95話 再び訪れる終わりを告げる災厄
矢をナインヘッズで防ぎ、火球を魔弾で撃ち落とし、《黒滅閃》で敵を薙ぎ払う――
そんな攻防を始め、少し経った頃。
「よし、エルフたちは逃げ切ったみたいだな」
帝都の方まで逃げ果せたエルフたちの姿を、横目で確認した舞夜が呟く。
それと同時。
ヒュドラのハンドルに設置されたボタンを押す。
すると両脇に設置されたブースターが半回転し前方へとスライドする。
そして、アクセルをフルスロットル。
ブースターから風と炎の魔力が大噴射。
前方のアンデッドと魔族たちを焼き払う。
前衛の敵が自身についた火を消そうと、のたうち回るが、舞夜の狙いはそんなチャチな攻撃ではない。
ブースターの勢いで、敵の攻撃が届かない位置まで一気に後方へと下がると、意識を集中。
敵の半数――前衛部隊に当たる範囲の外へ、ナインヘッズを展開する。
――いくぞ……ッ!!
これから発動する大魔法を制御する為、ナインヘッズに込められた術式の解放作業に移る。
ナインヘッズには、範囲の指定。
魔力の圧縮率。
威力調整……など様々な魔法構築情報が込められている。
その理由は、舞夜が発動しようとしている魔法の構築があまりに複雑で、膨大な魔力をコントロールしなけらばならないからだ。
だが、ナインヘッズそれぞれに術式をあらかじめチャージしておけば、一瞬の集中で発動することができる。
舞夜がここまでして、発動する魔法……その名も――
「葬り去れ! 《終光ノ災厄》……!!」
その名を口にした直後。
ナインヘッズに囲まれた範囲に風が靡く。
そして、その風が仄かに黒く染まっていることに気づき、魔族やアンデッドの前衛部隊が何かしらの攻撃だと気づき、その場を離れようとするが……
「もう遅い」
舞夜の呟きとともに、風は漆黒の暴風――全ての生命を終わりへと導く災厄の檻と化す。
《終光ノ災厄》――かつて、迷宮の前半部分でトロールの群れを一瞬にして屠った、殲滅魔法だ。
正直なところ。
魔王や不死者の王といった、実力や生命力が未知数な敵以外、舞夜は《終光ノ災厄》を使うことで殲滅することが可能だ。
さらに言えば、彼は護衛用のスケルトン5体とガトリングガンを《黒次元ノ黒匣》に収納してきている。
ゆえに、自分の手を汚すまでもなく敵を屠ることも出来た。
だが、それをするわけにはいかなかった。
何故なら、偵察部隊の持ってきた情報にエルフの奴隷がいるというものがあったからだ。
アンデッドたちとの繋がりを帝国にばらすわけにはいかないし。
問答無用で《終光の災厄》など放てば、罪のないエルフたちが犠牲になる。
ジュリウス皇子や騎士たちが出撃した場合も然り。
だからこそ、心優しい舞夜は無実の命を散らさない為に、単身ヒュドラを駆り、無謀とも思える立ち回りをしたのだ。
そして、エルフたちを逃した今。
それを発動した。
やがて災厄は、その猛威を潜める。
残ったのは、数百もの魔族の亡骸。
そして、闇魔力に触れたせいで、完全に沈黙したスケルトンやゾンビといったアンデッドたちだった。
ブオォォォォォン――!!
エンジンを鳴らす。
展開したナインヘッズたちがヒュドラへと再装着される。
今の攻撃で、全ての魔力を使い切ったから、新たにチャージさせる為だ。
『撤退! 撤退だ!!』
『アァ……ッ!!』
中衛部隊の敵たちが、恐れをなして散り散りになっていく。
前衛部隊を失ったのも理由だが、数百もの屈強な仲間たちを一瞬で屠られた――。
その事実が、後に控えているであろう、敵前逃亡をしたことに対する懲罰の方が、目の前にいる少年の皮を被った化け物と戦うよりもはるかにいいと判断したのだ。
だが、ここで逃す手はない。
舞夜はヒュドラを駆り、残りをゆっくり。
しかし、着実に駆逐していくのだった。
◆
「これは……」
「あれでは、どちらが魔王か分からんな……ははっ……」
外壁の上から、それぞれ望遠鏡を覗き込んだ大臣とジュリウス皇子が、乾いた笑い声を発しながら、そんなやりとりを交わす。
無論、舞夜の戦いっぷりを見ての感想だ。
見たこともない乗り物。
そこから放たれた、まるで生きているかの様に縦横無尽に動き、主人を守る漆黒の金属群……放たれる魔法の数々。
そして、たった今、舞夜が発動させた神話もビックリな大魔法。
魔導士の力の他に、その様なものを隠し持っていたとは……と、驚愕を通り越して目眩に襲われる。
「もう必要なさそうだが、一応出撃の準備は怠るな。それと逃げてきたエルフたちの受け入れ体制も確保しておけ」
またもや疲れた表情で、ジュリウス皇子は大臣に告げるのだった。
この1日で、彼の顔は随分と老け込んだ様な気がする。




