87話 早朝訓練
ブォン——ッ!!
鋭い風切り音とともに、ブロードの切っ先が舞夜の眼前に振り下ろされる。
それを、ガキンッ! とタワーシールドで受けることで、直撃を阻止。
「まだ終わりじゃないぜぇぇぇ!!」
響く絶叫。
今度は別の人物からガントレットによる打撃が繰り出されるが、舞夜は軽い身のこなしで、それを回避する。
「今度はこっちの番だ!」
ただやられているわけにはいかない。
回避するとともに《黒ノ魔弾》を発動。
攻撃を仕掛けてきた2人に漆黒の魔弾が襲いかかる。
だが、その直後——
「はわ〜、危ない! 《ホーリー・プロテクション》!!」
そんな声が響くと同時、敵2人の前に聖なる結界が展開し、魔弾を弾いてしまう。
「今よ! 《ホーリー・アロー》!!」
またもや別の位置から声がする。
声の方向から複数の光の矢が舞夜へと殺到。
虚を突いた精度の高い不意打ちだ。
しかし——
「《黒ノ魔弾》!!」
その攻撃すらも読んでいた舞夜は自分の足元に魔弾を放ち、その爆風を利用して、瞬時に空中へと上昇。
《ホーリ・アロー》を見事に回避してみせる。
「なっ!?」
矢を放った敵が驚きの声をあげる。
攻撃を回避されたことへ対する驚愕もあるが、問題はそこではない。
自分の放った光の矢。
それが、舞夜以外の四人へと方向を変え、襲いかかって来たのだ。
実は、舞夜は回避の際に、魔弾を複数発動していた。
そして、回避に使った魔弾以外は全て迫り来る光の矢に命中させ、その軌道を神がかりな魔法操作技術で敵4人の方向へとずらしたのだ。
「凛!キャンセルだ!」
「あっ……! き、キャンセル!!」
矢を放った敵……勇者見習いの少女――凛が、仲間のとっさの指示で《ホーリ・アロー》の発動をキャンセル。
すんでのところで、同士討ちを回避する。
「ふぅ……さすが舞夜だ。4人がかりだってのに、この様か……」
凛に指示を出した少年……帝国勇者団の勇者が1人、勇大が降参とばかりに、諸手を上げて苦笑する。
「くっそ、俺たちも少しは腕を上げたと思ってたんだけどな〜」
「はわ〜、やっぱり舞夜くんは強いね〜」
残りの2人も戦闘態勢を解きつつ、近づいて来る。
剛也に桃花……そう、舞夜が相手取っていたのは地球召喚組の4人だ。
朝、用意された客室で目を覚まし、ぼーっとしていた舞夜をジュリウス皇子同様に先に帝都へと到着していた彼らが、早朝の訓練に付き合ってくれないかと誘ったのだ。
少しの間、戦いから遠のいていた舞夜は勘を取り戻すために、それを快諾。
それが、この結果——というわけである。
「なかなかの反応の良さだ。だが、これはどうだ——?」
静かな……しかし、凛とした女性の声が響く。
そして、トンっ……! という音が鳴る。
咄嗟に振り返る舞夜。
すると目にも止まらぬ速さで鋭く尖ったレイピアの切っ先が迫ってくる。
「《黒ノ魔槍》!」
自分に迫る切っ先。
それを確認すると同時、舞夜は魔槍を発動する。
そして——ピタッ……と攻撃が止まる。
レイピアの切っ先、そして魔槍の先端がぶつかり合い、互いの動きを止めたのだ。
「5対1……それも奇襲ありだなんて聞いてませんよ?“セシリア”様」
「ふふっ、貴殿の強さ、それを目の当たりにして、体が疼いてしまってな……許せ、舞夜領爵。そして驚いた。まさか私の一撃を、こんな形で防ぐとはな。さすが魔導士……といったところか」
苦言を呈する舞夜に、奇襲を仕掛けた者が満足そうに笑いながら答える。
その者の名は、セシリア。
淡いブルーの髪を肩口で切り揃え、顔は切れ長の瞳と、すっとした鼻すじを持つ。身長は180近くあり、女性にしては高身長だ。
顔つき、身長、そして高圧的な話し方のせいで少々、きつい印象を受けるが、かなりの美人。
そんなセシリアも帝国勇者団の一員であり、フルネームは、“セシリア・アウシューラ”。
つまり、このアウシューラ帝国の皇女、ジュリウス皇子の妹なのである。
ジュリウス皇子や勇大たちの様に、神聖属性は身に秘めていない為、勇者を名乗ってはいないが、強力な剣技と雷属性の固有スキルの持ち主で、“雷姫”の二つ名の持っている。
ちなみに、ジュリウス皇子と皇位継承権を押し付けあって、揉めているらしい。
この国の皇族はどうなっているのだろうか……。
「ふむ、セシリアの攻撃すらも軽々と反応してみせるか」
「さすが、ご主人様ですっ」
今の立ち回りを見守っていたジュリウス皇子とアリーシャが、関心した様子で言葉を漏らす。
ともに、その顔には汗が浮かんでいる。
実は舞夜たちの前に、2人は1対1で模擬戦を行っていたのだ。
結果は、なんと驚くなかれ。
勝利を納めたのはアリーシャの方だった。
ジュリウス皇子の剛剣と、アリーシャの瞬剣のぶつかり合いは、まさに熾烈の一言だった。
だが、今回の場合はあくまで模擬戦。
ジュリウス皇子は自身の強力過ぎる《神聖剣》のスキルは使用せずに挑んだ。
対し、アリーシャは月天輝夜流の技の数々と奥義、《瞬歩》を使っていたので、結果としては妥当……むしろスキルを使わずに加護持ちのエルフと互角に渡り合ったジュリウス皇子の強さが異常だと言えよう。
「ふふっ」
アリーシャが機嫌良さそうに、小さく笑う。
スキルなしとはいえ、勇者に勝てたと言う嬉しさもあるのだが、肝心なのはそこではない。
彼女が上機嫌なのは、この後、ジュリウス皇子に勝利した、ご褒美が舞夜からもらえるかも……と、そんな理由である。
「……これは負けてられない」
「ですの!」
そんなアリーシャの様子を見て、自分たちも! とジュリウス皇子に模擬戦を挑むため、ウォーミングアップを始めるリリアとシエラであったが、流石に彼女たちでは無理があるだろう。
ちなみにベルゼビュートだが、彼女は隷属の首輪がかけられ、戦闘行為の一切を禁じられている為、自分には関係なしとばかりに隅の方でスヤスヤと寝息を立てている。
「どうかしましたか、セシリア様?」
リリア&シエラ対ジュリウス皇子の模擬戦が始まったところで、舞夜がセシリア皇女に問いかける。
彼女が舞夜のことをジッとみつめていたからだ。
「いや、改めて見るとなかなかに、良い男だと思ってな」
「え……?」
「それに私の剣技を初見で見切ったのは、舞夜領爵、きみが初めてだった……」
突然の褒め言葉に戸惑う舞夜に、セシリア皇女は続けてそこまで言うと、心なしか頬を紅潮させ、黙ってしまったのだが、果たして……
「……隙あり!」
「ですの!」
そんな中、リリアとシエラの声が響きわたる。
見れば、訓練用に刃引きされたシエラの矢がジュリウス皇子の手の甲に当たり、彼の得物であるグレートソードを弾き飛ばしていた。
そのまま、リリアが召喚した《キマイラ》が丸腰になったジュリウス皇子に突進し、その体を大きく吹き飛ばす。
勝負ありだ。
まさかの勝利に、大喜びで舞夜へと駆け寄るリリアとシエラ。
舞夜は気づいていない。
セシリアの突然の発言の直後に、ジュリウス皇子に明らかな隙ができたことを――
そして、甘えてくるリリアとシエラの相手をするのに手いっぱいで、彼の表情が昨晩と同じく暗いものへと変わっていたことを――




