65話 男たちの宴
魔王マモン討伐の翌日——。
「「「乾杯っ」」」
夕日に照らされた堤防で、4つのグラスがぶつかり合い、カチンっという音を鳴らす。
舞夜にジュリウス皇子。
それに勇大と剛也の4人だ。
決戦の最中にした、飲み交そうという約束を果たそうというわけだ。
勇大と剛也もここぞいう時に活躍を見せたので、舞夜が誘った。
そして堤防というこの場所だが、ここは都市から少々離れているので、誰の邪魔も入らないし、夜になっても焚き火が照らしてくれる。それに海も見渡すことができてロケーションもバッチリ。
この場所を提案したのは舞夜だ。
キャンプみたいなシチュエーションに他の男3人はワクワクした様子。
「しかし舞夜。たしかに素材は良さそうが、これは本当に美味いのか? こんな薄い肉、普通は食わんぞ」
《黒次元ノ黒匣》で持って来たテーブル、その上の皿に広がる肉の1枚をピラピラさせるジュリウス皇子。
彼の疑問はもっともだ。
このアウシューラ帝国において、薄い肉は貧しさの象徴として敬遠されている。
安酒場に入っても肉料理を頼めば、質は悪いものの、分厚い肉が出てくるほどだ。
「くくく……。わかってませんね殿下」
「これから食べる料理は、その薄い肉だからこそ美味いんですよ」
舞夜の用意した料理。
その正体を知る勇大と剛也が不敵に笑う。
「むッ」
後輩にわかっていないと言われ、ジュリウス皇子が眉をひそめる。
これから美味しいものを食べるというのに、これはよろしくない——。
そう判断した舞夜が、ジュリウス皇子へと語りかける。
「ジュリウス。食べてみれば勇大たちの言うことが分かるはずです。見ていてください」
そう言って肉を1枚取り、グツグツと煮える鍋へと肉をくぐらせ、左右にゆっくりゆっくりとふっていく。
鍋の中には葉野菜やキノコなど、複数の野菜、舞夜お手製の豆腐が昆布や魚介の合わせ出汁で作ったスープに浸かっている。
そう……舞夜が用意したのは、“しゃぶしゃぶ”だ。
肉は迷宮で狩ったミノタウロスの霜降り肉だ。
倒したあとすぐに《黒次元ノ黒匣》に閉じ込めたので品質は新鮮そのもの。
ゆえに、完全には火を通さず、ほんのりと赤みの残るタイミングで取り皿へとすくい出す。
「さぁ、ジュリウス。まずはこちらを……。目の前のタレにつけて召し上がってください。個人的には、右のポン酢をオススメします」
舞夜は素材だけではなく、タレにもこだわった。
タレは2種類、特製のポン酢にゴマだれだ。
「ほう、この黒いタレはポンズというのか。よし頂くぞ……なんだこれは……!?」
「くくく……」
「落ちたな?」
口に肉を運んだ直後に、驚愕といった感じで目を見開くジュリウス皇子。
その様子を見て、再び勇大と剛也が不敵な笑みを浮かべる。
自分たち日本人の料理が、この世界の皇族の舌を圧倒したのが嬉しいようだ。
「舞夜! もっとだ。もっと食べたいぞ!」
なれない手つきで箸を握り、目を爛々と輝かせる。
この皇子、まるで子供である。
「はいどうぞ。次は左のゴマだれを使ってみてください」
「この茶色いタレはゴマダレというんだな。よし……なんだ、この芳醇な味わいは! タレも美味いが……はっ! そうか、肉の薄さか!」
「気づきましたね、ジュリウス? そうです。その味わいは噛み応えのある厚い肉では決して出せません。そして、熱い出汁にくぐらせることで、余分な脂が落ちていきます。どうです? 次々と食べたくなるでしょう」
「ああ、舞夜。お前の言うとおりだ! 先ほどの発言は、この料理……しゃぶしゃぶと言ったか? これに対する冒涜だった」
——冒涜!? いやそこまでは……。
「ま、まぁ、そんなことよりも食べましょう。オーク肉も美味しいですよ」
「おう! 今度は自分でやらせてくれ!」
用意されたもうひと皿、オーク肉の乗ったものを舞夜が手に取ると、ジュリウス皇子が興奮した様子で1枚の肉を箸でつまみ、出汁にくぐらせていく。
「さぁ、勇大、剛也。ぼくたちも食べよう」
「おっしゃ!」
「待ってたぜ! と、その前に、舞夜。もしかしてそいつも……」
さぁ食うぞ! と勢いづく2人だったが、剛也の動きが止まった。
その視線は、3枚目の皿へと固定されている。
「うん、しゃぶしゃぶにするつもりだ。けど、せっかくポン酢もあるし、生で食べるのもありかな」
「さっすが!」
「わかってるぜ!」
「なに、生とはどういうことだ?」
舞夜の言葉にガッツポーズを決める勇大と剛也。
美味いものに目がないジュリウスも興味津々。
その正体は“カニ”だ。
今日の朝、舞夜がたまたま市場で生きている状態で売られているのを見つけ購入したものだ。
名は“ケバタラカニ”。
地球のタラバガニなんかよりも大きく、さらに毛ガニのように毛が生えている。たくさん身が取れるのに味は濃厚と評判の高級食材だ。
「「「うまうま」」」
まずは身を剥きをしゃぶしゃぶしたあと、ポン酢で食べる。
ふっくらとした食感とカニの旨味が口に広がり、皆の顔が綻ぶ。
続いて刺身——
「なんじゃこりゃぁぁぁぁ!? ねっとりとしてるが甘い! そしてその身が酸味のあるポン酢と……たまらんぞ舞夜!!」
夕日に向かって吠えながら、ジュリウス皇子が身を震わせ、歓喜する。よっぽど気に入ってた様だ。
「俺もカニを刺身で食べたの初めてだったんだけど……カニって生の方が甘いんだな……」
勇大と剛也もカニ刺しのポテンシャルにやられたようだ。
2人揃ってうっとりとした顔を浮かべている。
「じゃあ、次にいきましょう」
「舞夜、今度は何をする気だ?」
「まぁ、見ていてください」
ジュリウス皇子に答えながら、舞夜はケバタラカニの胴体を鍋の中から取りだす。中に火を通すのと、ダシの風味変えのために沈ませておいたのだ。
そして胴体の裏側、腹に指を入れ、パカっと身を開くと——
「「ごくりっ……」」
勇大と剛也は気づいている。
そう、カニみその登場だ。
2人ともソワソワしているが案ずるなかれ。
ケバタラカニは大きい。
ゆえに4人で分けても十分な量が行き渡る。
「これは……ちょっと見た目が悪くないか?」
ジュリウス皇子が小さく漏らす。
どうやら、カニみそを単体で食べたことがないようだ。
「ジュリウス、見た目は悪いですが、ぜひ一口。それとお供はこれを……」
「む、米酒か。それに熱してある、珍しいな。だが、舞夜の言うことだ間違いはないだろう、頂くぞ……」
舞夜がカニみそとともに差し出したのは熱燗だ。
この組み合わせは酒飲みであれば鉄板であろう。
「ッ——!?」
ほら、このとおり。
声にならないほどの叫び。
そして顔には至福のふた文字が張り付いている。
そして、まさかの喜びの涙付きだ。
そんな感じで飲み交わすこと少し——
「わははははは——!! 女がなんだぁぁぁ!!」
「おい、勇大。飲み過ぎだぞ?」
剛也に小突かれる勇大。
最高の料理と酒を前にし、羽目を外し過ぎてしまった様だ。
顔を真っ赤に、目は虚ろ、鼻にカニの脚殻をつっこみ、阿波踊りを始めた。
見直していたのだが、やはりポンコツである。
「ところでジュリウス。シメはどうしましょう?」
皆も出来上がってきた。
いい頃合だろうと舞夜が尋ねる。
「シメか! とういうことは、この間のラーメンのようなものか!?」
またもや目を輝かせるジュリウス皇子。
迷宮で食べたラーメンが相当気に入ったようだ。
「はい、似たような……“うどん”というものが用意出来ます。鍋の残り汁と味噌などを使ったラーメンよりも上品な味わいの料理です。それと……」
「ごくっ。それと? まだあるのか?」
「ええ。雑炊といって、こちらも残り汁を使ってライスとさらに卵や薬味を加えたものになります」
「ゾウスイ……なんと美味そうな……しかし鍋は1つ、どうすれば……。勇大、剛也! お前達はどっちがいい?」
さすが皇子。
悩みながらも後輩への気配りを忘れない。
素晴らしいリーダーシップだ。
「殿下、これは迷いますね」
「正直どっちも美味い。しかも今回はカニが溶け込んだ特別な出汁だ。これを逃せば今後はなかなかありつけないぜ……」
「なんということだ……!」
ウンウンと唸る3人。
どうにも決まらなそうだ。
そんなわけで、舞夜は第3の案を出す。
「では、両方用意しましょう。実は念のためにもうひとつ鍋を持って来てるので」
「お前馬鹿か!?」
「意地悪だぜ、舞夜!」
「舞夜! そういうことは先に言わんか!」
上から勇大、剛也、ジュリウス皇子……。
総スカンである。
しかし、あんまりというものだ。
誰もここまで悩むとは思うまいに……。
「ズル……ズルズルル! 嗚呼……うどん、美味いッ!」
「はふっはふ! 雑炊も最高だ!」
「舞夜、感謝するぜっっ」
3人とも満足顔。
作った甲斐があったというものだ。
舞夜も顔を綻ばせる。
「ところで、勇大、剛也。お前たちを今日より、正式に勇者として認めることとする」
「「ぶぅぅぅぅぅぅ——!!」」
ジュリウス皇子の突然の発言に、2人が吹き出す。剛也に至っては鼻からうどんが飛び出ていて非常に汚い。
「何を言っているのですか、殿下!」
「そうだぜ! 俺たち、まだ半人前ですよ!?」
「ふむ、確かに強さの面に多少不安は残る。だが、魔王マモンの最後の一撃に立ち向かった心はまさしく勇者だ。後は精進すれば問題ない。なに、引き続き俺が修行はつけてやる。心配するな」
ジュリウス皇子の言葉に舞夜も納得する。
確かに2人は戦闘技術でジュリウス皇子より大きく劣る。だが、アーティファクトがもたらすポテンシャルは絶大だし、何より、あの時の2人の行動は、勇ある者——勇者と言えるものだった。
「それと舞夜。これが帝都にある屋敷と土地の権利書だ。売ってもいいが出来れば使ってもらえると嬉しい。しっかり使用人が維持してるからいつでも住めるぞ」
そう言って、懐から出した権利書を舞夜へ差し出すジュリウス皇子。報酬の白金貨の他に、屋敷を贈るという話は本気だったようだ。
権利書を見ればかなりの規模の物件だ。
聞けば、この屋敷はジュリウス皇子の私財だったらしい。
報酬を自分の私財から切り崩す……皇族の鏡のような人物だ。
舞夜は思う。
——地球の権力者がみんなこうだったらいいのに……。
と。
それはさておき。
せっかくの気持ちだ。
そのうち使わせてもらうこととする。
ヘースリヒの裁きの件もあることだ、機会は意外と近いかもしれない。
その後も、焚き火と月に照らされた夜の海を眺めながら、舞夜たちは夜更けまで語り合うのだった。
◆
「はぁ……」
「どうしました凛さん?」
宿酒場の一角。
大きなため息を吐く凛に、アリーシャが優しげに問いかける。
「はわ〜、聞かなくてもわかるけどね〜」
「……ん。どうせ、ご主人様のこと」
「ですの!」
その様子を見た桃花が、「はわはわ」と苦笑しを漏らし、リリアとシエラが軽く頷く。
アリーシャたちも舞夜たち同様に女同士の宴を開いていた。
しかし、最初の内は和やかな雰囲気だったのだが、酒が進むにつれ、しきりに凛がため息を吐くようになったのだ。
「そうよ! 舞くんのことよ! どうして、あんなに私を避けるの!?」
理由はそういうことである。
「はわ〜、仕方ないよ凛ちゃん。だって凛ちゃんのアタックが、ずっとイジメだったと勘違いされてたんだもん——ふひっ」
「「「おふっ」」」
「ねぇ、みんな。笑ったわよね? 小馬鹿にしたみたいに!」
言葉の途中で軽く吹いた桃花。
それに釣られたアリーシャたちに凛が怒り叫ぶが、これは不可抗力というものだ。
「(し、仕方ありませんの。お兄さまに対するアプローチが全て裏目に出てたんですのよ?)」
「(……ん。お、おまけに……)」
「(おっぱい押しつけたら、き、胸骨アタック……!)」
「「「ぶふぉっ!!」」」
胸骨アタック——。
その単語が出た瞬間、アリーシャたち3人はとうとう盛大に吹き出してしまう。
凛を庇うため、桃花がそれを咎めるが、その口もとは引きつっている。
「もう! もう! 胸の話はもういいでしょ!? っていうか、それにしたって、おかしいじゃない。もうイジメじゃないって分かったのに、舞くんはどうして振り向いてくれないの……」
たしかに凛は可愛い。
それこそ、桃花とともに学年で1、2を争うほどだ。
だがアリーシャたちの様な世界レベルの美少女。
それを伴侶とする舞夜からすれば……食指は動きづらくなるというもの。
それに誤解とわかったとしても苦手意識はなかなか抜けないのだ。
加え、理由は他にも——。
「はわ〜。理由は今、凛ちゃんが口にしたこともあるかも〜」
「……? どういうこと桃花?」
「ん〜。お酒の席だから言うけど、怒らない?」
「もちろんよ! 原因があるなら知りたいわ!」
桃花の口調に、きっとキツイことを言われるのだろうと予想する凛だったが、それを知ることで舞夜に近づけるなら……そう思い、先を促した。
「まず、アリーシャさんたちの胸を見て?」
ぷるっ!
ぷるんっ!
ぶるんっっ!!
「かはっ……! つ、続けて桃花……」
アリーシャのメロン。
リリアのリンゴ。
そしてシエラに至っては11歳だというのに、モモ並み……その現実を見て、軽くかっ血するも執念で耐えた。
「り、凛ちゃん。もう分かっているはずなのに、そこまで言わせるのね……。分かったよ、じゃあ言うね……」
親友の一途な姿に涙ぐむ桃花。
彼女の口から破滅の呪文が紡がれる。
自分の胸を触って見て——と。
ぺたんっ。
「暁の水平線ですね〜」
「……嘆きの平原」
「すっとん共和国ですの」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁん——!!
夜の迷宮都市に儚き乙女の嘆きが響きわたるのだった。
【読者の皆様へ】
下にスクロールすると、作品に評価をつける【☆☆☆☆☆】という項目があります。
お楽しみいただけましたら、どうか応援していただけると嬉しいです!




