91話 ぺたんこ娘のターン
「東堂さん、助けてくれてありがとう。でも、あんなウソついちゃって大丈夫?」
帝都の表通り――
露店や飲食店などで賑わう中、自分の手を引き歩を進める凛に向かって、舞夜が感謝と疑問の言葉を口にする。
「大丈夫よ、桃花には口裏を合わせてもらってるから、アリバイはバッチリよ。それにしても舞くんも大変ね? ベルゼビュート様と姫様はともかく、まさか、皇妃様に狙われるなんて……」
「ぼくもビックリだよ。それに特に今日は酷かった。あんな格好でひっついてくるんだもん。東堂さんがいなかったらと思うとゾッとするよ……」
凛の言葉に苦笑しながら答える舞夜。
思わず縋るように、キュッと繋いだ手に少しだけ力を入れてしまい、保護欲を刺激された凛の胸が、きゅん……! と、ときめいてしまっているのを本人は気づいていない。
「そ、それより舞くん。お昼まだだよね?」
「うん、まだだよ。東堂さんが良ければ今日も一緒に食べない?」
「も、もちろん大丈夫よ! ふふっ、今日はどこで食べようか?」
舞夜の提案で凛の顔に、ぱぁっと花が咲く。
そして小さく笑うと、さりげなく一緒に歩く距離を詰める。
その近さは肩が触れ合うほどだ。
舞夜が口にした、“今日も”という言葉だが……この数ヶ月間、彼にアタックをしかけていたのは、ヒルダ皇妃やセシリア皇女、ベルゼビュートだけではない。
舞夜に恋い焦がれていたのは凛も同じ。
彼女は桃花に相談に乗ってもらいつつ作戦を立てた。
名付けて、“刷り込み作戦”だ。
舞夜が立場的に困る相手に言い寄られているのを見て、ならば、その状況から毎回救い出して好印象を与えるのはどうだろうか?
と、思いついたのだ。
そして、皇妃たちの行動を監視し、舞夜にアタックを仕掛けるタイミングを把握。
舞夜が窮地に立たされた時を見計らって、公務を盾に彼を救い出すのを続けた結果が……
「あ、東堂さん。あそこに新しい店が出来たみたいだよ! 行ってみない?」
数ヶ月前まで苦手意識を持たれていたはずなのに、今では手を繋がれているのにも抵抗を示さず、無邪気な笑顔で笑いかけてくる、子犬のような舞夜くんをゲットである。
――はぁ……舞くん、かわいい……。こ、この様子なら次の段階に移しても大丈夫かしら?
舞夜の様子に見惚れながらも、そんな事を思案する。
世話を焼いてくれる優しいお姉さん系クラスメイトの立ち位置は確立した。
避難処置としてではあるが、最近では舞夜の方から、食事に誘ってもらうことすらも増えてきた。
そろそろ、異性として再認識してもらう頃合……。
あわよくば、その先へ……
「舞くん。よかったら今日は私の部屋に来ない?」
「え? 東堂さんの部屋に?」
突然の提案にキョトンとした顔をする舞夜。
――あ、焦っちゃダメよ、私。あくまで自然に……そう、自然によ……!
「実は最近、料理を練習してるの。よかったら味見をして欲しいんだけど……ダメかな?」
と、あらかじめ決めていた、もっともらしい理由を口にする。
対し、凛に懐いている舞夜は無警戒にもそれを快諾。
優しいクラスメイトが、その笑顔の仮面の下で唾液に塗れた毒牙を隠していようとは、思ってもいない。
◆
「お待たせ、舞くん」
「うわ〜、美味しそうだね!」
凛の部屋に着いてから少し――
テーブルで待つ舞夜の前に、手料理が運ばれてきた。
生ハムのようなものがのったサラダ。
それにパスタと付け合わせのスープ。
どれも可愛らしい食器に彩りよく盛り付けられている。
凛の女子力の高さが窺える。
「さぁ、さっそく食べてみて?」
向かいの席に座った凛が、料理を小皿に取り分け、勧める。
「いただきます。……美味しい! 美味しいよ東堂さん!」
パスタを口にした舞夜が感激の声をあげる。
それもそのはず。
なにせ凛は、この日の為に料理の猛特訓をしていたのだから。
ある時は城の料理人に特別料金を払い、料理の基礎から応用を学び。
またある時は、コッソリとアリーシャに教えを乞い、舞夜の好みの味を勉強してきたのだ。
そんな努力をしたのだから、もちろん、スープも絶品。
サラダも特製の手作りソースを大絶賛された。
さらに話も弾み、はたから見たら、まさに“いい感じ”だ。
「ねぇ、舞くん? せっかくだから、もう少しゆっくりお話ししていかない?」
好機……!
そう判断した凛が、さらに攻勢に出る。
まだ屋敷に“破廉恥ロイヤル”の3人が待ち伏せているとも限らない。
念のため、もう少し時間をおいてから帰る方が無難だろう。
舞夜は凛の言葉に従うこととする。
「そうだ! いいものがあるんだ〜」
そうと決まれば、凛は即座に行動を移す。
そう言って立ち上がると、クローゼットへと向かう。
そしておもむろに、ある物を取り出し、戻って来る。
「東堂さん、何それ?」
舞夜が疑問を口にする。
凛がテーブルに置いたもの。
それは、デザイン性の高い、金属の小さな入れ物だった。
「ふふ〜、これは“お香”だよ。リラックス効果があるって露天商から勧められたの。舞くん、皇妃様たちのせいでストレス溜まってるだろうし、ちょうどいいかと思って」
「え、わ、悪いよ。ぼくのためそんな……」
「いいから、いいから〜」
舞夜が遠慮の声をあげるものの、凛はそれを遮り、中身に火をつけてしまう。
すると、フワッと甘い匂いが立ち上がる。
――あ、確かに、なんだか落ち着く気がする……。
「よかった。効果あったみたいだね」
舞夜の様子をみて、凛が小さく笑う。
◆
「……くん。……舞くんっ」
「ふぁ……!?」
凛の声で舞夜の意識が呼び戻される。
お香を焚いてからしばらく。
リラックス効果のあまり、彼の意識が飛びかけて、うつらうつらとしていたのだ。
「だいぶ疲れているのね? 座っているのも辛そうだし、ちょっとだけベッドに移ろうね?」
「ベッド……?」
「そう……ベッドだよ。さぁ、おいで舞くん」
「うん……」
クラスメイトの……女の子のベッドに移る。
何かいけないことのような気がするが、意識が朦朧とした舞夜は、それを判断することが出来なかった。
凛に誘われるまま、食器と同じく、可愛らしい少女チックなデザインのベッドへと腰掛ける。
――東堂さんって、女の子らしいものが好きなんだな……。
そこで舞夜は思う。
彼女の部屋は食器とベッド以外も、何かと可愛いものが多いのだ。
先ほどまで使っていたテーブルとイスも、白とピンクで彩られた丸みを帯びたデザインだったし、ベッド横のシェルフも然り、更にその上にはアクセサリーや、ウサギとクマのぬいぐるみなども置いてある。
――ん?
シェルフの引き出しのひとつが開いていることに気づく。
よく見れば、白や水色、ピンクなどの布地が見える。
そのどれもが小さな球状に……
――ま、まさか、下着……っ。
「もうっ、舞くんの、えっち」
ビクンっ!
突如、耳もとで聞こえた声に、舞夜の体が跳ね上がる。
いつの間に腰かけたのか、真横には頬を染めた凛がいた。
「私の下着……気になる?」
「ち、違っ――これはその……たまたま見えちゃって……」
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、聞いてくる凛に、舞夜は狼狽しながら言い訳を。
だが、そんな舞夜をよそに、凛はとんでもない行動に出る。
「ちなみに今日はね〜……じゃーん! ライトイエローだよ!! 夏っぽくていいでしょ〜?」
そう言って、自分のスカートをたくし上げてしまった。
「なっ……な……!?」
目を白黒させる舞夜。
彼の目には、確に凛の言うとおり、薄い黄色の……それもローライズという挑発的な下着が映し出されていた。
さらにニーソに包まれた健康的な白い太ももまで露わに……。
あまりに誘惑的な光景に、舞夜は見惚れてしまう。
そして身体は熱を帯び、頬は赤く染まる。
――も〜!! そんなに見つめてちゃって、舞くんったら、可愛い! これも、“お香”のおかげかな?
舞夜の様子に心躍らせる凛。
そして、お香のおかげ……という疑問だが――
実はこのお香。
確かにリラックス効果はある――否、効果もあると言った方がいいかもしれない。
効果はもうひとつ。
それは“媚薬”効果だ。
このお香はたまたま凛が持っていたわけではない。
いつか、自分の家に舞夜を迎え入れる時があったら、彼を誘惑する際に使おうと、あらかじめ馬鹿高い金を叩いて用意したものだったのだ。
「ねぇ、舞くぅん……上も気にならない?」
「う、うえ?」
「そう、ブラのこと……。でも舞くんって、おっぱいが大きい女の子が好きなんだよね? 私のブラ姿なんて見たくないかな……?」
言いながら、凛は服の上から自分の胸に触れる。
頬を染めながら、不安そうな……そして何より、モジモジと恥ずかしげに揺れる瞳で舞夜を見つめる。
――あれ? 東堂さんってこんなに可愛かったっけ……?
その、なんとも言えない姿に舞夜はトキメキを覚える。
“貧乳を気にして恥ずかしがるぺたん娘萌え”に彼が目覚めた瞬間である。
「東堂さん見せて……」
そして、とうとうその言葉を言ってしまう。
お香の媚薬効果で、彼は理性を失いつつあった。
「……! うん、いいよ……」
舞夜の口から、その言葉が聞けた――
凛は緊張しつつも感激に打ち震え、ワイシャツのボタンを、ひとつ、ひとつ……と開けていく。
すると現れた。
ショーツと同じ色のライトイエローのブラジャーが。
そして僅ではあるが、小さな膨らみが確認できる。
恥じらう凛。
可愛らしく主張する胸。
そのいじらしい様相に、舞夜は危うく、ライトイエロー・オーバードライブしてしまいそうになる。
決して、山吹色でもなければ、波◯疾走でもない。
「舞くぅ〜ん……」
固まる舞夜。
そして、凛がとうとうしな垂れかかる。
あい変わらず硬い
だが、今なら分かる。
その硬さの奥に、しっかりとした柔らかさがあることを……
顔と顔が近づいていく……
唇と唇が触れる5秒前――
そんな時だった。
「凛! 大変だぁ!!」
バァーンッ!!
と、大きな音を立てて玄関の扉が開かれる。
現れたのは勇大だった。
凛に恋する少年の登場。
あられもない姿で、舞夜にしな垂れかかる凛。
即座にシラフに戻った舞夜が「ぼくは今なんてことを……」と、顔を青くしながら、呟く。
「なんっっって、タイミングで邪魔してくれてんのよぉぉぉぉぉ!!!!」
「ぎゃぁぁぁぁああ!!??」
凛が絶叫しながら、枕元に置いてあったアーティファクト――“女神の魔道書”を手に取り、あと少しの場面で登場した雄大に、《ホーリー・アロー》を放つ。
さすがにそれはヤバイと判断し、舞夜が《黒ノ魔弾》を発動。
雄大に降り注ぐ光の矢を次々と撃ち落としていく。
「東堂さん落ち着いて! 勇大、なにがあったの?」
「そ、そうだ! 大変なんだ! 舞夜もすぐに来てくれ!! エルフとアンデッド……それに魔族の軍勢がこの都市に向かって来てるらしいんだ!!」
危うく光の矢の餌食となるところだったというのに。
凛の下着姿を見て興奮してしまった勇大が前屈みになりながら、そんなことを告げた。




