66話 アンデッドの忠誠
『おお! 待っていたぞ、舞夜!』
翌日——。
先日見つけた孤島に舞夜が降り立つと、怪獣姿のインペリアルが、ズシンズシンと近づいてくる。
さすが50メートルはあろう巨体。
一歩進むごとに大地が揺れる。
『いかんいかん、この姿では話しにくいな。よし、変っ……身!!』
カッ! とインペリアルの体が闇色に輝くと、その姿が青白い肌の艶やかな長身美女へと変わった。
相変わらず際どいとこだけ隠した鎧(?)を着し、舞夜に会えて嬉しいのか、鋭いヒレが生えた尾をパシパシと地面に打ちつけている。
「インペリアル、美味いものを持って来たぞ」
『本当か! さすが我が愛しき者だ!!』
愛しき者——。
インペリアル本人も詳しい理由も分からず、舞夜をそう呼んでいることに苦笑しつつ、彼は《黒次元ノ黒匣》で持って来た食料をインペリアルへと振る舞う。
「ところでインペリアル。今あったばかりで悪いんだけど、相談があるんだ」
『んぐ……。お前からの相談なら喜んで聞こう。なんだ、厄介ごとか?』
ガツガツとスモークチキンや串焼き、パンなどに食らいつきながらインペリアルが要件を促す。
「厄介ごとといえばそうなんだけど……。ちょっと預かって欲しい奴らがいるんだ。まぁ見てもらった方が早いかな」
言いながら、舞夜は再び《黒次元ノ黒匣》を発動。
そして、その直後……
カタカタカタ——!
ふほほほほ——!!
硬質なものがぶつかり合う音。
そしてどこかふざけた笑い声が響き渡る。
それとともに、数十にも及ぶ骸骨や、カボチャ頭の大男、カブ頭のカカシなどがわらわらと黒い霧の中から這い出てくる。
『ほうスケルトンに上位アンデッドか』
それを見て驚くもなく、インペリアルが見据える。
まぁ、驚愕という文字が手足生やして闊歩している様な彼女からすれば、アンデッドなど大した存在ではないのかもしれない。
『ふほほほほほっ! 助けて頂き感謝致しますぞ!』
『ウンウン! キミがいなければボク達、あのまま“迷宮で迷宮入り”だったよ! ナンチャッテ!』
——うぜぇ……。
舞夜に話しかけてくるカボチャ頭。
それに乗ってくだらないダジャレを言うカブ頭。
そう、この者たちは舞夜が迷宮で倒したアンデッドたちだ。
そしてその際に舞夜だけがが聞いた、『タスケテ……』、『ツレテイッテ……』という声はこの者たちによるものだったのだ。
どうにも悲痛に聞こえるその声。
アンデッドのものでありながら不思議と悪意は感じられなかった。
詳しく事情を聞きたいところではあったが、その場で会話など始めてしまえば、勇者であるジュリウス皇子に「魔物と心を通わせているだと!?」などと言われ殺されてしまう可能性もあった。
ゆえに、こっそりと《黒次元ノ黒匣》で回収して来たのだ。
「それでお前たちはなんでぼくに……いや、その前になんて呼べばいい?」
『ふほほほほ! ワタシの名は、“ジャック=ザ・リッパー”。ジャックと呼んで下され!』
『ボクは、“カブ・サクリファイス”! カブって呼んでよ!』
ファーストネームは見た目そのまんまだが、セカンドネームやファミリーネームが無駄にカッコいいアンデッドたち。
舞夜はちょっと羨ましいなと思ったり思わなかったり。
『『『アァー……』』』
続いてスケルトンたちが揃って何かを舞夜に呻くが……
「ごめん。さすがに君たちの言葉は通じないみたいだ」
『『『アァ……』』』
舞夜の言葉にちょっと悲しそうに声をあげるスケルトンたち。
まぁ、仕方ないよね。とばかりに、先をどうぞと手を差し出してくる。
『ジャックにカブ。お前たちの目的はなんだ? もし舞夜に対し、よからぬことを企んでいるのなら……消すぞ?』
インペリアルがそう言い、舞夜を後ろへ隠す。
その声は舞夜に話しかける陽気なものではなく、底冷えする様なものに変わっていた。
——あれ? インペリアルの背ビレが青く光ってる? まさかこいつ……!
その光に舞夜は以前インペリアルが言っていた《アトミック・ブレス》を放とうとしてるんじゃないかと焦りを覚える。
話が本当なら魔王の2、3人くらい消してしまえるほど威力を持っているはずだ
さすがにシャレにならないので、インペリアルを制し、ジャックとカブに先を促す。
『ふほほほほほ! 実はですな、あの時は助けを請いましたが、貴方様の闇の波動、《黒次元ノ黒匣》の中で眠る内……』
『ボク達の生者への憎悪が完全に消えちゃったんだよね! ビックリだよ!!』
『なんだと!?』
ジャックとカブの言葉にインペリアルが、くわっ! と食いつく。
その反応に舞夜は、どうしたんだろうと不思議そうな顔をする。
『舞夜よ、お前は理解していないようだから説明する。通常、アンデッドは未練を残した魂が死体に残り、やがてそれは生者への憎しみへと変化するのだ。その憎しみ故に何度も復活する。完全に倒しきるには神聖属性で魂を消滅させるしか方法がない。しかし……』
『ふほほほほほ! 貴方様から闇の力を受けた瞬間、我らの魂から憎しみが消え始めるのを感じましてな! 気づけば理性を取り戻し、貴方様へ話しかける事が出来たのです!』
『それでね、ボク達決めたんだ! 救ってくれたキミに仕えようって! ねぇ、ボク達と契約して“不死者の王”になってよ!!』
——つ、ついていけない……。
突然の仕えたいという言葉。
その上、不死者の王などというわけの分からないものになれと言われれば当然だ。
それにカブの口調に何か嫌なものを感じる。
契約したらグ◯ーフシードに変えられてしまうのではなかろうか。
『なぜ、我の舞夜に仕えたがる?』
狼狽える舞夜に変わり、インペリアルがさりげなく“自分の”と強調し、ジャックたちに問う。
『ふほほほほ! 憎しみから救われるのと同時、我らに“新たな未練”が生まれたのですぞ!』
『ウン! この方に恩義を返すまで成仏してたまるか! てね。そうだろミンナ!!』
その言葉にスケルトンたちが一斉に『『『アァー……!!』』』と唸りを上げ、そのまま骨をカタカタ鳴らしながら跪いてしまった。
ひれ伏すアンデッド。
その前に君臨する舞夜。
これでは本当に不死者の王の姿そのものである。
ドン引きしつつも舞夜が口を開く。
「あの……みんなの気持ちは嬉しいけど、それは無理だよ。仕えてくれると言っても、ぼくは普段、街中で暮らしているんだ」
それに舞夜は領爵という名のれっきとした貴族だ。
アンデッドが働く貴族の家なんて目撃でもされたら大騒ぎもいいところである。
『ふほ……。確かにそうですな……』
『気持ちだけ前に行って、肝心なことを忘れていたよ……』
納得するジャックにカブ。
これでは諦めざるを得ないだろう。
とそこへ。
『ならば、いい手があるぞ』
——インペリアルぇ……。
舞夜が面倒ごとを回避できたと喜んでいるとところに余計な発言を……いったい何を言い出す気だろうか。
『ふほ! それはどういうことですかな!?』
『教えて! 教えてYO!』
『『『アァー……!』』』
インペリアルに群がるアンデッドたち。
その光景は怪獣とアンデッドの狂乱にも見える。
常人が見たら卒倒するであろう。
『よし、教えてやろう。お前たち、何も身の回りの世話をする事だけが仕えるということではない。要は主人の役に立てばいいのだ』
『ふほほ。なるほどですぞ!』
『たしかにそうだネ! でも何をすればいいんダロウ?』
頷くジャックとカブたち。
変なことを言い出さないか、舞夜は気が気ではない。
『ズバリ“武具の製造”だ! お前たちも知っているとおり、舞夜は冒険者だ。装備はいくらあってもいい。そしてこの島にはオリハルコンから日緋色金まであらゆる鉱石が眠っている。不眠不休で働けるアンデッドのお前たちならば——』
『ふほッ!? 日緋色金ですと!? あの鉱石は伝説上の存在じゃ……』
ジャックがハロウィンフェイスを器用に動かし、驚きの表情を作る。さすが上位アンデッド、そんな芸当も可能とは。
そして日緋色金とは前回舞夜がこの孤島に来た時に見せてもらった緋色の鉱石のことだ。
どんな特性を持つのかは分からないが、伝説とまで言われるほどの代物だったらしい。
『でもさ! それってボクたちにはピッタリの仕事だよネ!』
『ふほほ! カブ、お前の言う通りですぞ!! どうでしょう舞夜様、我らにそのお役目を与えては下さりませんか?』
「いや、でもなんか悪いし——」
『ちなみに我ら、貴方様にお仕え出来ないと、また生者への憎しみが戻り、海を越え、街を徘徊する事になりますぞ?』
「よし、任せた! ぼくの為にその身を捧げてくれ! なんなら不死者の王にもなってやる!」
こんなアンデッドの大群が街を襲うなど冗談ではない。おまけにジャックとカブは上位アンデッド、この2人だけいれば小さな街くらい簡単に滅ぼされてしまうだろう。
『ふほほほほほ! ありがたき幸せ!』
『聞いたかいミンナ! ボクたちの王の誕生だ!!』
『『『アアァ……ッ!!』』』
街を襲うという言葉に屈し、舞夜は彼らの王……不死者達の王となることに同意するのだった。
そしてその宣言がいかに重要なことであったのか、地球から来た舞夜が知る由もなかった。




