75話 ペロペロする?
「魔王……! やはりそうか! 貴様、舞夜から離れろぉぉ!!」
ジュリウス皇子が叫ぶ。
さすが勇者、舞夜に抱きつく少女……ベルゼビュートが纏う雰囲気に彼女が魔王である事になんとなく感づいていたようだ。
『イヤよ! やっと、魔導士様に出会えたんだもの。絶対に離さないわ!!』
対し、ベルゼビュートは必死な様子でジュリウス皇子に抗議すると、そのまま、よじよじと舞夜の顔によじ登り、ちっちゃなおててとあんよでロックを固めてしまう。
「むぐぅぅぅ!?」
——い、息が……! っていうか、これスカートの中か!?
顔を塞がれた舞夜がその事実に気づく。
そう、今、彼の頭はベルゼビュートのゴシックスカートの中、つまり目の前には……
「すごいです。ご主人様!」
「……ん。幼女どころか魔王を落としてた」
「シエラに妹ができましたの!」
魔王に身動きを封じられているというのに、アリーシャたちはアホな発言をし、盛り上がる。
普通であれば、ありえないことではあるが、彼女たちの“エルフの勘”がベルゼビュートを敵と感じさせないのだ。
それどころか、感は舞夜に対し好意を持っていると告げている。
「く……これでは攻撃が……!」
そんな中、唯一まともな反応をするジュリウス皇子も、舞夜の顔にひっつくベルゼビュートに攻めあぐねいている。
——ダメだ。全然離れない!
当の舞夜も、ベルゼビュートの拘束から逃れようと必死の抵抗を試みるが、幼い容姿をしていても相手は魔王。少女の体になってしまった舞夜に抗う力はない。
そして次第に意識が朦朧としてくる。
理由は密着により酸素をほとんど奪われていること、それから……
——あぁ、魔王って意外といい匂いがするんだな……。
そう、ベルゼビュートからなんとも言えない、唆られる匂いが漂ってくるのだ。
『くすっ。私の匂いが気に入ったのなら、ペロペロしていいのよ?』
——ッ!?
突如、そんな事を言い出すベルゼビュート。
舞夜の意識は一気に覚醒する。
——まさか、こいつ……
『ええ、私、人の心が読めるの。魔導士様ったら、可愛い顔して意外とエッチなのね?』
「うわ……」
ベルゼビュートの心を読めるという発言。
それと、その前に言った「ペロペロしてもいい」という言葉に、この危機的状況に、舞夜がロクでもない事を考えていたと勘違いしたジュリウス皇子が、ドン引きと言った感じの声を上げる。
まぁ、半分はあってるのだが……
『ところで、「舞夜が死んだら、誰が俺のラーメンを……?」なんて心配している、そこの勇者様?』
——ちょっと待て、ジュリウス! この状況でそんな心配してたのか!?
『そうみたいね。他にも鍋や生姜焼きといった食べ物のことで頭の中が埋め尽くされているわ』
——ジュリウスぇ……。
皇子も皇子で大概である。
それはさておき。
——えっと、ベルゼビュートだったっけ? そろそろ降りてくれないか? これじゃ話も出来ないよ。
『そうね。でも魔導士様から離れたら攻撃されそうだし……あ、いいことを思いついたわ。魔導士様、私を抱っこしてちょうだい。それが条件よ』
——えぇ……。
『従わないなら、あえぎ声と一緒に「ペロペロしないでぇぇ!!」って叫ぶわよ?』
——よし、任せろ! 魔導士様、お姫様抱っこしちゃうぞ!!
ペドコンのレッテルを貼られかねないベルゼビュートの脅しに、舞夜はあえなく屈するのだった。
◆
『あははは! それで、魔導士様は女の子になっちゃったの?』
「あんっ」
舞夜の腕の中、ベルゼビュートが心底、おかしそうに笑う。ついでとばかりに舞夜の胸を揉み小さな嬌声を上げさせる。
配下の情報で舞夜が少年だということを把握していたベルゼビュートは、報告と性別が違うことが気になり、それを聞いた。
仕方なく、薬を盛られたことを話したらこれである。
「おい、ふざけるのもいい加減にしろ! 貴様の目的はいったいなんだ!!」
食べ物のことだらけの頭の中を覗かれたジュリウス皇子が、まるでそれを誤魔化すかのようにベルゼビュートに怒鳴りつける。
理由はともかく、たしかにその辺を明らかにしなければならない。
『そうね。簡単に言えば、私をあなたたちの……人間側の仲間に入れて欲しいの。代わりに私の知っている魔王の情報を教えてあげる。……どう?』
「「「ッ……!?」」」
これには一同、愕然。
魔王が人間側に回るなど前代未聞。
いったいどういうことだろうか。
「魔王の情報……願ってもない話だが、その情報が嘘でない保証がどこにある?」
ジュリウスの言葉に舞夜も「確かに」と同意する。
例えば嘘の情報を与え、勇者団をおびき寄せて、そこを魔王側が一網打尽。あり得ない話ではない……が、そんなことを魔王自身がわざわざ出張って仕掛けてくるだろうか、それに舞夜やジュリウス皇子を倒すチャンスはこの間に沢山あったのでは、とも舞夜は考える。
すると……
『くすっ。さすが魔導士様、察しがいいわ』
舞夜の心中を読んだベルゼビュートが言う。
そしてそのまま、さらに驚くべき言葉を紡ぐ。
『もし、私を信用できないなら《隷属魔法》をかけてもいいわ。それなら真偽が確かめられるでしょう?』
と——。
「ちょっといいですか? ベルゼビュートちゃん」
意外すぎるベルゼビュートの発言で一同が黙り込んでしまう中、アリーシャが挙手する。
『何かしら、エルフの娘……ふーん、アリーシャというのね。それに面白い子だわ。趣味と特技はご主人様への“ご奉仕”……あはははっ!』
『……びっくりです。本当に心が読めるのですね』
どうやらアリーシャは心の中で自己紹介のようなものをしながら、ベルゼビュートに話しかけたようだ。
魔王をベルゼビュートちゃん呼ばわりしたり、以前と同様のとんでも自己紹介の仕方が健在だったりと、舞夜は頭痛を覚えるのだがこれだけでは終わらない。
『ええ、そうよ。それに、そっちのダークエルフはリリアね。趣味は……ご主人様を優しくいじめること……。ふふ、なかなかハードなプレイをしてるのね。そしてハーフエルフのあなたはシエラ。ちょっと……レベル高すぎじゃないかしら、イジメられるが好きなんて……』
——もうイヤ、この子たち……。
次々と露呈する、エルフ娘3人の趣向やそれぞれとの遊び方。
舞夜は白目を剥いて、グッタリしてしまうのだった。
『それで、何が聞きたいのかしら、アリーシャ』
「いけません、そうでした。ベルゼビュートちゃん、あなたの本当の目的はなんですか? ただ、人間側につきたいと言われても納得できませんよ?」
「……ん。それに、こんな現れ方をした理由も」
「そうですの。他にやり方があったはずですの!」
『……そうね。それにはまず、私のことを話す必要があるわ』
アリーシャたちの言葉に、ベルゼビュートはそう答えて話し始めた。
思惑、そして胸に秘めた思いを……。




