96話 オールレンジ対オールレンジ
「なッ……なんだ、あの滅茶苦茶な戦況はッッ!?」
散り散りになり始める中衛部隊のはるか後方――
馬車の上から戦況を見守っていた、カリス王子がヒステリックな声を上げる。
『落ち着くのだ、カリス王子よ。……と言っても、あの戦力では仕方あるまいか』
『そうですワネ。流石にあれほどの戦力を保持しているとは思いませんでしたワ』
それを宥めるレイヴィアタン。
そして、その後の言葉に同意するユリス。
しかし、そう言いながらも、両者の声にはカリス王子の様な焦りの色は感じられない。
確かに、謎の乗り物や、その周りを舞う武器の様なもの。
そして、前衛部隊を総崩しにした極大魔法は想定外だった。
だが、相手は伝説の魔導士に目覚めし者かも知れないという情報がある。
ゆえに、レイヴィアタンやユリス本人には、その対策方法や勝算がある。
さらに言えば、それ以外にも切り札を残している。
これが、冷静さを失わない理由だ。
――おのれ、不届き者め……王位の簒奪を企てただけでなく、妾の可愛い部下たちをよくも……。
しかし、ユリスは内心、怒りに震えていた。
魔導士に目覚めたとはいえ、たった1人の少年に、自分の“不死者の王”という座を奪うと宣言された(勘違いと不可抗力)挙句、自分を慕う多くのアンデッドたちを屠られた(これも勘違い)のだから、その怒りは当然である。
だからこそ――
『妾が直接出ますワ! 幽鬼隊とビースト・スケルトン隊はついて来なサイ!!』
『『『ハッ!!』』』
馬車の警備に勤めていた配下に指示を飛ばす。
――覚悟するのですワ、魔法使い……すぐにお前の体を蜂の巣に変えてくれル!!
ユリスの顔に、おぞましいほどの笑みが浮かぶ。
◆
バシュッ!!
『ギャアァァァ!?』
ナインヘッズから乱射された《黒滅閃》が魔族どもの手足を刎ね飛ばし、悲鳴を上げさせる。
ドパンッ!!
舞夜から放たれた魔槍の数々が、アンデッドたちを生者への憎しみから解放し、その行動を停止させていく。
戦況は圧倒的だ。
1人の少年が、大型のモービルをゆっくり、ゆっくりと前進させ、ただ黙々と敵を駆逐していく――
敵は恐怖で阿鼻叫喚。
まさに地獄絵図と化していた。
中衛部隊の殲滅はあらかた完了した。
残るは後方部隊のみ……
――このまま一気に突撃するか……?
どうすべきか逡巡する舞夜。
万一にも敵が態勢を立て直すかも知れない。
なので出来れば、このままの勢いで殲滅してしまいたい。
しかし、問題がひとつ。
まだナインヘッズに魔力がチャージしきれていないのだ。
防御ユニットとしての運用や、《黒滅閃》を放つ分には十分だが、再度、《終光ノ災厄》を放つには足りない。
後方に控えているであろう魔王や不死者の王を相手取るには、ひとつでも攻め手が多い方がいい……。
だが、逡巡する暇はなさそうだ。
何故なら――
『ワォォォーーン!!』
『ガルルッ!』
そんな雄叫びや唸り声とともに、新たな敵が現れたからだ。
ヒュドラとまではいかないものの。
かなりの速度で駆けてくる、十数体のスケルトンたち……
だが、その形状は人型ではなく動物型だ。
見た限りでは、狼や獅子、それに馬といった形をしている。
そして、その上に跨る者たちがいる。
それぞれが灰色の外套を目深に被り、その顔を確認することは出来ない。
そのどれの姿も、ゆらゆらと揺らめいている。
半幽体の上位アンデッド、幽鬼だ。
『散開……ッ』
幽鬼うちの一体が、くぐもった声を上げると、左右に散開。
一定の距離を保ちつつ、舞夜の周りを旋回し始める。
――何をする気だ?
訝しげに思う舞夜。
だが、何か嫌な予感が……
そう思い、ナインヘッズを飛ばすことはせず、自分の周りに均等に展開する。
その直後。
ビースト・スケルトンに跨った幽鬼たちの姿が、一斉に激しく揺らめき始めた。
そして――ふっ……と、その姿が消え失せたではないか。
ダンッ!!
かと思えば、ビースト・スケルトンたちが一斉に飛び襲いかかってくる。
「……」
だが、舞夜は動じない。
否、何が起きるか予測が出来ないからこそ、動じるわけにはいかない。
冷静な目つきで、ビースト・スケルトンたちを見据えると、《黒ノ魔槍》を複数展開。
襲いかかるビースト・スケルトンたちの土手っ腹を撃ち抜く。
そのまま、自身の感覚を研ぎ澄ましていく。
そして――
「そこだッ!!」
叫ぶと同時。
ナインヘッズから《黒滅閃》を乱射。
何もないはずの空間を数カ所、漆黒の破壊光線が焼き尽くす。
『ば、馬鹿な……ッ』
そんな呻き声とともに、空間が揺らめいた。
揺れめきとともに現れたのは、長剣を手にした幽鬼たちだった。
よく見れば、それぞれが腹や肩などを撃ち抜かれている。
幽鬼の能力は“幽体化”。
一瞬のみという短さではあるが、その姿を完全に透明にすることが出来る。
幽鬼たちは、その能力を発動させると同時に、ビースト・スケルトンによる陽動攻撃を仕掛け、さらに隙をついて数箇所から、舞夜に“見えない斬撃”を見舞おうとしたのだ。
だが、甘かった。
先にも述べたように、舞夜は武器開発以外に、魔導士の力の鍛錬を怠っていなかった。
その中で、会得した技術がある。
その名も、“魔素察知”。
魔導士の能力には“魔素の可視化”がある。
舞夜は、その力を魔導士モードにならずとも使いこなすことが出来ないかと考えた。
そして、鍛錬の末に、魔素の可視化……とまではいかないまでも、自身の周囲の魔素の揺らぎを肌で感じることが出来るようになっていたのだ。
これが幽鬼たちの位置を割り出し、不可視の攻撃を迎撃できた理由だ。
当然ながら、闇魔力の洗礼を受けた幽鬼たちは、その行動を停止していく。
だが、これで終わりではなかった。
『《ブラッディ・レイン》!!』
突如、響く声。
舞夜は声の方から、凄まじい魔力エネルギーを感知する。
見れば、前方上空から血色の魔力の雨が、奔流となって襲いかかってくるではないか。
――まずい……ッ!
そのエネルギー量に、まともに喰らえば命はないと判断する。
しかし、回避は間に合いそうにない。
だからこそ――
「ナインヘッズ!!」
すぐさまナインヘッズを並列操作。
前方に並ばせる様に展開させ、巨大な盾を形成する。
ぶつかり合う魔力とシールド。
その際に生じた衝撃波が大気をビリビリと震わせる。
『よくぞ今の攻撃を凌ぎましたワ』
攻撃が止んだタイミングで、舞夜の前方上空から声が響く。
髪は鮮血色、同じ色の胸元が開き、スカート部分に大きなスリットの入った大担なドレスを纏った麗人……さらに、その背中からは蝙蝠のような翼が生えている。
「このプレッシャー……魔王か?」
美しい見た目に反し、その体から放たれる圧倒的なプレッシャーに、舞夜は魔王と判断する。
『違いますワ、妾の名はユリス! 古代の血にして、不死者の王ですワ! 王位簒奪を企てる愚か者ヨ……妾自ら葬り去ってくれル!!』
対し、鮮血色の麗人……現・不死者の王のユリスは、そう高らかに宣言。
同時に、先ほどの魔法を舞夜に放って来る。
不死者の王――その言葉を聞き、舞夜の体に緊張が走る。
そして、今の言葉を聞き、やはり自分を狙って来たのだと確信を得る。
ブオォォォォォン!!
アクセル全開。
降り注ぐ鮮血色の雨をギリギリのところで回避。
「《黒ノ魔槍》!!」
すぐさま反撃。
上空のユリス目掛けて、漆黒の魔槍が襲いかかる――が……
『《眷属召喚》!!』
ユリスが叫ぶと彼女の前に黒い靄のようなものが出現。
その中から、『キキッー!』という鳴き声とともに大型の蝙蝠が数体現れた。
その内の一体が翼を大きく展開。
魔槍を受け止め、ドパンッ! という音を響かせるとともに、魔槍と一緒に霧散した。
そう、ユリスも持っていたのだ。
自身の魔力で作り出した眷属という名の、オールレンジ防御ユニット群を――。
「《飛翔》!」
舞夜は防具に施した飛翔機能を発動。
地上にヒュドラを残し、ナインヘッズとともに空中に躍り出る。
同じオールレンジ防御が可能な者同士の戦い……。
そうなると上空を取られては圧倒的に不利。
さらに敵の後方部隊が加勢に加われば、ユリスの相手どころではなくなってしまう。
だからこそ舞夜は空中戦を選択。
立ち位置が激しく入れ替われば、例え後方部隊が来ようとも、魔法や矢での援護は出来なくなると瞬時に判断したのだ。
『かかりましたワネ、魔法使い! 《眷属召喚》!!』
だが、それはユリスの計算の内だった。
舞夜の周りを数十にも及ぶ蝙蝠たちが包囲した。
『《ブラッディ・レイン》!!』
そして、魔法を発動。
だが、魔法はユリスから放たれることはなかった。
なんと、鮮血の雨は蝙蝠たちから放たれたのだ。
幾千もの鮮血の奔流が舞夜を飲み込もうと殺到する。
あまりに多すぎる多角攻撃。
例えナインヘッズをフル操作しようとも、防御は間に合わないだろう。
ユリスはレイヴィアタンによって、舞夜が飛行能力を持つという情報を得ていた。
さらに序盤の戦いの様子。
そして、幽鬼たちの働きによって、舞夜の防御手段の限界を見極めていたのだ。
そこへ、数体の眷属を召喚・防御……という手を見せることで、召喚数の限界と攻撃手段ではないという錯覚を与え、一瞬の内にこの状況に持ち込んだ。
『アハハハハハハハハッ!!』
王位簒奪を企てた者への勝利を確信し、ユリスが高笑いする。
だが、彼女は気づいていない。
鮮血色の奔流が舞夜を飲み込もうとした、その瞬間。
彼の瞳の色も鮮血色に染まっていたことに――。




