69話 少女変化
「くふふ。今日はいい天気だな、舞夜ちゃん?」
都市の表通りを彼の隣で上機嫌な様子で歩くサクラ。
黒銀の髪と瞳、そして凜とした声と雰囲気を持つ騎士隊長だ。
そんな彼女だが、今日はいつもと様相が違う。
普段の分厚い鎧やギガントシールドは装備しておらず、代わりに肩の露出した白のワンピースを着しているのだ。
時刻は昼。
高く登った太陽が彼女の黒銀のポニーテールを輝かせ、ワンピースから引き締まった……しかし出るところは出たボディシルエットを透けさせてしまう。
「ふふ、どうした舞夜ちゃん。私とのデートでドキドキしてしまったのか? さっきからジロジロ見つめて……顔も赤いぞ?」
「え……ち、違います。サクラさんの、そういう服装を見るのが初めてだったので気になっただけです。顔は……日差しが強いから日焼けじゃないですか?」
サクラの言葉に慌てて言い訳をする舞夜。
だが、その言葉は嘘だ。
事実、舞夜はサクラに見惚れていた。
それも仕方あるまい、なにせ彼女はただでさえ美人だ。
それがそんな服装をしていれば嫌でも意識してしまうというもの。現に道行く男たちが次々と振り返っている。
「ふむ、素直じゃない……。どれ、本当のところはどうなのか、舞夜ちゃんの舞夜ちゃんに聞いてみるか」
「おい、やめろ」
公衆の面前でとんでもないことをしてこようとするサクラ。
舞夜はそれを阻止する為、彼女の尻を、パシンッ! と叩く。
「はぁんっ!? しゅごいのぉ……」
するとサクラは、びくんびくん。
これでこの変態は大人しくなるのだ。
黙っていれば美人なのに、つくづくその変態性が悔やまれる。
「ちょっと舞くん、2人の世界に入るのやめてくれない?」
「はわ〜。一応、私たちもいるんだよね〜」
そう言ってくるのは、ミニスカにブレザー……地球でいう学生服に似た衣装を着こなす凜と桃花だ。
凛は不機嫌そうに眉を釣り上げているが、口元は若干緩んでいる。舞夜と行動をともにできるのが嬉しいのだろう
その様子を見て桃花は、はわはわと呆れ顔だ。
普段であれば、舞夜はアリーシャにリリア、そしてシエラと戯れているところだが、そうもいかなくなってしまった。
理由はサクラたち3人が、帝国と騎士団の命令で舞夜を監視する為、へばりついているからだ。
強慾の魔王・マモンを倒してからしばらく。
ジュリウス皇子の呼びかけに応じ、帝国から調査団が現れた。
舞夜を亡き者にし、シエラを連れ去ろうとした第二皇子・ヘースリヒの策略が本当であったのか、その調査をしに来たのだ。
魔王討伐の依頼の前に約束したヘースリヒへの裁き。
その約束をジュリウス皇子が果たしてくれるというわけだ。
そこで、まず当然ながら取り調べが始まった。
舞夜は、あの日いきなり襲われただけだったので、取り調べは1日で済んだが、アリーシャとリリアはアルフスのカリス王子に婚姻を迫られ、シエラはヘースリヒの婚約者候補だったりと、それ以前の関係がある為、長引き、数日前から騎士団の詰所に缶詰状態だ。
さらに舞夜との面会は禁止。
万一嘘であった場合、口裏を合わせたりできないようにする為だ。
サクラたちの監視もそういうわけである。
完全なる被害者である舞夜はその対応に腹をたてるものの、甘んじて受け入れる。
これで事実がはっきりすれば、ヘースリヒは最低でも幽閉。
アルフス王国への牽制にもなると言われたので我慢することにしたのだ。
「ところで旦那さm——舞夜ちゃん」
舞夜を別の名で呼ぼうとするサクラ。
いったい、どこまでシミュレーションが進んでやがるのだろうか。
舞夜は、げんなりしながらも先を促す。
「ギルドに向かうと言っていたが、クエストでも受けに行くのか?」
「いえ、そうではなく、今日ギルドに来るようにとアナさんから前に言われてたんですよ」
賢者・コンから洗脳を受け、舞夜を罠に嵌めるのに利用されたアーナルドだったが、今ではその洗脳も解け、すっかり元気に仕事をしている。
そして数日前、舞夜は彼女(?)に呼び出しを受けていたのだ。
どんな用事だろうか。
厄介ごとでなければいいな。
と思いつつギルドへと歩を進めドアを開けると……
「「「ジロっ」」」
ギルド中の視線が舞夜へと集まる。
いったい何事かと身体を強張らせていると、「待ってたわよ〜ん!」とアーナルドが近づいて来る。
そしてその傍らには、1人の男が——
顔を見る限り30歳そこそこに見える。
だが、髪には白いものが多く混じっている。
若白髪というやつだろう。
その髪をオールバックで固め、服装は高価そうなローブだ。
「初めまして舞夜領爵。私は、“ヴァイス”。このギルドのギルド長だ。そして貴方を呼んだのは、この私だ」
「ッ……!?」
ギルド長——
そんな大物が自分を呼び出したという事実に舞夜は身構える。
「ふふ、そう緊張しないでほしい。別になにかクエストの依頼をしようというわけではない。今日は貴方を表彰する為に来て頂いたのだ」
「表彰……ですか?」
「そう表彰だ。さぁ舞夜領爵、そして後ろの3人もこちらへ」
そう言って、ギルドの酒場へと歩き出すヴァイス。
なんのことか分からぬまま、とりあえずそれに付き従う舞夜。
サクラたちの顔には微笑が浮かんでいる。
表彰が何に対するものなのかを察したようだ。
「舞夜領爵、これを」
そう言ってヴァイスが舞夜へ樽ジョッキを手渡して来る。
それに合わせ冒険者たちも自分のジョッキを手に取る。
「皆、杯は持ったな? よし……では、この都市、初の白金級冒険者の誕生を祝って、乾杯!!」
「「「乾杯——ッ!!」」」
ヴァイスのかけ声でジョッキをぶつけ合う冒険者たち。
そこで初めて舞夜は理解する。
ギルド長は自分を白金等級冒険者に昇格させ、その祝いの為にこの場に呼び出したのだと。
そのまま舞夜は皆の前で白金のタグを首にかけられ、盛大な拍手に包まれる。
そして宴が始まる。
今日は酒場のメニューを食べ飲み放題とするらしい。
それほど、白金等級の冒険者というのは、ギルドにとって喜ばしいことなのだ。
取り調べ中のアリーシャたちには悪いと思う舞夜だが、ここまでされて抜け出す勇気はない。
サクラや凛たちも、ジョッキの中身を一気に飲み干すと、次だとばかりにエールの酒樽へと走って行ってしまった。
これは自分も飲むしかあるまい。
「それで、舞夜領爵。どうやって魔王マモンを倒したのか詳しく聞かせてもらえないだろうか」
酒場のど真ん中の席を陣取り、ヴァイスが舞夜を捕まえる。
他の冒険者もワラワラと集まって来た。
「そ、その、倒したと言っても、ぼくの役目はジュリウスの援護がほとんどだったので——」
「聞いたか! 今、ジュリウス皇子を呼び捨てにしたぞ!」
「ああ! 皇子が舞夜さんを生涯の友と認めたという噂は本当だったようだな!」
沸き立つ冒険者たち。
たしかにそうだが、ジュリウス皇子が舞夜を友と呼ぶのは、迷宮で振る舞ったラーメンが理由だ。
だが、皇子の評判に関わりそうだと判断し、舞夜はそれを口にすることはなかった。
「ははは! 舞夜ちゃんは、すごかったぞ! ドラゴン形態の魔王のブレスを剣の魔法で防ぎ、その上、爆発させて深手を負わせていたからな!」
「そうね。それに、その後のドラゴニュート形態との戦いもすごかったわ! 盾の魔法で魔王の攻撃を跳ね返して、とうとう最終形態まで追い込んだんだもの!」
ジュリウス皇子に花を持たせようと舞夜は考えていたのだが、酔ったサクラと凛が速攻でその事実を語り出す。
それを聞いて「おお……!」と盛り上がるヴァイスと冒険者たち。
そこへアーナルド・ホズィルズネッガーさんが、あろうことかストリップショーを始めやがったので、ギルド内が酒と嘔吐物の匂いで地獄絵図と化す。
そんな感じで少し経った頃——。
「あのぉ」
「舞夜さん……」
遠慮がちに舞夜へ話しかけて来る者たちが……1人の青年に、筋肉ダルマみたいな中年とガリガリノッポの中年だ。
3人の姿を見て舞夜は——
「誰?」
と不思議顔。
そんな彼の様子に、「「「なんで!?」」」と声を揃えて驚く3人。
仕方あるまい。
舞夜には覚えが……いや待てよ。
たしかどこかで……そう思った時。
「俺だよ! ピーターだよ! ほら迷宮で迷惑をかけた……」
——ああ、こいつあの時の……。
ピーター……迷宮でシエラを見捨てた、奴隷商会長の息子だ。
そして、もう2人のことも思い出す。
「たしか、ハリーとマーブ……だっけ?」
「そ、そうでさぁ」
「あの時はとんだ迷惑を……」
ハリーとマーブ。
舞夜がこの世界に来て間もない頃、このギルドでアリーシャを寄越せとふざけたことを言い、彼にボコボコにされた2人組だ。
「お前たちなんかが揃って、何か用か?」
3人に対し、いい感情を持たない舞夜が冷たく問う。
それに彼らはおもむろに口を開く。
「じ、実は、あれから一緒にパーティを組んで活動してるんだ」
「聞けば、お互いに舞夜さんに迷惑をかけったって過去がある事が分かりまして、あなたに謝ろうと思っていたんでさぁ」
そう言って、エールの入ったジョッキをピーターたちが勧めてくる。
クズ同士が集まってパーティを組んだようだが、反省はしている様子。
周りから聞けば、ハリーとマーブは以前のようにギルド内で問題を起こすことはなくなったらしく、ピーターも商会長の許可を得て冒険者をやっているとの事。
——それにしても、このエールの風味、変わっているなぁ。
舞夜は口にしたエールの味に違和感を覚える。
そして——
ガタンッ!!
急に椅子から崩れ落ちた。
立っていられないほどの胸の苦しみ。
そして体の中が熱くなる感覚に襲われる。
「舞くん!?」
異変に気付き凛たちが駆けて来る。
そんな中、舞夜は自分の中で魔力が暴れまわっていることに気づく、何か分からないがレジストしなければ大変なことになると判断。そのままレジストに集中する。
「ぎゃははは! なんの疑いもなく飲みやがったぜ!」
「見ろよ! 体が変わって行くぞ! シエラを取った報いだ!」
苦しむ舞夜の姿を見て、ハリーたち3人が大笑いする。
そう、彼らは舞夜にのされたこと。
そして結果的にとはいえパーティであるシエラを取られたことを逆恨みしていた。
その復讐の為、今日というタイミングで、とある薬を舞夜に盛ったのだ。
そしてハリーがニタニタ笑いながら、ギルドの隅から姿見を持ち出し舞夜へ向け、こう言う。
「ほぉら、これがお前の新しい姿だ」
——ッ!?
目を見開く舞夜。
姿見の中には、彼によく似た1人の美少女が映っていた。




