59話 強慾の魔王マモン
30層目——。
「ドラ……ゴン……?」
舞夜が言葉を漏らす。
爬虫類のような体皮に覆われた20メートルほどの巨体、鋭い牙が覗く顎門、どっしりした4本足、その先には鋭利なかぎ爪、そして長大な尻尾——。
目の前には、まさにその名に相応しい巨大生物が彼らを見下ろしていた。
『ゴアァァァァ——ッ!!!!』
ドラゴンが咆哮する。
ただそれだけで大気が震え、舞夜の体を震え上がらせる。
「まずい……! 引け、お前ら! 手遅れになっても知らんぞぉぉぉぉ!!」
ジュリウス皇子が、どこぞの野菜王子みたいなセリフを吐く。
そして次の瞬間——
「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁッ!!??」」」」
勇者見習い4人の体が、高速で払われたドラゴンの尻尾によって弾き飛ばされ、壁に、べチンッ! と激突。
戦闘不能に追い込まれてしまった。
「おぃぃぃぃぃッ!」
絶叫する舞夜。
無理もない。
なにせ神聖属性を使える主戦力、5人のうち4人が、一瞬にして倒されてしまったのだから。
「まずいぞ、舞夜、サクラ隊長!」
「「ええ、知ってます」」
ジュリウス皇子の言葉に、白目を剥いて答える舞夜とサクラ。
だって、この状況だもの。
だが、ジュリウス皇子が言いたいのはそういうことではない。
「魔王マモン……完全な復活を遂げているぞ……!」
「「は?」」
その事実に気づいたジュリウスが告げると、2人は間抜けな声をだす。
『アハハハハッ! 見事に騙されたワネェ!? 大変だったノヨ? 帝国の巫女に嘘の神託を授けて騙すノハァァァ!!』
「Oh……」
ドラゴン……魔王マモンの言葉に、声を漏らすジュリウス皇子。
何が「Oh……」あろうか。
マモンの言葉から察するに、自分たちに有利な状況を作り出す為、魔王側はなんらかの方法で、“魔王が復活する直前”という偽の情報を帝国に掴ませ、帝国はまんまとそれに引っかかったということらしい。
「舞夜、サクラ隊長! 3人でかかるぞ!!」
自分たちの落ち度など省みることなく、協力を要請するジュリウス皇子。
言いたいことはある舞夜だが、やらなければ都市ごと全滅。
頼みの勇者見習いたちも気絶している。
やむなしと意を決して、杖と盾を構える。
「はぁっはぁっ……舞夜ちゃんと魔王討伐……!」
そして、なぜかこのシチュエーションに興奮し、顔を赤く染め息を荒くするサクラ。
舞夜は見なかったことにした。
魔王マモンが舞夜たちを見下ろす。
そして——
『アハハァ……。相変わらず、かわいいお顔ネェ。十六夜のおぼっチャマ——』
爬虫類のような双眸で舞夜を見据えながら言う。
「な、なんでぼくの名前を……! 《ステータス》の魔法を使ったのか!?」
『すてーたす? なにそれ、おいしいのカシラ? そんなことより嬉しいワァ、まさかこの世界で僕ちゃんに会えるなんテェ』
「ッ——!?」
舞夜のファミリーネームを言い当てるマモン。
鑑定魔法、《ステータス》を使い、舞夜の素性を見たのかと思いきや、それは違うようだ。
さらにその口ぶりは不可解。
まるで舞夜を以前から知っているようだ。
そして舞夜自身も、この魔王の喋り方に既視感を覚え始めていたが、果たして——
『私の事を覚えていないようネェ? いいわ。この私を倒せたラ、ヒントをあ・げ・ルゥ。さぁ、いくワヨッ!!』
「舞夜、今はこいつを倒すことに集中しろ!」
「ジュリウス……。わかりました!」
「安心しろ、舞夜ちゃんのかわいいお顔と、ピ——と、バキュ——ン! は、私が守る!!」
魔王が舞夜を知る理由はわからない。
だが、今はそんな場合ではない。
各々が武器を構え攻撃に備える。
それにしても、この女騎士は本当にぶれない。
『ンン——ッ! 私以外の女と仲良くするナンテ……! 妬けちゃうワネェェェェ!!』
バチィィィン——ッ!!
凄まじい速度で振るわれたマモンの尻尾と、サクラのギガントシールドがぶつかり合う。
「ぐぅぅぅ!? なんてパワーだ……!?」
スキル《鉄壁》を発動しているにも関わらず、サクラが苦しげな声を漏らす。
さすが魔王が1人。
とんでもない威力だ。
「《黒滅閃》!!」
長引けば勝機はない。
舞夜はそう判断し、一撃必殺の破壊光線魔法を放つ。
『アハハハッ! 無駄ヨォ〜?』
だが、マモンは面白そうに笑い、避ける素振りすら見せない。
無論、《黒滅閃》は直撃する。
だが——
パシュ……——。
マモンの体に触れた瞬間、《黒滅閃》は、そんな情けない音をたて、霧散してしまった。
「な——ッ!?」
「舞夜ちゃんの閃光魔法が……!?」
舞夜とサクラが驚愕の声をあげる。
そして理解する。
魔王マモンの体は……
『私のこの体、“ドラゴンスキン”はネェ、魔法を無効化するノヨ!』
予想どおりの言葉を発するマモン。
これに舞夜は歯ぎしりする。
賢者・コンや、先代勇者・アカツキにように、魔法を無効化する技や武器を操る敵はいたが、目の前の魔王は存在そのものが魔法を無効化すると言う。だとすれば、舞夜にとって最悪の相手だ。
——いや、ドラゴンスキンということは、魔法を無効化するのは、やつの皮膚のみなのか? だとしても……。
「なら、物理は効くんだろう? そりゃぁぁぁッ!!」
逡巡する舞夜の耳にジュリウス皇子の雄叫びが響く。
いつの間にやらマモンの懐に飛び込んでいたらしい。
グレートソードを前脚の1本に叩き込んだ。
『グゥゥ!? さすが勇者……! でもネェ! そんなの大したダメージじゃないのヨォ!!』
言葉とは裏腹に怒気を孕んだ声で、マモンがジュリウス皇子に喰らいつこうと、巨大な顎門を開き襲いかかる。
「喰われてたまるかよ! 《神聖剣・要塞》!!」
ジュリウス皇子の言葉に呼応し、グレートソードが眩いばかりの光を放つ。そのまま剣の腹を向け、襲い来る顎門、その下顎にぶつけることで攻撃を弾く。
「《神聖剣・破竹》!!」
続けて、今度はこちらの番だとばかりに別の技を繰り出す。
身の丈以上のグレートソードをまるでレイピアのように軽々操り、目にも止まらぬ連続刺突をお見舞いする。
『ギャァァァァァァァ——ッ!!??』
マモンが苦痛の咆哮をあげる。
幾重にも顔面に襲いかかる聖なる刃の切っ先。
たとえ魔王であってもひとたまりもない。
「凄まじいなジュリウス皇子……。そして、あれが“古代スキル”、《神聖剣》か」
目の前の光景を見て、サクラが漏らす。
古代スキル、《神聖剣》——。
この世界の住人が、勇者に目覚めた際に備わる特別な力だ。
その力は強力無比。
いくつか存在する神聖属性のスキルの中でも突出した破壊力を持つ。
そんな特別な力を使いこなし、魔王を圧倒する姿を見て、舞夜は「ぼく、来なくても良かったじゃ……」などと感想を抱く。
『あアッ! めんどくさイ!! こうなったら、一気に葬ってあげルゥゥゥゥ!!』
そんな時、怒りで荒ぶるマモンが叫ぶ。
その顎門の中が一気に赤く染まり、熱が篭っていく。
まさか——。
「2人とも、俺の後ろに隠れろ! ブレスが来るぞ!」
やっぱりだ。
ドラゴンのお約束、燃え盛る息吹。
顎門に篭る炎を見るに、とんでもない熱量だと予測できる。
ジュリウス皇子のスキルでも耐えられるかどうか……
『滅びなさいサァァァァァァイッ!!』
轟——ッ!!!!
灼熱の業火が放たれる。
——まずい!
ドラゴンブレスの圧倒的熱量に、舞夜はそう判断。
ならばこれだと、魔法を放つ。
「《七星ノ闇魔剣》!」
七つの魔剣がマモンの目の前に出現。
それと同時に、さらに膨大な量の魔力を流し込み、その構築を上書きする。
すると魔剣同士が柄を合わせ、パラソルのように展開。
そして、その隙間を分厚い水の幕が覆い——
ドゴォォォォォ——ンッ!!!!
爆音、そして『ギャァァァァァァァ!?』という、マモンの叫びが鳴り響く。
マモンは、とんでもない量の灼熱のブレスを放った。
対し、舞夜が展開したのは、それと同量に値する大量の水魔力を纏った魔剣だ。
水が超高熱で一気に熱せられ起きる現象は?
答えは水蒸気爆発だ。
マモンは水蒸気爆弾を顔面で受けたのも同然。
大ダメージは必至だ。
「なんという技……さすが私の舞夜ちゃんだ!」
「よくやったぞ、舞夜! お前がいなかったら、ゾッとしたぞ……!」
さりげなく舞夜を自分のものと、のたまうサクラと、サムズアップで褒めるジュリウス皇子。
このように、舞夜たちは無傷。
当然である。
構築を書き換えることで、舞夜たちに向かうエネルギーを闇魔法の“奪う”という特性を活かし、魔剣で奪い去ったのだから。
これも魔導士に力に目覚め、魔素の結合タイミングを見極めることで可能になった新たな構築技術だ。
『お……のれっェェェェ……。ヨクモ……ッ!!』
「なに!?」
「あれほどの攻撃を受け、まだ立ち上がるのか……ッ?」
爆煙の中から立ち上がる、魔王マモン。
顔面や体の至るところが抉れてはいるものの、その足どりはしかっりとしている。致命傷にはならなかったようだ。
『次なるワタシ……。見せてあげル……!』
そう言ったマモンの体が、紫の光に包まれ始めた。
『気をつけろ! 変身するつもりだ!』
——変身!?
ジュリウス皇子の警告に、そんなお約束を!? と舞夜がうなだれる。
だが、そんな彼の気持ちなどお構いなしに、マモンの姿は変貌していく——。
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