61話 奴隷という名の高貴なる身分
斬——ッ!!
『ぐあぁぁぁぁッ!?』
漆黒一閃——。
刀に込められた闇魔力を解放したアリーシャが、ついに魔神レヴィの巨腕、その1本を刎ね飛ばした。
「……休む間は与えない。《キマイラ》……!」
怯むレヴィに、リリアが攻撃を仕掛ける。
《キマイラ》の獅子の爪、山羊の角、そして蛇の毒牙。
切り裂き、刺突、咬撃が篠突く雨のように——
「後ろからも攻めてあげますの!」
さらに背後からは、シエラが放った矢が五月雨のように吹き荒れる。
『馬鹿な……魔族の私が! 魔王マモン様に力を与えられた、この私が……! ありえない!!』
全身傷だらけのレヴィが攻撃の雨から、なんとか抜け出し、喚く。
「いいえ、レヴィ。これは現実……ご主人様がいる限り、わたしたちに敗北はありえません。たとえ魔王の側近のあなたが相手であったとしても」
アイスブルーの瞳で、冷たくレヴィを見据えながらアリーシャが言う。
ところどころ装備に小さな傷は見受けられるものの、その美しい白磁の肌には傷ひとつなく、主人である舞夜が綺麗だと褒めてくれたプラチナの髪も1本も失ってはいない。
全ての攻撃を刀で捌く、もしくは戦闘装束に施された装甲で全て受けきったのだ。
滴る汗、そして傷ついた蒼銀の戦闘装束を身につけた可憐なエルフ。まさに戦乙女のように美しい。
そしてボンデージアーマーのリリア。
可愛らしくアレンジされた冒険者衣装のシエラ。
彼女たちに至っては無傷。
あまりの猛攻に、レヴィは後衛の2人には接近することすらできなかったのだ。
満身創痍のレヴィが口を開く。
『何故です、アリーシャ? 何故、アルフス王国の次期戦士長とまで評された貴女が、ただの人間……それもあんなクソガキの奴隷などに身を堕とし——』
ブチ————ッッ!!!!
アリーシャの額の血管から血が吹き上がった。
ただの人間、それもクソガキ……愛すべき主人への侮辱の言葉に、怒りが頂点を突き抜けたのだ。
次の瞬間、アリーシャの姿が消えた。
そして、レヴィの腕、脚——。
体のいたるところが次々と細切れになっていく。
——嗚呼……私は羅刹の怒りに触れてしまったのか……。
なす術もなく失われゆく自分の体。
限界を超えた激痛が冷静な思考を与える中、レヴィは悟る。自分は言ってはならないことを言ってしまったのだと。
アリーシャは、舞夜を蔑んだレヴィ。
その憎むべき敵を排除するために全ての力を解放した。
防具に施された《ブースト》。
同様の機構が双刀にも付与されている。
機動速度と攻撃速度……合わせて超高速。
だが、それだけではない。
月天輝夜流、その奥義、“瞬歩”——。
かつてアカツキが使い、舞夜たちを苦しめた不可視の踏み込み。
その技を、主人を侮辱され、自分の……“奴隷という名の誇りある高貴な身分”に対し、身を堕とすと言われた怒りで、今この瞬間、アリーシャは会得してしまったのだ。
そして、これを加え、超高速は神速へ。
目にも止まらない攻撃から、目にも映らない攻撃へと昇華した。
「う……ッ!」
攻撃が止んだ。
露わになったレヴィの姿を見て、リリアとシエラが呻く。
「ふふっ……。素敵ですよ、レヴィ? ご主人様を侮辱した貴女にはね……? あはははははははぁッ!!」
狂ったように笑うアリーシャ。
その目の前には物言わぬレヴィ……舞夜と出会った日、彼に仇なす者を、この姿にしてやると誓ったその形が出来上がっていた。
「ですが、帰るときに、お前の醜い姿をご主人様に見せるわけにはいきません。仕方ないですが、消し飛ばしておきましょう」
ひとしきり嘲笑うと、冷たい表情になったアリーシャがそう言いながら、腰に装備された石を手に取る。舞夜に与えられた《黒炎弾石》だ。
それをレヴィに放り――爆散。
跡形もなく消し去った。
そしてアリーシャは、愛する主人のもとへルンルン気分で歩き出す。制裁を成し遂げたことで、父の仇を討ったという感情すら吹き飛んでいたのだった。
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