黒い聖女
「こんな不気味で薄汚く黒いのが聖女なのか?」
上を見上げると空洞となっており、横は吹き抜けにもなっている広くて大きな神殿、その祭壇に描かれた魔方陣の中心には、一人の少女が目を剥き腰を抜かしたように座っている。
少女は年の頃なら十六、十七ぐらいだろうか。黒髪に黒い瞳で、その身に纏う服は学生服。
そう、彼女は異世界より召喚されたのだった。
召喚された少女の目に最初に飛び込んできたのは、自分と同じ年頃と思われる金髪に碧眼で白い肌の美男子で、何故か少女には言葉が理解出来る。
だが、その美男子の顔は汚物でも見るかのように歪められ開口一番、少女に向かって心無い台詞を口にしたかと思うと、直ぐ様祭壇下に待機している者達へと振り向く。
「聖女の代わりに異世界から魔物でも召喚してしまったのではないのか?」
「殿下、そんな筈は御座いません。神託にも聖女様は我々とは違う色をしているとありました。それだけが聖女様の姿を示す手掛かりなのですから。武神様の加護も体の何処かにある筈です」
「にしてもこんな黒い聖女など聞いた事も無いぞ。とてもでは無いが我々の鏡とは到底思えん」
「と申されましても現在、この世界に聖女を見たという者はおりません。遥か昔に聖女を召喚して栄華を極めたゲダル帝国も今では過去のお伽噺ですし、百年前に武神の剛力を得られなかった愚かなシャーナ王国も最後は国自体が保てなくなって、殆んど無抵抗のまま魔王軍に滅ぼされとされてますし」
神官とおぼしき老齢の男の言葉を耳にした金髪の美男子は「チッ」っと舌打ちをする。
「故に聖女様は丁重に持て成さなくてはなりません」
「……仕方がない。一応その黒いのが聖女だというなら、お前の好きにしろ」
「畏まりました」
二人の会話が終わると聖女と呼ばれた少女は、別の若い神官に促されて立ち上がる。
そこで漸く我に返った少女は事情の説明を要求するも、神官達は一切何も答えず淡々と己の仕事をこなすかのように、少女を祭壇から貴賓室へと案内した。
貴賓室へと案内される道中、少女の目に写ったのは子供から年寄りまで全て金髪に碧眼で白い肌をしていた。
部屋へと通された少女は体を磨かれる為に無理矢理裸にさせられたが、その時、胸に変な模様が刻まれているのに皆が気付いた。
それは武神の加護と呼ばれるものであり、少女だけにはその加護がどういった効力を齋すのかが瞬時に分かった。
それを見た者達も口々に「こんなのでもやはり聖女か」と呟き、少女は豪華なドレスを着させされ、暫しそこで待つようにと促される。
その間、部屋には食事が運び込まれたので少女は遠慮なくそれ等を口にした。
丁度、食事が終わった頃合いを見計らったように、少女を侮辱した美男子と会話をしていた老齢の神官が部屋へと訪れた。
先ず老齢の神官は、現在少女がいる神殿の神官長だと自己紹介した。そしてあの美男子はこの国、ガット王国のムリナス第一王子だと。
少女は再び事情を説明をしてくれと懇願したところ、神官長はこの後の予定を口にする。
「貴女様は神の神託に従ってガット王国が召喚した聖女様で御座います。その胸の武神の加護の刻印が何よりの証拠です。しかし私の口からは詳しい御説明を申し上げる訳には参りません。ザーグ国王陛下から直接御説明頂けるでしょう。もう既に馬車も神殿前に待機しておりますのでこれから王城へと参りましょう」
少女には神官長の言葉に従うより他は無く、促されるままに馬車へと乗り込み王城へと向かう。
その道中、馬車の窓から外を見ると、やはり皆が金髪碧眼で白い肌をしている。
その時に見た人や風景から少女は気付いた。さっきまで日本の学校で授業を受けていたのに、急に目の前が真っ白になったと思ったら魔方陣が描かれた変な祭壇にいた。
信じられないが自分は異世界召喚してしまった。
そして、この世界の人間は全員が金髪に碧眼で白い肌の色をしている。
その中では、私だけが異質の存在だから王子は私に嫌悪感を向けたのだと。
馬車は王城へと着き、少女はそのまま神官長と共に謁見の間へと連れて来られた。
謁見の間の玉座には既にザーグ国王と王妃が座しており、先程のムリナス王子の姿も見える。更には別の王子や王女とおぼしき者もいた。
謁見の間の両脇にはこの国の貴族や騎士だろう者達もいる。そして皆がやはり金髪碧眼で白い肌。
だが、その場にいる全員は少女の姿を見た瞬間、眉間に皺を寄せた。
少女は神官長に誘われるまま謁見の間へと入る。
そのまま所定の位置と思われる所まで進んだ後、神官長は玉座に座す国王へと腰を追った。
少女が神官長の姿を呆然と眺めていると、脇に居並ぶ貴族の一人から怒号が飛ぶ。
「女! 陛下の御前だ! 頭を下げろ!」
慌てて少女も神官長と同じく腰を折って頭を下げたが、今度は別の貴族が嘲笑うかのように言う。
「何だ? 聖女とやらはカーテシーも知らんのか?」
その途端、貴族や騎士達の間から笑い声が響いた。
しかし、少女はカーテシーとは何なのか知らずどうする事も出来ない。ただひたすらに腰を折り頭を下げ続けるしか出来なかった。
少女と神官長が腰を折り続け、笑いに晒されていると、国王が手を前に出す。
すると、笑い声はピタリと止まった。
「面を上げろ」
ザーグ国王がそう告げると、少女の隣の神官長が折った腰を上げた気配がしたので少女もそれに習い、顔を上げる。
そこには無表情のザーグ国王と王妃、しかし王子や王女達はまだニヤニヤしている。
明らかに少女を馬鹿にした表情だ。
ザーグ国王は神官長に声を掛ける。
「神官長、聖女の召喚大儀であった。それにムリナスも聖女召喚の目附と確認報告、よくやった」
「陛下、有り難う御座います」
自分に顔を向けないザーグ国王に向かってムリナスは薄ら笑いのまま返事をする。
それに続いて神官長も礼を述べる。
「有り難う御座います陛下。今後、聖女様には礼儀作法を学んで頂きますので、今回の事はどうか。それと神託の内容を絶対にお忘れなきよう」
「分かっておる」
「では陛下、聖女様に事情説明をお願い致します」
ザーグ国王は無言を頷き、今度は少女の方を向く。
「聖女よ、異世界よりよく召喚に応じてくれた」
その言葉を聞いて少女は驚愕した。
自分は応じたつもりは一切無い。それどころかザーグ国王は王子と神官長には礼を言ったが、無理矢理この場に連れて来られた自分にはなんの謝罪も無い。
だが、そんな少女の思いとは裏腹にザーグ国王は淡々と説明をしていく。
「先ずはこの世界の事情から話そう。現在この世界は魔王軍の脅威に晒されている。もう既に世界の3分の1が魔王軍の手に落ちた。我等人間の宿敵である魔王は今も魔物達を操りこの世界での勢力を拡大している。だが、我々人間は強力な魔物には太刀打ち出来ない。そこで神殿が神に助けを求めたところ、神託が下ったのだ。その神託の内容は
『聖女召喚の儀式を行い、武神の加護を持つ聖女を呼び寄せるが良い。そして召喚された聖女が国全土を巡礼した後、聖女を召喚した神殿にて再び魔方陣を描きその中心に聖女を配置して今度は武神降臨の儀式をするがよい。そうすれば武神が姿を現す。武神は願いを叶える条件として第四の契約の確認をしてくる。魔王を滅ぼして欲しければこの国の国王がそれを了承し、了承しないなら武神はそのまま聖女と共に姿を消す。そして次の百年後まで聖女召喚にも武神降臨にも一切応じない』
と言った内容だ。本来なら全ての神殿への巡礼の旅は最低でも1年を要するのだが、予定では魔王軍がこの国へと攻め混むのは後1年を切っている。故に聖女には明日からこの国に数多ある神殿へ巡礼の旅をしてもらい早急に元の神殿へと帰還して武神降臨の儀式を執り行ってもらう」
漸く少女は何故自分がこの世界へ召喚されたのかが分かった。
少女は脅えながらも小さな声を出す。
「い……嫌です……」
けれどその微かな声さえもムリナスが声を荒げて否定する。
「貴様! 聖女だとおだててやっていれば、調子に乗りおって! 誰が喋って良いと言った!」
「ヒィ!」
王子の怒号に震える少女。
ザーグ国王は目線と手をムリナス王子の方へ向け、制止を促した後、再び少女の方へと目を向ける。
「お主が何と言おうが、これは王命であり決定事項だ。だが安心するが良い。神との第一の契約として聖女を殺めたり、自殺させたら直ぐ様神の怒りによって国を滅ぼすとされている。第三の契約として誰も聖女を害してはならぬとある。それは第二の契約と同様に、聖女を害する者には速やかに神罰が下るとされている。そして第四の契約として聖女を丁重に持て成せというのもある。これ等の契約により旅の間の生活と安全は私が保証するし、お主も元の世界に一刻も早く帰りたいだろ。それにお主は武神の加護を得ておるから何も問題は無かろう。話はこれまでだ」
ザーグ国王は少女の名前すら聞かずに一方的に話を終わらせた。
少女はまだ何かを訴えようとするも、飛び出してきた騎士達に両脇を固められ、引き摺られるようにして謁見の間から出されてしまった。
そして再び神殿へと戻された少女は、神官長が言った礼儀作法などは一切教えられず、次の日の朝早くから強制的に神殿巡礼の旅へと出されてしまった。
しかも、少女が唯一の仲間かもしれないと思っていた神官長も聖女の巡礼には一切同行しなかったのだ。
ガット王国では当初、魔王よりこの国を救う聖女が召喚されたとの情報により、各地の領民達は一目聖女を見ようと各神殿へと押し寄せた。
しかし、少女を見るなり黒い髪に黒い瞳を持つ外見に皆が不快感を隠そうともしない。
中には少女に罵詈雑言を投げ掛ける者や、石を投げ付ける子供達、大人達までがいた。
しかし、聖女を害してはならないという神託があったので、聖女を護衛する騎士達は投げ付けられる石をその身をもって防がなければならない。
それが騎士達の少女への憎悪を増す結果となってしまった。
そして巡礼先の神殿の神官達も少女の世話はするのだが、やはり少女の外見に不快感を表し、領民と同じく直接的にも間接的にも少女を小馬鹿にしたような発言をする者までがいた。
確かに安全や衣食住は保証されているのだが、その状況は少女にとって針の莚ろでしかなく、旅は強行されているので心休まるものでもなかった。
そんなある日、ある領民の一人が投げた石が偶然、騎士達の間をすり抜け少女にぶつかってしまった。
神託によって、聖女を害する者には神罰が速やかに下るとされていたのだが、暫くたってもその者には何もおこらない。
それに気付いた騎士達は、それ以降少女へと投げ付けられる石礫から少女を守らなくなってしまった。
それどころか、少女に平気で殴る蹴るといった暴行を働く者までが現れ出した。ここにきて彼等の不満が吹き出たのだ。
巡礼先の神官達もその事に気付き、それまで問題無かった少女の生活も変化してしまう。
録な食事も寝床も与えられないどころか、巡礼先の神殿の雑用をさせられ出し、逆らえば騎士達と同じように殴られてしまう。
しかし、聖女を殺すと神の怒りによって国を滅ぼすともされているので、そこまで試そうとする者はおらず、聖女はこの国を救う武神降臨の為の重要な要素の1つでもあったので、暴行を加えた後は何度も回復の魔法を掛けて少女を元の状態へと戻した。
そして、いつしか少女は皆から
“武神降臨の為の生け贄、薄汚い黒い聖女”
と呼ばれた出した。
それでも少女にはどうする事も出来ず、騎士達には殴られ、民達からは石を投げ付けられ、神官達からは労働を強要される。代えの服も用意されず、食事も録に与えられず、逆らえばやはり殴られ、助けてくれる人は何処にもいない。ボロボロになったドレスのまま、言われるはままに働き、殴られ、泣きながらひたすら巡礼の旅をするだけ。
ある日、聖女は自殺を試みたが、寸でのところを騎士や神官に取り押さえられ、それ以降は神殿の雑用をする事は無くなったが、代わりに猿轡を噛まされ手足を拘束されたまま旅は続けられた。
その不様な姿を見た者達からはまた笑われて、拘束されたまま皆から暴行を受ける。
そうしていると今迄は涙を流すだけだった聖女の目が、何時しか鋭く皆を睨み始めた。
死ぬ事も許されない聖女は、全てが終われば元の世界へと帰れる事と、この国に存在する全ての存在への強烈な恨みを殴られる度に心へ秘め出したのだった。
しかし手足を拘束されているので、皆は薄汚い黒い聖女の癖に生意気だとして余計に暴行を加える。それが、更に聖女の憎悪の念を巨大にしていった。
ザーグ国王の耳にも聖女が酷い扱いを受けている報告は入っていたが、死ななければ問題無い。所詮聖女は武神を降臨させる為の生け贄という皆と同じ考えだったので見て見ぬフリをしていた。
その国王の考えが分かっていたムリナス王子も自身の手の者を使って、黒い聖女を死なない程度に痛め付けろと巡礼先の神官長に通達していた。
彼は当初、父であるザーグ国王より聖女召喚の目附という大役を任されて誇らしくもあり、絶対に失敗は許されないという緊張感をもって事に当たったのだが、いざ蓋を開けてみると現れたのは黒い髪に黒い瞳で、自分達よりも色の濃い肌色をした魔物かと身間違える程気持ちの悪い女だった。
彼にはそれが許せなかった。第一王子である自分がその場に居合わせてるにも関わらず、女神の如く輝く美貌を持つ純白の女性ではなかったからだ。
しかし何だかんだいっても少女は胸に武神の加護の刻印を持つ聖女、武神降臨の為には必要な存在。
けれども謁見の間で、居並ぶ貴族達も聖女は必要だとしながらも、やはり王子と同様に少女への不快感を露にして、笑い者にもした。それ等の貴族に対して国王は何のお咎めも与えていない。
よって彼は自分の鬱憤晴らしの為に聖女へリンチを加える許可を出したのだった。
当然、この事もザーグ国王は知ってはいたが、先の事情からやはり見て見ぬフリをしていた。
聖女とっては長い地獄の旅だったが、終盤へと差し掛かり始めてから、暴行は受けるものの、与えられる食事が急に残飯のような物から豪華な物に戻り始めた。
これはザーグ国王からの指示であった。痩せ細った姿ではなく、まともな姿の聖女に戻して、第四の契約である聖女を持て成せという神託通りに見せて神殿に武神を招こうというのが狙いだった。
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晴れ渡る空の元、遂にその時を迎える運びとなった。
元々聖女がこの世界に召喚された場所と同じ所に今度は武神降臨の魔方陣が描かれ、その中心には黒い聖女と呼ばれている少女が座らされている。
祭壇の直ぐ下には謁見の間の時と同じ様に国王一家も勢揃いしている。
国王一家が聖女と顔を合わせたのは召喚初日と、今日だけであった。
それ以外にも神殿の中は気味の悪い黒い聖女を生け贄とした、我等の武神を讃えようと大観衆が押し寄せていた。
ザーグ国王も自分が武神に魔王軍討伐を願い出る姿を皆に見せ、王家の威光を磐石なものにする狙いから、聖女召喚の時にはやらなかった大々的な宣伝を敢行したのだった。
そして、聖女には「元の世界に帰りたかったら武神様に余計な事は言うな」とも言っていた。
大衆がごった返す中で、神官長を始めとした神官達が武神降臨の祈りを捧げ始めてどのくらい経っただろうか、さっきまで快晴だった空が曇りだしてきたかと思うと、一筋の光が天から聖女に降り注ぐ。
その光はだんだと人の形へと変化し、遂には人の三倍はあろうかという巨大な武神がそこには現れた。
その口は真一文字に結ばれ、髪は炎で燃えており、肌の色は真っ赤、右手には大剣、左手には鞭のような縄を持っている。しかし特質すべきは、ギラリと身放られた両目とは別に額にも目があったのだ。その目は大観衆を睨み付けているようにも思えた。
遂に降臨した武神を見た観衆は大歓声をあげ、何時までも鳴りやまない声にザーグ国王自らが大声で叱責する。
「皆の者、武神様の御前だ! 頭を垂れろ!」
ザーグ国王が一括した途端、声は鳴り止み国王を初めとした皆が武神に向かって平伏した。
だが、ザーグ国王の腹の内では笑いが止まらなかった。何故なら武神に魔王軍討伐を願い出た後、再度聖女を巡礼の旅へと向かわせるつもりだったからだ。
神託によると、武神に願いを申し出なければ、武神は聖女と共に姿を消し、今後百年間は一切聖女召喚も武神降臨も意味を成さなくなる。しかし、願い事さえ言えば聖女は消えず、再び同じ事をすれば武神を呼び出せるのである。
今回の武神降臨で元の世界に帰れないと分かった聖女には、騎士達が飛び掛かって取り押さえた後、自分の懐に隠し持っている洗脳薬を直ぐに飲ませ、再び拘束して無理矢理操ろうというのがザーグ国王の魂胆だった。
伝説によれば、武神の剛力は世界の3分の1を征服する力を持っていると伝わる。
よって、先ずは世界の3分の1を手に入れている魔王軍の討伐を願い出る。
それが叶った後、更に世界の3分の1に該当する国々を武神の力でもって手に入れる。
その昔、ゲダル帝国が全世界の3分の2を手中を収め栄華を極めたのも武神の力によるものだった。
即ち、今回を除いてあと二度同じ事を繰り返せば世界は自分の物になるのだ。
平伏しながらも野望の実現を思案しているザーグ国王だったが、遂に武神が言葉を発した。
『聖女を害した者達に速やかなる神罰を与えよう』
その瞬間、神殿中が炎に包まれた。いや、正確には神殿に集っていた多くの者達の全身から炎が吹き出し、悲鳴をあげる間もなく、あっという間に灰と化してしまった。
しかもその炎は、他へは全く燃え広がらず、的確に体から炎を吹き出した者達だけを焼き殺し、騎士達や神官達に至っては、ほぼ全員が焼け死んでしまった。
その中には、ザーグ国王の真後ろで平伏していたムリナス王子もいた。
王族、貴族、庶民を問わず、瞬く間に神殿中が阿鼻叫喚の地獄絵図となるも、再び武神は声を出す。
『静かにしろ。動くな』
その途端、先程まで我先に逃げようとしていた者達は叫ぶ事を止め、体も動かなくなってしまった。
武神が言霊を放ったのである。一瞬にして神殿内は静寂に包まれた。
しかし、その場にいる皆の頭の中はハッキリとしているし、耳も聞こえていた。
『ザーグ、貴様だけは申しても構わん』
すると、体は動かないものの、ザーグ国王だけが声を出せるようになった。
ザーグ国王は真っ白になっていた頭の中を必死で回転させる。
「ぶっ、武神様! どういう事ですか!?」
『どういう事とは?』
「何故皆が神罰を受けるのですか!?」
『第三の契約の通りだろう。聖女を害する者には速やかなる神罰が下ると』
そう聞かされたザーグ国王は漸く気付いた。
聖女を害した直後には神罰は下らないが、武神の降臨後に速やかな神罰が下ったのだと。
けれども、先程神罰の炎で燃え尽きたムリナス王子は聖女に手を出してはいない。聖女が旅立った後、王子が聖女と接触したという報告は受けていない。
「では何故、ムリナスにも神罰が下ったのですか! 王子は聖女を害してはいない!」
『何を言ってる? 貴様の息子は聖女を痛め付けろと命令していただろう。それは貴様も知っていた筈だ。直接手を出さないからといってそれは聖女を害してない事にはならない。貴様は自分を殺そうとした実行犯だけに罪があり、それを命じた主犯には罪が無いと言うのか? 例え石を投げて当たらなかったとしてもそれは同様だ。貴様は自分を殺そうとして失敗した相手に罪は無いと言うのか? 直接だろうが間接だろうが未遂だろうが聖女を害したこの国の者は、王族、貴族、庶民、老若男女全てに神罰が下った。我の額の三眼は主神より賜れた物。全てを見通す故に何人もその罪からは逃れられない』
その言葉を聞いたザーグ国王は血の気が失せて、震える声で武神へと問い掛ける。
「まっ……まさか…………この国の民全員が神罰の対象なのですか……?」
『当然だ。その為に聖女には王国全土を巡礼させたのだから。この国に住まう皆が神託に従ったのなら何も問題はあるまい』
武神の言葉通り、神殿内で多くの人間が焼け死んだと時を同じくして、例え当たらなくとも聖女へと石を投げ付けていた者達全員が体から炎を吹き出して焼け死んだ。
率先して遊びがてら聖女に石を投げていた子供達の被害は想像すら出来ない物となっており、王国各地では、先程の神殿内以上の文字通り地獄絵図が繰り広げられていた。
声も出せず動けもしないが、神殿内にいる者達も、自分の子供が聖女に向かって石を投げていたので、今頃はとっくに灰になっていると気付き、残酷すぎる内容に頭が狂いそうになる。
ザーグ国王もあまりの悲劇に意識が飛びそうになったが、三度武神が国王へと声を投げる。
『ではザーグよ。我を此所によこした主神は、聖女を丁重に持て成せと告げた。即ち、丁重に持て成さなかった皆に神罰が下った後、貴様の願いを聞いてやる。願いが無いなら聖女並びに我は、今後百年間貴様等人間の呼び掛けには応じぬ』
その武神の言葉で、飛びかけた意識が戻るザーグ国王。
そうだ、今現在魔王軍は既に数多の国を滅ぼし、このガット王国の直ぐ近くまで迫って来ている。
せめて魔王軍を討伐してもらわないと、焼け死んだ者達どころか、国土全てが焼け野原となりガット王国は滅亡してしまう。
ただでさえ騎士達は先程の神罰によってほぼ全滅してしまった。今のガット王国は丸裸も同然、精強な魔王軍に抗う技は皆無なのだから。
武神による魔王軍討伐後は、再度聖女に巡礼をさせ、世界の3分の1を手に入れる。
神罰によって焼け死んだガット王国民の代わりに、征服した地の民を奴隷にして国力を補えば良いと考えた。
しかし、ザーグ国王には一抹の不安が過る。ここですんなりと第四の契約である武神の言葉を聞き入れて良いものかと。
全身から吹き出る汗を不快に感じる余裕が無いままザーグ国王は、やはり震える声で問うてみる。
「て……丁重に持て成さなかった……皆とは…………具体的にどのような者達…………でしょうか……?」
『この国の民、皆を対象として、聖女が憎み、恨んでいる者全員だ』
武神から返ってきた抑揚の無い言葉は、ザーグ国王だけではなく、その場にいる皆に絶望を与えた。
実は神託には、聖女を召喚した後の対処があった。
それは、例え国王や王族、貴族であっても、ただひたすらに聖女に頭を垂れ、聖女が国を廻る了承を円満に得るという内容だった。
その旅の間も、聖女を諌める事は良しとしても、正しき事であれば、基本的に聖女の言葉は絶対であり行動も制限してはいけないし、命令などはもっての他。
聖女に動いて欲しくば、ただひたすらに頭を下げて嘆願するのみ。といった内容だった。
しかし、ザーグ国王は、相手が例え聖女であっても神託に従うつもりは無かった。
何故国王である自分が異世界の何処の馬の骨とも知れない聖女如きに頭を下げないといけないのかという思いと共に、召喚直後にムリナス王子が暴言を吐いても聖女は脅えるだけだったという報告を受けたので、完全に神託の重要性を見誤ってしまったのだった。
それは、今自分達が魔王軍の脅威に晒されようとしているがこそ、神へ縋り付いているにも関わらず、特権階級意識を捨てられない他の王族や貴族達も同様。
そして、最後に神が放った神託は
『聖女はお前達の鏡』
この鏡という言葉が示す通り、神託には何一つ間違いは無かったのだ。
ムリナス王子も、完全に神託の意味を履き違えていたが故に、自分達と色や姿が似ていない聖女に腹を立てて、聖女へのリンチを命じ、結局は無惨な最後を遂げたのだった。
けれど、そんなのは後の祭。ムリナス王子だけでなく、今迄この国の者達は聖女に何をしてきた。
黒い髪に黒い瞳を持ち、自分達より若干濃い色の肌を持つというだけで、非道外道とも呼べる行いをずっとやっていた。
恐らく、聖女はこの国の大多数の者を憎悪しているだろう。ザーグ国王だけでなく、その場にいる皆にその自覚は十分すぎる程有った。
それこそ、黒い聖女は武神を降臨させる為の生け贄だと、今の今まで誰もがそう思っていたのだから。
もし、今此処で武神に魔王軍討伐の願いを申し出てしまえば、自分を含めてガット王国民の大多数に神罰が下る。体から炎を吹き上げて焼け死んでしまうのは明らか。
とてもではないが、願いを申し出るなど出来ない。
だからと言って、願いを申し出なければ、今後百年は聖女も武神も呼び掛けには応じないので、結局は魔王軍に国を滅ぼされてしまう。
百年前に滅んだとされるシャーナ王国は、自分達と同じ失敗をしたから武神に願いを言えず、そのまま魔王軍に滅ぼされたのだと今更ながら全員が気付いた。
それでも、現状を打破しようとひたすら思考を巡らせるザーグ国王は、一縷の望みに掛ける事にした。
「恐れながら……武神様…………少々、聖女様と話をさせて貰っても宜しいでしょうか?」
『……構わぬ』
その途端、武神を見上げたままだった顔が動くようになった。
最早ザーグ国王としては、聖女に許しを乞う以外に考え付かなかった。
出来るなら再度武神の許しを貰って、もう一人ぐらいの体を動かせるようにしてもらい、その者に聖女への貢ぎ物と称して今自分が指に嵌めている指輪と、懐に忍ばせている洗脳薬を渡す。
そして、その者が聖女に近付いたところで、無理矢理洗脳薬を飲ませる。
洗脳薬を飲ませた者は、聖女を害したとして直後に焼け死んでしまうが、聖女は此方の操り人形に出来る。
聖女と言えど所詮は小娘。武神に魔王軍討伐を嘆願した後、欲しい物を好きなだけ与える。それは物でも人でも。今迄の態度も改める。聖女を害そうとする者や不遜な態度の者は即刻処刑する。その証拠として今直ぐ貢ぎ物を渡すとでも言えば何とかなるだろうと考えた。
そして、ザーグ国王は武神の足下に座る聖女へと顔を下ろす。
だが、聖女の顔を見た瞬間、ザーグ国王は自分の考えの甘さに気付いた。
聖女は眉間に皺を寄せ、その顔は邪悪に歪み、口元は歪な弧を描いていた。
それでも、ガット王国民全員の命を預かるザーグ国王としては、なんとかして許しを貰わなければならない。
取り敢えず、聖女に向かって最初の言葉を投げ掛ける。
「聖女さ「死ね」」
聖女様と言い終らない内に、歪められた口から返事が来る。
それでも、汗まみれの己の顔に、返された言葉と反比例する笑顔を無理矢理張り付けて、再度口を開くも。
「お互い不幸な「死ね」」
「貴女さ「死ね」」
「何でも「死ね」」
「貢ぎ「死ね」」
何度ザーグ国王が言葉を発そうとも、言い終らない内に同じ呪いの言葉が紡がれる。
そして、次は聖女の方から国王に向かって、静かに深く滲み出るように吐く。
「フフフ……さっきの神罰でこの国のどれだけの人間が焼け死んだのかしら。騎士、神官、子供達は、ほぼ全滅かしらね? と言っても、武神様がこの世界には必要の無い魔物以下のゴミを綺麗に掃除しただけだから寧ろ喜ばしい事よね」
この台詞を聞いた神殿内の者達は、以前の聖女のように動けない状態で、ひたすら涙を流すしか出来ずにいた。
「私が一年近くも地獄を味わってたのに、この国の人間は誰一人として助けてくれなかった。それどころか、皆が私に石をぶつけ、殴り、せせら笑い、まともな食事や着替えも与えられず、こき使われ、手足を拘束され、面と向かって「武神を降臨させる為の生け贄、薄汚い黒い聖女」と罵っていた。今更どの面下げて私に許しを乞えるの? まぁ、屑の考えそうなのは分かるけどね。私がアンタ等を許せば、何でも言う事を聞く、何でも与えるってんでしょ。悪いけど、腐った国の腐った物は何一つとしていらない。そういや武神様も言ってたわね。アンタもあの燃えカスになったクソ王子が私を甚振ぶる指示を出してたのを知ってたんだってね。私はこの国全ての愚民どころか塵1つまでもを憎み恨む。因みに武神様の加護ってのは“武神様の揺るぎ無い意志”だから、アンタが魔法や薬で私を洗脳出来るとは思わない事ね。私が今まで狂わずに正気を保っていられたのも、この加護のお陰よ。よって、私からアンタ等に与えられるのは選択肢だけ。武神様からの神罰を受けて愚民全員、と言っても文字通り全国民今直ぐ纏めて焼け死ぬか、徐々に魔王軍に嬲り殺されていくか。好きな方を選びなさい」
もうザーグ国王には返す言葉が見つからなかった。
召喚直後にムリナス王子が聖女を罵った時点で、ガット王国の命運はほぼ決していたのである。
その後に皆が聖女に頭を垂れ、王子を処罰していたらなんとかなったのかもしれないが、彼等にはそんなつもりは毛頭無かった。
最後の頼みである洗脳は、武神の加護によって何の効力も意味も持たない。
作り笑顔も抜け落ちてしまい、汗だくのまま呆然と聖女を見るしか出来ずにいるザーグ国王へ、武神よりの最後通告が齋される。
『話は終わったな。ではザーグよ、どうするのだ? 第四の契約を破った者全てに神罰が下った後、願いを言うのか、それとも何も願わないのか。仮に貴様に神罰が下ったならば、次は王妃の口から願いを聞こう。二人共に神罰が下ったならば、次は第二王子から順に王族達に聞いていこう。王族全員に神罰が下ったならば、次は爵位の高い貴族から順に聞いていこう。それすらも全員神罰によって焼け死んだならば、年齢が高い庶民の年寄りから順番に聞いていこう。この国の民、皆に神罰が下ったならば、願いは無いものとして、聖女並びに我は今後百年間貴様等人間の呼び掛けには応じぬ。さあ、選ぶが良いザーグ』
ザーグ国王には、今この場だけでも皆を救う為、シャーナ王国と同じ答えを出すしかない。
「……願いは…………何も…………御座いません……」
そして、黒い聖女と武神はその場から姿を消した。
体が自由になった者達は、その場で泣き崩れ、狂う者達もいたが、ザーグ国王を非難する者は以外に少なかった。
事前に皆へ聖女に害を及ばしてはならない。聖女を丁重に持て成すよう御触れを出していたので、自分達は取り返しのつかない真似をしていた、自業自得だと分かっていたからだ。
聖女に暴行を働いていた騎士や神官達の死に様を、目の前でまざまざと見せ付けられたのだから。
召喚初日から聖女を笑い者にした、王族、貴族達には国王を非難する資格なんて無い。そしてそれは、庶民達にしても同じだった。
それでも聖女を逆恨みする者達もいたが、最早聖女は存在しない。代わりにその怨みの念は、王族、貴族達へとぶつけられた。
領民国民達から聖女に掛けていたと同等の罵声を浴びせられ命を狙われたり、実際に暴徒と化した領民達に殺されていった。
更に、ガット王国の騎士は殆んどが焼け死んでしまったので、王国内の治安は簡単に悪化していった。
無法地帯と化したガット王国内において力の無い者達は、ひたすら神と聖女に許しを乞うおうと神殿へと押し掛けた。
だが、祈りも虚しくその後は一切神託は下らず、再度聖女召喚の儀式を行っても何も現れなかった。
それに、神官も殆んどが焼け死んでしまったので、神殿側も押し掛けた領民の対処が全く出来ず、いつの間にか神殿内は浮浪者の溜まり場になってしまった。
それでもガット王家は、魔王軍が攻め入る前に自国民達を逃がそうと考え、他国へ難民受け入れを要請するも、聖女を蔑ろにして唯一魔王軍に対抗出来る武神の降臨を向こう百年間妨げた愚かな連中だと認識され、全ての国から受け入れを拒否された。
この世界の人間は全員が金髪碧眼に白い肌なので、もし聖女の本当の姿を目の当たりにしたら、他国の者達もガット王国民と同じ対応をしていたかもしれなかった。
しかし、聖女の姿は召喚した国の者達だけしか知らない。
実は、魔王軍の脅威に晒されているのはガット王国だけでは無いので、神託自体は他の国々も知っていた。
けれど、二番目に重要だとされる第二の契約として、聖女が召喚された後、聖女が死ぬか、若しくは武神と共に消えるまで国は鎖国を貫き、聖女と武神の姿形や知り得た情報や神託は、聖女が消えた後一切流布してはならない。これを破った者には、直後に神罰が下るという神託が有った。
故に、聖女を召喚するのならば、国内自給率を100%以上にするか、聖女が居なくなるまでの長期間でも対応出来る国内備蓄を貯めておかなければならない。しかも、聖女や武神に関する情報は、聖女が居なくなった後、国内であっても知ってる者同士であっても喋ってはならない。
これこそ世界の数多ある国々が聖女の本当の姿を知り得ないと共に、聖女召喚と武神降臨を躊躇わせる大きな理由でもある。
第二の契約もガット王国民全員が知っていた。それなのに、聖女が迫害され始めてから神託を甘く見た者達は、他国へと渡っても問題無いだろうと考え、実際に何人かは国境線を越えた。その結果、直後に神罰が下って焼け死んだ。
聖女の外見を馬鹿にした者が似顔絵を描こうとしただけでも、やはり神罰が下って焼け死んでしまった。
それはガット王国へ不法入国した者達も同じ。鎖国中でも入る事は出来たが出る事は出来ず、鎖国解除後に聖女の姿や武神の加護、武神の三眼を語ろうとしても神罰は下った。
故に、その国から聖女が消え鎖国が解かれた後も、国民の誰もがその姿や情報を口にせず、その姿や情報は鎖国中の国内で知った者達以外はおらず、その一切は文献にも残されていない。
つまりは、例え他国が聖女と武神の情報を得る為に、鎖国中の国へスパイを潜入させたとしても、全く情報は得られないのである。
そう、誰も知らない結論として
第一の契約を破ったら、その直後に神の怒りで国を滅ぼす。
第二の契約を破った者には、その直後に神罰が下る。
第三の契約を破った者には、武神降臨直後に神罰が下る。
第四の契約を破った者には、願いと引き換えに神罰が下る。
その全てを了承したら聖女が国全土を巡礼した後、武神が剛力をもって願いを叶えてくれる。
だが、聖女には洗脳の類いは一切効かず、武神は三眼と聖女の心を通じて契約を破った者を一切許さず、迷い無く全員に神罰を下す。
だからこそ皆は頭を下げて平伏し、ひたすら遜って聖女に願いを嘆願しなければならない。
それこそが神託の真実だった。
ガット王国と元々小国だったゲダル王国は、聖女召喚から武神降臨までの期間中は備蓄で補った。
しかし、ガット王国やシャーナ王国と違い、当時脆弱で他国からも見下されていたゲダル王国は、自分達と色が違う聖女を“武神の使い故に、矮小な我々とは真逆の強靭な黒い姿をしている”と肯定的に捉え、王家よりも更に上の至高の存在、神託は絶対として徹底的に聖女を敬い、先ずは全世界の3分の1を手に入れた。
武神によって征服された土地と民はゲダル王国所有となり、広大な領土故に国内自給率を100%にし易く、鎖国状態のままでも問題は無くなった。
しかも、聖女は征服した土地に住む者達に君主制ではあるが民主制に近い自治権を与えたので、以前よりも庶民の暮らしがかなり楽になった。
そのお陰で、大多数の者達が征服者であるにも関わらず、聖女に絶大な信頼と尊敬を寄せたのだった。
また、多民族が集う巨大国家となった事に伴いゲダル王国はゲダル帝国と名を改め、聖女を頂点として皇帝が治める帝国は末永く続く隆盛期を迎え始めた。
それと共に帝国内では、再び武神降臨を望む声が大きくなるもゲダル帝国は弱小王国だった頃とは訳が違う。
世界一となった広大な領土だからこそ聖女による帝国全土巡礼の旅は前の何倍も手間も時間も掛かる上に何より聖女本人の許しを貰わなければならない。
だが、晩年になって色々な地を巡ってみたいという聖女の願いから再び巡礼の旅は実現し、再度武神降臨を行った。
最終的にゲダル帝国は全世界の3分の2を手中に収める結果となる。
その後聖女は、子や孫達に看取られて誰一人憎んだり恨んだりする事無く幸せの内に天寿を全うしたというのが全てのカラクリである。
聖女崩御の後、ゲダル帝国の鎖国が解除されても帝国民は他国の者達に具体的な内容は何一つ語らず「帝国がここまで大きくなったのは二度とも聖女様と武神様のお陰」と言うに止めていた。
この言葉から推測すると、帝国は二回の武神降臨で世界の3分の2を手に入れた。即ち、武神の剛力は世界の3分の1を征服するに匹敵する。というのは誰でもが分かった。
それに、聖女は武神の加護により“皆に甘やかされても己を見失わない強い意志”も持っていた。
もし、国民全てが神託の通り聖女を正しく扱えば何の問題も無かったし、上手くすればガット王国もゲダル帝国ようになれたのである。
けれども、神託を疎かにしたガット王国は、他国全てから爪弾きにされてしまった。
密入国で逃れようとした者達もいたが、彼等は簡単に見付かって再びガット王国へと戻されてしまった。
何故なら、聖女召喚を行っていない国々の者達は神託を口にしても問題は無いが、聖女召喚をしてしまったガット王国民は第二の契約により神託を口に出せば、直後に神罰が下り焼け死んでしまうからだ。
よって、ガット王国民かどうかを見極めるには、相手に神託を言わせれば良いだけである。
これによりガット王国民は何処にも逃げ道が無くなり、全ての国民は死を待つだけの監獄の国へと閉じ込められてしまった。
そして、シャーナ王国と同じく何の抵抗も出来ないまま、魔王軍に、庶民、貴族、王族一人残さず根絶やしにされ、遂にガット王国は滅んだ。
しかし、彼の国の無惨な末路は、黒い聖女の憎しみと恨みによって齋された物だったと、全世界の誰もが永久に知り得ない事である。
因みに武神のモデルは、西洋ファンタジーとは真逆の不動明王です(宇○皇子変化バージョンです)