97話 人質
紅く染まる瞳――
それは、魔導士の力を解放した証だ。
舞夜の視界が魔素の世界に変わる。
召喚された眷属。
そして、迫り来る《ブラッディ・レイン》の軌道を瞬時に予知する。
「《慟黒剣》!!」
叫ぶ。
かつて彼の命を狙った、“賢者・コン”。
その強敵が展開した絶対防御のフィールドを破った漆黒の魔剣の名を。
斬――ッ!!
その場で半回転。
自分に殺到する《ブラッディ・レイン》。
その内、直撃コースに当たるものを斬撃で消滅させる。
同時にナインヘッズを超高速操作。
自分で対処しきれいない攻撃を防御させる。
まだ終わらない。
防御させながら、今度は《黒滅閃》を放つ様に指示を送る。
ナインヘッズから数十もの漆黒の閃光が飛び出し、羽ばたく眷属たちを寸分違わず撃ち落としていく。
――……ッ!!??
目を剥くユリス。
その反応は当然だ。
完璧な包囲・弾幕・そしてタイミングをもって発動した自分の攻撃が、全て打ち破られたのだから……。
「なかなかの攻撃だった。さすが不死者の王だな」
「な……ッッ!?」
そして、さらに驚愕することになる。
突如、目の前に現れた舞夜に――
その疾さ。
ユリスにとっては瞬間移動に感じられた。
舞夜は迎撃が終了するとともに、これもまた、かつて対峙した強敵、“先代勇者・アカツキ”が使った不可視の接近手段、《瞬歩》を空中用にアレンジして使ったのだ。
魔導士の魔素可視化の能力で、舞夜への意識が逸れた一瞬を突かれたユリスに、それを見破ることは不可能だった。
ズドンッ――!!
派手な音が空中に響き渡る。
舞夜が発動した《黒ノ魔槍》がユリスの胸に直撃した音だ。
――嗚呼……新たな王よ。万歳……!!
圧倒的戦力に、策略。
それをもってして尚、勝つことができなかった事実に、ユリスは自分の敗北を受け止め、胸中で舞夜へ賞賛を送る。
そして、地上へと堕ちていくのだった。
舞夜は行く。
最後の敵が待つその先へ――
◆
「どうするのだぁ! 魔王レイヴィアタンよ!? とうとう不死者の王まで倒されてしまったぞ!!」
軍の最後方。
またもやカリス王子が喚く。
だが、先ほどまでとは荒れようが違う。
顔からは血の気が引き、体はガクガクと震えている。
ユリスまでもが倒されてしまったことに、本気で恐怖しているのだ。
『落ち着けと言っておるだろう。こんな事態の為に、アレがいるのを忘れたのか?』
「……! そ、そうでしたな。私としたことが失念していたようだ……」
しかし、レイヴィアタンの静かな一言で、カリス王子は冷静さを取り戻す。
『おい貴様、馬車からレオナを連れてこい。奥の手を使う』
『かしこまりました!!』
レイヴィアタンが指示を出すと、側近役の魔族が馬車へと向かう。
『よもや魔王たる我が、本当にこのような情け無い手段を使うことになろうとは……だが、全ては愛しきあの娘の為……』
誰にも聞こえぬ声で。
レイヴィアタンは静かに、そんなことを呟く。
◆
「どういうことだ?」
後方部隊に攻撃を開始してから少し……
舞夜の頭に疑問が浮かぶ。
後方部隊は魔族のみで形成されていた。
だが、その魔族たちが通り道を作るように、2つに割れ始めたのだ。
挟み撃ちにする作戦か?
それにしては、あまりに不自然だ。
ではどんな目的が……
このまま攻め入ろうか考えていると、魔族たちの間から3つの影が、ゆっくりと進んで来る。
『そこまでだ魔法使いよ! これ以上好き勝手すれば、この女の命はないと思え!』
「くくく……」
影の正体はレイヴィアタン。
そして、カリス王子と、彼に拘束され首元に短剣を当てられたレオナだった。
「……?」
舞夜の頭に、さらに疑問が浮かぶ。
蛇頭の方は、その様相とプレッシャーから察するに魔王。
下卑た笑みを浮かべるエルフの男の方は分からないが、人質の女性は恐らく、助けたエルフたちの言っていた囚われの戦士長だろう。
だが、舞夜にとっては赤の他人。
どうして、このタイミングでそんな人物を……という疑問。
それと、もうひとつ。
囚われた美しきエルフ。
その見た目にどこか見覚えがあるような……そんな疑問だ。
ここでエルフの男――カリス王子が、さらにイヤらしい笑みを浮かべる。
そして衝撃の言葉を放つ。
「くくく……不思議そうな顔をしているな魔法使い。いや、リューイン領爵よ。教えてやる! 我が名はアルフス王国の第1王子・カリス! そして、この女は我の婚約者候補だった者たちの母親・レオナ!! ……つまり、貴様の愛するアリーシャとリリアの母親なのだよ!!」




