98話 Lv.3
――……ッ!!??
舞夜が激しく動揺する。
仕方あるまい。
なにせ、人質の正体がアリーシャとリリアの母親だと言うのだから。
そして、その言葉は本当らしい。
隷属の首輪によって、虚ろになったマリンブルーの瞳。
緩くウェーブはかかっているが、腰まであるプラチナの髪。
そして浮世離れした美貌に、これでもかというほど実った2つの果実……。
そう、彼女は最愛の奴隷たち……特にアリーシャに似ている。
舞夜が感じた既視感はこれだったのだ。
『魔法使いよ。まずは、そのふざけた兵装を降ろして、こちらに来るのだ』
そう言ってレイヴィアタンがナインヘッズのひとつを指差す。
「変な真似はするなよ? おかしな動きをした瞬間、この女の首を掻っ切ってやるからな」
片や、カリス王子は、レオナの首へ短剣を押し付け、舞夜を脅す。
ズドンッ……
そんな音を立て、ナインヘッズたちが地に落ちていく。
舞夜が、2人の言葉に従ったのだ。
ヒュドラから降りると黙って2人のもとへと歩み寄る。
「あひゃひゃひゃひゃッ!! あれだけ猛威を振るっていた男が、女ひとり人質に取られただけで形無しだな! これでアリーシャとリリアは私のものだぁぁ!!」
狂ったように笑うカリス王子。
いや、実際のところ彼は狂ってしまっていた。
恋い焦がれた2人の少女。
それを掻っ攫った憎っくき相手を葬るために、国を裏切り、魔王と手を組み、ここまでの事態を引き起こしてしまったのだから……。
以前、舞夜暗殺に失敗し、帝国から抗議が届き、追い詰められたのも今回の暴走の理由の1つだろう。
『では、死んでもらおう、魔法使い。……《蛇王剣》!!』
レイヴィアタンが叫ぶ。
すると手の中に、持ち手から鎖が伸びる毒々しい紫色の魔剣が現れた。
その剣先からは、粘り気のある液体が滴り、足元に落ちるとジュワッと地面を溶かしてしまう。
舞夜は動けない。
自分が動けば、レオナの頸動脈に、カリス王子の持つ短剣が突き刺さってしまう――そんな未来を、魔素可視化の力が示しているからだ。
深く俯き、彼の表情は伺い知ることは出来ない。
そして……
ザンッ――!!
鋭い風切り音を立て、《蛇王剣》が舞夜の左胸部を突き抜けた。
すると舞夜の体が、漆黒色に輝き出し……霧散した。
「やった……やったぞ! ついに……ついに……ッ!! ぎゃははははははは――!!!!」
大敵である舞夜を、とうとう葬り去ることに成功した。
その事実に、カリス王子が歓喜する。
喜びのあまり、涙さえ流している。
それほど、アリーシャとリリアに愛された舞夜を憎んでいたのだ。
『ば、馬鹿な……どういうことだ!?』
だが、おかしい。
舞夜を葬ったはずのレイヴィアタンが、ひどく狼狽している。
「ふははは! どうしたというのだ、嫉妬の魔王よ? 貴方の願いも、これで成就するというのに」
『我の……我の《蛇王剣》は猛毒の魔剣だ。敵に小さな傷をつけただけで、即、死に至らせることが出来る。だが、決して相手を消し去る力は持っていない……!!』
「――ッ!? ど、どういうことだ! だが確かに、あの小僧の体は消え去ったぞ!!」
レイヴィアタンの答えに、カリス王子の体を言いようの無い恐怖が支配する。
そして、2人の耳に、こんな声が木霊する。
こういうことだ――と。
バシュッ!!
突如何もないはずの空間から一条の漆黒の閃光が迸った。
「あぎゃぁぁぁぁぁぁああああッ!!??」
上がる悲鳴。
見れば、カリス王子の片腕が、あらぬ方向に飛んでいく。
その拍子に、レオナの体が放り出される。
その体を……フワッと黒い霧の様なものが受け止めた。
かと思えば。
そのまま大きく距離を取り、彼女を安全なところまで連れていく。
『何が……何が起きている!?』
レイヴィアタンが呻く。
その前方で、霧は収束していく。
そして――
「ふう……やっぱり、このモードは、制御が難しいな」
なんと、収束した霧の中から舞夜が現れたではないか。
あまりの事態に、激痛で喚き散らすカリスのことも忘れ、レイヴィアタンが『なん……だと……ッ!?』と、目を剥く。
そんな様子を尻目に、舞夜は虹色の《黒滅閃》を発動。
レオナの隷属の首輪を解除する。
「大丈夫ですか?」
「体が自由に……あなたはいったい……?」
虚ろな瞳でレオナが尋ねる。
その意識おぼろげな様子を見るに、今までのやりとりを覚えていないらしい。
よほど、隷属魔法が強くかかっていたのだろう。
「ぼくは、舞夜と言います。あなたの娘、アリーシャとリリアの……まぁ、旦那みたいなものです」
「まぁまぁ、ずいぶん可愛らしい旦那様なのね〜。それに、この状況……私にとっても舞夜ちゃんは救世主様みたいね?」
ちょっと気恥ずかしげに答える舞夜に、レオナは、おっとりした様子で、そんなことを言う。
舞夜は、「話は後です、下がっていて下さい」と言い、レオナを庇うような位置取りをする。
『魔法使い、貴様いったい何をした!?』
驚愕から回復したレイヴィアタンが、剣を構え臨戦態勢に入ったからだ。
ちなみレイヴィアタンの疑問だが……
その答えは、人体の“魔素化”だ。
舞夜は“魔素察知”の他に、新たな力を得ていた。
今の彼には、レベルに分けた3つの魔導士モードがある。
【Lv.1】
魔素可視化による超近未来予知。
【Lv.2】
マモン戦で目覚めた、体外の魔素を操ることが出来る、魔法の遠隔発動(この能力を擬似的に再現する為にヒュドラは作られた)。
【Lv.3】
自分の体を魔素レベルに分解する、魔素化。
魔導士モード発動中、1回だけではあるが魔素となることで、あらゆる攻撃を無効化することが出来る。
といった具合だ。
今回の場合。
レオナを安全・確実に助け出す為に、敵の脅しに屈服したフリをし油断させ、レイヴィアタンの《蛇王剣》が胸に突き刺さるその瞬間に、Lv.3を発動することで見事に救出して見せたのだ。
だが、そんなことを敵に教えてやる義理はない。
舞夜は地に落ちたナインヘッズを起動。
そして――
「《黒滅閃》!!」
9つのユニットから、一斉に閃光を放つ。
『甘いわ! 《ドラゴニック・フォース》!!』
しかし、レイヴィアタンは、かつてマモンも使っていた魔法無効化スキル、《ドラゴニック・フォース》を発動。
直撃するはずだった《黒滅閃》を、ことごとく無効化してしまう。
『まだ終わりではない! こうなったら、我の本当の姿を見せてくれる!!』
直後――
レイヴィアタンの体が紫色の光に包まれた。




