71話 裏切りの勇者と怠惰の魔王
魔界のとある場所。
1人の人間の青年が、何十もの魔族に囲まれていた。
ガウン——ッ!!
突如、腹に響くような重い音が鳴り響く。
『グフッ……!?』
すると1人の魔族が崩れ落ちた。
その額には小さな穴が空いている。
『く、クソ! 俺はやられねぇぞ! 喰らえ《ファイアー・ボ——』
ガウンッ!
ガウンッ!!
仲間をやられた怒りで別の魔族が魔法を放とうとするも、今度は2つの音によって、その命を刈り取られてしまう。
青年は止まらない。
勢いのまま魔族のたちの胸、頭、腹を音で破壊していく。
彼の名は“アレックス”。
小国、“ウルヴス”によって、地球……アメリカから召喚されし勇者だ。
アレックスは強力なスキルを有していた。
その名も固有スキル、《ガンズ・サモン》。
能力はハンドガンの召喚。
そう、音の正体はアレックスが召喚したハンドガンから出る発砲音だ。
いくら屈強な魔族とはいえ、不可視にも等しい弾丸の前には無力と化してしまう。
そんな強力なスキル、《ガンズ・サモン》によって、アレックスは勇者として最強に近しい地位を欲しいままにしていた。
だがしかし、今アレックスが魔族を倒しているのが魔王討伐の為かと聞かれればそうではない。
『そこまでよ〜。よくやったわアレックス』
『なんだ、もう終わりかよ、“ベルフェゴール”。やっぱこいつら弱すぎるな。だが、これで次の任務の参加は決まりだよな?』
『ふふふ、もちろんよ〜』
制止の声をかけ、満足そうに笑う存在。
長い紫の髪、その左右から山羊のような角が生え、肌の色は灰色……そして、どことなく気怠げな雰囲気を醸し出す妖艶な美女だ。
その名も“怠惰の魔王・ベルフェゴール”。
親しげな2人のやりとり。
にわかに信じがたいが、アレックスとベルフェゴールは仲間なのだ。
どうして勇者と魔王が仲間となり得ているのか。
それは、アレックスが自身を召喚したウルヴス国を裏切ったからだ。
地球においてアレックスは聡明な青年だった。
通う大学の名を聞けば、誰もが褒めたたえるであろう世界的に有名な大学に在籍していた。
そんな彼だが、実は幼い頃から心にとある闇を抱えていた。
それは“殺人欲”……。
理由はわからないが、アレックスの中には言いようのない禁忌の渇望が根ざしていたのだ。
そして、それはある日爆発する。
アレックスは、いつもの様に両親と行ってきますのキスを交わして学校へと向かう。
そして、いつもの様に友達と挨拶を交わし、お気に入りの講義の席に着いた。
ただ1つ違っていたのは、いつもよりも大きなカバンを携えていて、それを教室の中に持ち込んでいたというところだ。
授業の鐘の音と同時、アレックスはカバンの中に手を入れ、ばら撒いた。
弾丸を……カバンの中に入れたマシンガンから教室中に発射したのだ。
当然の様に生き残りはおらず、大事件となった。
そしてこれも当然のことながら、アレックスは捕まった。
だが、大量殺人という何にも勝る欲求を満たしたアレックスにとって未練はなく、最後に1発残った弾丸で彼は自害した。
だが、アレックスの人生はそこで終わらなかった。
この異界への召喚だ。
召喚したウルヴス国に勇者として魔王、そして魔族たちと戦う代わりにスキルを授け、報酬も弾むと提案され、アレックスはそれを飲んだ。
目覚めた《ガンズ・サモン》という強力な力。
その力を最大限に振るわせてくれる魔物や魔族。
正義の名の下に殺しができることにアレックスは歓喜し、毎日敵を狩り続けた。
……だが、それも長くは続かなかった。
それは以前、アリーシャが倒したレヴィのような、形態変化ができる強大な魔族を倒した日のこと——。
「お主の活躍、褒めてつかわすぞ」
アレックスの働きを聞いた国王が、大様に言いながら彼を見下ろす。
——俺は、強い。なのになぜ、こんなヤツに使われている?
そんな疑問が彼のアレックスの中に芽生える。
自分の力を持ってすれば、こんな小国くらい簡単に潰せるのに、と。
その日を境に、心の淀みは大きくなっていく。
そうして日々を送ることしばらく。
アレックスの人生にまたもや転機が訪れる。
『勇者よ、我らの側に付く気はないか? そうすれば、魔王ベルフェゴール様が、治める領地の半分をお前に与えると言っている』
戦火の中、対峙した魔族からそんな提案をされる。
——領地の……半分だと!?
戸惑うアレックス。
そんな彼に魔族は一方的に話を進める。
魔王の存在意義は自身や魔族の倒した人間の魂を魔神に捧げること。しかしベルフェゴールは怠惰の魔王、人間を滅ぼすのが億劫に感じている。
そこでアレックスを籠絡し、自分の役目の一部を果たさせようとしている。。
そして蹂躙し、治めた領地の半分を彼の好きにしてもいいという内容だった。
——くくく……! それが本当なら殺し放題だ! 人間! 魔物や魔族ではなく人間が!!
その事実に狂気の笑顔を浮かべ震えるアレックス。
『もし、その気があるなら、お前の所属国、ウルヴスを滅ぼしてみせろ。それを確認次第、ベルフェゴール様はお会いになるそうだ』
そう言い残し、魔族は仲間を連れ撤退。
そしてその夜、ウルヴスの王族は皆殺しにされた——。
それからは殺戮三昧。
来る日も来る日も、魔族の先頭に立ち人間の国へ攻め入り、殺しを楽しんだ。
そんな中、ベルフェゴールのもとへ、ある一報が入る。
内容は迷宮都市リューインで、魔王マモンが討伐されたというもの。
情報元は同じく魔王が1人、暴食のベルゼビュートからであった。
当然のことながら、それを成し遂げた都市への侵攻は決まった。
そして、その作戦の部隊長はアレックス。
そうなるはずだったのだが、異議を唱える者たちが現れる。
人間のくせに、主君であるベルフェゴールと親しげに話すアレックスに嫉妬や怒りを持った魔族たちだ。
そこへ、ベルフェゴールが宣言する。
『であれば力をしめしなさ〜い。最たる力を持つ者に、今回の指揮を任せるわ〜』
その言葉が今繰り広げられていた、アレックスとそれを良く思わない魔族の戦いだ。
見てのとおり、結果はアレックスの圧勝。
敵対した魔族の中には、準魔王級などと評される者もいたが、アレックスの《ガンズ・サモン》の前には敗北を喫した。
「これでわかっただろ! お前たちじゃ俺に勝てないんだよ! わかったらさっさと進行の準備を始めろ!」
「「「はッ!!」」」
アレックスの言葉に、魔族たちは急いで準備を始める。
気にくわない相手とはいえ、自分たちは敗北した。
そして、なにより魔王の言葉は絶対だ。
——くくく……たしか、マモンを倒したのは魔法使いだと言っていたな。相手として不足なしだ!!
魔王を倒すほどの強者に、自分の《ガンズ・サモン》が勝利する未来を想像し、アレックスが目を見開き嗤う。
迷宮都市リューイン。
そして舞夜のもとへ、新たな魔の手が迫ろうとしていた。




