74話 邂逅・退廃美幼女
魔族の侵攻からしばらく経った日の深夜——。
舞夜は1人、ベッドの中から動き出す。
一緒に眠るアリーシャにリリア、そしてシエラを起こさぬ様に……。
どこへ行くのか。
それはまだ決めていない。
だがどこか遠く、彼を知る者がいない地へ行くつもりだ。
理由は、この都市、そしてアリーシャたちにとって自分の存在が害になると考えたからだ。
もちろん周りの者は舞夜を責める様なことはしなかった。
しかし、彼を狙って魔族がこの都市を襲ったのは事実。
今後もそういったことが起きるかもしれない……。
ゆえに舞夜は自分が消えることを選んだのだ。
無論、アリーシャたちに話せば自分たちもついて行くと言い出すのは目に見えているのでこの事は話していない。だから、この時間にこっそりと抜け出そうとしているわけである。
3人との別れ——。
考えただけで胸が張り裂けそうになる。
だが、舞夜は彼女たちを諦めたわけではない。
舞夜の目的はもうひとつある。
それは、“残りの魔王の討伐”だ。
自分を狙うのであれば、こちらから打って出ようというわけだ。
それに際し、まずは体が元に戻るまでの間は情報収集の旅をする。
その間、護衛にジャックやカブ、それと何体かのスケルトンをつけるつもりだ。
そして、体が戻り魔法が使える様になったら討伐に乗り出す。
危険因子を全て排除したのちにアリーシャたちとの幸せな生活を取り戻す……それが、舞夜の思惑の全てだ。
とてつもなく危険。
そして何より、長い旅路になるだろうが、アリーシャたちであればきっと待っていてくれるだろう。
——さよならだ。みんな……。
愛すべき3人の寝顔にそっと心の中で別れを告げ、舞夜は家の外へと踏み出した。
「まずは——」
「どこへ行こうというのですか、ご主人様……?」
まずは孤島へ向かおう。
そんな呟きを漏らそうとした舞夜の耳へ、涼しげな声が聞こえる。
「アーシャ……」
そう、アリーシャだ。
2階の寝室から冷たい視線で彼を見下ろしている。
その傍らには、リリアとシエラが……どうやら、舞夜の行動は見透かされていたようだ。
タン——ッ。
舞夜の前に静かに降り立つ3人。
そして彼を囲みこんでしまう。
「もう一度聞きます。ご主人様、どこへ行こうとしていたのですか?」
アリーシャが笑顔で問う。
だが、舞夜は気づいている、その目が笑っていないことに。
そしてそれはリリアとシエラも同様だ。
「みんな……分かるだろ? ぼくがいれば、また……」
3人の様子に背筋に冷たいものを感じながら、舞夜は声を絞り出す。
「でしたら、わたしたちもご主人様と一緒に行きます」
「……ん。ご主人様のいないこの都市にいる意味なんてない」
「シエラも同じ考えですの」
普段であれば嬉しい言葉ではあるが、それでは意味がない。危険な放浪生活に巻き込みたくがないゆえに考えついた計画なのだから。
仕方なく舞夜は、それを説明するのだが……
「ふふふ……。それがどうしたというのですか? ご主人様と離れることを考えれば、命の危険など瑣末な問題です。ですが、どうしても置いていかれるというのなら、わたしたちにも考えがあります」
「……ん。ご主人様の手足を縛って動けなくする」
「そうすればずっと一緒……一生ご奉仕ができますの!」
——ッ!?
とんでもないことを口にするアリーシャたちに驚愕する舞夜。
いくらなんでも愛情が行き過ぎている。
「ふふ……。さぁ、ご主人様。おとなしくしてくださいね?」
「……ん。動いたら痛い痛いでちゅよ?」
「くすっ。今のお兄さまでは、シエラたちに抵抗は出来ませんの」
アリーシャたちは止まらない。
彼の腕を肩を頭を押さえつけようと、その手を伸ばす。
——ああ、ぼくはこれから一生……。
彼女たちの奉仕という名の牢獄に閉じ込められて生きていかなければならない。
舞夜は、そう確信する。
「アホかぁぁぁぁぁ!!」
だが、諦めた直後。
絶叫が響き渡る。
「かは——!?」
「……ぐえ!?」
「ぎゃふんですの!」
そんなセリフとともに、アリーシャ、リリア、シエラがバタバタと倒れていく。
そして、その後ろには……
「まったく、アホなのはお前もだぞ、舞夜!」
そう言って現れたのは、なんとジュリウス皇子だ。
そしてその手にはグレートソード……構えから察するに、刀身の腹でアリーシャたちの後頭部を打ちつけ、気絶させたようだ。
「じ、ジュリウス……どうしてここへ?」
「ヘースリヒの処遇が決まったから、それを伝えに戻ってきたのだ。それより舞夜、放浪生活を送るくらいなら帝都へ来い! お前の懸念もなくなるぞ」
「ヘースリヒの処遇が! ……いえ、それよりどういうことですか? ぼくの懸念がなくなるって……」
帝都といったらこの国の中心。
皇帝や政治社たちの集まる場所、そんなところへ渦中の人物である舞夜がいけば……
「舞夜、よく考えてみろ。帝都には俺や他の帝国勇者団の団員もいる。それに騎士の数も潤沢だ。魔族が簡単に攻め入ってこれると思うか?」
「そう言われてみれば……」
「せっかく屋敷を与えてやったんだし、いい機会だ。その体が元に戻るまでの間、ゆっくりと休暇を取るといい」
ジュリウス皇子の言葉に本当に甘えてしまっていいものかと舞夜は逡巡する。
そこへ——
「それはいい考えです。ご主人様!」
「……ん。今のご主人様には休養が必要」
「シエラも賛成ですの!」
休暇と聞いた瞬間に、アリーシャたちが復活を遂げる。
何を考えているのかは想像に難くない。
おおかた、「これで毎日ご奉仕三昧ができる」といったところであろう。
「……わかりました。せっかくなので、お言葉に甘えさせてもらいます」
いろいろ考えた末に舞夜は帝都に滞在することを選んだ。
自分が歩き回ることで、危険を撒き散らす可能性もある。であれば、最初から守りの固い帝都に厄介になってしまおうと判断したわけだ。
「ッ!! そうか! これでラーメン——ごほんっ。いつでもお前に会えるな!」
何やら、ものすごく私的な理由で大喜びするジュリウス皇子。こっちもこっちで大概である。
それはておき。
舞夜が別の件で口を開く。
「ジュリウス、教えてくれませんか? 魔王と魔族とはなんなのか、そしてなぜ人間と敵対しているのか」
今までアリーシャたちを養うことなどで頭がいっぱいだった舞夜は、ただ漠然と人間の敵であるという認識しか魔王と魔族に対して持たずに戦ってきた。
だが、冷静になった今、そのことに疑問を持ったのだ。
「いいだろう、教えてやる。まず魔族とは——」
『それについては、私が教えてあげるわ』
話し始めようとしたジュリウス皇子に割り込む声が……舌足らず、だがそれでいてどこか妖艶な……そんな声だ。
『くすっ、こっちよ』
声のする方向を見れば、1人の少女が佇んでいる。
背はリリアやシエラよりも小さい。
白磁の肌に金色の瞳と灰色の髪。そして、黒と紫を基調としたゴシックドレスを着した美少女……いや、美幼女だ。
幼い見た目……だがどこか妖艶、そして退廃的な雰囲気を感じさせる。
「この気配……まさか……!!」
少女から何かを感じ取ったらしい。
ジュリウス皇子が狼狽した様子を見せる。
『くすっ』
だが、少女はそんなことなど、どこ吹く風といった様子で小さく笑い、舞夜に向かって歩みを進めると……ぴょんっと彼の胸の位置までひとっ飛び。そのまましがみついてしまう。
『ふふふ。マモンを倒したという割には思ったより可愛い顔してるのね?』
舞夜の顔を覗き込み、いたずらっぽく笑いながら、そんなことを言う少女、そして……
ちゅっ——
舞夜の口に啄ばむ様なキスを……
——なッ……!?
混乱する舞夜。
その後ろでは「ふぉぉぉぉぉ! ついにご主人様が幼女も落としました!!」などとアリーシャたちが興奮し、ジュリウス皇子は目を見開く。
そんな中で少女が再び口を開く。
そして、紡がれた言葉がさらなる混沌をもたらす。
『私は、暴食の魔王・ベルゼビュート。よろしくね? 私の魔導士様』




