92話 侵攻の原因
ザッ――
ザッ――!
ザッ――!!
帝都クラリアルへと続く街道を一糸乱れぬ足音を大軍が響かせ、それにより、もうもうと舞い上がった土煙が埋め尽くす。
その後方……何十もの警備に守られた豪奢な馬車が見える。
更に、馬車には2つの旗が掲げられている。
その中で——
『クキキキ、よもやこの様な連合軍が実現されようとはな』
1人の男が気味の悪い笑みを浮かべ、言葉を漏らす。
筋骨隆々の体に紫色のローブ……そして、その首元からは蛇の頭が……魔王レイヴィアタンだ。
『何をとぼけたことを……この同盟は貴殿が言い出したことでショウ? 魔王・レイヴィアタン』
レイヴィアタンの言葉に、目の前の席に足を組んで座る者が、不機嫌そうに言う。
綺麗に結い上げた真紅の髪、身に纏ったドレスも同じく真紅。
全てが血色で統一された麗人……古代の血にして、現・不死者達の王、ユリスだ。
「ククク……そう言われるな、不死者の王よ。我々は思想は違えど、ひとつの目的を持った同志ではないか」
さらにもう1人。
レイヴィアタンとユリスのやりとりを見ていた男が、やんわりとではあるがユリスの態度を咎める。
――一国の王子風情が馴れ馴れしい……それに、その不細工顔を妾に向けるな。吐き気がスル……!
それを受けたユリスは無言でそっぽを向くと、胸中で悪態を吐く。
彼女を咎めた男の正体……それは、エルフの国家、アルフス王国の第一王子、カリス・アルフス。
かつて、ヘースリヒと舞夜暗殺を画策し、先代勇者・アカツキを差し向けた男だった。
その顔はエルフだというのに、どういうわけか整っておらず、その醜さは、スケルトンやゾンビといったアンデッドたちと生活を共にするユリスであっても不快に感じるほどだ。
とはいえ、今、この3者はカリスの言ったとおり、同盟関係にある。
以前、ユリスが城の自室で配下の幽鬼に指示した、「“嫉妬”と“彼の国”に、話を受けると返事をくれてやれ」というのは、レイヴィアタンとカリスのことだったのだ。
『感謝するぞカリス王子よ。そなたの手引きのおかげで楽々と貴国に侵入し、アルフス王国最強と名高い、レオナとアマゾネス戦隊を手に入れることが出来たのだからな。クキキキキ……!』
口からチロチロと長細い舌を出し入れしながら、レイヴィアタンが不気味に嗤う。
「なに、どうということはありませぬ。アマゾネスたち……特にレオナは、我々の切り札になる。目的の為であれば喜んで差し出しましょうぞ」
対し、カリス王子も下卑た笑みを浮かべながら答える。
そう、なんと先のレッサードラゴンよる襲撃は、あろうことかカリス王子の手引きにより引き起こされたのだ。
進行する軍勢の種族は主に3つ。
中央に赤い肌と緑の髪を持った者、魔族。
左翼にゾンビやスケルトン。
その他、スカルライダーや幽鬼といった中級以上のアンデッド。
そして、右翼。
こちらには見目麗しいエルフたち。
レイヴィアタンとカリス王子の策略に嵌り、隷属の首輪をつけられ、服従を余儀なくされたアマゾネス戦隊の面々が見える。
だが、そこにはレオナの姿は見えない。
彼女は、さらに後方の馬車の中に監禁拘束されている。
魔王、不死者達の王、そして王子……彼らの思惑、そして目的とは――
◆
広大な一室。
壁一面に絵画や壺などが飾られている。
そしてその中央。
大理石製の長大な机を、帝国の要人たちが囲む。
その中には急いで駆けつけた舞夜たちの姿もある。
ここは皇城内にある会議室。
議題は言うまでもなく、進行して来る、魔族・アンデッド・エルフから成る連合軍の対策や、その目的についてだ。
「わからんな」
「ですなぁ……」
そうした中で、ジュリウス皇子と、この国の大臣が漏らす。
進軍を企てた者たちの正体は、後方の馬車に掲げられた2つの旗から推測はついていた。
魔王・レイヴィアタンに、そして不死者の王・ユリスの2名だ。
そして分からないことは3つ。
1つ、魔王レイヴィアタンは慎重で狡猾な魔王だ。
小国や小さな都市を攻め落としたことはあれど、帝国の様な……ましてや、その帝都を攻めることなどなかったのだ。それがここに来てどうして……。
2つ、攻め入る軍の中に何故かエルフたちがいる。
偵察部隊の報告によれば、エルフ国のアマゾネス戦隊であり、さらにその首には隷属の首輪が確認出来たという。
3つ、これについては一番の疑問となっている。
と、いうのも……
「どうして、不死者の王が、この国に……ましてや魔王などと手を組むのだ」
「かの古代の血に連なりし者は、生者への憎しみはあれど、無闇やたらに人の国は襲いませんからなぁ。原因があるとすれば、この国に彼女の領地に踏み入った愚か者がいるか……もしくは、“不死者の王を名乗った不届き者”がいるかですな」
「それはない。不死者の王を名乗れば、“世界の声”がそれを現在の不死者の王に知らせるのだ。そんな事を宣言すれば、王位を簒奪しようと企んでいると伝えるのと同じ……そんな常識を知らぬやつもいないだろう」
「それもそうですな。ふはははははっ!」
ジュリウス皇子と大臣が、そんなやりとりを交わす。
そんな中……
――どう考えてもぼくのせいです。本当にありがとうございました。
かつてジャックたちに乗せられ、不死者の王を名乗った舞夜が白目を剥いてうなだれる。




