだよ。マリア」


この男は本当に最低だわ。

勘違いさせるだけさせて、石ころを捨てるみたいに簡単に見放す。

彼女にとって最大の手札だったライオネル。

キングの仮面を被ったジョーカーはいつから貴女の手札になったのか……、人を化かすのが好きな赤猫なのよこの男は。


「なんで、なんでよ!私のこと好きでしょう!?だって、いつも私の側にいてくれたじゃない!」


「いや、俺から君に近づいたことは一度もないけど?大抵君が俺を探して見つけてたよね?マリアが持ってくる話は興味があったから聞いてたけど……それって好きってことになるのかな?」


面白い解釈だねマリア。

他愛ない話で笑いあうかのような笑顔がこんなにも似つかわしくないと思うなんて久し振りじゃないかしら。

前の時は、笑顔で命を狙ってきた暗殺者が相手だったと思うのだけど。


「ねぇ、マリア。変な思い違いをさせてしまったのかな?」


「思い違いって……ライオネル」


「もしかして名前呼ばせてるから?いや、だって今は学園の生徒だし名前で呼びあうのは普通だよね?」


そこで私に同意を求めないで欲しい。

ライオネルの問いに私は黙秘を貫く。

例え学園の生徒でも許されるものと許されないものは貴族社会となんら変わらない。

学園は貴族の学校だからこそ、越えられない一線は存在する。


「その人を愛してるなんて嘘よ!親が決めた相手じゃない!」


「……つまり、マリア、君は俺の父の、マジェスタ国王陛下の決定に異議を申し立てると、そう言うんだな?」


マリアさんが叫んだ瞬間、ライオネルの纏う空気が変わった。

にこやかな笑顔も消え、感情の抜けた顔が鋭い刃物のように冷淡な一面を見せる。

陛下のことまで貶めようとする彼女に本気でイラっときたらしい。


「温情を与えすぎたかな……」


ライオネルは私を抱き寄せてはいない方の手を上げ合図を送った。

魔物がいる時点で既に国の騎士たちが呼ばれ待機していたのだ。

学生たちの間から現れた騎士たちにマリアさんは顔を青ざめさせて後退する。

さすがの彼女でも良くない状況だと理解できたのでしょうね。


「ライオネルっ!」


「この国にとって危ないものは片付けないといけないだろう?」


ニッコリ、美しい笑顔を送るライオネルは騎士たちに捕縛されるマリアさんに手を差し伸ばさない。

求め伸ばされる手は無情にも縄が縛り上げる。


「離して!どうして縄なんてっ!」


「故意に魔物を王都に引き入れたことは許されない!我が国の法でも重罪だ!」


「大人しくしろ!」


捕縛され連行されるマリアさんが逃れようと暴れるが非力な少女の抵抗など鍛え抜かれた騎士の前ではなんの意味もなさない。

集まっていた生徒たちが二つに別れ彼女の為の道が生まれる。

騎士たちの合間から必死な表情でこちらを見るマリアさんが声を枯らして名前を呼ぶ。


「ライオネル!ライオネルっ!」


助けてライオネル!

悲痛なその声に誰も心動かされる様子はなく、逆に顔をしかめる者の方が多い。


「可哀想な子……」


騎士たちが居なくなり騒がしい声も消え静かになった食堂にいつものざわめきが戻るなか、私は彼女らが出ていった方向を見つめながら呟く。

私の声はざわめきに紛れかき消えるほどの小さなもの。

聞こえるとしたら隣に立つライオネルくらいで……。


「あれ?テレジアーナ、もしかして同情してる?」


顔を覗きこみ笑っている男の金の瞳が愉しそうに細められる。


「そうね。憐れな子だと思うわ、本来ならもう少しくらいは生きていられたでしょうに、考えの浅い人間の手によってあの魔物は生きられる時間を摘み取られたのよ。可哀想な子ではないかしら?」


「ふむ、言われてみれば」


「魔物であれ人間であれこの世に生を得たならば限られた時間を精一杯生きることは神に与えられた当然の権利だわ」


「君は優しい人だね」


本気で、そんなこと思っていないくせに。

ライオネルの瞳が揶揄の色を滲ませ嘲笑するのを間近で見る。


「テレジアーナ、君はとっても優しい人だ。あの魔物にも生きることを許し魔力が暴走するその時までの生を尊いと言う。その先にある人間の死も国の騎士たちの命を散らす未来も理解していながら……」


「…………」


「命を尊ぶ君は優しい人だよ。でも……その慈悲を与えるべき相手は魔物じゃない。この国の人間だけだ」


頬に触れるライオネルの指先がゆっくりと頬を撫でていく。

それを、貴方が言うの……。

気まぐれで一人の少女の未来を壊した人が。

ぐ、と唇を噛む。


その綺麗な顔を叩いてやりたい。

感情が高ぶってきてハンカチを持つ手に力が入った。


「貴方の慈悲は、残酷な癖に……」


瞳が潤むのがわかる。

視界が滲み泣きそうになる私にライオネルの瞳が大きく見開かれた。

誰が見てるかなんてどうでも良い、肩を掴む手をふり払い足早に食堂を出て行く。


「テレジアーナっ」


背後で聞こえる声に足を止める気はない。

今すぐにでもここから遠退きたい。

その一心で広い廊下を歩いていると意識が一瞬揺らぐ、涙とは違う、景色が反転する感覚に囚われる。


「テレジアーナ!」


倒れる瞬間、触れ慣れた温もりに抱き込む感触が遠のく意識の中で理解出来た。









「え?なんですって?」


ベッドの上で聞かされた話しに私は信じられない気持ちに支配された。

倒れた私を診察していた医師は嬉しそうに目元を和ませながら微笑んでいる。

ただし、身の回りの世話をしてくれている侍女たちの表情は苦虫を噛んだ苦い顔をしていた。


「ですから、テレジアーナ様は懐妊なさっておいでです」


「……ないわ。…………ありえない、だって、私は……そんな記憶ないもの」


医師の診断に否定を口にするが言いにくそうに一人の侍女が前に出た。

私が幼い頃から世話をしてくれている侍女だ。


「お嬢様、言いにくいのですが……実は、夜も深まった時間帯にお渡りが、ありまして……」


「え?」


「ですから、殿下が夜分にお屋敷にいらして……その、……」


視線がさ迷う侍女に私は血の気が下がった。

彼女の話を理解したくない。

と、言うかそんなことされていたのに全く気づけなかったなんて……。

顔色を悪くさせ固まる私にお構いなしに奴は来た。


「テレジアーナ!」


扉を蹴り開ける強さで中に入って来たライオネルは医師が退いた場所に膝をつき私の手を取った。


「もう大丈夫なのか?気分は?診断はどうなっている!」


珍しく声を荒げるライオネルが医師に問いかけた。

医師が答える前に私はライオネルの頬を思いっきりひっぱたく。


「最低な人!直ぐに出て行って!貴方の顔も見たくないわ!」


「ーーっ、テレジアーナ」


「私になにをしていたのよこの変態!」


「なにって……」


「夜な夜な人の部屋へ来てっ、最低よ、貴方なんて嫌いよ!」


「ま、待ってテレジアーナ!確かに夜中に君の部屋に訪れていたけど本番はしてないよ!」


「そう言う問題じゃないわよ!」


良いわけをするライオネルにもう一発お見舞いし怒った。

私の怒りは治まらずこんな最低野郎と生涯を共にするのかと処理できない憤りが胸を焼く。

手を伸ばすライオネルの手を全て払い落とし拒絶する。


「だって仕方ないじゃないか!最近の君は俺に冷たいし反応も薄いしで近くにいてくれない!テレジアーナ不足で頭が可笑しくなりそうだったんだ!」


「全部、全部貴方が悪いんでしょうがぁぁぁああ!!」


私の心からの叫びにその場にいた全員がなんとも微妙な顔をして言い合う二人から視線を外した。





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