78話 配下の悪癖
——ふほ! 王よ。少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?
ベルゼビュートとの出会い。
そして、舞夜が帝都へ向かう事が決まってから、数日が経ったある日、彼の頭の中へ声が響く。
——どうしたジャック?
——例のものが完成したので、確認して欲しいのですぞ!
——ッ……! 分かった、すぐに行く!
舞夜の目が輝く。
彼は少女の体になってしまっていた期間、何もダラダラと日常を送っていたわけではない。
孤島のアンデッドたちに新たな指示を与え、ガトリングガンとは別の代物の開発をいくつか進めさせていた。
今のは、そのうちのひとつが出来上がったという報告である。
「みんな、ちょっと孤島に行って、ジャックたちに会って来るね」
「かしこまりましたご主人様」
「……行ってらっしゃい」
「お気をつけてですの!」
素直に見送るアリーシャたちエルフ3人娘。
彼女たちもあれから数回ほど、インペリアルやジャックたちと面識を舞夜が持たせていたので、今ではすっかり受け入れられている。
兵器諸々の開発をしていることも認識済みだ。
さすがに、魔族を蹴散らしたガトリングガンが舞夜が開発させたものと知った時は度肝を抜かれたような反応をしてはいたが、それも、存在自体がとんでもない彼を以てすればありえることだと、納得するのだった。
『あら、ちょうどいいわ。私も連れて行ってちょうだい。魔導士様の配下には興味があるの』
そう行って舞夜のもとへ、とててて、と駆け寄って来るベルゼビュート。
その首には隷属の首輪がかかっている。
神聖魔法を使ったことで、信用を勝ち取った彼女ではあるが、さすがに魔王が街中で野放しというのも問題だ。
ゆえに、ジュリウス皇子の提案で、形式的にではあるがベルゼビュートは舞夜の奴隷となったのだ。
それに、一緒に生活していれば、彼女はいつでも暴食の呪いを緩和するための闇魔力を舞夜から受けることができるので一石二鳥というわけである。
「いいけど、変なことするなよ?」
背中に飛び乗ってきたベルゼビュートに念を押す舞夜。
なんというか、ベルゼビュートは舞夜に恋をしてしまっているらしい。
というのも、彼女にとって、舞夜の闇魔力を浴びせられるという行為は、先の反応を見てのとおり、とんでもない快楽となる。
そして、それを繰り返す内に、舞夜=呪いによる苦痛から解放してくれる人&そういった経験を今まで持ったことのなかった自分に快感を教えてくれた愛しい人……なんていう図式が出来上がってしまった様なのだ。
『くすっ。分かっているわ。愛しの魔導士様ぁ……』
そんなことを言いながら、彼の背中越しに自分の幼い体を擦りつけるのだから、舞夜は気が気ではない。
夜、襲われるようなこともあったが、闇魔力をしこたま浴びせることで、なんとか、それは回避されている。
まぁ、そんなことをするたびに、さらに、この幼女魔王は新たな快感に目覚め、舞夜に対する執着を増して行くのだが……
それはさておき。
今は、開発物の確認が先決。
舞夜はベルゼビュートを背中に乗せ、孤島へと飛び立つのだった。
◆
『ふほっ! 待っておりましたぞ、王よ!!』』
孤島へ降り立った舞夜をジャックが迎える。
その後ろにカブと幾体ものアンデッドを従えている。
『へぇ、アンデッドが生者への憎しみから解き放たれてるという話は本当だったようね』
ぴょんっと舞夜の背中から飛び降りたベルゼビュートが、アンデッドたちを見回し小さく笑う。
『ふほっ……魔王が、王の軍門に降ったという報告は受けておりましたが……』
『近くで見ると圧倒されちゃうネ……』
そう言ってジャックとカブが少し後ずさる。
『おい。この島で勝手に振舞ってくれるなよ、魔王』
『あなたは……まさか……!』
不遜な態度で警告の声とともに現れたのはインペリアルだ。
その秘めた力の波動を、ベルゼビュートはいち早く感じ取り、ベルフェゴールを滅ぼした大怪獣が彼女だということに気づく。
『ふむ、まぁよい。話では舞夜に好意を持っているようだからな。それより舞夜! 早く抱っこさせろ!』
「んむぅッ!?」
これ以上は興味なしとばかりに、舞夜を持ち上げ胸の中に収めるインペリアル。
彼女の谷間に頭を挟み込まれた舞夜は「魔王を圧倒するなんて、ホントとんでもない存在だよな」などと思いながら、その感触を楽しむのであった。
『ところで王よ、さっそく例のものを確認して頂きたいのですが……』
「ん……ぷはぁっ! そうだった。さっそく確認するよ。場所は洞窟の中だよね?」
舞夜がインペリアルの胸の中から頭を出し、尋ねる。
『ふほっ、その通りですぞ! かなりの出来だと我ら配下一同自信を持っております! なので、その……』
対し、誇らしげに答えるジャック。
だが、様子がおかしい。
何か言いたげだ。
「ん? どうしたの、ジャック?」
『その……例のものがお気に召した際には、“ご褒美”を頂けないかと……』
「もちろんだよ。みんな頑張ってくれてるんだ。ぼくの闇魔力くらいいくらでも——」
『いえ、そうではなく……。実はワタシもインペリアル嬢の様に、王を抱っこさせて頂けないかと思いまして……』
「へ……?」
間抜けな声をあげる舞夜。
その反応も当然だ。
彼はてっきり、アンデッドにとって癒し効果がある闇魔力をジャックたちが欲しているのかと思っていたのだが、なんとジャック個人が舞夜を抱き上げたいと考えていたのだから。
「ま、まぁ、それくらいなら別に——」
『ダメよ、魔導士様』
不思議な褒美を欲しがるものだが、別に減るものでもないし……と応じようとする舞夜をベルゼビュートが制止する。
いったい、どうしたのだろうか。
『このアンデッド、そういう趣味を持っている様よ。魔導士様を不死者の王として崇めていると同時に、毎晩オカズとして使っているわ!』
「ひぃぃぃっ!?」
ベルゼビュートの言葉を聞き、舞夜は悲鳴を上げて一気にジャックから飛び退く。
『な!? ままままま、魔王ベルゼビュートよ! 何を根拠にそんなことを言うのですぞ!!』
『根拠も何も、私、相手の心が覗けるんだもの。ちなみに抱っこした暁には、魔導士様の香りと感触を今夜使おうとしていたこともバレバレよ?』
目に見えて狼狽するジャックに、ベルゼビュートがトドメを刺す。
舞夜はそれを聞き「うわぁ……」と声をあげながら、インペリアルの後ろに隠れてしまう。
『ち、違うのですぞ、王よ! これは、これは……!!』
「近寄るな腐れカボチャ」
『カハッ!?』
言い訳をしようと舞夜へ近寄るジャックだが、無慈悲な一言によって、アンデッドだというのにかっ血しその場に崩れ落ちる。
『仕方ないから、ボクが例のものの説明をするヨ、王様!』
地面に蹲るジャックに、『ねぇねぇ、愛しの王様にホモだってバレた挙句、嫌われるのってどんな気持ち? ねぇねぇ?』とひとしきり、からかい終わったカブが開発物の説明を買って出る。
ジャックはこの後、数日間、舞夜にまともに口を聞いてもらえないのだった。




